22.プロポーズされました
「副校長、消火水槽の蓋の交換工事日程、業者から連絡ありました。今週末金曜日。雨天なら翌日土曜日だそうです」
「やっとか! でもって学芸会当日!?」
はい、皆さん覚えてますでしょうか?
年度始めの日曜日、校庭に落ちた蓋のこと。
その後、教育委員会へ連絡し、全校点検がなされた結果、ほとんどの学校で交換の必要あり、ということになったのです。
そのため施設課で一括契約ということになったのですが。
予算措置やら契約手続きやらで、ようやく今になって交換を行うこととなったのです。
え?
遅い?
まあ、こんなもんですよ。役所の契約なんて。
もちろん、重大事故に繋がりかねない案件は別ですが、今回は応急措置で何とかなっちゃいましたからね。
で、施設課契約の最大のデメリットが日程。
こちらの希望通りにはいかないのです。
何せ、複数校を順次回っていくのですから。
結果、うちは今週末になってしまったわけですが。
「金曜日の児童鑑賞日なら、さほど問題はないと思います。子供たちはみんな体育館ですし、屋上で多少物音がしたところで影響ありません。でも、翌日、土曜日だと………」
「音は問題ないが、保護者の自転車がな」
「はい。工事車両を停めるスペースが確保できないかもしれません。と、言ったのですが」
「押し切られたか?」
「その時は近場のコインパーキングに停めます、だそうです」
「あそこから道具一式運ぶのか?」
「いえ、校門近くで荷下しして、その後コインパーキングに停めるそうです」
「ああ……なら、まあいいか」
「OK出していいですか?」
「出したくないけど仕方ないだろう。当日、こっちは手が空かないけど」
「はい、私の方で対応します。ちょっと事務室、手薄になりますけど」
「まあ、それは仕方ないな。だけど」
ふっと、副校長の目元が緩んだ。
「6年の劇は見てやれよ」
「はい。予定通りなら劇が終わってからになりますから大丈夫です」
「なら良かった。あ、そう言えば向こうの副校長から連絡があったよ」
「………え?」
「例の、DV被害の子供の件」
「あ」
土曜日の電話を思い出す。
「向こうの学校に、長谷川さんから連絡があったそうだ」
「はい、私の方にも連絡がありました。今後は自分で動くからと」
「お、そうだったか。じゃ、その後の方針も聞いたか?」
「……方針?」
「あ、それはなかったか。なんでも婚姻届にハンコを押した覚えがないって言ったんだって?」
「ええ。そんなこと言ってましたね」
「その話、あの時初めて出たらしいんだ」
「え、そうなんですか?」
「それで、向こうの副校長がすぐ弁護士に連絡して、訴訟の方向で動き出したそうだ」
「……あれ?」
ちょっと引っかかった。
「有印私文書偽造の時効って……」
確か有印公文書偽造は7年。
私文書はそれより短いハズ。
「5年だよ」
悩んでいたら副校長が教えてくれた。
「じゃあ、時効じゃないですか」
「民事がある。賠償責任が消滅するわけじゃない。と、その弁護士は言っていたそうだ」
民事。専門外だからさっぱりわからないけど、弁護士の先生が言うなら間に合うんだろう、多分。
「それに、訴訟に勝つことが目的じゃない」
「は?」
「そう言う訴えを起こします。下手すればあなたは犯罪者になりかねません。ならば今、離婚に応じた方がいいじゃないですかと、そういう方向に持っていくらしい」
「あ、そういうことですか。でも、民事で負けても『犯罪者』にはならないような……」
「ニュアンスだニュアンス。周囲にバレれば、似たようなもんだろう。結果はどうあれ」
「……確かに」
人の口に戸は立てられない。
離婚調停だけならともかく、民事とはいえ裁判沙汰になれば、バレるリスクは高いだろう。
「学校としては、子供が守られればどうでもいいけどな」
「ですね」
大人は自分でなんとかしてもらいましょう。
「綾先生!」
その日の放課後。
和也さんが勇太君を連れて事務室にやってきた。
「あ、勇太君。劇、どう?」
「バッチリ! ……多分」
「どっちだよ」
和也さんに軽く小突かれて、へへっと笑う。
「あのさ、綾先生」
「なあに?」
「土曜日、学芸会の後、教室に来てよ」
「え? なんで?」
「お別れ会、やってくれるんだって」
「ああ………」
学芸会が終わったら、転校だからね。
でも。
「何で私も?」
「来てほしいんだ。綾先生に」
「うーん………」
チラリと和也さんを見る。
「森先生、私が参加しても良いんですか?」
「佐々木さんの都合が良ければぜひ。副校長にはこれから話をするけど」
仕事中なので、お互いに苗字で呼び合う。
……何か変な感じ。
ちょっと前まではこれが普通だったのに。
「金曜日に雨が降らなかったら大丈夫かな」
「え?」
「なんで?」
首を傾げる二人に、工事の話をする。
「だから、もし金曜日が雨だったら、工事が土曜日になるのよ」
「じゃ、無理?」
「うーん、工事が早く終われば何とか」
「じゃあ、もし土曜日に工事が入ったら、終わり次第来てよ! いいだろ?」
「そうね。なるべく行けるようにするね」
「よっしゃ~~!」
ガッツポーズで叫ぶ勇太君だったが
「やかましい、少し音量押さえろ」
和也さんに注意され、すみませーん、と言葉だけ謝った。
「ほら、用事が終わったらさっさと帰れ」
「ほーい。綾先生、モリカズ、さよなら!」
和也さん、モリカズって呼ばれてるんだ。初めて知った。
「………綾」
事務室の扉が閉まると、小さな声で名前を呼ばれた。
「ごめん、今日も遅い」
「ん。ごはんどうする?」
「食べたい。でも、多分途中で何か食べるから、あんまり重いのは要らない」
「……雑炊?」
「あ、それいいな。頼む」
「はい。あんまり無理しないでね」
「倒れない程度に頑張るよ」
和也さんも、苦笑しながら足早に事務室を出て行った。
あ、卵切れてたかも。
帰りに買わなきゃ。
ついでに明日の朝ごはんに使えそうなものを物色しておこう。
学芸会が終われば、少しは楽になるといいんだけどな………
そしてあっという間に金曜日。
今日は児童鑑賞日なわけですが。
「雨だし」
事務室で空を見上げて嘆息する。
「工事、明日ですね」
佐藤さんも苦笑している。
「明日、私出てきましょうか?」
「いえ、大丈夫ですよ。受付はPTAの方もいらっしゃるし、電話もほとんどかかってきませんから」
「そうですか? なら……すみません、予定通り休ませていただきますね」
「その代わりと言っては何ですが、私、そろそろ抜けますね」
「はい。行ってらっしゃい」
佐藤さんに見送られて体育館へ向かう。
6年生の出番はもうすぐだ。
ヤバい。
学芸会で泣くとか不覚だ。
6年生、すごい。
ダンスや歌も決まってる。
どれだけ練習したんだろう。
何より、ユタの
「みんなに会えて良かった」
という、むっちゃ感情入ってるセリフに一気に涙腺が緩んだ。
同級生にからかわれて泣いていた頃から、2年しか経ってないのに。
本当、子供の成長って早い。
以前、誰かが言っていた。
教師やってて何が楽しいって、子供たちが成長する瞬間を見ることだよと。
その時は、そんなものかも思っただけだけど。
うん。
確かに。
これを経験しちゃうと、教師は辞められないんだろうなあ………。
「勇太君!」
退場していく6年生の先頭に立つ今日の主役に声をかける。
「すごく良かったよ!」
勇太君は、ニカッと笑って、グッと右手親指をつきだした。
そして土曜日。
保護者と自転車の間をすり抜けて、業者を屋上ヘ案内する。
「では、終わりましたら事務室にお声かけしますので」
「よろしくお願いします。あ、お電話いただければ登ってきますから」
交換に立ちあう必要はないが、交換終了後の点検はしなければならない。
「助かります。よろしくお願いします」
業者に後を任せると、私は受付の手伝いをするため降りていった。
『お待たせしました』
業者から電話がかかってきたのは、お別れ会が始まって5分ほど経った時だった。
屋上へ向かい、確認のサインをして業者を見送ると、私は急いで6年生の教室に向かった。
「綾先生!」
教室では、ちょうど勇太君が花束をもらったところだった。
あれ、副校長もいる。
「綾先生、俺、先生にどうしても話したいことがあるんだ」
「佐々木さん、どうぞ前に」
和也さんに促されて教室の前に立つ。
こういうの慣れてないんだけど……。
他の子供たちの視線が痛い。
「綾先生、ありがとう」
「え?」
「4年生の時、声かけてくれて。あの時、俺、どうしていいかわからなくて。でも、綾先生が俺にもできることがあるって教えてくれたから、自分のことも家のこともできるようになった」
「それは勇太君が頑張ったからだよ?」
「そうだけど、綾先生に言われなかったらわかんなかったよ。だから、ありがとう」
やだ。
泣きそう。
「……どういたしまして」
どうにか涙をこらえて微笑むと、何故か勇太君は、その場に片膝をついた。
「え?」
「勇太君?」
「「勇太?」」
「「ユタ、どしたの?」」
子供たちや副校長たちがざわめく中、勇太君は私に向かって手にした花束を差し出した。
「綾先生! 俺、綾先生が好きだ! 6年後に結婚してください!」
一瞬の間の後
「「「「「「ええ~~~~~ッ!?」」」」」」
教室が揺れた。
「ちょ、ちょっと勇太君!?」
「俺、今12歳だから、あと6年したら結婚できるから! そうしたら俺と結婚してください!」
な、何て言えばいいの?
バカなことを言わないのって窘める?
私の年、知ってるのかって聞く?
あるいは、6年経って気持ちが変わらなかったらねってごまかす?
それより、彼氏がいるって言った方が良い?
咄嗟に判断できなくて絶句していたら
「勇太! てめえ、俺より先にプロポーズしてるんじゃねえ!」
和也さんが私と勇太くの間に割り込んできた。
「「「「「「………ええッ!?」」」」」」
再び教室が揺れる。
それに負けないくらい大声で勇太君が叫ぶ。
「なんだよ、モリカズには関係ないだろ!」
「大ありだ! 綾は俺のだ!」
ちょ………っ!!!!!!
言う? ここでそういうこと言う!?
「……バカァ!!」
私は、思わず和也さんを引っ叩いて教室を走り出てしまった。
廊下をかけぬけ、階段のところまできた時、自分がまだ屋上のカギを持っていることに気がついて上に向かう。
あそこなら一人になれるはず。
と、思ったのに。
「なんですぐ来るかな、和也さん………」
「綾が階段あがっていくのが見えたから」
「………」
リーチの差でしょうか?
プイッとそっぽを向くと、後ろからギュッと抱きしめられた。
「クラス、ほっといていいの?」
「叔父貴に任せてきた」
甥っ子に甘いな、副校長。
「……教室で、子供たちの前であんなこと言うなんて」
「うん……ごめん。つい、カッとなった」
「子供相手よ? いくらでも言いくるめられたでしょうに」
「言っただろ? 綾のことになると、余裕、なくなるんだよ、俺」
大きなため息が耳をくすぐる。
「勇太に先越されるとは思わなかった」
ぎゅっと、抱きしめる腕の力が強くなった。
「綾。俺と結婚してください」
耳元で囁かれた言葉に、ハッと振り返る。
「綾とずっと一緒にいる権利を、俺にください」
真剣なまなざしが私を貫く。
「…………和也さん」
答えなんて、決まってる。
でも。
「一つだけ。お願い」
「……なに?」
「子供が大きくなるまで死なないで」
「…………ッ!」
「父さんが死んで、夢中で過ごしてきたけど。でもやっぱり寂しかったから」
「綾………」
「苦労はしたけど、それはいいの。でも、寂しいのは埋まらなかった。だからお願い。早死にしないで」
「………難しいな。寿命をコントロールする技は持ってないし」
わかっている。
無茶なお願いだ。
「でも。身体を大事にすることは約束するよ。なるべく健康で、長生きするようにする」
「……ちゃんと休んで。忙しいのは仕方ないけど、ちゃんと食事して、睡眠とって」
「ああ。そうする。それで、いいか?」
「うん………」
「………結婚してくれる?」
「はい。私でよければ」
答えたその瞬間。
わあっという声とともに子供たちが屋上にあふれた。
「「………え」」
二人で固まる。
「やったね、モリカズ!」
「おめでとー!」
「ユタ、失恋~~!」
「うっせえ!」
「な、お前ら、どこから見てた!」
「余裕なくなる、くらいから?」
慌てて私から離れた和也さんの問いに答えたのは副校長だった。
ですよね。
子供たちだけでここに来させませんよね。
って言うか止めてよ! お願いだから!
「ほとんど最初からじゃないか! っていうかここは任せとけ、追いかけろって、このためかよ!」
「今頃気づいても遅い」
副校長、楽しんでますね!?
まさかと思いますけど、率先して子供たち連れてきました!?
「やい、モリカズ!」
突然、和也さんの前に勇太君が飛び出したと思ったら、鈍い音と共に、その右手が和也さんの腹部にめり込んだ。
「ぐっ……」
和也さんが腹部を押さえて眉を顰める。
うわ、もしかしてみぞおちに入った?
子供とはいえ6年生。力も相当強いハズ。
「モリカズ! しょーがねーから譲ってやる! けどな! 6年経って綾先生が幸せじゃなかったら俺がもらうからな!」
「あのな、譲るも譲らないも最初から俺のだし、6年後にお前の出番なんてねえよッ!」
「「「きゃあ~~~~ッ!!」」」
和也さんの発言に再度赤面するとともに、女の子たちの黄色い声に居たたまれなくなる。
あの、帰っていいですか?
「綾先生!」
勇太君がこちらに向きなおった。
「モリカズのこと嫌いになったら、いつでも俺のとこ来いよ!」
「大きなお世話だ!」
「モリカズに言ってねえッ!」
「………ええと、勇太君?」
「はい!」
あら、いい返事だこと。
「えっとね、好きになってくれてありがとう。気持ちはとても嬉しい。でも、ごめんね。勇太君とじゃ、年が離れすぎだよ。6年待ってたら本当におばちゃんになっちゃう」
「え? 綾先生、今23歳だろう?」
「え?」
なに、その妙に具体的な数字は。
「え、違うの?」
「どうしてそう思ったの?」
「だって、高卒で働き出して、この学校にきて5年目だって言うから、23歳だろう?」
ああ、そういう計算………。
って、それでも10歳以上離れてるけど良いのかね、君は。
「ええと、若く見てくれてありがとう。でもね、ここに来る前にも、二つ、他の学校で働いてるんだ」
「え………?」
「最初の学校は3年、次は4年。だからさっきの年齢に7足して?」
「……え。30歳?」
はい、そうです。誕生日が来ればね。
「マジかよ………」
おう。見事なorz。
生で見られるとは思わなかった。
「勇太君。勇太君はきっと、これから、私よりもっといい人に会えるから」
「…………そうかな」
「うん。絶対そう。6年後の勇太君、きっとカッコいいよ」
「そう思う?」
「うん。だからさ、見せに来て」
「……え?」
「6年後、勇太君がどれだけカッコよくなったか見せに来て」
「………わかった。行く」
「待ってるね」
「でもって、後悔させてやるからな、俺を振ったこと!」
「うん、楽しみにしてるね」
「………なんで『楽しみ』なんだよ………」
「俺も楽しみだな」
少し落ち着きを取り戻した和也さんが近づき、勇太君の頭をグリグリ撫でた。
「痛ぇよ、やめろ、モリカズ」
「6年後と言わず、いつでも遊びに来い。教え子なら歓迎してやる」
「ちぇ。モリカズになんか会いたくねえよ。でも、綾先生には会いたいから我慢してやる」
「あ、ユタ、いいなあ」
「森先生! 私も遊びに行きたい!」
「私も私も!」
「俺も~~!」
ワイワイガヤガヤ。
子供たちに囲まれた和也さんは、いつもの教員の顔で笑っている。
なんだかどさくさ紛れにプロポーズされたみたいで、今一つ釈然としないけど。
ま、いっか。
婚活を始めて半年。
今の状況をあの時の私に言っても、きっと信じられないだろうな。
だって、今だって、なんだか信じられないんだから。
茂のセリフを思い出す。
目的は、姉ちゃんが『結婚すること』じゃなくて『幸せになること』。
うん。大丈夫
きっと幸せになれる。
和也さんと二人なら。
こちらを向いて微かに微笑む和也さんに、私もにっこり笑いかけた。
<完>
本編はこれで終わりです。
あと1つだけ、後日談というか、番外編があります。




