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不覚の運命  作者: Traitor
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第四章 結集 3

 次の日二人は、澤田は当たり前として、桐谷と星野も呼び出して、その藤森の推理について、最初から詳しく説明した。

 その推理をはじめは驚いた顔で聞いていた三人だったが、それを裏づけする理由をしっかりと説明していくうちに、合点したようだった。

 誰からも反対や疑問の声などは上がらない。それほど、その推理は理に適っていた。

「では、犯人の可能性は黒川誠よりも隼人の方が遥かに高いということですか」

 説明を聞き終わった桐谷が、確認するように言った。

「そういうことですね。遺体はバラバラにされていて、確たる証拠はないですが、黒川隼人と誠の血液型は同じで、当然両親との血縁関係もあります。あとは、そのバラバラにされている部位を見て、何か特徴があればいいのですが。身長や体重もほぼ同じということなので、それ以外に見極める方法がないんですよ。何か、外見的に大きな特徴はないんでしょうか?」

 桐谷と星野は、そのために呼ばれていたようだった。彼の特徴を知っているのは、他ならない彼の古い友人である。

「隼人の特徴ですか……」

「はい。あと、桐谷さんには、黒川誠の特徴の方も考えてくれませんか? この中で彼と関わりがあるのは桐谷さんだけですし、彼の特徴がわかれば、その見極めがもっと確かなものとなりますので」

「わかりました」

 そう言って桐谷は、腕を組み考え出した。だが、浮かんでこない。そうしていると、星野の方が口を開いた。

「そう言えば……隼人の額には、縫った跡があると思います。何針かは教えてくれませんでしたが、お前のせいで縫ったんだよ、と怒鳴られた記憶があります」

 その記憶は、星野にとっても良いものとは言えないだろう。現にそう言っている星野の表情は、どこか悲しげに見えた。

「わかりました。少し調べてみます。他には、何かありませんか?」

 そのとき、桐谷は突如として思い出した。

「――そう言えば、誠は膝を手術したってことを隼人から聞いた気がします。確か、階段から落ちたときに膝をおかしくしたと。それで、心配だなと隼人は言っていました」

「わかりました。それは大きな情報ですね。それでは、早速調べてみたいと思います。藤森巡査――」

 野田がそう呼びかけると、藤森は頷いて部屋から出ていった。いつもながら大変だな、と桐谷は思う。

「あの、野田警部……」

 そう言ったのは、澤田だった。

「どうしました?」

「あの、仮に事件の犯人が本当に隼人だったとして、どうして彼は有原智也を殺したんでしょうか?」

 その質問に、野田は一息ついてから答える。

「それはまだわかりませんね。前に言っていた通り、彼が不慮の行動に出た可能性も考えられますし、他の可能性もあります。もしかすると、彼は事件の内容を知らされていないままに事件現場へ連れていかれ、その事実を知ってそんな行動に出てしまい、やむなく殺されたかもしれませんね」

「なるほど。そうかもしれませんね。バラバラにした理由というのも、そこに関係がありそうですし。あと、誠を殺した理由というのは、隼人が自分と偽装させるためと見て間違いありませんよね?」

「それは間違いないでしょうね。彼の目的は星野さんを犯人に仕立て上げることでしょうから、たとえ事件が起こったとしても、自分が殺されていることにならなければ、少なくとも星野さんは未遂となりますからね」

「ですね。私も、その推理は正しいと思います。隼人が真犯人だったということには、少し残念ですけど」

 それは同感だな、と桐谷は思った。

 今まであった違和感は、その推理を聞いていく中で解消されていた。そして、桐谷もその推理で間違いないだろうと思ったのである。だが、そうなると黒川隼人に対しては複雑な気持ちになってしまう。

 黒川隼人とは長い付き合いであり、彼の性格も桐谷はよく理解しているつもりだった。当然、彼が星野一樹を憎んでいたことも知っていた。だが、その復讐のためにまさかここまでのことを起こすとは、考えもしなかった――というより、考えたくもなかった。たとえどんなに憎んでいたとしても、そのせいで人嫌いになってしまったとしても、決して人を殺すような人間ではないと、桐谷は思っていたのである。

 それが、まだ確定していないとはいえ、残念だった。結局、自分が彼に対して尽くしてきた行為は、すべてこの事件のためだったのかと思えてしまう。

 桐谷はそんな思考の果て、深い溜め息をつくのだった。


 それから一時間ほどたったとき、突然部屋のドアが開くと、藤森が入ってきた。手には何か資料を持っていて、そのまま野田へと近づく。

「わかりましたか?」

 野田が聞いた。

「はい。ええと、確かに遺体には膝に手術した跡が残っていました。額も調べてみましたが、やはり縫ったような跡は見受けられなかったとのことです」

 それを受けて、野田は確信するように頷いた。

「間違いなさそうですね。やはり、殺されていたのは黒川誠でしたか」

 桐谷は黙ったまま、何とも言えない、妙な気持ちになった。それは、澤田も同じことだろう。彼女も、黙って二人のやり取りを見ているだけだった。

「では、早速黒川隼人の捜索だな。令状は?」

「はい、早急に手配します。あと、桐谷さんたちには警部の方から伝えといてくれませんか?」

「わかった」

「ありがとうございます。では――」

 そう言って、藤森はまた部屋を出ていった。

 少し沈黙が続いたが、野田はそれを咳払いで破ってから、桐谷へと向き直る。

「桐谷さん。あなたには、色々と迷惑をかけていましました」

 野田が急に改まって礼を言ってきたので、桐谷はどうしていいのかわからず、慌てて礼を返すだけだった。

「事件の真相もわかり、あとは黒川隼人を捜し出し逮捕するだけなので、ここからは完全に警察の仕事となります。まあ、本当は最初から警察の仕事だったのですが、桐谷さんには特別に色々と協力させてもらいましたので……」

「い、いえ。私が無理言って、ただついて歩いただけですよ。警部さんたちこそ、迷惑ではなかったんですか?」

「そんなことはありません。実際、桐谷さんに助けられたことはたくさんあります」

「そうだよ。星野さんが見つかったのだって、耕介くんのおかげだし」

 と、澤田が割って入った。

「そ、そうか……」

 桐谷は、少し恥ずかしかった。

「はい。しかし、もう桐谷さんに協力されることもないでしょうから、少し冷淡な言い方になりますけど、これ以上、署にわざわざ来る必要もなくなると思います」

「そうですか。わかりました」

 何だか少し物寂しい気もするが、それが当然だろうということで桐谷も納得した。

「……でも、もし隼人が見つかったら、そのときには連絡をくれませんか? 彼には会いたいので」

「はい、わかりました。黒川隼人が見つかれば、私から連絡します」

 すると、そこで澤田が言った。

「そう言えば、私耕介くんのアドレスとか知らないよね? 教えてもらってもいい?」

「ん? ……ああ、いいよ」

 そう答えて、場違いではあったが、二人はメールアドレスと携帯番号を交換した。野田が微笑んで見ているのが、少し気になる。

 桐谷は、携帯電話をポケットにしまってから一息つくと、星野が部屋の隅の方で黙っていることに気がついた。

「あの……一樹はどうなるんですか?」

「星野さんは、たとえ黒川誠が宇田という殺し屋を名乗って接近していたとしても、他人の殺害を依頼――つまり、教唆したという事実に変わりはないですからね。当然、その罪で捕まることになります」

「そうですか……」

 そう言って、桐谷は星野へと振り向く。寂しげな表情をしている桐谷に、星野は苦笑いで返した。

「まあ、それも当然さ。俺は、たとえ騙されていたとしても、隼人を殺してくれって頼んじまったんだ。人間として最悪なことをしたんだ。仕方ないよ。それに、本当は死刑になる可能性もあった身なんだ。そうならなかったことだけでも、感謝するべきだよ」

 心から反省しているんだろうな、と桐谷は思った。

「それほどの悔い改めがあるのなら、あなたの罪も少しは軽くなるかもしれませんね。しかし、自分のやった行為というのをしっかりと反省してくださいね」

「わかりました。ありがとうございます」

 この世界は、これほどにも辛いものなのか、と桐谷は思わずとも感じていた。


 その日の夜は、朝から快晴だったということもあり、そこには一面の星空が――というのが理想だが、ここは東京なのでそういうわけにもいかなかった。空気中のほこりや水滴などの微粒子が、地上から発せられる人工的な光に反射して、本来は美しいはずの星空を見えにくくしてしまっている。また、汚染がひどいと反射する光も多くなるようであり、ここでは特にひどいのだろう。

 野田は自宅に帰ると、今まで溜まっていた疲労を流すため、シャワーを浴びることにした。最近歳のせいなのか、疲れが溜まりやすくなっているような気がした。

 シャワーを浴びながら、考える。

 野田は、以前桐谷に感じていた特別な情の正体について、掴みかかっていた。

 それは、人間が持っている優しさ、またはそれに類する雰囲気に関係があると、野田は踏んでいた。

 つまり、犯罪者が持つ特有の雰囲気というものを彼には感じられなかったにも関わらず、彼を犯罪者として見ていたことに違和感を抱いたのだ。それは、長年何人もの犯罪者たちと対峙してきたからこそ感じられる、言わば感性のひとつだった。

 人間には誰しも優しさを持っており、それは各々において様々な形で存在している。だが、それを一度犯罪という悪事に染めてしまうと、その本来の純粋な優しさではなく、偽物の優しさに変わってしまうというのが、野田の考え方だった。

 つまり、罪を犯す前後では、その優しさ――つまり雰囲気が変わっているように感じるのだ。それは決して合理的には説明できないが、野田はその違いを雰囲気から何となく察することができたのである。

 それは、星野一樹を見てもわかった。彼にも優しさが存在しているのだが、それは桐谷のものとは何かが違う。一度人を殺そうと決意し、行動さえしてしまった彼の心には、二度と純粋な優しさは戻ってこない。そして、それはたとえどれほど悔い改めても、変わりはしないのである。

 その違いに、桐谷が犯人だということに対しての違和感を持ち、それが彼を捕まえたくないという情に変わった。

 野田は、そのように考えていた。とは言っても、すでに彼は犯人ではないと判明しているのだから、心配は無用である。

 シャワーを浴び終わった野田は風呂から上がると、そのままベッドの脇に腰かけ、そこに置いてあったタバコに火をつけた。

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