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きゅう。幸せをつかむために【最終話】

学校を出てすぐ、あたしは駅に向かった。確か電車があったはず。


出てくる時に教室から鞄は持ってきたから、最低限必要なものは手元にあった。


路線図を見る。―――駅、見つけた。料金もそんなに高くない。


電車は後五分で来る。切符を買って改札を通り、ホームに入った。辺りの景色を見回すと、平日の昼だからか人はまばらで、閑散としている。


静かだ…。


息がつまっていたことに気づき、意識的に息を吐いた。


ここまで来たらもう後戻りはできない。―――進むだけ。


ホームに電車が入り、音を立てて扉が開く。妙に緊張しながらそれでもしっかりした足取りで、あたしは電車に乗った。


―――想いを伝えるって決めたんだから。頑張れ。あたし。




「えっ、いない?」


意表をつかれる言葉だった。


―――二十分前。予定通りの駅で降りたあたしは、ひなからもらったメモを頼りに町を歩き、今の九条さんの勤務先であるという支店にたどり着いていた。


それなのにいないのだという。時刻は三時。普通ならまだ仕事してる時間だ。


「いないって、あの、今日休んでるとかですか?」


店の中にいた、人の良さそうな中年の男性を捕まえて事情を聞く。名前は村上さん。最初はびっくりされたけど、あたしのあまりの必死さに真面目に答えをくれたいい人だ。


眼鏡をかけてて白髪混じりの、柔和な笑顔の男性。


「休みじゃないんだけれどね。彼は今日午前上がりなんだ」


「じゃあさっきまではいたんですよね?」


「そうだね」


思いっきり入れ違いじゃん。やっぱあたしってタイミング悪い…。


せっかくの決意が崩れそう、と肩を落とす。


「君は…見たところ高校生だけど。どうしてこんな時間にここにいるのかな。しかもその制服は…この辺の学校ではないよね?」


ほほ笑みながら質問される。全然嫌味な感じがしない優しい言い方だったから、つい、


「あの…幸せをつかまえに!」


「………」


なんて一丁前なことを言って、きょとんとされてしまった。


おじさんはすぐに元の優しい笑みに戻り、ゆっくりと頷く。


「それは―――大事なことだ」


ほっ。


「だけどね、やっぱり学生の本分は勉強だ。それを忘れちゃいけないよ」


「…………はい」


重みのある言葉だなぁ。


「だけど見たところ、今日の君は風邪で学校を早退したらしい」


「!」


「それならこの時間町にいるのも納得だ」


「あ…ありがとうございます」


それから―――と彼は続ける。


「九条くんは今日、行く所があると言っていたよ」


「え…」


「―――海へ行くと言っていた」


それを聞いた瞬間、あたしはまた泣きそうになっていた。


まだだ。まだ泣くな。


「…それ聞けただけで、充分です。ありがとう、ございました」


丁寧に頭を下げる。すると、その頭を優しく叩かれた。


「幸せ、つかんでくるんだよ」


「っ、はい…!」


その会話を最後に、あたしは店を飛び出した。


目指すは海、あの日の場所だ。


もう一度駅まで戻って、今度は海の最寄駅に停まる電車に乗った。


駅名はこの前海に行ったときに道路から見えたから、確認済みだ。―――到着までの五分が、やけに長かった。




「いた…」


電車を降りて道路を渡り、眼科に砂浜を見下ろす。人っこひとりいない中、微かに動く背中は簡単に見つかった。


九条さんだ。間違いなく。


後ろ姿を見ただけで鼓動が高鳴り、気持ちがはやる。急いで階段を駆け下り、スカートの裾がはためくのも、跳ね返る砂が制服を汚すのも気にしない。今はただ―――彼のところへ。


距離があと五メートル位のところで足音に気づいた彼が振り向いた。


「なっ―――、未羽ちゃん」


顔がどうしてと言っていたけれど、今のあたしにその疑問に答える余裕はない。


あぁ…九条さんだ。九条さんが目の前にいる。


あれほど待っても、会うことの出来なかった彼が。


今、こうして―――あたしの名前を呼んでくれている。


視界が歪んだ。


どうして今まで分からなかったんだろう。―――あたしはこの人に、一目惚れしていたんだ。


水をかけられたあの時から。ワイシャツを貸してくれた、あの時から。


出会った瞬間から―――。


「ちょ、未羽ちゃんっ?どうして泣いて」


「好きですっ」


「…え?」


「好きです、好きなんです。あたし、九条さんのことがどうしようもなく好きなんです」


「ちょ、」


「いきなりごめんなさい、でももうだめです、好きなんです。好きで仕方な」


「ちょっと待って!」


いつの間にか五メートルあった距離は詰められていて、あたしは両肩をものすごい力で掴まれた。それではっと我に返る。


あたしは今、何を―――。


「分かったから。分かったからもう、勘弁して」


やっぱり迷惑なんだ…と涙がぼろぼろこぼれた。


「あぁっ、違う違う、そうじゃなくて…」


「…?」


じゃあ…どういう?


「そのさ…二十も過ぎるとそんな率直に言われることなくなるから。…恥ずかしくて」


掴まれた肩から腕へ、首筋へ、顔へ。おずおずと視線を辿ると、言われた通り九条さんの顔は―――赤かった。


少し、だけど。


それを認めた瞬間、瞬時に羞恥心が沸き起こった。


あたし、勢いに任せてなんて告白を…!!


自分の顔も熱を持ったのが分かる。


「………………」


「………………」


双方沈黙。九条さんが掴んでいた肩を放し、ぎこちなく距離をとった。


その沈黙に気まずさを感じ始めた頃―――。


「ふっ…」


九条さんが笑った。


「…な、何ですか」


「いや…黒瀬さんて凄いなと思って」


「えっ…」


ひな?なんでここでひな?やっぱり、そうなの?


また視界が潤んで、そしたら焦った九条さんが慌てて言葉を付け足した。


「違うよ、そういうんじゃなくて…その、今回のこと、実は黒瀬さんに頼まれたんだよね」


「…頼まれた?」


「うん。異動のこと、黙っててごめんね未羽ちゃん。本当は今週転勤することは、未羽ちゃんと会った時から分かってたことだったんだ」


「じゃあ―――言ってくれたってよかったじゃないですか!」


あたしの声が午後の砂浜に響く。


「僕も何度も言おうと思ったよ。あの日海に誘ったのは、その為もあった」


「あっ―――」


だからあの日九条さんは、何度も口を開いたり閉じたりしていたんだ!…合点がいった。


「言おうと思ったんだ。でも、黒瀬さんに止められた。―――頼むから言ってくれるなって」


「…どうしてそんなこと」


「『未羽は自分の気持ちも分かんないニブチンだから』って」


「なっ…」


「それから、同時にこうも言われた」


異動のことを黙って姿を消せば、未羽は自分の気持ちに嫌でも気づくから。そうなったらもうこっちのもんで、九条さんの職場まで追っ掛けても好きだって言いにいきますよ。だから、今は黙っててください。絶対、言いますから。いえ―――言わせますから。


「なんかもう、色々すごいよね。でもやっぱり僕だって好かれてる保証はなかったし、黙っていなくなるのは未羽ちゃんにかわいそうだと思った。だから言おうとしたんだよ、あの日のうちに」


それなのに―――九条さんは遠い目をした。


「我慢できなくて言おうと思うたび、黒瀬さんからジャストタイミングでメールやら電話やらくるんだもん。おちおち言えたもんじゃないよ」


九条さんが苦笑する。


メールやら電話……。


じゃあ―――じゃあ、もしかして。


「ひなと連絡取り合ってたのは、その為…?」


「あれ、気づいてたの」


「えっ?あの、気づいてたっていうか…」


微妙な感じに口籠もるあたしに、九条さんは「あぁ」と笑った。


「あの時か。携帯預けた時にメールがきたんだね」


「う、その…はい。勝手に見ちゃってすみません」


「いいよ。不可抗力でしょ?それより…返事してもいい?てゆうかするよ」


「―――っ!」


いきなりの話題転換に、おさまりかけていた鼓動と体温がまた急激にあがった。


かっと身体が熱くなる。


自転車とかで転びそうになった時に、一瞬身体がボッとなって心臓がばくばくする感じにすごく似ていた。


はい、と返事をしたけれど語尾が裏返る。


緊張して、怖くなって、下を向く。目を(つむ)る。


だけど、耳に届いた言葉は。


「―――僕のほうが先だった」


完全にあたしの度肝(どぎも)を抜くものだった。


「…は?」


思わず素の呟きが出たほどだ。見ると、九条さんは苦笑している。


「未羽ちゃんは気づいてなかっただろうけどね、僕は君のことずっと見てたんだよ」


「???」


「…びっくりした?―――毎朝決まった時間に会社の前を通る女の子のこと、ずっと見てたよ」


言ってから九条さんは指折り数え始めた。


段差でつまずいたでしょ

鞄の中身ぶちまけたでしょ

信号無視したでしょ

あぁそういえば一回二時間くらいの大遅刻したことあったよね?

あれ僕事務所の中から見てたんだー

あの時大丈夫だった?


九条さんの口から出てくる言葉は、全部見に覚えのあることばかりだった。心配までしてくれるというオマケつきだ。正直、顔から火が出る程恥ずかしい!


「あと…」


どうやらまだ続くらしいあたし観察日記に、慌てて歯止めをかけた。


「いいいいーですっ。もういーですっ」


「そ?…じゃ違うこと教えてあげる。未羽ちゃんさ、僕との初対面の仕方覚えてる?」


「…へ?そりゃあ覚えてますよ。忘れられるわけ、ないじゃないですか」


あんな衝撃的な出会い方。あたしでなくとも忘れないに違いない。


「九条さんのまいた水が、間違ってあたしにかかっちゃったんですよね」


あの瞬間の情景が、脳裏にまざまざと思い浮かべられた。


「それ。実はさ…」


一旦言葉を切って、視線を伏せる九条さん。


「な、なんですか…?」


「間違ったんじゃなくてわざとなんだ」


「―――」


…またもや声を、失った。


「ど、どうして」


「さっきも言ったじゃん。僕は、ずっと前から君のことを見てたって」


「…っ」


「ごめん。でもわざとって言うと語弊があるかも。…自分でも無意識にやってたんだ。また、君が僕に気づかず通り過ぎてしまう。そう思ったら、なんかこう、手が勝手にバシャッとね」


バシャッとね、の所はご丁寧にパントマイムつきだ。


…それが本当なら。うわぁ、なんかもう。


「〜〜〜っ!」


「わっ」


抱きついた。もう我慢の限界だった。


「いいんですよねっ?九条さん、あたしのこと好きだって―――そう思って、いいんですよねっ?」


知らず知らずのうちに涙ぐんでいた。


…嬉し涙だ。


九条さんの胸に顔を押しつけて、嗚咽をこらえる。


頭に柔らかい感触。手を乗せられていた。


「―――うん。僕は、君のことが好きだよ」


そのままぽふぽふ、と頭を叩かれれば涙は増えるばかりで。


「ふっ…、うわぁん」


良かった…。気持ち伝えて、良かった…!


村上さん。あたし、幸せつかまえましたよ。


抜けるような青空の下、あたし達はいつまでも抱き合っていた。


―――それからあたしが落ち着くのを待って、二人で海を後にした。


帰りは九条さんの車で、あの日あんなに暗く見えた外の風景が、やけに鮮明に色を映した。


右手は九条さんに握られている。


―――透真、と名前を呼ぶと、九条さんが凄い勢いで吹き出した。


あまりの慌てようが、なんだかすごく愛しかった。


「そういえば、シャツどうすればいいですか?」


「あげる」


「ほんとですね?あたし着ちゃいますよ」


「いいよ。その代わり僕はこれもらうから」


そう言って眼前に差し出されたのは…あの日あたしが海に投げたはずのガラスビンだった。


「なっ…!どうしてそれを」


「拾っちゃった」


「ええ!」


「知らなかった。未羽ちゃんこんなに僕のこと好きだったんだね」


そう言う九条さんは…極上のキラースマイルだった。


あぁ、あたしはきっと―――この笑顔には、一生勝てないに違いない。


読んでくださりありがとうございました\(^O^)/物語はひとまずこれにて終幕です。遅筆ですいません。来週水曜、すぐにこれの番外を載せるので、よろしければそちらもよろしくお願い致します♪最終話が終わった直後からの話になります(^ω^)

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