10.もしかしたら、もしかして?
「わ、嬉しい。男の人で、タニス・リーを読んでる方、初めてです!」
「僕の方こそ、女性でムアコックを全部読んでる人は初めてですよ」
夏休み最後の土曜日。
私は、某料理屋さんで、ゼロネットでメールをやりとりしていたうちの一人と、初の顔合わせをしていた。
「ムアコックはやっぱり、エルリック・サーガですよね?」
「ええ! やっぱり魔剣ストームブリンガーですね! 勿論、コルムシリーズもいいですけど」
「あれ、魔剣ティルフィングがモデルっていう話ですね」
「小人の呪いがかかった魔剣ですよね! 元の北欧神話の方も読みましたよ!」
こんな感じで、さっきから読んだことのある本の話で盛り上がっている。
「あとは……ああ、ロバート・アスプリンは? 読んだことありますか?」
「読みました! 『お師匠様は魔物』の方も、『銀河お騒がせ』の方も!」
読書傾向が似ているって、こんなに楽しいんだ。
森先生の時以上に盛り上がっている気がする。
「佐々木さんは、本は買う方ですか? それとも借りる方?」
「借りることもありますけど、やっぱり好きな本は買っちゃいますね~」
「わかります! 図書館で借りて読むだけだと物足りないんですよね」
「おかげでいっつもビンボーです。食費削って本買ってます」
「あ、僕もです。でも友人たちは『金がないなら最初に買うのは本じゃなくて食い物だろう』っていう奴らばかりで」
「まあ、世間一般的には、それが正論ですよねえ」
「昔のクセ、ですかね。昔は、欲しいと思った本はその場で買わないと、次に行ったらなかった、なんてざらでしたから」
「ですよね! 今はアマゾンとか楽天とかでさくっと買えちゃいますけど」
そう言って、ニコニコしながら食事をする彼は長谷川誠35歳。
某大手企業の営業職だそうだ。
だからだろうか、トークもうまいし、選んでくれたお店も心地いい。
私はこの日、はじめて『次に会う日の約束』をして家路についた。
家に着いたら、長谷川さんから『無事に着きましたか?』というメールが入っていた。
うわあ、こういう気遣いメールも初めてだ。
活動を始めて4ヶ月。
ついに、きたかもしれません!
さて。
始まる前は長いと思っていた夏休みもあっという間に終わり、新学期が始まりました。
夏休み中、大きな事故もなかったようで、良かった良かった。
新学期になるとすぐ、6年生の修学旅行。
今日はそのための説明会です。
6年生の保護者が続々集まってきます。
用務員さんたちは、校舎の外で自転車整理に大わらわ。
うーん、自転車率高いなあ………。
本来の駐輪場があっという間に埋まって、校庭の一角を臨時駐輪場にして対応しています。
えーい、子供たちが歩いて来てるんだから、親も歩いて来~い!
……って、面と向かって言えればなあ……
「せんせー」
「事務のせんせー」
子供たちの声に仕事の手を止める。
低学年と思われる子供たちが4~5人が、こちらを覗き込んでいた。
「どうしたの?」
「せんせー、ドアーーー!」
「開かないよーーー」
「あのねー、教室のドアがね、開かなくなっちゃったの」
「後ろだけ固いんだよ!」
「前田先生じゃムリ~~~!」
一度にしゃべるな。
でもまあ、判った。
「2年2組の教室のドアが開かなくなっちゃったのね?」
「「「「「うん!」」」」」
多分、戸車だろうなあ。
「わかった。見に行くから、ちょっと待っててね」
処理中のデータを保存して、パソコンを休止状態にすると、私は道具箱と軍手を持って、2年2組に向かった。
ドア、重いんだよね……。
いつもなら、用務員さんに手伝ってもらうんだけど、今日は仕方ない。
まあ、一人で何とかなるにはなるけどね。
明日ちょっと、腕が痛くなるだけさ!
「事務のせんせー、すげーー」
「なんで直せるの!?」
原因は、やっぱり戸車だった。
2つある戸車のうち1つの戸車の位置が下がってしまって、ドア全体が斜めになってしまったのだ。
これの直し方なら、わかる。なぜなら
「田中さんに教えてもらったんだよ」
「あ、そうなんだ!」
「田中さん、すげーー」
「ねえ、この前田中さんに直してもらったドアもこっち側?」
「そーだよ!」
となると、戸車自体を交換しないといけないかもしれないなあ。
「あのね、リンちゃんね、毎朝、田中さんにおはようございますって言ってるんだよ!」
まあ、田中さん、交通ボランティアもやってるからなあ。
そして君の名前はリンちゃんか。明日には忘れてそうだけど。
「そっかー、えらいね」
「俺も俺も!」
「えー、みんな言うよね!」
「ほんと? みんな偉いね!」
「ねえねえ、事務のせんせー、どくしん?」
おおっと、いきなりだな、お子様方!
「どくしんだよ! だってゆびわしてないもんね!」
そして何気に観察力高いな、君ら!
「加藤せんせー、結婚したんだよ!」
うん、知ってる。
「事務のせんせーは、結婚しないの?」
「あはは~。一人じゃできないからね」
「高橋せんせー、どくしんだよーー!」
「中村せんせーもー」
「あとは、えーと、えーと、森せんせい!」
そしてなにげに詳しいな、君ら!
「え、森せんせー、かのじょいるよ?」
「え?!」
素で驚いた。
「ほんと?」
問題発言の女の子――リンちゃんに尋ねる。
「あのね、ママが言ってた!」
私が驚いたのに気を良くしたのか、リンちゃんは、どこか得意げに答えてくれた。
「夏休みにね! 女の人と二人で、楽しそうに歩いているところを見たんだって!」
「まじ?」
「ほんと? ほんとに森せんせ?」
「いもーと、とか、おねーさん、とかじゃないの~~~?」
おう、君らも結構疑い深いね。
私が聞こうとしたこと全部言ってくれてありがとう。
「え~~~、わかんない。でも、ママは、絶対彼女だって言ってたよ~~~」
「事務のせんせー、知ってる?」
いきなりこっちに振るな。
「うーん、ごめんね、知らないや」
「そっかー」
「ねえねえ、じゃあさ、森せんせいに聞きに行こうよ!」
「あ、こら!」
今にも駆けだしそうな子供たちを慌てて止める。好奇心旺盛だな、君ら!
「森先生、今、保護者会だよ!」
「あ、そっかー」
「リンちゃん、知ってるー。体育館でやってるんだよねーー」
「うん、大事なお話してるから、邪魔しないようにね」
「「「「「はーい!」」」」」
素直でよろしい。
「ねーねー。事務のせんせー」
「はいはい」
「せんせーは、おけしょーしないの?」
……悪かったね、すっぴんで。
「うちの母ちゃん、すっげーんだよ! 朝起きた時は髪ボサボサで、ばあちゃんみたいなのに、化粧すると、すっげーきれーになるんだよ! まほーみたいなんだ!」
魔法とまで言うか。
あいにく私にそこまでのテクはないぞ。
……でも、今度長谷川さんに会うときは、ちょっと美容院でメイクしてもらってもいいかなあ………。
「は? 彼女?」
毎週金曜日恒例食事会。
森先生に子供らの噂話を聞かせたら、目をぱちくりさせて固まった。
「……なんのことだ?」
「『夏休みに女の人と二人で、楽しそうに歩いているところを見た』だそうです」
顔中にクエスチョンマーク貼り付けて首を傾げてる。
本当に心当たりなさそうだ。
「まあ、その子のお母さんが何か見間違えたのかもしれませんね」
「うーん、それ言ってたの、誰だかわかる?」
「いや、流石に名前はわかりま………。あ」
思い出した。
「そう言えば、自分のこと『リンちゃん』って言ってました」
「自分で自分のことを?」
「はい」
「……2年2組だったよな?」
「ええ」
「何となくわかった。多分それ、俺のクラスにいる子の妹だ」
「あ、そう言えば、保護者会があるってこと、知ってましたね」
「あの子のお母さんなら、俺を見間違うとは思えないなあ。3年間担任してるし……」
「じゃあ、研修とかで、誰か他校の先生と一緒のところを見たとか?」
「それかなあ………。まあ、それはもういいや。ともかく」
森先生は座り直すと、いつになく真面目な顔で向きなおった。
「俺には今現在、そういう彼女はいないから」
「はい、わかりました。だから私なんかに、こうして付き合ってくれるんですもんね」
「……あ、いや、それは……」
「でも、もしかしたらもう、その必要なくなるかもしれませんよ?」
「………え?」
「えへへ。ちょっと良い感じな人にようやく出会えたんです」
「え………」
「例のゼロネットですよ! 4ヶ月でようやくです! でもアドバイザーさんに言わせると、『4ヶ月なら、まあ普通』ですって!」
私としては、4ヶ月もたってようやくっていう感じだけど。
アドバイザーさんによると、実際『出会い』のピークは1~3ヶ月らしい。
でも、2~3年活動してても見つからない、とかもよくあるらしい。
というわけで、総合すると『まあ普通』だそうだ。
「…………」
「次に会う約束もしてあるんですよ! 来週の土曜日! 一緒に博物館行く約束してあるんです」
「博物館……」
「ほら、今度、東西の刀剣を集めた展示会があるじゃないですか。あれに行こうってことになってるんです」
「刀剣?」
「ムアコックに出てきた魔剣に似たものがあるかもしれないって」
「ムアコック………?」
「あ、すみません、まだその本、貸してないですよね?」
「そうだな、読んでないみたいだ」
「すごいんですよ、その人。これまでの読書歴が、私とほとんど一緒なんです!」
「………そうなんだ」
「普通、男の人は読まないような本も読んでて! ってまあ、私の方も、普通女性が読まないような本まで読んでるんですけど」
「……幾つ?」
「え?」
「その……人、幾つくらいの人?」
「ああ、えっと、確か35歳です」
「35……6歳も年上?」
「いえ、5歳ですね。私もうすぐ30になりますから」
「……離れすぎてないか?」
「そうですか?」
「そうだよ。だって、それってつまり、佐々木さんが小学校に入った時、彼は6年生だってことだろう?」
「いや、そりゃそうですけど!」
小学校の5歳差と、30代の5歳差は意味が違うと思います!
「じゃ、先生は、5歳離れてたら、対象にならないんですか?」
あ、先生って言っちゃった。まあいいや。
「………俺は、3歳差がいい」
「プラスマイナス3歳くらいまでってことですか?」
「いや。俺より3歳年下」
「限定?」
「ああ」
なんだか妙に具体的ですね?
まあ、好みは人それぞれだし、他人がどうこう言うことじゃないけど……。
「うーん、年齢だけでNGしちゃうのはもったいないと思いますよ?」
「…………」
「? 森先……じゃなくて、森さん?」
なんだろう。
なんか様子が変。
顔色が悪い気がする。
「様子がおかしいですよ? どこか具合が悪いですか?」
「……いや、大丈夫」
「大丈夫じゃないですよ、その顔色」
うん、明らかに青ざめてる。
「ダメですよ、ムリしたら。修学旅行、近いんですから」
「…………」
「今日はもう、お開きにしましょう?」
幸い、食事はもう済んでいる。
「………そうだな。今日は終わりにするか」
「あ、そうだ! 今日こそ割り勘にしてください!」
「あ、もう払ってあるから」
「う……」
いつの間に!
釈然としない気持ちで店を出る。
「ご馳走様でした。いつもすみません。っていうか、たまには払わせてくださいよ」
「気にするなって。本の借り賃」
「より絶対高いですよ………」
ブツブツ言いながら家に向かう。
「あ、先生、今日は送らなくていいですよ? 具合悪いんでしょう? 早く休んでください」
「10分くらい大したことないよ。それに、送らなかったら、佐々木さんがちゃんと帰れたかどうか気になって、精神的によくないし」
「なんですか、それ………」
結局、いつも通り送ってもらってしまいました。
でも、やっぱりなんだかいつもと違う。
大丈夫かなあ………。
「あ」
布団に潜り込むとき、ようやく気が付いた。
「3歳年下って、私だ」
森先生は33歳だ。
「……もしかして、私の同級生とか紹介してほしいのかな」
だから、ごはん奢ったりして、私の機嫌を取っているのかもしれない。
「うーん、でもなあ……」
基本的に私の友人たちはみんな結婚してるか、結婚前提の彼氏がいる。
「ご期待に沿えませんって、言っといた方がいいかなあ………」
そんなことを考えながら、私はいつしか眠りに落ちていったのだった。
………森先生、不憫。(-_-;)




