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いち。出会いは水も滴るイイ女?

   

―――少し気付いてくれるだけでよかった。

 

じっと眺めているだけのこの生活に

 

知らずに飽きていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

八月。濃い緑色の葉がつよい日ざしに照らされてきらきらと輝いている。

 

プールに向かう親子連れも多く、公道はにぎわっていた。

 

いいな。楽しそう。

 

あたしはその中を、「スイマセン、スイマセン」といいながらすりぬけていく。

 

毎日のように通る車屋さんの前。

 

お!今日もやってるやってる。

 

若い男の人が、水まきを。 

バシャッ。

 

「え」

 

ところがどうしたものか、その人が水を巻く瞬間と、あたしが前を横切る瞬間のタイミングが、ばっちりあってしまった。

 

「うそ…これから学校行かなきゃいけないのに…」

 

制服はびしょびしょで、すでに学校に行けるレベルじゃない。

 

あぁ…。

 

この気持ちをどう表そうか!!

 

憤慨するあたしに、

 

「すみません…大丈夫?」

 

水をかけた本人であるその人が、そばに来てそう言った。二十歳前後の、わりと整った顔をしている男の人だった。


思わず一瞬、どきりとする。

 

「うちの店で乾かしてったらいいよ」

 

染めていない若干長めの綺麗な黒髪をかたむかせて、彼は言った。


「じゃあ…お言葉に甘えて」

 

このままじゃどこにも行けないし…。そうしよっかな。 

あたしは案内されるがままに後についてった。

 

店内に入ってみると、そこは思ったよりも綺麗な場所で。

 

並べられたショーウィンドウの車。やわらかいライトアップ。

 

へぇ…車屋さんて、こんななんだ。

 

そう、ちょっとばかしイメージを改めたんだ。

 

「こっち」

 

誘導されるがまま、従業員用の通路を歩く。

 

道中―――彼は1度も、こちらを見ない。

 

会ったばかりの人なのだから、当たり前といわれれば当たり前。

 

でもどうしてか―――あたしは、そのことに寂しさを感じてる。

 

自分でもこの感情を何というのか、名前など付けられないまま―――気がついたときには、従業員用の更衣室に通されていた。

 

「着替え、ここに置いとくね。…僕のワイシャツだから少し大きいと思うけど」

 

そう言って差し出されたのは、2Lのシャツ。

 

細身の割に大きいサイズに、妙にときめきを感じた。


これに着替えればいいわけね。

 

「何から何まで…ありがとうございます」

 

「うぅん、僕のせいだから。それより」

 

早く着替えて。

 

最後に、そう呟いたのは、気のせいだっただろうか?

 

気まずそうに目線をずらして言った後、彼は部屋を出ていった。

 

…え〜?なになに??

 

最後のなに?目も合わせないで。

 

着替えようとブラウスのボタンに手をかける。

 

――…これか!!!!!

 

あの人が目逸らしてた理由、分かっちゃった。

 

…水で下着が透けてたんだね。

 

「でも、年上なのに…」

 

やば、可愛い。

 

自然に笑い声がこぼれてしまった。

 

ってぇ!そんなことより着替え着替え!!

 

―――と、そのとき。

 

ドンッ。

 

「はっ!?」

 

ななななななに!?

 

怪奇現象!?ポルターガイスト!?

 

今、入り口のドアひとりでに鳴ったよねぇ?

 

ビビるあたしをよそに、それ以降、一度もドアは鳴らなかった。

 

なんだったのだろう。 

 

「あ、あの…終わりました」 

着替えおわって、ドアを開けて後向きで待ってた男の人に、恐る恐る声をかける。

 

「あぁ…お疲れさま」

 

だけど、そう言う彼のほうがあたしには疲れて見えていた。

 

なんか、呼吸乱れてるし。気のせいですかね?

 

「サイズ大丈夫だった?」 

「はっ?えっ、えぇなんとか!」

 

…いきなり話しかけるから、変な声が出てしまった。 

「髪…まだ少し濡れてるね」

 

一人ごとのように呟いて彼はあたしの髪に触れる。

 

〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!!!!

 

近い近い近いって!!!

 

けど、苦節十六年。

 

男慣れしてないあたしはなんにもできずに固まった。


…我ながら純情だと思う。


彼は、まだ触ってる。


…黙れあたしの心臓。


―――ひとつ分うえにある(そして今はかなり近い!!)彼の顔を、そっと見つめてみた。


…綺麗。本当に、男の人?


格好いいわけじゃない。


可愛いわけでもない。


ただ―――綺麗。


この言葉に尽きる。


なんていうか…パーツの一つ一つが整ってんのよね。


……………………………。


「ドライヤー」


…はっ?


「ドライヤー、要る?」


―――えぇ?


「髪…」


あぁ…髪ね!


危ない危ない…見とれてた。


「いっ…いーですッ!大丈夫ですから!」


「えっ、でも自然乾燥は髪に悪」


「ホントに!大丈夫ですから!!」


てゆーかこれ以上あなたと居たらあたしの心臓が大丈夫じゃなくなりますからッ!!


「…いいの?本当に?」


「はいあたし自然乾燥大好きなんでっ」


…意味分からない!


「そうなの?じゃあ良いかな」


納得しちゃうの!?


「出口まで送るよ」


…天然ですかね?


――こうしてあたしのつらくも甘ずっぱい時間は、終わりを告げたのだった…。






「じゃあ…本当にごめんね。気をつけて」

 

「はぃ…」

 

あーあ…行かなきゃいけないのか…。


何というか…


離れがたい。


道路に面した場所で別れの言葉を口にする。


「あっあの!」


けどあたし、このままじゃ終われない!!


「連絡先…教えてもらって良いですか!?」


「え」


ほら!!訝しんでる!!


「その…ワイシャツ、返さないといけないし」


とっさに出たのはこんな理由。


…別に変じゃないよね?返さないといけないのは嘘じゃないし。


「シャツなんて…別にもらってくれても」


もらっ……!?


…それもそれでおいしいかも。


―――じゃなくて!!


「だめですそんなの!!お借りしたものはきちんと返さないと!」


シン…と一瞬の沈黙。


「…ふっ」


え?


「はははっ」


「…何ですか?」


「君、見た目に似合わず結構律儀な性格なんだね。びっくりした」


それだけ言うと、彼はまた笑いだす。


彼の綺麗な黒髪がさらさら揺れる。


「見た目に似合わずって…失礼な」


ぼそっと呟いたあたしだって、ホントは。


彼が笑顔を見せてくれたことが、嬉しくて仕方なかった。


「じゃあ…はい」


まだ呼吸が多少荒いが、アドレスと番号、それから名前が書かれた紙を彼はくれた。


「くじょう…とうま」 


九条透真。


このひとの名前…━━━。


「そう。君は?」


「あたしですか?…さくら、みうっていいます。漢字は、こうです」


手のひらに指で字を書いてみせた。


“櫻 未羽”


「…みう?可愛い名前だね」


目線を合わせて九条さんはまたふわりと笑った。


駄目だあたし、この笑顔に弱い。


「…ぁ…りがとぉござぃます…」


所々小さく、蚊の鳴くような声で言ったから、彼に聞こえたかどうかは分からない。


「じゃあ、あの…学校行かないといけないので」


「そっか、そうだね。いってらっしゃい」


「…っ。いってきます」


な、何ですかね、この夫婦みたいな会話。


ギクシャクとした笑顔で、あたしはその場を去った。


「っ、はぁああぁああぁぁあぁ〜」


だから、その後に九条さんが大きなため息をついたことなんて、あたしは知らない。


学校に着くと、案の定友達から追及をうけた。


「未羽ぅ〜?こんな時間まで、どこで何してたのかなぁ〜?今何時間目かご存知ですか〜?」


うっ…この、情報収集屋め。


「二時間め…」


「吐ーけ」


にっこりと語尾にハートがつく勢いで、どす黒い笑顔を見せるあたしの友人、黒瀬ひな。


「…黙秘!」


ひなに知られたらこれから先どうおちょくられるか、分かったもんじゃない。


あたしは精一杯の抵抗をしてみせた。


「ぅふッ。いつから未羽そんなに偉くなったの?未羽に拒否権なんてないぞっ」

可愛い顔してコイツは!


…まったく末恐ろしい。


「別に、なんもないよ。途中で腹痛くなっただけ」


平静を装う。


「ほんと?」


「ほんと」


「じゃあ聞くけどね〜、どォしてシャツが学校指定のじゃないのかなぁ?」 


「……っ!」

 

それは気づかなかった。くそっ、盲点。

 

「さ、どーして?」

 

答えられるもんなら答えてみなさい。

 

…目が、語っていた。

 

く…、あたしの抵抗もここまでか!?

 

なんて、諦めかけた時。

 

「はぁーい。HR始めるよ〜」

 

入って来たのは担任の小川原聖子。通称聖子ちゃん。 

「ちっ…。聖子ちゃんなんてバッドタイミング。これこそKYだわ」

 

あぁ!聖子ちゃんなんてグッドタイミング!あなたこそ神だわ!!

 

…同じ時あたしはそんなことを思ったりしていた。

 

「しょうがないなぁ。今はとりあえずやめとくけど〜。次の休み時間、覚悟しててねッ」


形の良い、小さな唇を怪しげな三日月形に変えて、スカートのプリーツを鮮やかに翻しながら、ひなは自分の席に戻っていった。


…あたしはというと、どっと疲れが押し寄せて思わずため息。


頬杖なんかついて、聖子ちゃんの連絡事項を話し半分に聞いていた。


机のうえに、腕で顔を隠すように突っ伏す。


学生ならみんな寝るときこうするよなぁ、とかどうでもいいこと考えたりして、あたしは目を閉じた。


ときおりふいに、ふわっといい香りがする。


「…??」


何コレ?いつものあたしの香りじゃない。


あぁ―――。


このシャツの。…九条さんの、香りだ。


そう思ったら、一気にむず痒いような、ふわふわと体が浮くような、不思議な気持ちになった。


シャツ、返したくないな…。


そう思う自分はちょっと変態くさいな、と思ったけど本心なのだから仕方がない。


あたしはもう一度だけ深く息を吸って、意識を手放した。


…次に目を開けるきっかけになったのは、ひなの声。


「みーうー。起きてよぉ、聞きたいこといっぱいあるんだからねっ」


「う…ひな」


「なぁに、その寝ぼけ眼。ねぇ、結局そのシャツ誰のなのよう」


ひながあたしの腕を握って体をゆさゆさと揺らす。


やめてくれ。寝起きで頭が痛い。


「なーんーでーもーなーいーってーばー」


「もう、バレバレなんだから教えなさいよぉ。…拒否権ないって、言ったよねっ」


可愛らしく言ってはいるけど、ひな、目が笑っていない。


あたしは背筋に寒いものを感じ、観念して話すことにする。


あーあ…これから先、このネタでいじられるんだろーなぁ。


「今日学校来るとちゅうに打ち水かけられたのよ、車屋さんの若い男のひとに」


「若い男のひとぉ?未羽、いいなぁ。カッコよかった?」


って、食い付くのそこかい。


あたしは心中で突っ込みながらも、ひなの問いに九条さんの顔を思い浮かべる。


「カッコいいっていうより、綺麗、だったな」


口に出してみると改めて実家させられて、自らもウンウン、と頷きながら会話をする。


「綺麗なの?…うーん、よく分かんない。どんな顔」


「どんなって…こう…」


あたしはどうにか伝わらないかと、両手が意味不明な動きをする。


「なぁにそれー意味分かんないよっ」


「うーん、髪は黒くてさらっさらで…」


「うんうん」


「鼻筋通ってて…」


「それで?」


「肌がきめ細かい」


「……………」


「あと、目がおっきいかな」


「…男?」


「男」


自信を持ってきっぱりと言う。


「…ねぇ、きょおの帰り連れてってよ」


「えぇ?車屋さんに?」


何を言うかなこの子は!!


「見たいもぉーんっ。ね、約束ー」


ひなはあたしの手を取って上下にブンブン振ると、満足そうに笑って自分の席に戻っていった。


今ので約束したことになっているらしい。


呆然としながらもあたしは、もしかしたらまた九条さんに会えるかも、なんて不謹慎なことを考えて知らずに胸を高鳴らせていた。


放課後、もう一回化粧直ししなきゃ、なんて考えながら。


九条さん、現金な女でごめんなさい!


〜時計塔の下で〜の連載を終了してから、ずいぶんと時間が経ってしまいました(汗)今度は、何の裏も伏線もない素直な恋愛を書きたいと思い、始めました。それほど長くならない予定です(´∀`)ぜひ一読を♪更新は週一、土曜日の予定でござりまする〜。ご意見ご感想、待ってます(`・ω・・)

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