ささやかな楽しみ (ショートショート66)
日曜日の午後。
妻につき合って、郊外にあるショッピングモールに出かけた。
この大型ショッピングモールは、洋服、バッグ、装飾品などを扱う店から、本屋、ゲームセンター、レストラン街など、百ほどのテナントが入店している。
とにかく規模がでかい。
見てまわるだけでも一時間はかかるだろう。
オレは買い物がおっくうなんで、できればこんな騒々しい場所には来たくない。こうして来るのも、運転手の役まわりと、妻のストレス解消につき合ってのことだ。
して、その妻だが……。
あちこちの店内を見てまわるだけで、まず買うことはない。帰りぎわ、食料品を求めるぐらいだった。
「見るだけで楽しいのよ、目の保養ね」
主婦のささやかな楽しみだと、妻はうれしそうに目を輝かせる。
――なにが楽しいんだろう?
わざわざ出向いてきたのに何も買わないのでは、なんのために来たのかわからないではないか。
オレには妻の気持ちがまるで理解できない。
「じゃあ、一時間後にね」
いつもの場所――吹き抜けのある中央フロアーまでやってきたところで、いつものようにオレを残し、妻はさっそく目の保養とやらに向かった。
そして……。
いつものごとくオレも、フロアーの一画にあるベンチを陣取った。妻がもどってくるまで、時間つぶしにここで小説を読むのだ。
周囲にはいくつかベンチが置かれてある。
座っているのは、疲れきった顔をしたオッサンばかり。オレもそのうちの一人であろうが。
十分後。
目の前のおなじみの光景に、オレはいつになくはなやいだ気分になっていた。見るだけで楽しいのよ、目の保養ね――妻の言葉を、まさに身をもって実感していたのだ。
わずか一メートル先。
女子高校生とOLが、ひっきりなしに行きかっている。プリプリの尻を振り、ピチピチの素足を躍動させて……。
これぞ、オレのささやかな楽しみ。
一時間後。
妻がいつものように機嫌よくもどってきた。
「いつも待たせて悪いわね」
「いや」
オレは本を閉じて立ち上がった。
妻に恩を売ることができたうえ、十分すぎるほど目の保養をさせてもらった。
ショッピングモールはいいところだ。