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6.チェックも面倒になってきた

「佐々木さん、おはよう!」


 運動会の翌月曜日は振替休日。

 じっくりゆっくり休んだ次の日。


 いつもの時間にいつもの電車を待っていた私は、後ろからかけられた声にびっくりして振り返った。


「森先生? おはようございます」


「……アウト」


「え?」


「校外での『先生』呼び、禁止」


「あ………」


 あれ。

 それって飲み会の時だけじゃないの?


 ま、いっか。

 知られたくないなら従いましょう。


「森さん、この電車なんて珍しいですね」


「ん……いや、しばらく前からこの電車だったんだけど。いつもはもう少し前の車両なんだ」


「ああ。その方が階段に近いですよね」


「佐々木さんはなんでここ?」


「すいてるんです、ここ」


「へえ?」


「もう少し前だと階段近くで混むし、もう少し後ろだと、急行乗り換え駅の階段近くになるから、やっぱり混むんです。でも、ここだとちょうど隙間らしくて」


「なるほど。座りやすいんだ」


「はい」


 おしゃべりをしているうちに始発電車がやってきた。

 前の人に続いて車内に乗り込む。


「ほら、結構すいてるでしょ?」


「……ほんとだ。座れた」


 二人並んで中央近くに腰掛ける。


「25分くらいだよね」


「到着までですか? ええ、そうですね」


 いつもなら、到着するまで本を読んでいるのだけど、流石にこの状態で読みふけるのは悪いかと、躊躇する。


「あ、気にしなくていいよ?」


「え?」


「俺が勝手に隣に座ってるだけだから、いつも通りにしてて?」


「いいんですか? じゃ、お言葉に甘えて」


 やった!

 実はこの先が気になってたんだよね。

 私はいそいそとカバンの中から文庫本を取り出すと、一心不乱に続きを読み始めた。






 スマホのアラーム音に、ハッと我に返る。

 もうすぐ降りる駅だ。


「あ、アラームセットしてあるんだ」


 横から聞こえた声にハッと横を向く。


 忘れてた。

 森先生が隣にいたんだっけ。


「もしかして、俺のこと忘れてたでしょ」


「………ハイ。スミマセン」


「いや、いつも通りにって言ったの俺だし」


 苦笑しているみたいだ。


「にしても、ずいぶん熱心に読んでたね」


「あ、最近ちょっとハマってるシリーズなんです」


 文庫本をしまいながら立ちあがる。

 電車はもうホームに入り、徐々にスピードが落ちている。


「良かったら貸してくれる?」


「え?」


「いや、そこまで熱心に読んでるから、面白いんだろうなって思って」


「わかりました! じゃ、明日、シリーズの1巻目持ってきます!」


 やた!

 これで感想を言い合える仲間ができる!


 私はウキウキ気分で開いたドアからホームに降りた。






「佐藤さーん、心折れそうだよ、私………」


 給食を食べている時、婚活の成果を聞かれた私は、はうっと大きなため息をついた。


「はねられ率高くて……。条件下げた方が良いかなあ………」


「アドバイザーさんは何て言ってるんです?」


「うーん。下げなくて大丈夫ですって言ってくれてるんだけどさ………」


「だったら、そのままでいいんじゃないですか? プロの人の言うことなんだし」


「………プロ、か………そうだよね………」


 でもなあ………。


「どこが悪いんだろ、私………」


「悪いとか悪くないじゃなくて、単に合う相手に会わないってだけだと思いますよ?」


「そうかなあ………。もう、なんかね、送られてくるデータチェックするのも、だんだん面倒になっちゃって」


「あら、それを面倒がったら駄目でしょう」


「うーん、そうなんだけど………」


「3年間頑張るんでしょ?」


「うん………。あ~あ」


 私は再び大きくため息をつくと、豚肉の生姜焼きを口に放り込んだ。






「佐々木さん、おはよう」


「おはようございます」


 あれから毎朝、森先生と一緒の電車で通勤している。


 とはいえ、電車の中で特に何かを話すわけでもない。


 私は相変わらず読書三昧だし、森先生はスマホで何やら読んでいるか、私の貸した小説を読んでいるか、どちらかだ。


 流石に帰りは別だろうと思っていたけど、何故か金曜日だけは一緒になる。


 お互い一人暮らしだし、金曜日だしで、そのまま一緒に食事に行くことも増えた。


 っていうか、森先生強引。


 おごるって言われたら断り切れない私も悪いんだけど!


 毎回毎回おごってもらってるけど、本当にいいのかな……。


 一人で食べると味気ないから一緒に食べてくれるだけで嬉しいって言ってくれるけど。


 一緒に食べてくれる彼女いないんですかって聞いたら、なんだか変な顔して、いないから誘ってるって言われた。そりゃそーか。


 良く行くお店は、例の創作料理の店だ。

 すっかり常連になってしまった。


 オーナーが、試作品と称して、メニューにない料理を出してくれるくらいに。


 話題はほとんど小説だ。

 私が貸した本の感想が多い。

 時々、先生から借りることも。


 同じ本を読んで感想を言いあうのは本当に楽しい。

 同じような感想だったり、違うところに気が付いたり。


 食事の後は、アパート前まで送ってくれる。

 最初は大丈夫だって断ってたんだけど、先生は頑として聞いてくれなかった。


 遅い時間に女の子一人返すわけにはいかない。歩いて5分、往復10分くらいの寄り道なんて大したことないと言って。


 ………女の子っていう年でもないんだけどね………。


「わ、このサングリア美味しい」


 ほぼ毎週恒例となった食事会。

 オーナーが特別にと出してくれたサングリアは、すっきりしていて私好みだった。


「ベースがスパークリングワインなんですね。柑橘系の香りも爽やかで、夏向きで美味しい」


「そう言ってもらえると嬉しいねえ」


 すっかり顔なじみとなったオーナーが、ニコニコしながらオードブルを出してくれた。


「これからの季節の、女性向けの飲み物って考えて作ったから」


「ピッタリですよ~。男性にはちょっと甘いかもしれないけど」


「そうでもないよ」


 同じサングリアを飲みながら森先生が答える。


「スパークリングだからかな。結構いける」


「お、そりゃよかった。ついでにこれもどうぞ。そのサングリアにあわせて作ったオードブル。試作品だから感想よろしく」


「わ、おいしそう!」


 小さく切ったフランスパンの上に、生ハム、アスパラガス、カットされたゆで卵、半分にされたプチトマト、オリーブが乗っていて、可愛い星型のピンで止めてある。


「可愛い~。一口サイズのおつまみですね」


「ピンチョスっていうんだよ。スペイン料理。サングリアがスペインだからね」


「あれ、タパって言うじゃないの?」


 聞いたのは森先生だ。


「良く知ってるね。ピンチョスはタパの一種だよ」


「なんですか、タパって? 前菜のこと?」


 私は、聞きなれない単語に首を傾げた。


「正確には、『タパス』だね。複数形で」


「ま、スペインの『お通し』だな」


「森さん、そりゃ……ある意味あってるかもしれないけどちょっと違うよ」


 オーナーは苦笑しているようだ。


「タパスっていうのは、スペインの居酒屋とか食堂で出される小皿料理のことだよ、色んな料理を少しずつ食べるんだ」


「へえ」


「で、ピンチョスはタパスのおつまみ版。お店によっては、無料で提供するところもあるらしいよ。勿論、お酒と一緒にね」


「やっぱり『お通し』だ」


「だから……ま、いいや。食べてみてよ」


「いただきまーす」


 一つ手に取ってパクリと口に入れる。

 うーん、美味しい!


「これ、かかっているのはオリーブオイルですか?」


「あたり。どう?」


「美味しいです! このサングリアとよく合います」


「そりゃ良かった」


「うん、いいね。口の中の油がサングリアの炭酸ですっきりして、また食べたくなる」


「良さそうだね。じゃあメニューにいれるか。あ、今日のオーダーはどうする?」


「そうだな………」


「良かったら任せてもらっていい?」


「「お願いします!」」


「オッケー」


 オーナーは上機嫌で厨房に下がっていった。


「うわ、楽しみ。何出してくれるかな」


「スペイン系かな?」


「どうでしょう?」


 他愛のない会話をしながらオードブルをつまみ、サングリアを飲む。


 あ~、幸せ。






「ところで、さ」


 オーナーが出してくれた料理に舌鼓をうちながら、グラスを重ねてほろ酔いになった頃、森先生が小声で尋ねてきた。


「………どう? 婚活の方」


「聞かないでください~~~~」


 はうっと大きく息を吐く。


「全然だめだめです~。心折れそうですよ、私………」


「そうなんだ」


「私、思うんですけど~~~。森さんが原因かなって」


「………え?」


「だって、こんな風に一緒にご飯食べて、小説の話で盛り上がるじゃないですか~。でも、紹介された人と会っても、どうしてもここまで盛り上がらないですよ~。なんか、自分の中のハードルがあがっちゃってるのかなって……」


「俺の所為で上がった?」


「ですよ~~~~多分! 高い会費払ってるのに~~~」


「………だったら、やめちゃえば?」


「へ?」


「会費、勿体ないじゃん。見つからないならやめればいい」


「………そうは行かないんですよ………。3年は続けるって約束したし………」


「約束?」


「弟と」


「…………え?」


 後から考えると。

 この時の私は、かなり酔っていたのだと思う。


 気が付けば、先生相手に、こちらの事情を全部話していた。

 教員NGってことまで。


「そっか………。佐々木さん、苦労したんだね………」


「ってほどでもないですよう。虐待されてたわけじゃないし」


 何人か、そういう子の話を聞く。

 勤め先が勤め先だから。

 聞くたびに心が痛くなる。


 そういう子に比べれば、自分の苦労なんて苦労じゃない。

 ただ、父親が早く死んじゃったというだけだ。


「あのさ、佐々木さんが教員NGなのは、忙しくて一緒に居られない、とか、子供の世話をしてもらえないとか思ってるから?」


「まあ、そうですね。忙しすぎるなって」


「………俺の両親、教員なんだ。二人とも」


「………え?」


「確かに二人ともすごく忙しかったし、運動会とか来てもらえなかった。寂しくなかったといえば嘘になるけど、でも、それ以上に、誇らしかった」


「誇らし、かった……?」


「両親が忙しいっていうのは、自分の受け持ちのクラスのことを一生懸命やっているんだ。そういう立派な教師なんだって思って」


「立派な………」


「ほら、教員って、子供が実感できる数少ない職種だろう? 忙しく働いているところを目の当たりにしてる。だから忙しくて当然だって、そう思ってた」


「でも……寂しかったですよね?」


「……まあね。それは否定しないよ。でも、その分、休みの時は全力で相手してくれたからね」


「全力で……」


「教師だったから、色んな所を知っていて、色んな所に連れていってくれた。イベント情報も早く入るしね。今思えば、半分実踏(じっとう)だったのかもしれないけど」


 実踏、というのは実地踏査の略だ。

 遠足など、子供たちを連れていく前に、あらかじめ現場を確認する仕事のこと。


「運動会が同じ日ってことは、振替休日も同じってことだからね。他の子は、親は普通に仕事だから、家で遊んだり学童に行ったりしている時に、家族そろって出かけられるのはちょっと嬉しかったよ」


「なるほど。そういうメリットもあるんですね………」


「それにさ、どんな職業でも、忙しくて、子供と一緒に居られないことって、あるんじゃないかな」


「…………」


「親が忙しくても、授業参観や運動会に一度も来たことがない親でも、まっすぐに育つ子供は沢山いるよ。俺のクラスにもね」


「そう、ですね………」


「それにさ、佐々木さんは教員じゃないんだから、俺みたいに両親ともに教員っていうわけじゃない」


「それは、そうですけど」


「教員NGって意識、変えてみたら?」


「………ちょっと、考えてみます」


 捕らわれていたのかもしれない。

 固定観念に。


 どんな職種だって、忙しい。


 その通りだ。

 忙しいのは教員だけじゃない。


 ただ、日ごろ、忙しく働いているところを目の当たりにしているから。

 具体的な仕事内容を知っているのは教員だけだから。


 だから、嫌だと思っていた。


 他の職種のことなんて全然知らないのに。

 もしかしたら、教員より忙しいかもしれないのに。


 ………私も子供と同じだ。

 目の前のことしか見えてない。


 わかってるつもりだったけど、わかっていなかった。


「………条件、変えようかな」


「え?」


「ゼロネットの条件。教員NGはやめようかなって」


「え、あ、ああ………」


「ありがとうございます。なんか目から鱗です。私、視野が狭かったみたい。条件変更して頑張ってみますね!」


「………えと………、ゼロネットは続けるんだ………」


「はい! とりあえず、食わず嫌いはやめてみようと思います!」


 高らかに宣言した私は、森先生が何やら苦い表情になっていたことに、全く気が付かなかったのだった――――

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