好きだと言えないまま終わったのが悔しくて、蛇は一歩踏み出すため龍になる
システムエッグは演算して終末を迎えた世界のデータ処理をしていた。
住居、削除。
環境、削除。
設定、削除。
経過、削除。
削除。
削除。
削除。
削除。
削除。
削除。
削除。
削除。
削除。
削除。
削除。
削除。
削除。
削除。
削除。
Error
Error
Error
Warning
Warning
Warning
現在削除中のデータに干渉しますと、想定外の問題が引き起こされる可能性がありますが、よろしいですか?
「問題ない。億単位で繰り返したデータ、ここで消すには惜しいからな」
データ:【海林厚樹】の抽出を削除と同時進行いたします。
削除。
削除。
削除。
削除。
削除。
削除。
抽出。
削除。
削除。
削除。
削除。
削除。
抽出。
削除。
削除。
削除。
削除。
削除。
抽出。
削除。
削除。
削除。
削除。
削除。
排出。
削除。
削除。
削除。
削除。
全データ削除完了。保存されていた情報をもとに新世界構築を流川綺羅の脳に干渉、電子信号で形成します。
「ついでにデータを未来に飛ばす簡素タイムマシンの設計図を作れ」
かしこまりました。データ削除の経過をプリントしますか?
「いらん。紙の無駄だ」
かしこまりました。タイムマシン設計図の演算を開始します。
並べられた削除の文字の中、ジョージ・ブルースは気付かなかった。
海林厚樹のデータを抽出している最中、一つだけ排出が紛れ込んでいたのに。
億単位で繰り返したデータに比べればそれは小さくて無力だったが、確かに削除から逃れていた存在を。
狭間進歩の世界は地底遊園地の事件後に作られた世界で、一分も満たずに消えていった世界である。
未来世界、魔法使いの弟子、それらの事件が巻き起こる間、あるデータはネットの海を彷徨っていた。
川の流れに乗るような蛇のように、決して逆らわす、手足を出すこともなく、魂もないまま。
そして因果か、偶然か。そのデータはアニマルデータのようにアンドールにインストールされる。
蛇に足を付けたしたような、金龍の姿をしたアンドールに。
蛇足の話はここから始まる。
海林厚樹はジョージ・ブルースの策略により、未来でクローバーと出会い、マーリンになる。
そして魔法使いの弟子を集め、事件を起こし、最後には絶望してジョージ・ブルースの手から逃れることはできなかった。
最初から最後までジョージ・ブルースの手の平で踊らされていたマーリンは今、あの青い空の下に戻っていた。
目の前には流川綺羅と実畑八雲。花山静香ももちろんいる。それが当たり前だからだ。
しかし一人足りない。それを知っているのは海林厚樹だけである。幸せな世界で、空虚を味わっていた海林厚樹は溜息をつく。
すると花山静香が心配そうな顔で大丈夫と尋ねるので、海林厚樹は大丈夫と返す。
「なんか元気ないよね?なんかあったの?」
「……物足りない気がして、ちょっとな」
愚痴るように、でも通じないだろうという言葉を海林厚樹は呟く。
狭間進歩は消えてしまった。主人公代行として、海林厚樹が巻き込んでしまったせいで。
だからいつもの五人ではなく、四人。目の前では流川綺羅が実畑八雲に対し顔を赤くしている。
「厚樹くんも?私もね、なんか足りないの」
予想外の花山静香の言葉に海林厚樹は少しだけ動きがぎこちなくなる。
再構築された世界で花山静香は、今の花山静香は知らないはずだ。狭間進歩のことも、約束のことも。
全部データとして消えたはずだから。処理されたはずだから。だから絶対、知らないはずなのに。
「大きな海で誰かが待ってる気がするの。なんでだろう?来週南エリアより大きな海に行こうかな」
背伸びして世間話のように言う花山静香は気付かない。海林厚樹が泣きたくても泣けない表情をしていることに。
ゆびきりげんまん、うそついたらはりせんぼん。
まだ狭間進歩は嘘をついていない。来週はまだやってきていない。
だから針を千本飲む必要がない。必要なのは、またこの憎らしいほど青い空の下に戻ってくること。
そして今度こそ、代行ではなく、主人公として世界を救うこと。
そのために必要なものは金龍のアンドールの持ち主である皆川万結の傍に全て揃っている。
偶然か、運命か、それとも悪戯か。
蛇は楽園を壊すために足を出す。一歩踏み出す勇気のために。