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2.詮索する気はないけれど、これも一応仕事なので

本日2話目。

「佐々木さん、引っ越した時の手続き書類もらえる?」


 ある日の放課後、そう言いながら一人の教員が事務室に入ってきた。


「森先生? 引っ越したんですか? せっかくあんな近いところなのに?」


 森和也教諭。今年で33歳。

 6年生の学年主任かつ生活指導主任だ。


 今は確か、学校から自転車で10分くらいのところに一人暮らしのはず。


「もしかしてご結婚ですか?」


「違う違う、単に更新時期になったから」


「へえ?」


「いや、今のところ、確かに学校から近いし悪くないんだけど、狭くて日当たりが悪いんだよね」


「あ、そうなんですか」


「おまけに、風呂とトイレが一緒だし」


「あ、ユニットバスなんですね」


「で、多少遠くても、も少し広くて、風呂とトイレが別で、日当たりがいいところが良いなって」


「まあ、確かに日当たりって大事ですよね」


 言いながら住居届や通勤届など、必要な書類を一式手渡す。


「あと、住民票取ってきてください。住居手当を受けるなら、賃貸契約書の写しもお願いします」


「あ、住民票は持ってる。今、渡していい?」


「さすが、用意が良いですね。はい。お預かりします」


 受け取って住所と世帯構成を確認……ってあれ?


「………森先生。この住所、私の自宅(うち)からめちゃめちゃ近いです………」


「え、ほんと?!」


「ホントです。えと……これ、もしかして、あそこじゃないですか? 1階がコンビニと本屋さんで、2階から上がアパートの」


「そう、それ! 佐々木さん、ご近所?」


「です」


「どこ?」


「えと……そのコンビニから北に少し行ったところにあるパン屋さん、わかります?」


「あ、わかるわかる」


「そのすぐ横のアパートです」


「………あ、わかるかも。ホント、ご近所だ。歩いて5分くらい?」


「ですねえ………」


 うーん。

 個人的には、あまり職場の人とプライベートで会うのはご遠慮したいんだけど……。


 あのコンビニは、帰りにしょっちゅう、というかほぼ毎日寄ってるけど……。


「通うコンビニ変えようかな……」


「え、何で。俺、嫌われてる?」


「あ、いえソウイウイミデハ」


「どういう意味だよ……。ああ、そうだ。佐々木さん」


「はい?」


「何時の電車に乗るのがオススメ?」


「………オススメというか、私は7:18の始発に乗ってます」


「それで学校に着くのは何時ごろ?」


「7:50頃ですね」


「早くない?」


「早いって言うのは副校長並みの人のことを言うのでは?」


「……確かに」


 副校長は7:00には着いてるらしい。

 ちなみに始業は8:15。


「ええと、時間的には1本、いえ、2本後でも大丈夫ですけど、それ両方とも『始発』じゃないんですよ」


「やっぱり始発じゃないと座れない?」


「始発でも座れない人いますよ」


「え、マジ?」


「ちなみに私は7:10にはホームに着いてます」


「………なるほど了解。参考になった。ありがとう」


「どういたしまして」


「で、この書類書いて持って来ればいいんだよね。あと、賃貸契約書」


「はい、できれば今週中にお願いします。インプットの期限があるので」


「りょーかい」


 書類をヒラヒラさせながら森先生が出て行くと、私は、一部始終を見ていたパートのおばさんに声をかけた。


「佐藤さん、どう思います?」


「うーん、怪しいわね、絶対」


「ですよね、ですよね!? 狭さや日当たりだけなら、も少し近いところに、いい物件ありますよね?」


「まあ、時期じゃないから、たまたま空いてなかった可能性はあるけど」


「でも、今まで自転車10分だったのが、電車通勤で30分ですよ?」


「あ~でも、もしかしたら、あえて遠いところにしたのかも?」


「え、なんでですか?」


「前にいた学校でね、やっぱり近くに住んでた先生がいたんだけど、子供たちに住所がばれちゃって、放課後土日構わず押しかけられて、とうとう引っ越した人がいたわ」


「ああ………。そういうこともあるんだ」


「まあ、それだけ子供たちに人気のある先生だっていう証拠ではあるんだけど……奥さんがまいっちゃって」


「ですよね~」


 やっぱり旦那が教員だと大変だなあ。


「で、その先生と森先生、確か今、研究部会が一緒な筈」


「え、そうなんですか」


 教職員の研究会、というのがある。

 近隣の小学校の教員が集まって、月に1回行う研究会のことだ。


 その研究会は、教科ごとにわかれている。

 国語部、算数部、体育部、図工部など。

 それが「研究部会」だ。

 ちなみに、事務職員は全員「事務部」になる。


 え?

 ええ、そうです。

 事務職員だって研修するんですよ?


 研究会は中学校にもあるので、たまに小中合同の研究なんかもあります。


「じゃあ、その研究部会でそういう話を聞いたから、とかあるかもですね」


 まあ、人の引っ越し理由なんてどうでもいいけどね。


 私は改めて住民票に目を落す。

 ああ、履歴も修正せねば。


 これからやることを頭の中でスケジューリングしながら、書類を鍵付きの棚にしまい込んだ。


「森先生、引っ越したって?」


 翌日、そういいながら事務室に入ってきたのは、花壇ボランティア兼交通ボランティアの田中さんだ。


 花壇ボランティアというのは、学校にある花壇や、子供たちが授業で使用する畑のお世話をしてくれる人たちのこと。


 交通ボランティアは、子供たちの登下校を見守ってくれる人たちのことだ。


 田中さんは、以前は某工務店に勤めていたのだが、退職後、暇だからとボランティアをしてくれている。


 2年前に喜寿になったと言っていたから79歳のはずだけど、とてもそうは見えない。


 前職が前職なので、ちょっとした修理も簡単に行ってくれる。


 それはそれでものすごく助かるのだけど、材料はお願いだから学校で買わせて! 自腹切らないで!


『○○直しといたから』


『え、材料は!?』


『うちに余ってた』


 という会話がデフォルトなのは、やっぱり問題があると思うのです……。


「田中さん、耳が早いですね」


「おう、さっき本人に聞いた」


 いや、本人に聞いたなら、こっちに確認しにくる必要ないと思うのですが。


「で、なんで引っ越したって?」


「森先生は何て言ってました?」


「狭いからだって。でも、だったらもっと近くにあるだろ? って言ったら、いやあ、空きがなくてって言うんだけどさ、空いてるんだよ。すぐそこのアパート。先月空いたばっかりでまだ入居なし」


「え、なんで知ってるんですか?」


「そこの不動産屋、同級生なんだ」


「あら、そうなんですか」


 田中さんは地元生まれの地元育ちで、身体を壊すまでは自治会の役員もやってたとのことで、ここいら一帯にものすごく顔が広い。


「だからさ、一体どこの不動産屋に行ったんだよ、俺に聞けよって言っといた」


「あはは~。でも、もう引っ越しちゃったし、遅いですね」


「森先生もそう言ってたよ。ったく、もっと色々回れよなあ?」


「でも、あんまり近所すぎるのも、問題ありじゃありません?」


 先日の佐藤さんとの会話を思い出す。


「子供たちに土日休日構わず押しかけられるのもねえ?」


「ああ。そりゃそうか。……で、なんで引っ越したんだ? もしかして結婚するのか?」


「それはご本人に聞いてくださいよ~。こっちではわかりませんから」


「聞いたよ、本人に。でも答えねえんだ。はぐらかされちまって。だからなんか知らないか?」


「いやあ、確かに事務室には個人情報集まりますけど、流石にそう言うことまでは……」


「そうかあ。いや、何か知ってるかと思ってさ」


「すみません、ご期待に添えないで」


「いや、まあ、まだ結婚しないならいいんだ。今度また合コンしようかと思ってな」


 出た。

 田中さんの唯一(?)の欠点。


 独身と見ると結婚させたがるのだ。


 その顔の広さで年頃の独身男女を集めて飲み会をセッティングするのが趣味らしい。


 ついたあだ名が仲人おじさん。


 地元の適齢期の独身男女の数が段々減っているので、最近は学校の先生をターゲットにしているようだ。


「結婚する相手がいたら誘えないからなあ」


「だったら誘ってみてその反応を確かめてみたらどうです?」


 これまでずっと聞き耳を立てていた佐藤さんが口を挟む。

 いや、煽らないで、お願いだから。


「ああ、そうだな。そうするか」


 あ、決まってしまった。

 これは多分、近いうちにまたお呼びがかかるなあ………。


「佐々木さんも来るだろ?」


 って、早いわ! もうお呼びがかかった!


「え~、どうでしょう? 日程次第?」


「よし、いつならいい?」


「……いや、ここで確認すべきは森先生じゃないですか? 森先生の反応を知りたいんでしょう?」


 ごめん、先生。生贄に捧げました。


「それもそうだな。よし、聞いてこよう」


 嬉々として出て行った田中さんだったが、すぐに取って返してきた。


「言い忘れてた。佐々木さん、培養土買っといて」


「いつものでいいですか? 何袋要ります?」


「そうだなあ……とりあえず5袋あればいいかな」


「わかりました。発注しておきます」


「あと、今年ヒョウタンは植えなくていいのか? 苗がなかったけど」


「はい、今年はゴーヤとヘチマで大丈夫だそうです。理科主任に確認してあります」


「そっか。なんで?」


「教科書が変わったらしいので」


「ああ、そういうことか。了解」


 そう言うと田中さんは、今後こそ事務室を後にした。






「せんせー!」


「森せんせー!」


「引っ越したってほんとー?」


 数日後。

 廊下に子供たちの声が響いた。


「え、何で知ってるんだよ、お前ら」


 少し焦ったような森先生の声が聞こえる。


「田中さんに聞いたー」


「聞いたー」


「えーーーー」


 困ったような森先生の声を聞きながら、私は佐藤さんと顔を見合わせて苦笑した。


「そりゃ、話しますよね」


「ですよね」


「口止めしてなかったんですね」


「内緒にしといてくださいって言えば話す人じゃないのにね」


 こそこそ話の向こう側で、児童がしきりにどこに引っ越したのかを迫っている。


 内緒、内緒! という森先生の声が遠くへ去っていくのが聞こえた。


「住所を言わないだけの良識はあったようですね」


「流石にね」


 よかった。


 好奇心で森先生の新居を探しに来た児童と鉢合わせるなんていう事態はどうやら避けられそうだ。






「佐々木さん、書類これで大丈夫?」


 その日の夕方、森先生が書類一式もって事務室にやってきた。


「確認します。ちょっと待ってくださいね」


 書類を受け取ってざっと目を通す。


「はい、大丈夫です。あ、通勤手当は来月から切り替えになります。今月分は持ち出しになりますから」


「あ、それは大丈夫。……ちなみに、逆だったらどうなるの?」


「逆?」


「遠くから近くに引っ越した場合」


「ああ、同じですよ。翌月から切り替えですから」


「返さなくていいの? 例えば2週間なら2週間分、余計にもらうことになるよね」


「そうですね。でも、返す必要はないです。そういう規則なので。」


「へえ………」


「でも、旅費とか、その月の分は定期がある前提で計算しますから」


「ああ……なるほど。その分は損するわけだ」


「って、出張なかったら関係ないですけどね」


「確かに」


 会話をしながら横目で書類を確認する。

 重要なのは賃貸契約書の写し。


 契約者が本人かどうか。

 賃料がいくらか。

 同居人がいるかどうか。


 ……うーん、同居人欄空白か。

 やっぱり結婚じゃないのかな。


 いやいや、とりあえず自分だけ先に入居しておくってこともあるし………。


 ま、どうでもいいか。


 こっちは書類が揃ってさえいれば問題ない。


「はい、確かにお預かりしました」


 私はニッコリ笑って書類一式を鍵付きの棚にしまい込んだ。


 あとで関連書類作成して管理職のハンコもらって教育委員会へ提出するために。


 え、今すぐやらないのか?

 やりかけの仕事、終わったらね!

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