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不覚の運命  作者: Traitor
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第四章 結集 1

 翌日は、編集者との打ち合わせがあったため、桐谷はその帰りに署の方へ寄るつもりだった。今回も、事前に野田へ連絡をしておいたのである。はじめは反対されたが、白崎や宇田のことが気になってと粘った結果、どうにか許可をもらった。

 打ち合わせでは色々と言われて、気分が悪くなかったといえば嘘だが、どちらかと言うと、やはり事件の方が気にかかっていた。

 澤田さんは大丈夫なのかな、などと考えつつも署に行くと、そこにはいつもの三人がいた。澤田も、すっかりいつもの様子に戻っている。

 桐谷は早速、気になっていたことを聞いてみた。

「それで、宇田正則の所在は掴めたんですか?」

「はい。一応、所在というよりその存在は明らかになったのですが……」

 その妙な言い回しに、桐谷は違和感を覚える。

「存在? それは、どういうことです?」

 それが、と野田は息をついてから言った。

「宇田正則というのは本名ではなくて、偽名だったんですよ。そしてその本名が、黒川誠でした」

「え? 黒川誠?」

 呆然とする桐谷に構わず、野田は一枚の写真を取り出した。

「はい。これが、黒川誠です」

 桐谷も彼とはあまり会っていなく、それも小さいころの記憶だったので、写真を見て彼だと断定することこそできなかったが、そこに写っている大人の黒川誠の面相に、何となく見覚えがあるような気がした。

「あれ? 双子なのに隼人と似てませんね?」

 写真を覗き込んでいた澤田が、そう言った。

「はい。彼らは二卵性双生児なので、似ていないんですよ」

「にらんせい、そーせーじ?」

 澤田が繰り返した。野田は呆れるような表情になってから、説明をはじめた。

「はい。双子というのには二種類あって、別のふたつの卵が受精して生じた場合を二卵性双生児。最初はひとつの卵だったが、発生途中で何らかの原因でふたつに分かれて成長する場合を一卵性双生児と言うんですよ。一卵性の場合は遺伝子が同じなので、性別も同じで姿形も良く似るんです。双生児の場合は別の卵なので、姿形は似ないで性別も異なることがあるんですよ。そして、黒川隼人と誠はその二卵性双生児の方ということです」

「…………」

 理解したのか、それともしていないのかはともかく、澤田は頷いていた。それを確認してから、野田は話をもとに戻す。

「――しかし、これでやっと事件解決への糸口が見つかりました。つまり、なぜ両親も殺されたのか、ということです。黒川誠が、両親を憎んでいたということは知っていますよね?」

「それは、まあ……知っていますけど」

「つまり、黒川誠は最初から両親も殺すつもりで犯行を起こしたのです」

「なるほど。しかし――」

 と、桐谷がもうひとつ気になっていたことは、やはりあの男の存在である。

「それでは、私の出会った白崎はどうなるんですか?」

「そこなんですよ。黒川誠が事件の主犯ということはほぼ間違いないでしょうから、当然その白崎とも何らかの関わりを持っているはずだと考えます。しかし、実際は星野一樹との関わりはなく、にもかかわらず白崎は、星野さん、と電話で言いました」

「やはり、それは変ですよね」

「はい。ですから、黒川誠は白崎とは関わりを持っておらず、白崎は他の星野からの電話をもらったということになります。そう考えると、やはりふたつのグループが事件に関係している可能性が高くなりますね」

 そこまでの説明に皆が納得の表情を浮かべる中、桐谷だけは何か引っかかるものを感じていた。

「――ちょっと、思ったんですけど」

 そう言ったのも、やはり桐谷だった。作家をやっているためか、こういうときには妙に頭が冴えるのである。

「何でしょう?」

「なんで、その白崎はわざわざ俺に接触したんでしょうか?」

 思わずいつもの一人称を使ってしまったが、構わず桐谷は続けた。

「白崎が、一樹ではない星野と関係している可能性があることはわかりました。しかし、前々から思っていたんですが、どうして俺と接触したんでしょう?」

「それは、あなたに罪を着せるためではないですか?」

「でも、なぜ俺なんですか?」

「それは偶然だと思います。罪を着せるには、当然黒川隼人と関係のある人を選びますよね? それに彼は知り合いも少なかったということですから、たとえあなたが選ばれたとしても、何も不思議なことではありません」

 だが、それでも桐谷は腑に落ちなかった。このような正当な説明を受けても、心の中にあるわだかまりは、一向に消える気配がないのだ。

「理屈はわかります。しかし、何か……何かが引っかかるんですよ」

「気持ちはわかりますが、それが事実としての可能性が最も高いのですから、それ以上余計な考えを巡らせては、ことはより複雑になって解決へは辿り着けません」

 桐谷も深く考えようと試みるのだが、結局そこで思考は行き詰ってしまった。

「しかし、違和感があるのは私も同じですね」

 そう言ったのは、藤森だった。

「ふたつのグループは、互いに互いを知っていたんでしょうか?」

 その言葉に、桐谷は自分の言いたかったことが少し含んでいるように感じた。だが、そこから先が出てこない。

「わかりません。しかし、結局は桐谷さんが事件の現場へ出向かされることになったのですから、少なくとも白崎たちの方が事件を起こしたことに――」

 そこで、野田も違和感を覚えたようだった。そのとき鳥肌が立ったのは、桐谷だけではなかっただろう。

「やはり、変ですよ。もしそうなら、星野一樹たちの計画は、未遂に終わったということになりますよね?」

「しかし、それでは両親を殺す理由、そしてバラバラにする理由もなくなりますね」

 野田は、藤森に付け加えるような形で言った。

「そもそも、どうしてバラバラにしたんでしょうか?」

「それは、黒川誠の黒川隼人に対する憎悪によるものだと考えていましたが……」

「しかし、実際は白崎たちが殺害した可能性が高いですよね?」

「つまり、白崎たちは星野一樹たちの存在を知っていたということでしょうか?」

「そうかもしれません。しかし、それでもその奇妙な点は残りますよね」

「そうですね。どういうことでしょうか?」

 二人が頭を悩ましているとき、桐谷は澤田が何か言いたげな様子だということに気がついた。

「澤田さん。どうしたの?」

「何か、わかりましたか?」

 その様子を伺った野田も、咄嗟に聞く。彼女は何かと頭が切れるので、何か言ってくれると期待していた。

「はい。今思ったことなんですが、白崎の電話相手というは本当に星野さんという人だったんでしょうか?」

「と、言いますと?」

「白崎が、わざと星野さんと言った可能性はないんでしょうか? つまり、白崎はすでに一樹たちのことを知っていて、それで耕介くんに罪を着せるためにわざと言ったという可能性です」

「では、実際に手を下したのは黒川誠ということですか?」

「はい」

「しかし、それでは白崎の行動の意味がわかりませんね。実際は自分で殺さないのに、わざわざ桐谷さんに罪を着せるための行動をしたというのは、不自然ではないですか?」

 確かに、と澤田が呟いた。だが、そこで藤森が言う。

「もしかすると、本当は白崎と星野一樹たちは繋がっていたのではないですか? それなら、つじつまが合います」

「しかし、星野一樹は彼との関わりはないと言っていましたが」

「それですよ。本当に関わりがなかったと言い切れますか? 彼が嘘をついているのかもしれません」

 はっとした野田は、藤森を見て一度頷いた。

「確かにそうですね。彼が嘘をついているのなら――」

 と、そこで今度は澤田が反対した。

「でも、一樹は罪を認めたんですよ? 嘘をつく理由なんてあるんでしょうか? それに一樹は宇田正則――つまり黒川誠の電話番号まで教えてくれたんです。もし白崎と繋がっていて、耕介くんを犯人としたいのなら、そんなことはしませんよね? 一樹は、すべて正直に話していますよ」

 少しきつい言い方だったが、それは正論に違いなかった。二人も、それには納得せざるを得ない。そのまま、澤田が続けた。

「もしかしたら、一樹が知らないだけで、黒川誠とは繋がっていたのかもしれません」

「なるほど。しかし、それならどうして桐谷さんに対してあのような真似をしたんでしょうか? 星野という名前を出してしまったら、間接的に自分たちの存在を教えるということになりますよね?」

 澤田は数秒唸ってから、言った。

「さっき言ったこととは変わりますけど、黒川誠が星野という偽名を使って白崎に接近したということはないですか? そして、白崎は本当に黒川からの電話をもらって、偶然、名前を出してしまったんです」

「しかし、そうなると黒川誠の考えがわかりませんね。殺人をするつもりで、わざわざ他人を使って偽装の犯人を仕立て上げるということですか? そんな面倒なこと、しますかね?」

「まだわかりませんが、した可能性はあると思います。白崎はきっと、金で思うように動かされたんでしょうね。黒川誠にしてみれば、耕介くんがまず疑われて、その次に白崎が疑われることになりますから、自分には及ばないと思っていたのではないでしょうか?」

「しかし、白崎は星野さんと言ってしまったというわけですか」

「はい。そういうことです」

 なるほどね、と野田は言ったが、まだ違和感は残っていた。それは当然、桐谷や藤森も同じである。

「でも、それなら一樹と接触した意味がないんじゃないかな?」

 桐谷が聞いた。澤田が、即座に答える。

「いや、それこそ第三の布石なのよ。たとえ白崎が見つかってしまっても、彼が星野という人物から頼まれたと言ってしまえば、少なくとも警察は星野を捜すことになるから、結局自分には及ばないと考えたのよ」

「でも、そうして一樹が見つかってしまえば、今と同じ状況になるんじゃないの?」

「そうね。でも、きっと黒川誠は一樹が捕まらないと自信があったんじゃないかしら? 私たちも、耕介くんのおかげで彼を見つけ出すことができたんだから、その自信を持っていても不思議じゃなし、そもそも耕介くんに名前を晒すつもりじゃなかったんだろうから、白崎がそんなミスさえしなければ、まだ見つからなくて、耕介くんが犯人扱いされていたのかもしれないのよ」

 澤田は、自分の考えに少し自信あるようだった。

「ということは、結局ふたつのグループが動いていたということではなくて、黒川誠が星野一樹と白崎の二人にそれぞれ接触していたということですか」

「はい。そうだと思います」

 野田は、未だに消えない違和感を引きずって少し考えていたが、結局何も浮かんでこなかった。

「まあ、黒川誠を捜すことに変わりはないでしょうから、とりあえず、引き続き彼の捜索をお願いします」

 と、野田は藤森に言い、彼もしっかりと頷いた。

 その日はそれで解散し、桐谷も家へと向かった。

 編集者との打ち合わせで指摘された部分を訂正するため、桐谷は家に着くとすぐにパソコンの電源を入れる。パソコンが立ち上がっている間、桐谷はタバコの火をつけると、その煙をゆっくりと肺にもっていった。

 与えられた仕事はしっかりとこなさなければならないが、頭の隅ではやはり事件のことが気にかかり、離れなかった。

 あの違和感が、いつまでたっても消えそうにないのである。澤田の言っていたことは、一見それが真実だと考えられるが、どうしてもすぱっと納得できなかった。

 白崎から感じられた妙な雰囲気や態度。そして、その失態と行動の意味。

 黒川誠による星野一樹への接触。白崎への接触の可能性。

 そして、黒川誠の本当の目的。バラバラにした理由。

 それらすべてを考慮した上で結論を出すには、奇妙な点が数多く残ってしまう。澤田の説も一理あるが、それではまだ解決とまでには達していないような気がした。

 パソコンが立ち上がったので、早速作業に取りかかる。事件のことは気になるが、仕事は仕事と割り切って行動するべきだと思い、小説を書くことに専念した。

 桐谷がこうして小説を書くこと――つまり小説家になりたいと思った主な原因は、高校生時代に読んだ、ある一冊の本だった。もともと読書は趣味のひとつであり、色々と読み漁っていたのだが、桐谷はその本に魅せられ、いつしか小説家になりたいと思いはじめたのである。

 そのころから小説を書きはじめたのだが、最初は書き続けるという行為がこれほどの体力と精神力を必要とするのかということに責められ、加えて自分の語彙の少なさに思ったような文章を書けないということで、なかなか文章が進まなかった。

 だが、当然書くこと自体は好きだったので、一日少しずつでもと思い、試行錯誤を繰り返しながらも毎日書き続けていくうちに、どんどんと書くことに慣れ、文章力も向上していることが自分でもわかり、驚いたのである。

 だが、高校時代では大学受験ということもあり、結局一作も書き上げることができなかった。それでも、趣味の一環として大学時代にも書き続けて、やっと一作目――つまり処女作を完成させたのである。

 それを何度も推敲し、訂正を繰り返して自分が満足できるほどの作品になると、次は誰かに読ませたいという欲が働いた。そういうわけで、親しい友人など一部の人にだけ読んでもらうと、妙に好評を得たので、駄目もとで応募してみたところ、思いも寄らず、最優秀賞に選ばれたのである。

 そして、桐谷は晴れて作家デビューということになった。だが、その世界は自分が思っていたよりも厳しく、辛いものだったのである。

 だが、それでも桐谷は書くことをやめなかった。必死に喰らいついていったのである。その結果か、デビューから三年後、ちょうど文庫落ちしたようなところで、桐谷はベストセラーである『永遠なる宴』を書き上げた。

 そして、それを機に今まで民間企業と兼業だったのを、専業作家として生きていくことに決めたのである。

 最初こそ注目を浴び、雑誌などにも数多く取り上げられ、テレビ出演などの話も多かったが、次第に売り上げが下がってしまい――それでも、普通の作家たちよりは優遇なのだが――最近少し心配になってきたのである。

 だが、もちろんこの仕事は好きでやっているのであり、唯一の自分の誇りだった。これからも、ずっと書き続けていくつもりである。

 桐谷は指摘された部分を訂正したあと、そのまま続きを書いて、切りの良いところまで終わらせると、一旦居間の方へ戻ってソファに腰を下ろした。前の円形テーブルの上にあるタバコの箱を手に取り、一本取り出して火をつけて吸ってみると、疲れていたのか、いつも以上においしく感じられた。

 一服したあと再び続きを書こうと思っていたのだが、急に眠気が襲ってきた。だが、締め切りが近いということもあり、そう簡単に寝るわけにもいかない。ということで、シャワーを浴びてすっきりしようと考えた。

 事件のことも気にかかるが、最近署の方に顔を出し過ぎて、仕事の方が疎かになっている傾向があったので、これからの数日間は仕事に専念しようと、桐谷は浴室で身体を洗いながら思った。

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