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5.飲みに行くのも一苦労

 運動会終わった~~~~!!


 細かいあれこれはあったけど!

 保護者席で場所取りトラブルあったけど!


 テント禁止の場所で簡易テント張ってる人がいたけど!

 敬老席に入り込んできた若者がいたけど!


 アルコール禁止なのに、どう考えてもアルコール飲んでる保護者がいたけど!

 校内全面禁煙なのに喫煙してる保護者がいたけど!


 トラブルの大半が子供じゃなくて大人だけど!

 というのが、ほぼ毎年恒例なのが哀しい……。


 とにかく終わった!


 細かいケガはあったけど、大事故はなかった!

 もうこれだけでいい!


 赤が勝とうが白が勝とうがどうでもいい!

 子供にとっては大事だろうけど!


「いやあ、今年も何とか終わりましたね~」


 片づけをする教員も、みんなほっとした表情だ。


「はい、6年生集合~~~~」


 むこうで森先生が子供たちを呼び集める。


 片づけの手伝いをしていた6年生たちが、わらわら集まっていく。


「ああ、もう子供たちを帰す時間ですね」


 まだ片付いていないものもあるが、これらは子供たちには任せられない。

 テントの支柱とか重いからね!


「ありがとうございました!」


「「「ありがとうございました!」」」


 代表児童に続いて全員で挨拶し、一礼すると、子供たちは一斉に荷物を置いてあるブルーシートに群がった。


 自分の荷物を手に、三々五々、校門へ向かって駆けていく。


「せんせー、さよならー!」


「さよーならー!」


「おう、気を付けて帰れよ~」


 喧騒は徐々に校外へ移り、やがて校庭がシン、と静まり返る。


 子供たちの荷物をおいてあったブルーシートを畳んでいるうちに、校庭に置いてあった支柱などは全部片付いていた。


「終わった終わった~」


 軽く伸びをしながら校舎へ戻る教員に混ざって、私も校庭を後にする。


「佐々木さん、この後の飲み会どうする?」


 更衣室で着替えていると、同じように着替えていた前田先生に尋ねられた。


「うーん、場所が遠いんですよね……」


 教員同士の飲み会は、勤務先の学校から遠いところを設定することが多い。


 理由は簡単。

 近隣で飲んでたら、下手したら保護者に会うからだ。


 今回予約してある場所は、ここから5つ先の駅前にある某居酒屋だ。


「家と反対方向なんで」


「あ、そっか~。私は逆に近くなるんで助かるけど」


「通勤経路上ですよね」


「うん、定期でオッケー」


「いいなあ……」


「でも、明日は休みだし?」


「ですけどね。ちょっと今回はパスで」


「そっか~」


 前田先生もそれ以上追及せず、お先に、と言いおいて更衣室を出て行った。


「さて、帰るか………」


 荷物を手に、更衣室を出た途端、職員室の方で、ざわっとどよめきが起こった。


「え?」


 何かあったのだろうか。

 慌てて足を運ぶ。


「あ、佐々木さん!」


 職員室を覗き込んだ途端、校長に手招きされた。


「はい?」


「4年1組の井上優衣さんが、まだ帰っていないらしい」


「え!」


「加藤先生が、仲のいい子の家に電話して聞いたところ、運動会の後、近所の公園で遊んでいたが、20分ほど前に別れてそれぞれの家に向かったらしい」


「20分前………」


「全員これから探しに出る。佐々木さん、悪いけどここで留守番してて」


「わかりました!」


「探しに出る人はみんな携帯持って! 進捗状況は職員室に報告!」


「「「はい!」」」


「佐々木さんは、みんなからの報告事項を教職員宛一斉メールで流して。やり方わかるよね?」


「はい、大丈夫です! あ、副校長先生の机、お借りしていいですか?」


 副校長席は一番電話がとりやすいし、なにより副校長席のパソコンでなければ一斉メールを流せない。


「もちろん。じゃ、あとよろしく!」


「はい、皆さんお気をつけて!」


 次々に職員室を出て行く教員を横目に、私は持っていた自分の荷物を副校長席の近くへ置いた。


 席に座り、改めて周囲を眺める。

 うん、この席って、ほんと、職員室全体が良く見える。


 パソコンの電源を入れ、パスワードを入力する。


 え? なんで副校長席のパスワード知っているかって? 

 パソコン管理も事務の仕事。管理者権限のパスワードくらい暗記してます。


 ……まあ、他校では視聴覚部が管理しているところもあるみたいだけど。


 いずれにせよ、しばらくは待つだけ。


 とはいえ、流石にこの席で自分の仕事はできない。


 手持無沙汰だったので、後ろの棚から、マル秘のアルバムを引っ張り出した。


「4年1組だっけ」


 このアルバムには生徒全員の顔写真と家族構成なんかがまとめてある。


「井上優衣……。知らない名前だなあ……」


 教員ならば。

 自分の担任するクラスでなくても、同じ学年であれば顔と名前はほぼ一致する。


 学年が違っても、担当する委員会やクラブの児童は当然把握している。


 でも、事務職員は、本来、全く子供らと接することはない。


 事務室にペンやらチョークやら取りに来る子供たちと、ほんの少し会話するくらいだ。


 当然、顔も名前も覚えてない。


 それでも。

 何人かの生徒は名前を覚えている。


 それは、職員会議などで『話題に出る子』だ。


 不登校だったり、特別支援の必要のある子供だったり、保護者からの電話応対を慎重にしないとならない子供だったり。


 後は逆に、何かで表彰されたりするような優秀な子たち。


 つまり。


 名前を知らないということは、ごく普通の一般的な児童ということだ。


 そんな子が、帰ってこない。

 放浪癖のある子がいなくなったのとはわけが違う。


 事故や事件でなければいいのだが。


「あ、あった。この子だ」


 そこに写ってたのは、ごく普通の女の子。

 無事だといいんだけど………。






「見つかったんですか!?」


 その電話がかかってきたのは、30分くらい後のことだった。


「わかりました。すぐ、みんなに連絡します」


 電話を切ってメールの文面を作成する。



題名:井上優衣さん無事保護


本文:公園から帰宅途中、捨てられていた子猫を発見。

 渡辺さんの家に連れていき、そこで猫と遊んでいた模様。

 現在、森先生と一緒に帰宅中



「これでいいか」


 宛先を慎重に確認して一斉メールを送る。


 ちなみに渡辺さんというのは、学校の近所に住む猫好きで、TNR活動をしていることで有名なおばさんだ。


 TNR活動とは、野良猫を捕獲<Trap>し、去勢避妊手術<Neuter>し、元の場所に戻す<Return>する活動のこと。


 おばさんの家には、おばさん自身が飼っている猫だけでなく、手術待ちの猫や里親募集中の猫など、常に10匹前後の猫がいるらしい。


 子供たちは猫おばさんと呼んでいる。


 マル秘アルバムによると、優衣ちゃんの家はアパートだ。


 おそらく、自分では飼えないから、猫おばさんの家に連れていったのだろう。


「お疲れ様! メールありがとう」


 最初に帰ってきたのは副校長だった。


「お疲れ様でした」


 言いながら立ちあがり、本来の持ち主に席を譲る。


「いやあ、事件や事故じゃなくて良かった」


 次いで帰ってきたのは4年の学年主任、加藤先生だ。


「猫おばさんのところだったかあ」


「森先生、よく見つけたよね」


 続々と教員が戻ってくる。


「あ~、先生方!」


 賑わってきた職員室で、吉田先生が声をあげる。


「すっかり忘れていましたが、今日の打ち上げ会場に、山口先生が先行してまして」


 あ、そういえばそんなこと言ってたなあ。


「今、広い会場で、ポツンと一人寂しく飲んでいるそうなので」


 教員の中から笑いが起こる。


「参加できる方、今から行ってやってください」


「了解」


「オッケー」


「じゃ、いくか」


 複数の賛同の声と共に、三々五々、先生たちが職員室を後にする。


「佐々木さんも行かない?」


 副校長に声をかけられるが、ありがたく辞退する。


「いえ、今日は元々不参加の予定でしたから。先生方がみんな戻られるまで留守番してます」


 職員室を見渡すと、まだ荷物が置いてある席がちらほら見受けられる。


「副校長先生、警察には?」


 ひょいっと顔を出した校長が尋ねる。


「戻る途中で連絡してあります」


「了解。じゃ、会場に向かおうか」


「ですが………」


「大丈夫ですよ、副校長先生。どうぞ行ってきてください」


「そうか? じゃ、悪いけど、戸締りよろしくね」


「はい」


 管理職が揃って出て行くと、職員室は私一人になった。






 その後、ポツポツと先生たちが戻り、徐々に職員室の荷物が消えていく。


 15分後、残りの荷物は1つになった。


 森先生の席だ。


 子供を送って、事情を説明して……となると、やはりすぐには戻れないだろう。


 私はカバンの中から読みかけの文庫本を取り出すと、空いている席に座って続きを読み始めた。






「あれ、佐々木さんだけ?」


 ようやく森先生が戻ってきたのは、結局、20時近かった。


「お疲れ様でした。みなさん、打ち上げ会場に行ってますよ」


「ああ、そっか。予約してあるって言ってたもんな」


「よく猫おばさんのところだってわかりましたね」


「偶然だよ。途中でうちのクラスの子に会ったんだけど、その子が、うちの体操着を着た女の子が猫を抱えて歩いているのを見たって教えてくれてね」


「ああ、それで………」


「いや、事件や事故じゃなくて良かった」


「叱りました?」


「家に何の連絡もしなかったことを、ね。猫を助けたことは褒めたけど。送っていった先で両親にも叱られてた」


「でしょうねえ」


「まあ、俺にも叱られてるし、あまり強く言わないでくれって言っといたけど」


「『家に連絡する』ことまで頭が回らなかったんでしょうね。猫のことで頭が一杯で」


「だろうね。もっとも本人は、お父さんに叱り飛ばされたことよりも、お母さんに抱きしめられて『無事でよかった』って泣かれた方が堪えたみたいだった」


「ああ……そうでしょうね」


「ところで、佐々木さんは打ち上げ行かないの?」


「はい、もともと不参加でしたから、留守番してました」


「ああ……そうか、俺、荷物置いたままだったから。ごめんな」


「いえいえ。大丈夫ですよ。じゃ、戸締りしちゃいますね」


 灯りを消して、職員室のドアを施錠する。


 昇降口で、廊下と昇降口の明かりを消すと、一気に薄暗くなった。


 光源は昇降口の外にある街灯だけ。


「先に出てください。昇降口のカギ、閉めちゃいますから」


 森先生が出てから内カギを閉めると、靴をもって警備室のドアから外に出る。


 ドアのすぐ傍のコントロールボックスに暗証番号を打ち込むと、カチリとカギのかかる音がした。


「流石に真っ暗だな」


 先に外に出ていた森先生がふうっとため息をつく。


「そうですね~」


「あ~~~腹減った」


「これから打ち上げて美味しいもの食べられるじゃないですか」


「いや、今日は行かない」


「……え?」


「今から行っても、もう何も残ってないよ。金だけ取られるのが落ちだ」


「え~、そうでしょうか?」


「というわけで佐々木さん、どっか食べに行かない?」


「え? いや、いいです。給与前でお財布厳しいので、私は家に帰って適当に食べます」


「おごるよ? 待たせちゃったし」


「じゃ、行きます!」


 我ながら現金だとは思うけど、今月は厳しいのだ! ボーナスはもう少し先だし!


「どこがいい?」


「おごってもらえるなら何でもいいです! 駅前のラーメンでも、駅の立ち食いソバでも!」


「流石にそれはちょっと俺がヤダなあ。………あ、そうだ、駅前の創作料理の店、行ったことある?」


「駅前の……創作料理?」


 覚えがない……。

 あったっけ? そんな店。


「あ、学校の駅前じゃなくて、家の方」


 なんだ。

 それを早く言ってください。


 創作料理……

 もしかして


「あのアンティークっぽいお店ですか?」


「そう、それ! 行ったことある?」


「ないです。なんかちょっと一人で入るのは気が引けて……」


「俺もないんだよ。ちょっと行ってみない?」


「そうですね……」


 いいかもしれない。

 気にはなってたんだよね、あのお店。


 でも、外にメニューが出てなくて、料金が分からないから躊躇してたんだけど………。


「おごり、ですよね?」


「もちろん」


「じゃ、行きます!」






 結論。

 ものすごく好みのお店でした!


 値段もそんなに高くなかったし。

 今度一人で行こうっと!


 あ、森先生、ごちそーさまでした!

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