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7.予定通りにいきません。

「あ、結局辞めるんだ」


 スマホに飛び込んできた臨時ニュースを見て呟く。


「誰が?」


 佐藤さんが仕事の手を止めて聞いてきた。


「知事」


「ああ………」


 数日前から、政治資金の使い道で、色々炎上していた知事だが、議会の不信任決議が避けられないと判断したのだろう、急きょ辞意を表明した。


「まあ、あれだけ叩かれればねえ?」


「こういう場合でも退職金ってでるの?」


「規定通りで行けば出ますよ」


「うわ~。返してほしい」


 同感である。


「………それにしても」


 カレンダーを見ながら数える。


 ………うん、やっぱり。

 選挙、多分、避難所開設訓練の日だ。


 小学校の体育館はもれなく投票所となるので、当然、体育館は使えない。


 訓練、延期だわ……。


 せっかく諸々予定をすり合わせたのに、やり直しか………。


「佐々木さん、ニュース見た?」


 カレンダーを睨んでたら副校長が事務室にやってきた。


「知事選で訓練延期ですね」


 諸々すっ飛ばして結論だけ言う。


「そうなるね。なんでもっと早く辞意を表明しないんだか………」


「ほんとですよね。1週間、いえ、3日でいいからずらしてくれてれば………」


「と、ここで愚痴ってても仕方ないか。悪いけど、また日程調整お願い」


「はい、わかりました」


 まあ、理由が理由なので、関係者の同意を得ることに問題はないけれど、日程調整の手間が減るわけではない。


 ……やれやれ。






「避難所訓練中止だって?」


 夕方、早速田中さんが事務室にやってきた。


「中止じゃなくて延期ですよ」


 あと、避難所訓練じゃなくて、避難所開設(・・)訓練ね。


「いつになる?」


「調整中です」


「いっそ、去年と同じ9月か、いっそ10月にしたらどうだ? そしたらすいとん作れるだろ?」


 避難所開設訓練とは、避難所である学校に、実際に避難する訓練だ。


 この訓練の主体は、地域の避難所開設委員の人たち。学校は基本的に手を出さない。


 というのも、本当に災害が起きた時、学校に人がいないことが充分考えられるからだ。


 何かが起きて、近隣の方が学校に避難してきた場合、すぐに校舎内には入ることはできない。というか入らせない。


 先に、施設が避難所として使用できるかどうか、安全点検をする必要があるから。


 まずは避難者を校庭の安全な場所に誘導。

 施設の安全点検を行い、使用可能かどうかを判断。


 使用可能と判断されれば、立ち入り禁止個所に貼り紙をした上で避難者を受け入れる。


 この一連の流れを、実際に体験する訓練なのだけど、それだけだとなかなか人が集まらない。


 だから例年、最後にすいとんなどを作って、それをみんなで食べるというおまけが付くのだ。


 食材は別途用意するが、使用する鍋などは実際に災害対策用として常備してあるものを利用する。


 つまりこれもまた、開設訓練の一環というわけだ。


 しかし、今回は暑い時期に予定していたので、例年用意しているすいとんはやめようか、という話が出ていたのだ。


「確かに、秋ならすいとんでも大丈夫ですけど………」


 日程によっては、学芸会の準備と重なってしまう。

 できれば夏までに終わらせたい。


「まあ、日程が決まったら、また考えますよ。食材を仕入れる業者にも連絡しないといけませんし」


 都合よくアルファ米の入れ替えとかがあると、楽なんだけどなあ………。






「さて、来週から学校公開なわけですが」


 いつもの朝の打ち合わせ。

 通称『あさうち』は、始業の8:15~20の5分間。


 ここで必要最低限の連絡を行う。

 急な委員会の招集だったり、教育委員会からの連絡事項だったり、工事のお知らせだったり。


 毎回必ずあるのがアレルギーの確認。

 栄養士さんから、今日の給食のアレルギー対応児童の名前と食材が告げられる。


 なぜなら、給食指導をするのが担任だけではないから。


 勿論、基本は担任だけど、何らかの理由で変更になることがないわけではない。


 となると、代わりの先生が指導に入るのだが、その先生がアレルギーを把握していないと色々まずい。


 高学年になれば、自分で管理できる児童も多いが、低学年だとわかってない子もいる。


 アレルギー児童は、基本お代り禁止だけど、代わりの先生だと気が付かなくてOKを出してしまうこともある。


 勿論、その子の給食は別配膳でわかるようにはしてるけど。


 念には念を入れ、毎朝伝えるようにしてあるのだ。



 話がそれた。

 学校公開の話だった。


 副校長が教員に改めて注意事項を伝達する。


「特に掲示物には注意してください。はがれてないかどうか、落書きがされていないかどうかなど、今一度確認をお願いします」


 この落書きが結構厄介だ。

 ちょっとしたスキにやられてしまうことも多い。

 トイレなんかは要注意だ。


 ………念のため、落書き落し用スプレー、追加注文しておこうかな……。






「え、来週の土曜日にやるんですか!?」


「学校公開の最終日ですよね!?」


 翌日。


 校長から告げられた避難所開設訓練の日程に、私も副校長も思わず大声をあげた。


 本来土曜日に授業はない。


 だけど、ここの自治体は、年に数回、土曜日の授業を行っている。


 平日に学校に来れない保護者のために、授業参観を行ったり、今回みたいに学校公開の最終日にあてたりしている。


「今年は学校公開の最終日っていうだけじゃなくて、その後、引き取り訓練もありましたよね?」


 引き取り訓練というのは、災害時に保護者に児童を直接引き渡す訓練。


 学校によって詳細は違うと思うけど、うちの場合は、所定の時間に引き取りにきてもらい、仕事などで引き取りに来れない子たちは、先生の引率で一斉下校するというもの。


 ……本当に震災が発生したら、迎えが来ない子は校内で待機だけど。


 だって、誰もいない家に一人きり、になる可能性もあるから。


 まあ、それはともかく。

 今年はこの引き取り訓練を土曜日に設定して、普段学校に来れない保護者にも参加してもらおう、というのが趣旨だったはず。


「うん、避難所開設の委員長から電話があって、引き取り訓練があるなら、その日にやってしまったらどうかという話になってね」


「……つまり、震災発生、引き取りに来られる保護者はそのまま生徒を引き取って帰宅。保護者が来ない児童はそのまま残って避難所開設訓練に参加、ですか?」


 副校長の言葉に校長が頷く。


「もちろん、希望する保護者にはそのまま残ってもらって参加してもらう。詳細は詰めてもらっていいかな」


「……了解です」


「校長、炊事班は今年も『すいとん』で大丈夫ですか?」


「そうだな。それが一番簡単だろう?」


「わかりました。何人分つくります?」


「去年と同じでいい。あるだけ配付。なくなればおしまいでいいそうだ」


「わかりました」


 校長室から出たところで、私と副校長は、そろってため息をついた。


「……早まるとかって、ないですよねえ?」


「全くだ………。ああ、忙しいなあ………」


「とりあえず食材は注文しておきます。委員の方にあらかじめ金額をお知らせしておけばいいですね?」


「それでいいはず。会計の人が、現金を持ってきてくれるはずだから」


「去年、差し入れがあったって聞きましたけど?」


「あ~、あったあった。ほら、あそこの畑の持ち主の……」


「あ、池田さんですか」


「確か、畑で取れたとかって、ジャガイモを持ってきてくれて、それもすいとんに入れたんだ」


「そうそう、売り物にならないちっこいヤツな!」


 ふいに後ろからかけられた声に、あわてて振り向く。


「あ、田中さん」


「どうも、お疲れ様です」


「来週の土曜日だって? 避難所訓練」


 だから避難所開設(・・)訓練………って、どうでもいいか、もう。


「相変わらず、耳が早いですねえ」


「委員長が言ってた。今から準備じゃ大変だなあ」


 全くです。


 本来、学校は手を出さないんだけど、『ご近所づきあい』もあるし、そうも言っていられない。


 それに、本気で『ご自由にどうぞ』なんて言った日には、本当に自由に何でもかんでも使われたり、どこにでも入られたり、持って行かれたりで、かえって後始末が大変だ。


 ……さり気に後半の方が本音だったりするのは内緒ね。


「池田に言っておいてやろうか? 食材全部持って来いって」


「いやいやいや、それはちょっと」


「本当の本当に震災が発生したらお願いするかもしれませんけどね」


 いや、マジで。


「とにかく、急いで支度しないと」


 去年の注文の控え、取ってあったはず。


「じゃ、発注の方は頼むね」


 副校長はそう言うと、足早に職員室に戻っていった。主幹の先生たちをよぶ声が聞こえる。これから校内の諸々を調整しなければならないはず。中間管理職は大変よね、ホント。


「ところで田中さん、何かご用ですか?」


「あ、ウサギのエサがなくなりそうだから、頼んでおいてくれる?」


「わかりました。あの後、飼育委員ちゃんと仕事してます?」


「何とかね」


「あ、田中さん!」


 噂をすれば何とやら。

 向こうから飼育委員担当の前田先生がやってきた。


「2年2組のドアが開かなくなっちゃったんですけど………」


「ああ、多分戸車に何か挟まったか、位置が下がったかだろう。俺、見てやるよ。佐々木さんは忙しいだろう?」


「助かります! よろしくお願いします」


 本気で助かる。


 私はペコペコ頭を下げながら、事務室へと戻っていった。






「あ……そう言えば、来週の土曜日って」


 家に戻って思い出した。

 ゼロネットで紹介された人と、会う約束があったはず。


 メールをチェックする

 うん、確かに来週の土曜日。


 時間は避難所開設訓練の真っ最中。


「うーん、どうしよう。私がいなくても大丈夫は大丈夫だけど………」


 何があるかわからないからなあ………。

 学校にいた方がいいよねえ………。


 念のため、別の日にしてもらおう。


 急な仕事が入ったので、日程をずらしてほしいと連絡すると、ほどなく返信が届いた。


「え…………」


 それは、『お断り』のメールだった。


 公務員だから、土日の仕事はないと思っていました。


 土日に急な仕事が入るような人はこちらの希望と違うので、お断りさせていただきます、というメールだった。


「なにそれ………」


 公務員だから土日は暇だとでも?

 急な仕事なんてないとでも?

 そんなのただの偏見じゃない!


「……って、文句言える立場じゃないよね、私」


 勝手な思い込みで、教員という職種にNGを出していたのは、誰でもない、自分だ。


「つまり、こういうことだったんだ。私のしてたことって」


 こういう職種だからだめ。

 こういう職種だからいい。


 実態も知らないで決めつけた。

 ただの思い込みで、視野を狭めていた。


「………まあ、会う前にどんな人かわかってラッキーってことで」


 とりあえず夕飯食べよう。

 私は途中で買ってきたコンビニ弁当の蓋を取った。






「お疲れ様でした~」


「お疲れ様~」


 学校公開も無事終了。

 学校説明会もどうにか人数が集まった。


 引き取り訓練も、避難所開設訓練も、大きな混乱はなく終了した。

 大きな(・・・)混乱は、ね。


「佐々木さん、体育館のカギ、直りそう?」


「月曜日に業者に連絡します………」


「いやあ、まさか、開錠担当が、渡したのと違うカギを無理やり入れて、力任せにひねるとはね………」


「で、折れちゃったんだよな」


「折れた先が中に残ったままで」


 私と校長、副校長は、そろってため息をついた。


「とりあえず内カギは動きますから」


「内側からの施錠・開錠なら問題ないのが救いだね」


「副校長、この修理費、避難所開設委員に請求できますか?」


「委員長が請求してくれって言ってたから大丈夫だろう」


「わかりました」


 まあ、多少のごたごたは想定内。

 何のトラブルもなく終わるなんてあり得ないもんね!


 ケガとか事故じゃ無ければ問題なし!

 ……とでも思わないと哀しい……。


 まあ、訓練でミスしたことは、本番では多分起きないよね!


 …………それ以上のミスが起きそうな気もちょっとするけど、きっとそれは、多分気のせいだと思います。ハイ………。


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