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不覚の運命  作者: Traitor
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第五章 意志 1

 正午。まだ昼だというのに空は厚い雲に覆われていて、雨こそ降っていなかったが辺りは薄暗く、気分さえも落ち込んでしまいそうだった。

 黒川隼人が真犯人だという事実がわかり、捜索をはじめてから、すでに一週間がたとうとしていた。だが、未だに野田から彼が見つかったとの連絡は来ない。

 桐谷ははじめこそ彼の連絡を心待ちにしていたが、時間がたつにつれ、そのこともあまり考えなくなっていた。様々なことが起こったために忘れかけていた今までの日常を、取り戻しはじめていたのである。

 また、桐谷はその日常をそれまでは退屈と感じていたはずだったが、事件のあとではそれほど感じなかった。むしろ、安心できる平穏な日々の中で生活を送れることが嬉しかった。それほどにあの事件に関しては、色々と大変だったのである。

 今にも雨が降り出しそうな空模様を眺めながら、桐谷はいつものようにタバコをふかしていた。

 五月中旬。六月には梅雨が来るだろうし、毎年のことながら、鬱陶しいと言ったら他ならない。といっても、来るものは来るのだから覚悟しなければならない。

 桐谷は居間のソファに腰かけると、リモコンを取ってテレビをつけた。だが、チャンネルを変えても特に見たい番組がなかったので、適当にニュースを見る。

 毎日当たり前のように流れる殺人やら強盗やらの事件を、世間の人々は一体どのように捉えているのだろうか。桐谷はふと、そんなことを思った。

 命は何よりも重いと言われながらも、毎日淡々と消えてなくなっていくたくさんの命。それらを奪う犯罪者たちの命も平等だと言われながらも、それを死刑という形で奪ってしまうことだってある。

 それらをあの事件を通じて色々と触れ渡ってきた桐谷だったからこそ、そう簡単には無視できなくなっていた。だが、そうは言っても自分には何もできない。その事実が桐谷は悔しかった。

 また、桐谷は人を殺すということに関して、その中でも特に自殺について多少の関心を覚えていた。だが、それは自分が自殺したいというところから来るものではなく、単純な興味によるものだった。

 調べてみたところ、日本の年間における自殺者の数というのは、昔と比べて遥かに多くなったとのことだった。特に一九九八年からは三万人を超え、それまで約二万から二万五千人程度だったのが、その年を境に急増し、それ以降三万人超が続いている。

 そして、その自殺者の約七割が男性であり、一九九八年以降、自殺者の数が急増した要因も男性――特に中高年男性による自殺の増加によるものということだった。

 また、年齢別に見ても、四十代から六十代前半にかけての自殺が最も多いとのことだった。四十代から五十代にかけては、特に経済的な理由などから生活苦に陥り、それによって自殺に追い込まれる場合が多い。そのために過労自殺を行うのも、この年齢層には多いとのことだった。

 だが、六十代以上になると、その理由も多少変わってくる。つまり、経済的な理由よりも健康面での不安が自殺の理由になる場合が多いのである。

 そして、それは世界的に見ても、日本の自殺率というのは世界の国々の中でも上位に位置しているとのことだった。

 考えてみれば、何とも恐ろしいことである。年間に三万人以上ということは、単純に計算して一日に百人近くが自殺していることになるのだ。

 なぜ、自殺するのか。

 そのとき、彼らの心理は一体どうなっているのか。

 最期の瞬間、一体何を思うのか。

 彼らに救いの道はなかったのか。

 そして、自分がそんな考えに至ってしまうことがあるのか。

 桐谷の頭の中では、考えるほどに次々と疑問が浮かんできた。そのうち、どんどんと憂鬱になってくる。

 桐谷は、それらを振り払おうと頭を振り、気を取り直して立ち上がった。台所へと向かい、冷蔵庫から昨日買っておいたコンビニ弁当を取り出す。それを電子レンジで温めると、再びソファに座って食事をはじめる。

 ――と、そのとき不意に携帯電話の着信音が鳴った。それは電話ではなく、メールの着信音だった。

 一体誰からだろうか、と桐谷は思った。野田から連絡が来る場合は、家の電話のはずであり、ましてメールなどではない。携帯電話では、最近誰とも連絡を取っていなかった。

 では、澤田さんか? とも思ったが、まさか、とすぐに思い直した。瞬時に色々考えたが、 結局答えの出ないまま、携帯電話を開いて差出人を確認する。

 桐谷は、目を見張った。普通考えられないような名前が、画面には表示されていた。

 ――黒川隼人。

 一瞬呆然としたが、すぐに本文を確認する。件名はなかった。


《警察が俺を捜してるところを見ると、すべてわかっちまったんだな?》


 そのとき桐谷は、これは本当に隼人だろうか、と思った。だが、今はそれを確認する術はない。とにかく、相手を黒川隼人だと思ってメールを返すことにした。


《わかった。だから自首してくれ。お願いだ》


 短いが、気持ちは十分伝わると思った。それ以前にメールをしてくるということは、それなりの覚悟を持っていると見て間違いないだろう。いずれ自分は捕まると、だからメールしてきたのだろうと、桐谷は考えた。

 だが、そこで彼は突然要求をしてきたのである。


《待ってくれ。その前にお前と二人で話がしたい。今日の午後五時にあの公園だ。わかるだろ? あと、警察は呼ぶな。俺はお前と二人で話がしたい》


《自首してからでも俺とは話ができる。だから、先に自首してくれ》


 桐谷は、彼の要求では自分に危険が及ぶ可能性もあると考え、そう返信したのだが、しばらく待ってみても、彼からの返信はなかった。おそらく、これ以上何を言っても無駄だろう。彼は、すでに覚悟を決めているのだ。

 あの公園というのには、覚えがあった。きっと、小中学時代によく寄り道で訪れ、遊んでいた公園のことだろう。

 なぜそこを選んだのか、という疑問は浮かばなかった。もしかすると、彼は二人だけにしかわからない場所を選ぶことによって、本人だと気づかせたかったのかもしれない。

 桐谷はしばらく考えたが、結局野田に連絡することにした。たとえ相手が大切な友人だとしても、そして何を言われようとも、これを警察に連絡することは必要事項であり、何より野田たちに黙って行動することには嫌気がさした。

 野田に連絡すると、すぐに署へ来てくれ、とのことだった。

 桐谷は急いで支度を済ませると、そのまま家を飛び出した。


 午後五時。いつもなら、真っ赤な夕日が辺りを綺麗な橙色に染めている時間帯だが、今日の空はあいにく雲に覆われているせいで、まだ暗くはないにしろ、辺りは陰性な雰囲気に包まれていた。

 桐谷と黒川が、落ち合うと約束した――実際は黒川が一方的に要求したのだが――その公園は、比較的大きな公園だった。その中央には噴水やベンチが設備され、その周りを円形で大きく取り囲むように、そして公園全体にまでたくさんの木々が並んでいた。また、中央からは何本かの道が延びており、それが公園の外へと繋がっている。

 その噴水の前に、一人の男が立っていた。黒川隼人である。彼は、黒のTシャツに黒のジャケットを羽織って、その上黒のジーンズという全身黒尽くしの奇妙な格好だった。

 彼は、腕時計で時刻を確認してから、辺りを見回す。すると、ちょうど彼から右方向に延びていた道の奥から、誰かが歩いてくる姿が目に入った。

 桐谷だった。彼は、やがて黒川に声が届くほどの距離になると、耳を澄ませばどうにか聞こえるくらいの声で呟いた。

「隼人……」

 だが、黒川はそれを無視するように言った。

「こっちだ。ついて来い」

 そう言って、黒川は桐谷が来た道とは反対の――左側の道へと入っていった。桐谷も、黙って彼のあとについていく。

 少し歩くと、公園の外ではなく、木々の生い茂る中で少しだけ開けた場所があった。道から外れて地面の草を踏み、そこへ向かう。

 そのちょうど中央辺りに到着すると、黒川は急に振り返った。辺りはたくさんの木々に覆われているので、人に見つかる可能性は低い。

 桐谷は少し身構えたが、黒川はそんな様子を気にすることもなく、言った。

「お前に一度、すべてを話したかったんだ。そうすれば、俺の覚悟も決まる」

「そ、そうか……」

 だが、桐谷はまだ警戒を解かなかった。彼がまだ何かをして来ないとは、限らないからである。

 桐谷は、署に行って野田たちと話し合った結果、念のため、野田たちが近くで様子を伺うということになった。つまり、今もどこかで二人の様子を監視しているのだ。幸い、この公園は木々が多いので、隠れるのにも好都合である。そして、もしも黒川が不審な行動に出たら、野田たちがすぐに飛び出してくるはずだった。

 黒川も、当然そうしてくる可能性は考えているはずである。だが、彼は警戒するような素振りなど一切見せなかった。

「あの計画は、実は何年も前から考えていたことだったんだ」

 そう言って、黒川は事件の真相について、話しはじめた。


 その真相が、藤森の推理にほぼ間違いがなかったということに驚いた。

 事件の真犯人――黒川隼人は、この計画を何年も前から考えていた。そして、星野一樹に対して復習という名で行ってきた嫌がらせのすべては、実はこの計画のための布石だったのである。

 最初は小さな嫌がらせから、それをどんどんと大きくしていく。それが、星野が自分に対して憎悪を抱かせるための作戦だった。

 そして、約一年前、中学校の同窓会が催されることを知った。絶好の機会だった。黒川は星野に歩み寄り、自分が復讐をしているということを告げた。すると、願ってもないことに星野は自ら黒川の家に訪れたのだ。そこで黒川は、自分はあと二回の復讐をやると断言した。嘘ではなかった。

 それから半年後、黒川は計画通り、その一回目の復讐を遂行した。星野とその妻との間で騒動が起こり、それによって星野が自分を憎むようにと仕向けた計画だったが、結果は離婚というこれ以上ないほどに最高の形になった。

 やり過ぎたかな、などという実感はなかった。これで計画が確実なものになるという満足感しか抱かなかったのである。

 そして、事件の二ヶ月ほど前、黒川は最後の復讐のため、二人の人間をそれぞれ呼び出した。

 まず一人目は、黒川隼人の双子の弟――黒川誠だった。双子とは言っても、彼とは二卵性双生児だったので、顔は似ていない。それもまた、好都合だった。

 隼人は、誠が両親をひどく憎んでいたことを知っていたため、その両親を殺すための手伝いをしてほしいなどと言うと、最初は驚いていたが、すぐに了解の返事が来た。

 誠には、星野一樹に殺し屋の宇田正則として接触させることにした。これで星野が隼人の殺しを依頼した瞬間、彼は罪を問われることになる。そして、当然そうなると自信を持っていた。

 ――そして、誠を自分の身代わりとして殺すつもりだった。

 二人目は、友人――有原智也を選んだ。別に友人なら誰でも良かったのだが、彼は隼人よりも性格上少し弱い立場にあったため、彼を利用することにした。

 最初は事件のことなど一切教えず、ただ手伝えと言った。だが、それではさすがに抵抗してきたので、少しの金を用意してやったら、了解してきた。

 有原には、桐谷耕介に私立探偵の白崎竜輔として接触させた。それは不必要と思われるかもしれないが、一応の布石だった。桐谷には事件現場へ直接行ってもらい、第一発見者として、まずは容疑を疑われる。そこで、桐谷はすべてを話し、有原にわざと星野さんと言わせるつもりなので、当然星野の調査が進むだろう。

 そして、星野が見つかれば、それで計画は完遂のはずだった。桐谷の無罪は証明され、星野は逮捕される。だが、それまでは順調だったのだが、事件当日、予期せぬ出来事が起こったのである。

 隼人の当初の計画では、殺害するのは三人の予定だった。つまり、誠と両親である。

 事件当日。隼人と誠の二人は、隼人の家に呼び出しておいた両親を殺害した。まさか、息子たちに殺されるなど思ってもいなかったのだろう。そんな老人の背後を取るだけだったので、それに二人だったので簡単だった。

 両親を殺害したあと二人になったところで、隼人は計画通り誠を殺した。彼は半ば呆然と立ち尽くしているだけだったので、狙いを定めて一突きで殺すことができた。

それが、事件現場に傷ひとつなかった理由である。

「……裏切ったな」

 誠は最期にそう言ったが、隼人にとっては計画を成功させるための犠牲のひとつに過ぎなかった。

 そして、隼人は誠を自分の身代わりとするため、嫌な気持ちだったが、その遺体をバラバラにして、次いで顔も切り刻み、誰ともわからないようにした。

 そのとき、家へ来るようにと事前に連絡しておいた有原がやって来た。彼が来たタイミングも完璧だった。あとは彼にすべてを話して、家をあとにするつもりだった。

 だが、彼は話をすべて聞くか聞かないか、突如逆上した。いきなり、隼人の胸倉に掴みかかってきたのである。

「ふざけんな! 俺はこんなこと聞いてない!」

 隼人は身の危険を感じ、手にナイフを持っていたということもあり、思わず彼を殺してしまった。それが、失敗だったのである。

 だが、そうは言っても仕方がない。そう思って、隼人は彼の存在もばれるとまずいと感じ、誠同様、顔を切り刻んでバラバラにした。

 そして、隼人は証拠になりそうな携帯電話やその他色々なものを押収してから、家を出た。そのとき、有原には万が一の場合に備えてタクシーで来いと命令していたので、車は自分のものと両親のものとがあり、その両親の車を使った。

 だが、もうひとつだけ問題が残っていた。

 それは、桐谷を家へ呼び出すための人材――つまり有原を殺してしまったことだった。連絡しないとも考えたが、やはりそうもいかないと、隼人は有原の携帯電話から桐谷の家へ電話をかけた。

 彼が、寝起きだったことに助けられた。少しは疑われたかもしれないが、それでも彼は家へ行ってくれたのだ。

 これで、ほぼ遂行した。多少悪事は起きたが、それでも問題ないだろうと思った。

 ――だが、警察は自分を捜している。

 最近、隼人はその事実に気がついてしまった。

 そして、捕まるのは時間の問題だと思った。

 時間がない。それならせめて、桐谷にだけでもすべてを話そうと思った。そして、そこで覚悟を決めるつもりだった。

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