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4.運動会、始まるまでが大騒ぎ。

「佐々木さん、花笠、あと5個お願い!」


 ある日の休み時間、4年生の学年主任である加藤先生が事務室にやってくるなり片手をパッと広げた。


「運動会のですね」


 4年生は毎年、花笠音頭だ。

 5年生はソーラン節。

 6年生は昨年まで組体操だったのだが、昨今の流れで中止となった。

 今年から何やるんだろう……。


「5個で大丈夫ですか?」


「うん、昨日確認した。全部そのまま使えるから、人数増えた分だけよろしく」


「はい、注文しておきます。……ところで」


 私は発注予定の品をメモすると、加藤先生に向きなおり、小さな声で尋ねた。


「……いつご入籍です?」


 加藤先生は、先日、森先生に話した『同棲中の独身男性』だ。


「あ………一応、6月後半の予定」


「ジューンブライド?」


「うん、まあ。運動会終わってからの方がいいかな、と」


「式は?」


「夏休み入ってから。あ、結婚休暇って、どっちで取れるの? 入籍日? 結婚式?」


「どっちでも大丈夫ですよ。あと、結婚休暇じゃなくて、慶弔休暇です」


「え、あれって葬式の時とかじゃないの?」


「それは慶弔の『弔』の方」


「……あ、ケイチョウの『慶』って慶事の慶か!」


「何だと思ってたんですか?」


「あ~~~~敬う方かと」


「……なるほど。っていうか、休暇の種類くらい覚えておいてくださいな」


「必要ないよ~。副校長や事務さんが教えてくれるから」


「教えてくれない人もいますよ? 自分の権利なんですから、ちゃんと押さえておきましょうよ。ちょっと調べればわかるんだし」


「そうなんだけどねえ………。あ、そうだ。結婚祝い金はどっちでもらえるの? 入籍日? 式の日?」


「入籍した時です。あとで請求書をお渡ししますから、婚姻届受理証明書か、婚姻日が記載された戸籍謄本ないし戸籍抄本を添付してください」


「了解! ありがとう」


「あ、もう一つ!」


「なに?」


「もし、新婚旅行が海外なら、いつもの旅行届じゃなくて、海外用の旅行届ですから、間違えないでくださいね」


「そうなんだ。様式ここにある?」


「服務関係は副校長のところです。でも、確かサーバーの共有フォルダに入ってたんじゃないかな?」


「りょーかい。あとで探してみる。じゃ、花笠よろしく」


「ああ~~、先生、待って!」


「え、まだ何かある?」


「学級旗は? 4年生だけ注文きてないですよ?」


「…………ああ! 忘れてた!」


「やっぱり………。学年で1枚? それとも紅白で2枚? クラス別で3枚?」


「2枚! 去年と同じ大きさで!」


「去年の『4年生』と同じ大きさ? それとも、去年の『3年生』と……」


「去年の『4年生』!」


「わかりました。共用の学級旗用の絵の具(フラッグカラー)は、図工室に置いてありますから」


「オッケー! じゃ、諸々よろしくお願いします」


 チャイムがなって慌てて出て行く加藤先生と入れ違いに、森先生が入ってきた。


「………ふーん。現在同棲中って、加藤先生だったんだ」


「盗み聞きですか? 趣味悪いですよ~」


「盗んでないし。聞こえただけ」


「はあ……本人がオープンにするまで内緒にしておいてくださいね?」


「個人情報だもんな」


「です。……あれ、森先生、授業は?」


「俺、次は空き時間だから」


「ああ、音楽ですか」


「そゆこと。で、フラッグ頼みたいんだ」


「フラッグ?」


「6年生、組体操の代わりにフラッグ・マスゲームになったから」


「ああ………了解です。来年以降も、そのフラッグ使いますか?」


「多分、そうなると思う」


「となると、公費で購入ですね……。で、ある程度しっかりしたのじゃないと……」


 私は立ち上がると、後ろの棚からカタログを取り出した。


「ええと………この辺ですね、多分」


 該当ページを開いて差し出す。


「1人1本ですか?」


「いや、1人2本」


「……6年生、90人以上いましたよね?」


「97人」


「………予備入れて200かな。色は? クラスごとに変えます?」


「いや、全部同じ色で。揃ってれば、正直、なんでもいい。ええと、大きさはこれかこれで。本数揃う方で」


「わかりました。業者に確認します。もしかしたら何色かあるかもしれないので、念のため、希望する色の順位、教えてください」


「うーん、そうだな………」


 希望の順番をメモしていると、バタバタと音がして、ボランティアの田中さんが事務室に入ってきた。


「よ! お疲れさん」


「「お疲れ様です」」


 私と森先生の声が重なった。


「佐々木さん、運動会で使う杭、5本くらい買える?」


「え、どうしました?」


「曲がってる」


「ああ………」


「昨日、吉田先生と一緒に確認してさ、直るかな~って、ちょっと叩いてみたけど駄目だ。直んねえ」


「………わかりました。前日設営までに何とかします」


「頼むな! それと森先生」


「なんでしょう?」


「今年の飼育委員の指導は誰?」


「前田先生です」


「ああ、今年から来た女の先生?」


「ええ、2年生の。どうしました?」


「ウサギ小屋の掃除、してないみたいなんだよ、今年の飼育委員」


「え?」


「あ、時間あるか? ちょっと来て」


「はい、じゃ、佐々木さんよろしく」


「了解です」


 田中さんに引っ張られる形で森先生が退室すると、私は業者へ連絡するため、受話器に手を伸ばした。






「……PTAの方にお願いするのは以上になります。何かご質問ありますか?」


 夕方。


 就業時間は過ぎているけど、運動会の打ち合わせのPTA役員会に、急きょ出席することになった。


 本当は校長と副校長、それに運動会の責任者である吉田先生が出席する予定だったんだけど、管理職は二人とも、教育委員会に呼び出されてしまった。


 いや、うちだけじゃなくて、全小学校の管理職が。


 ……あれかな。

 某小学校で事故があったから、その関係だろうな。


 でも、役員会の日程をずらすわけにもいかず、管理職の代わりに森先生と、何故か私が出る羽目になった。


 森先生は、わかる。

 主幹教諭だし?

 6年の学年主任だし?

 昨年の運動会責任者だし?


 でも、なんで私が!

 ……うん、他に手の空いてる先生、いないもんね。書記替わりだよね、多分。


「当日の役割とは関係ないんですけど、いいですか?」


 来賓接待を担当する女性が手をあげた。


「どうぞ、清水さん」


「6年生の組体操、やっぱり中止ですか?」


「はい、文科省の通知を受けて、教育委員会から中止にするよう、指示がありました」


「じゃ、近隣も全部?」


「そのはずですね」


「あら~。残念ね」


「ほんと、巨大ピラミッドが出来上がる瞬間って、感動的で良かったのにねえ」


 ふざけんな!

 こっちは毎年毎年ハラハラだったんだよ!

 今まで大きなケガがなかったのは、運が良かっただけだよ!


 ……って言いたくなった。

 言わないけど。

 言えないけど。


 組体操禁止になって教員側は大喜びだった。


 通常、学年の演技中は、その学年の担任だけが見守るけど、組体操だけは、6年生だけでなく、手の空いている教員は、管理職も含めて全員補助に入っていた。


 いや空いてなくても補助に入った。

 1学年3クラスだったら、1人補助に入って、学年全体を2人で見るみたいな形で。


 本番だけじゃなく、練習中も全部。


 そのせいで、6年生以外も手薄になって、そっちでも何か起きるのではないかと、学校全体でハラハラしていたのだ。


 やめよう、という話は何度も出た。


 でも、地域住民の方々が一番楽しみにしてるのが組体操であり、その中の巨大ピラミッドであることはハッキリわかっていたので、なかなか中止に踏み切れなかった。


 小学校にもご近所づきあいってあるんだよね。で、これがものすごい大事。


 これをないがしろにしてると色々立ち行かなくなる。いや、マジで。


 今回はホント、文科省グッジョブ!

 たまにはいい仕事するじゃん、教育委員会! って感じだった。


 ……まあね。

 わかってはいたんだ。


 組体操中止になって、一番残念がるのは地域の方々だろうってことは。


 っていうか、他に残念がる人、いないけどね!


 わかってはいたけど、目の当りにするとやっぱりムカつく。


 もちろん、口にも態度にも出しませんけど。


「大丈夫です。組体操ではありませんが、感動的な演技をお見せしますよ。子供たち、毎日頑張ってます。楽しみにしていてください」


 同じようにムカついているはずの森先生が、見事な営業用スマイルでその場を収めた。


 ………自分でハードルあげちゃって、大丈夫ですか? 先生………。






 会議が終わり、PTA役員の方が全員帰ったのを見届けてから会議室を片付ける。


「お疲れ様でした~」


 帰り支度を済ませて職員室に声をかけた。


「お疲れ様~」


「おつかれ!」


 何人もの先生が答えてくれた。


 ……まだこんなに残ってるし。


 いつ帰れるんだろう、先生たち。


 残業だけじゃ足りなくて、土日も出勤してきている。


 教員定数、もっと増えないかなあ。


 仕事量は増えてるのに、人数が増えない。


 昔はテストの採点とか持ち帰ってやることも多かったらしいけど、今はそれ、絶対できないし。


 もう、残業するしかないよね。


 残業代、出ないけど。


 やっぱり学校ってブラックだわ。






「佐々木さ~ん、石灰、残り1袋!」


「注文済みです! 今日の夕方には来ます!」


学級旗用の絵の具(フラッグカラー)、追加注文お願い!」


「何色ですか?」


「全部!」


「げ……。1袋ずつで大丈夫ですか?」


「うーん、多分平気。もし足りなかったら、図工室の出すわ」


「あれ、図工で買ってるのはネオカラーですよね?」


「似たようなもんだから大丈夫!」


 確かに。


「で、出した分は後で買ってね。運動会予算で」


 それが狙いか!

 ネオカラーの方が1缶の容量多いんですけど!


 いくらフラッグカラー足りなくても、1缶全部使うとかありえないんですけど!

 でも、買うのは最低1缶ですよね、どうしても!


 ま、買うけどね。

 どうせ秋の学芸会でも使うから。


「佐々木さん、ヤバイ!」


 視聴覚担当の高橋先生が飛び込んできた。


「PA壊れた!」


「ええ~~~~ッ!!!」


 PAはポータブルアンプのこと。


 とはいえ、最近話題の『ポタアン』ではない。あの、スマホなどに取り付けるヤツは、ポータブルヘッドホンアンプだ。


 学校でいうポータブルアンプは、イベント用の、ワイヤレスマイクがセットになっているもの。

 運動会ではおなじみの必須アイテムだ。


 一見、ただのスピーカーにしか見えないが、中にはワイヤレスマイクのチューナーも入ってるし、CDも再生できる。


 CDは、再生速度を調整できるので、練習時には遅く、徐々に早くして本番は本来のスピードで、ということも可能だ。


 なので、練習の時から大活躍のアイテムなのだが………。


「音が出ないんですか?」


「マイクの音もCDも駄目」


「うわあ………。とにかく業者に連絡します。修理、本番に間に合うかなあ……」


 今のPAは年代物で、昨年も少し調子が悪かった。


 新規購入も検討したのだが、かくだい君の更新の方が先だろうと、見送っていたのだ。


 あ、かくだい君っていうのは、A4サイズ原稿を横断幕や立看板サイズに拡大できる機械のこと。ポスタープリンターって言えばわかるかな?


「とりあえずお預かりします。練習、大丈夫ですか?」


「大丈夫じゃないけど何とかするしか……。普通のCDデッキで再生して、校内放送設備の校庭用だけ使ってマイクで拾うか」


「設定間違えて校内一斉放送とかしないでくださいね」


「俺はしないけど、他はどうかなあ………。使った後、設定を戻しておかないと、お昼の放送とかで放送委員が混乱するし……」


「あと、音量できるだけ絞ってください。校庭用スピーカー、結構高いところについてるから、かなり遠くまで音がとんじゃいます」


「ああ……近所迷惑だよな。でも、絞りすぎると聞こえないし……。加減が難しいな」


 頭を抱えながら事務室を出て行く高橋先生に目もくれず、私は業者に電話をかけた。






 結局。


 PAの修理は、本番には何とか間に合うものの、リハーサルには間に合わないことがわかった。


 この機種、どうやら既に製造中止で、修理用部品も在庫があるだけとのこと。


 つまり、次回壊れたら多分アウト。


「というわけなんですが、副校長」


「つまり、リハは校内放送設備を使わざるを得ないってわけか」


「イコール音が遠くまでとぶということで」


「事前に各自治会の会長には連絡しておくけど、苦情は来るだろうな……」


「チラシ配ります?」


「そうだな……。配っても苦情は来るだろうけど、やらないよりマシか。手分けしてポスティングするか」


「チラシの原案作っておきます。できたら確認してください。あと必要部数、確認しておいてくださいますか?」


「わかった。原案よろしく」


「了解です」


 仕事、増えてしまった。


 来年は絶対、PA買おう……。






 ちなみに。


 リハ当日、やっぱり苦情が来ました。


 やれやれ………。

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