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不覚の運命  作者: Traitor
13/20

第三章 無罪 4

「なるほど。そういうことですか」

 星野の話をすべて聞き終えた野田は、ひとつ溜め息をつくなりそう言った。

「しかし、話を聞けて良かったと思います。思わぬ収穫もありましたし」

「収穫ですか?」

 澤田が、聞き返す。

「はい。話を聞く限り、星野さんは宇田正則の電話番号を知っているんですよね?」

 あっ、とその場にいた三人がそろって声を上げた。

「そうです。その電話番号さえあれば、少なくとも宇田正則の所在はつかめると思います。星野さんの仮説の通り、すでに殺されているのかもしれませんが」

「でも……」

 突然そう呟いたのは、桐谷だった。

「どうしました?」

「いや、もしかすると、一樹の会った宇田と俺の会った白崎は別人かもしれません」

「どういうことです?」

 野田が聞いた。捜査上、宇田正則が白崎竜輔と名乗って桐谷と接触したと見ていたから、それは当然の疑問だった。

「ええと。一樹の会った宇田という人は軽い茶髪だと言っていましたが、私の会った白崎は黒髪で……それに、今まで染めたことがないようなほどの綺麗な黒髪でしたので」

「なるほど。しかし、そうなると――」

 と、やはりそこで行き詰ってしまう。もし、宇田と白崎と名乗った男が別人だとしたら、彼の存在は一体何なのか。すると、そこで星野の仮説が浮かび上がってくる。

「――白崎と名乗った男が、その第三者という可能性もありますね」

「でも、それならもっと変じゃないですか?」

 そう言ったのは、澤田だった。

「何が、変なんですか?」

「もしその二人が本当に別人なら、その白崎は星野さんとは完全に無関係な人ってことになりますよね? でも、彼は電話で星野さんと言ったんですよ?」

 はっとした顔になる三人に、澤田は満足そうに微笑む。

 だが、その直後に突然、星野が叫ぶように声を上げた。

「ちょっと待ってください!」

 その顔は何か怖いものを見るような、そんな驚愕にも似た表情だった。

「どうしました?」

 驚いた三人のうち野田が、咄嗟に声を出す。

「え? だって……おかしいな」

 だが、星野は独り言を呟くように、そして何かを確認しているような様子だった。その様子はまるで、一人で混乱しているような印象を受け――いや、実際に星野は混乱していたが、三人は何か肌寒いものを感じた。

「少し、落ち着いてください」

 野田の一言で、我に返ったようにはっとした星野の口元は、僅かに震えていた。

「落ち着いて、何か思い当たることがあれば話してください」

「……はい。すみません」

 多少は冷静になれたようだが、そこにはまだ落ち着かない雰囲気が見て取れる。

「それで、何か思い当たることがあったんですか?」

 野田が再び聞くと、星野は小さく頷いた。

「はい。俺は、宇田にもそうなんですが、電話をした記憶なんてないんですよ」

 その発言に野田は目を丸くする。

「電話をしていない? ということは……」

「その白崎っていう人の電話は、俺からではないと思います」

「…………」

 誰もがその奇妙な事実に対して、呆然とせざるを得なかった。

「ほ、本当に?」

 桐谷が少し慌てるように聞くと、念のためか星野は携帯電話を取り出して、発信履歴を確認する。

「本当だよ。やっぱり発信履歴にもないし、それ以前に俺は知らない番号に電話なんてしない。もしその白崎って名乗ってる人が俺の知っている人だとしても、履歴にないんだから、していないよ」

「なら、家から電話したって可能性は?」

「いや、記憶にないな。いつも携帯電話を使ってるから、家の電話をわざわざ使うことなんてないんだよ。だから、ここ最近はずっと使っていない」

「そんな……」

 桐谷も絶句し、沈黙が流れる。それを断ち切ったのは、野田だった。

「――ということは、あなた以外にも星野さんがいるということでしょうか」

「そうかもしれません」

「しかし、もしそうなら、黒川隼人を巡ってふたつのグループが動いていたということになりますよね」

「ふたつのグループですか……。そんなことが、あるんでしょうか?」

 澤田が聞いた。野田は少し悩んだあとに言う。

「……わかりません。とりあえず、宇田正則の電話番号はわかったのですから、まずは彼を捜しましょう。話は、それからです」

「そうですね」

 同意して、澤田は続けた。

「あと、これで耕介くんの無罪は確定しましたよね?」

 瞬間、桐谷は心臓が跳ね上がりそうなほどに緊張した。野田の返事に耳を傾ける。

「ですね。まあ、そのもうひとつのグループに関係しているという可能性がないというわけではないのですが、ほぼゼロですね」

 安心するようなしないような、だが、桐谷は十分安心していた。念のためなのか、澤田が聞いてくる。

「耕介くん、違うよね?」

 その問いに、桐谷ははっきりとした意思を持って、そして少し微笑みながら断言した。

「当たり前だ」


 その日の捜査も終わり、夕日が沈んで夜が訪れると、桐谷と澤田の二人は街中の居酒屋へと足を運んだ。

 以前、澤田が言っていたこと、つまり、桐谷の疑いが晴れたということで――実際はまだ僅かに疑われているのだが――その約束通り、飲みにやってきたのである。

 そして今、襖ごとに割り振れられた部屋のひとつで、そのテーブルの上に注文したビールなどがあり、ちょうど飲んでいる最中だった。

「でも、良かった。耕介くんの疑いが晴れて」

 澤田はぐびぐびとビールを呷りながら、不意にそんなことを言った。

「いや、本当はまだ少し疑われているんだけどね」

 と、桐谷は多少本気で返してみたが、澤田は相変わらずご機嫌のように見える。

「でも、もう耕介くんが捕まることはないよ」

「なんで? まだ疑われているのに」

「だって、もう今までみたいに犯人が捕まらなくて、耕介くんが無実なのに捕まるってことはないからよ」

 だが、桐谷はまだ理解できないという様子で首を傾げる。

「だから、これからは耕介くんが犯人の一人だって証拠が見つからなきゃ捕まらないってこと。わかる?」

 そこで桐谷はやっと理解した。

「なるほど。つまり、今までは俺が罪を犯したっていう決定的な証拠がなくても、事件の捜査の進行によっては、俺が一番怪しいとされて捕まる可能性もあったけど、今は一樹が犯人の一人とわかっているから、俺がその他のグループの一人だと確信がなければ、決して捕まることはないってことか」

「そういうこと。で、それはないんでしょ?」

 澤田のまたの確認だったが、桐谷は笑顔で答える。

「もちろん」

 すると、澤田も笑顔になって返してきた。

 桐谷がそんな彼女を見て、可愛いな、と思ったのも束の間、彼女はいきなりテーブルの上に突っ伏したのである。あまり注文していなかったので、テーブルの上にはものが少なくて助かったのだが、その振動のせいで少しこぼれそうになったビールを見て、桐谷は大いに慌てた。

「お、おい! どうした?」

 と、桐谷は不覚にも多少声を荒らげてしまったが、彼女の様子を見て、それが杞憂だったということに気がついた。

「ちょっと、飲み過ぎちゃったみたい……」

 そう言って苦笑している、まただるそうに突っ伏している澤田の姿に桐谷は呆れの溜め息をつくと共に、酒には弱いのかな、などとも考えていた。

「一度に飲み過ぎるからだよ」

「……はい。ごめんなさい」

 澤田は突っ伏したままの姿勢で、今にも眠りそうな様子でそう謝っていたので、桐谷は少し安心し、一人で静かに飲もうとしたのだが、数分後、彼女は急に起き上がると、すでに酔っていたのか、また飲みはじめたのである。

「おい、また飲み過ぎると……」

 そう注意したのだが、澤田は「大丈夫だよ」などと無責任なことを言い出して聞かず、桐谷は再び溜め息をつくのだった。

 結局澤田は飲み続けたので、帰るときにはもうひどく甚だしい状態で、自力で立ち上がれない様子だった。仕方がないと――いや、実は少し嬉しかったのだが、桐谷は彼女に肩を貸してやり、彼女の家まで桐谷が車で送っていくということだったので、そのまま車に乗り込んだ。

「ありがとう……耕介くん」

 運転中、助手席でだるそうに座っている澤田が言った。その言葉に、桐谷は素直に嬉しさを感じたが、桐谷はなぜか少し意地悪な気持ちが働き、皮肉気味に言ってみる。

「澤田さんって、酒癖が悪いっていうか、飲みはじめると止まらないんだね」

「……まあ、多分、昔からそうなのよ」

「多分って?」

「何か、あんまり憶えていないのよね」

 ああ、なるほどね、と一人納得し呆れる桐谷だった。

「――あのね、耕介くん」

 突然、澤田が妙に真剣味を帯びた口調で言ったので――彼女は酔っているので、それほど感じはしなかったのだが、桐谷は少し身構えるように彼女を見た。

「何?」

「私、耕介くんのこと好きだったんだよね」

「え?」

 桐谷は、彼女のいきなりの告白に動揺して思わず目をそらしたが、その言葉が過去形だったということに気づき、何というか複雑で恥ずかしい気持ちになる。

「へ、へえ……そうだったんだ」

 と、桐谷はあからさまに動揺を隠し平常心を保とうと必死になっているのがわかるような、自分でも無様だと思いながらもそんな返事をした。だが、少し気になったので横目で彼女をちらっと盗み見ると、彼女は何か遠い過去を懐かしむような目で、夜空を眺めるように上の方を向いていた。

 それを見て、桐谷もなぜか心休まり、落着きを取り戻す。

「うん。耕介くん、優しかったから」

 そのまま数秒間の沈黙が流れたが、突然、上を向いていた澤田がはっと何かに気がついたように桐谷へと顔を向けた。

「あ、ごめん。もちろん、今も優しいよ?」

 そんなことか、と桐谷は息をつくと同時に少し恥ずかしくなる。

「気に障っちゃった?」

 桐谷のそんな態度を勘違いしたのか、澤田が不安そうに聞いてくる。

「大丈夫。気にしてないよ」

 言ったあと、少し冷たい言い方だったかなと桐谷は心配したが、澤田はそれでまた微笑み返してくれた。ほっと安堵する。

「でも、耕介くんのお嫁さんになる人は、きっと幸せになると思うよ?」

 またまた恥ずかしいことをと桐谷は思ったが、彼女はからかった気はないようだった。そのことに再び恥ずかしくなってしまう。

「そ、そうかな?」

「そうだよ。だって、耕介くんは優しいもん」

「あ、ありがとう……」

 と、少し良い雰囲気になったところで、車は澤田の住むマンションの前に到着した。

「着いたよ」

「うん。今日は本当にありがとう。楽しかったよ」

 そう言って、澤田は車から降りた。窓越しなって、今度は桐谷が話しかける。

「それより、澤田さん。明日も捜査なんだよね? 大丈夫なの?」

「大丈夫。私は寝て次の日になれば、酔いなんてなくなるのよ……多分」

 多分というのは、やはり記憶がなくなることが多いからあまり自信がないのだなと思ったが、あえて口には出さなかった。

「そっか。じゃあ、お休み」

「うん。お休みなさい」

 酔いのせいか、澤田は妙に丁重な礼をしてから、マンションの方へと歩いていった。桐谷は見送って、その姿が見えなくなると車を動かした。

 帰り道。桐谷は車を運転しながら、色々と思考を巡らせていた。

「結婚……か」

 思わず、そう呟いてしまう。

 桐谷自身、あまり意識はしていなかったが、同年代の知り合いも次々と結婚していくこともあり、そろそろ考えるべき年ごろだということはわかっていた。だが、そうは言っても、それがいつか訪れるだろう遠い未来の姿という形でしか捉えられない自分がいることも確かだった。

 そもそも、その相手が見当もつかなかった。もともと女友達も少ない自分が、それでいて作家という人と触れ合う機会が少ない仕事の中で、自然と好感を持てる相手が見つからないのである。

 そんなことを考えているうちに自然と澤田の姿が浮かんでくるのは、はたして好感を持っているということなのだろうか。

 だが、それは単に自分の周囲という小さな範囲の中で、無理やりに選んだ結果ということではないのか。自分が本当にその人のことが好きで、なおかつ結婚したいと本当に思っているのか。この人しかいないと本当に思える相手なのか。

 そう考えると、やはり澤田は違うような気がする。もっとも、このような考え方は欲張りや理想が高過ぎるなどと言われるかもしれない。だが、それでも桐谷はその考え方を変える気はなかった。

 結婚してから、後悔はしたくなかったのである。離婚すればいいじゃないかと思うかもしれないが、それはもっと嫌だった。

 では、どうするのか。そう考えると、やはり自分の持つ範囲の中から選んでいかなければならないという事実があるような気がして、陰鬱になってしまう。

 そんな不確かな未来を想像して、桐谷はまた溜め息をつくのだった。

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