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18.付き合うことになったけど

 次の日の朝、前のように同じ電車で出勤し、一緒に昇降口に入ったところでばったり副校長に出会った。


「お、仲直りしたのか?」


「「はい?」」


「昨日は別々に出勤してたろ?」


 え!

 ってことは。


 今まで一緒に出勤してたことに気づいてたんですか?!

 副校長、侮れない……ッ!


「え、ええと、ケンカしてたわけじゃなくて………」


 うーん、なんて言おう。

 焦る私の横で、しかし和也さんは、にっこり笑って言い放った。


「むしろ悲願達成?」


「なるほど、口説き落としたか」


「って、ちょっ…………!!」


 バラす?

 バラしちゃう、ここで!?

 大体、悲願………って、大げさ!


「あはは。佐々木さん、顔真っ赤だよ。ま、職場じゃほどほどにな、和也」


「わかってるって」


 口をパクパクする私の横で、和也さんが嬉しそうに笑う。


 ものすごく恥ずかしいんですけどッ!


「佐々木さんが異動する前に達成できて良かったな」


「え?!」


 副校長の言葉に、和也さんが驚く。


「あれ、知らなかったのか?」


「え、知らなかったの?」


 私と副校長は、和也さんが驚いたことに驚いた。


「事務職は5年いると異動対象だぞ?」


「基本ですよ? それに私自身、周りに散々言ってたのに。今年で最後だって………」


「確かに言ってた。和也、聞いてなかったのか?」


「あ……聞いたような聞いてないような………」


「聞いてなかったんだな」


「ハイ、スミマセン」


「まあ、どのみち、同じ職場でカップルになれば、片方が異動になるのが慣例だから」


「え、じゃあ、俺、この先ずうっと綾とは別の職場?」


「お前らが結婚すれば、そうなる」


 け、け、け、結婚って………。

 いや確かにそれ前提のお付き合いだけどッ!


「あ、例外もあるか」


「例外?」


「小中学校が一つしかないような島嶼勤務」


「本が発売日に本屋に並ばないところは嫌です!」


 即答する私に、2人揃って吹き出した。なんでた。


「綾の判断基準は、やっぱり本なんだな」


 ええ、その通りですが、なにか!?






 数日後。

 各学年の学芸会の演目が決定した。


 6年生は結局、『ユタと不思議な仲間たち』だった。


 何でも、勇太君がみんなを説得したらしい。

 この劇をやれば転校した先でも頑張れる気がすると言って。


 そう。

 結局、勇太君のお祖母さんとその旦那さんが、勇太君の父親を強制入院させたのだ。


 勇太君は自分たちが引き取ると言って。


 だが。


 学芸会まではここにいたいと、勇太君がお願いし、結局お祖母さんとその旦那さんもそれを了承したそうだ。


 学芸会まで3週間。


 その間、お祖母さんが勇太君と一緒に今の家で過ごすことになった。


 そして学芸会が終わったら、新幹線で2時間ほどかかるお祖母さん宅へ引っ越すことになっている。


「最後だからさ! 綾先生も見に来てよね!」


 勇太君にそう言われた時は、ちょっと困った。


 学芸会は2日間行われる。


 初日は『児童鑑賞日』

 観客席にいるのは児童と教職員のみ。

 子供たちが他学年の演技を鑑賞する日だ。


 二日目が『保護者鑑賞日』

 観客席にいるのは保護者たち。

 子供たちは、自分の出番以外は教室で待機だ。


 見に行くなら『児童鑑賞日』だ。

『保護者鑑賞日』には、受付業務や来賓対応をしなければならないから。


 でも。

『児童鑑賞日』は通常の仕事兼留守番役だ。


 教職員全員が体育館にいるので職員室は空っぽ。

 そのため、来客や電話の応対をするのがいつもの仕事だ。


 だけど。


「絶対、絶対、見に来て!」


 そう言われては断れない。


 私は溜息をつきながら、佐藤さんにお願いした。


 6年生の演技の間だけ、一人で留守番をしてもらえないかと。


 佐藤さんが快諾してくれて本当に良かった……。






 たった3週間。

 されど3週間。


 長いようで短い。

 短いようで長い。


「ごめん、学芸会が終わるまで、朝は早いし夜も遅いから……」


 和也さんが苦し気に言葉を飲み込む。


「うん、わかってる。朝も一緒に行けないし、金曜日の夕飯も無理ってことでしょ?」


 勇太君の件もあるけれど。


 6年生にとって、小学校最後の行事。

 悔いなく、全員に全力を付くさせてあげたい。


 毎年毎年、6年生の先生たちは、そう言っている。


 私たちにとっては恒例行事。

 子供にとっては一生に一度。


 学芸会は集大成だ。

 6年生にとって、小学校の全てを結実するもの。


 だからこの時期、先生たちはみんな、ブラック企業顔負けの超勤務状態になる。


 通常の授業を進めながら学芸会の演技指導、大道具作成、衣装作成etc。よくやれるものだと毎年感心している。


「ついでに言うと、土日も出勤か家で仕事、でしょう?」


「……ハイ、その通りです……」


「うん、大丈夫。わかってるから。毎年のことだし」


「ごめん。時間が空いたら連絡するから」


「だーめ。貴重な休みがもしあるなら、その日はゆっくり休んで。じゃないと体壊すよ?」


「う……そうだけど」


「私のことは気にしないで、仕事を、子供たちを優先して」


「……綾、ごめん。ありがとう」


 和也さんは私を抱きしめると


「充電させて」


 そう言って私の首筋に顔をうずめた。






「あれ」


 1週間後。

 唐突に思い出した。


「やだ、和也さんの誕生日、もうすぐじゃない」


 どうしよう………。

 よりによって、学芸会練習の真っただ中。


 当日のお祝いってムリだわ。

 でも、せめてプレゼントくらいは渡したい。


 とはいうものの。

 プレゼント、何がいいんだろう。

 男の人が欲しがるものって見当が付かない。


 茂に聞いてみようか……。

 いや、あいつの場合、ゲームソフトの名前しか出てこないな。


 本人にリサーチしたくても、会えない状態が続いている。

 同じ校内だから、廊下ですれ違うとかはあるけれど。


「あ、そう言えば」


 ふと、お互い読んだことのある小説が映画化されていることを思い出した。


 一緒に映画に行くって、プレゼントになるのかな? 映画代おごれば……って、和也さん、自分で出しちゃいそう。前売り券買っとかないと。でも、プレゼントにしては安いかな……。


 あ、プレミアムシートならプレゼントになるかも。

 善は急げと検索をかける。


「へえ、プレミアムルームなんていうのもあるんだ………って、高ッ! 無理無理!」


 ごめんプレミアム『ペア』シートで勘弁して………。


 うん。学芸会翌日の日曜日の午後なら、まだ予約が取れそうだ。


 念のため、和也さんにメールで確認を取る。



題名:学芸会の次の日


内容:一緒に映画に行きませんか?

   良かったら、予約しておきますよ。



 しばらくしてメールが返ってきた。



題名:Re:学芸会の次の日


内容:行く行く! ご褒美ありがとう!

   これで学芸会、頑張れるよ!(^▽^)ノ



 喜んでくれたみたいで良かった。


 私はシートの予約をすると同時に、映画の始まる時間をメールした。


 プレミアムペアシートっていうことはまだナイショ。(^^)






 誕生日当日。


 一言声をかけたかったけど、思いっきりすれ違ってしまいました。なんでだ。


 バースデーカードだけでも渡したかったんだけどな………。


 でも、職員室の机の上とかに置く勇気はない。


 仕方ない。

 帰りにポストに入れることにしよう。


 そう思っていた昼休み。


「あ、佐々木さん」


 副校長が事務室にやってきた。


「ちょっと話があるんだけど、いいかな?」


 そう言って校長室に連れて行かれた。


「あれ、校長先生は?」


「小P連の役員会」


「あ、そうでした」


 持ち回りで役員になったってぼやいてたっけ。


 小P連とは、小学校PTA連合会の略称だ。


 規約によると『各学校のPTA相互の連絡と親睦を図り、共通の課題解決のため、関係官庁および諸団体との連絡にあたる』組織だ。


 年末に、教育委員会だけでなく、議員も交えた意見交換会が予定されてるから、その準備だろうな。


 ちなみに中学校PTA連合会もある。略称は中P連。読み方(ひらがな)で検索すると全く違うものが引っかかってくるので、必ず『中P連』で検索するように。


「実は……隣の小学校の、例の取扱注意の子なんだけど」


「あ、はい」


 向こうの小学校から連絡が来たのか。


「過去の同棲相手、やはり長谷川さんだったよ」


「え、マジですか?」


「マジマジ」


 以下、副校長の話によると、どうやら子供は、長谷川さんの子供らしい。


 今、代理人を介して離婚調停中なのだが、夫側が納得せず、調停が成立する見込みがない。おそらく訴訟となる可能性が高いとのこと。



 お母さんの話。


 同棲相手以上に大事にすると言ってたのに、子供が段々元カレに似てきたと嫌味を言われるようになった。


 自分の子供でない可能性があることを重々承知の上で結婚した癖に、何を今更言っているのか。


 そう言うと暴力を振るわれた。


 今は自分だけだが、将来子供にも暴力を振るわれそうで怖い。早く離婚してほしい。



 一方夫側。


 殴ったことは認める。


 でもそれは、妻がなかなか次の子供を妊娠しないからだ。俺の子供を欲しくないということだろうと腹が立って、つい殴ってしまった。


 殴ってしまったことは悪かったし、謝りたい。でも、離婚はしたくない。俺の子供を産まないまま離婚させる気はない。



 何だそりゃ。


 あれですか。一番上の子は元カレの子でも仕方ない。二番目に確実に自分の子が産まれればよし、というわけですか。


 産まないまま離婚させたくないって、逆に言えば、産んでたら離婚オッケーってことですか。よくわからん。


「それ、男性側の不妊とかじゃないんですか?」


「俺もそう思うんだけどね~」


「えーと、どちらにせよ、今、離婚調停中なんですよね? となると、その間に元カレと会うのはまずいのでは?」


「向こうの副校長もそう思ってね、弁護士さんと話をした方が良いとすすめたそうだ」


 だろうなあ。


「で、向こうのお母さんもそれはわかっているので、全て終わってから改めて連絡したいと言っているそうだ。元さや云々ではなく、ただ、謝罪したいのだと。ただ、連絡先が分からないらしい」


「え、なんで?」


「長谷川さんだけでなく、共通の友人も含め、全ての連絡先を入力済のスマホを置いて逃げてきたそうだ」


「なんでまた」


「スマホを持っていると、場所を突き止められると思ったらしい」


「ああ……確かにそういう機能ありますね」


「で、咄嗟に置いてきてしまった。後から冷静になって考えれば、紙に連絡先をメモして来ればよかったと反省しているそうだ」


「つまり、計画的ではなかったと」


「らしいねえ。で、長谷川さんの連絡先を教えてもらいたい、ということなんだが………」


「長谷川さんの許可なくお教えできませんよ」


「だよなあ」


「仮に許可をいただいて、教えてたとして、本当に全て終わるまで連絡するのを我慢するとかできるでしょうか?」


「それなんだよな~。多分、ムリだと思うんだよ」


「ですよねえ。となると、ですよ? そのDV男、絶対に長谷川さんのこと見張ってると思うんです」


「だろうな」


「そこへノコノコその彼女さんが現れたら………」


「逃げた意味がないよな」


「長谷川さんが確実に巻き込まれる分、質が悪いかと」


「ああ。だから、仮に連絡先を教えるにしても、『全て終わってから』の方が良い、と、俺も向こうの副校長も思ってる。たださ」


「はい」


「長谷川さんに状況は説明すべきだと思うんだ。自分の子供かもしれない子がいるなんて、彼は全く知らない訳だろう?」


「……ええ」


「とはいえ、お母さんの了解なしに教えるわけにもいかない」


「ですよね」


「で、向こうの副校長が、今まで説得してた」


「説得?」


「先に長谷川さんに事情を話す。そのうえで、長谷川さんの了解が取れれば、連絡先の交換をお願いする。ただし交換自体は『全て終わってから』ってね」


「今、副校長がその話を私にしているということは」


「そう、ようやく説得できたそうだよ」


 そう言って、副校長は一枚の紙を私に差し出した。


「はい、これ。長谷川さんに送る原稿の素案。向こうの事情をまとめた紙」


「わかりました………って、なんで手書きなんですか!?」


 データもらってさくっと送信じゃないんですか!?


「正確には手書きをFAXしてきたものだな。向こうの副校長の聞き取り調査結果」


「うわ……すごく読みにくいんですけど!」


 ところどころ消してあったり、訂正してあったり、矢印があちこち飛んでたりしている殴り書きのようなそのメモを判別するには、かなり時間がかかりそうだ。


「だから悪いけど、清書してくれるかなあ。で、今日の夕方、それを持って向こうの小学校に行ってくれる?」


「は? 何でですか?」


「夕方、面談の予定が入ってるから、その場で本人に最終確認をしてほしいんだって」


「そんなの、向こうの学校にメールで送ればいいじゃないですか?」


「うーん、実はね……。向こうが佐々木さんに会いたがってるらしいんだよ」


「え…………」


 超絶会いたくないんですけど。


 なんで他校のゴタゴタにまで巻き込まれなきゃならないんですか。


「多分、佐々木さんの口から長谷川さんの様子を聞きたいんじゃないかなあ」


「2回しか会ってませんが」


「俺ら一度も会ってないし?」


「それはそうですが……」


「まあ、これも人助けだと思って。『書類提出・打ち合わせ』で出張にしとくからさ」


「………不本意ですが分かりました」


「うん、不本意でいいからよろしくね」


 私は溜息をつくと、殴り書きメモのFAXを片手に、事務室へと戻っていった。

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