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戦争の木曜日

『皆さんおはようございます。本日は世界滅亡前ということで各地の紛争が休戦となりました。争いのない良い木曜日を』


世界中のお偉いさんは世界が滅亡すると信じているようだ。そうじゃないと止まらない戦争だなんてまさに世の末だろう。

終末目前なので世の末と言うのは間違いではないが、狭間進歩は皮肉を込めてそんなことを思いながらテレビの電源を消した。



マウンテンバイクで北エリアに向かう。今日は流川綺羅の自由研究である夏場の雪質調査だ。

せっかく年中雪降るエリアが近場にあるのだから、調べてみたいと言うのが建前である。本音は夏の雪遊びだ。

暑い日差しの下でも北エリアの雪は冷たいままで、これは薬剤を使った実験である。北エリア全体がそういった研究地域なのである。


猪山財閥の大きな屋敷や今にも雪に押し潰されそうなマンションもあるが、多くは北エリア専用に建てられた個人住宅である。

マウンテンバイクとはいえそのまま北エリアに入るのは危険なので、駅前の駐輪所からは徒歩で進むことになる。

駅からは蛙のアンドールを抱いた清楚な雰囲気の少女が、顔に似合わない暴言を吐きながら蛙のアンドールと喧嘩している。


喧嘩しながらも北エリアの公園の方へと向かう少女を横目で見つつ、狭間進歩はアンドールを羨ましそうに眺める。

家の事情で買ってもらっていない狭間進歩からすれば、アンドールは手に届きそうで届かない代物である。

確か最近も強請ったはずだと思い出そうとして、誰に強請ったのか思い出せなかった。とりあえず家族のはずだとさらに思い出そうとする。


父か母か、いや祖父母、もしかしたら叔父叔母、いや大人の従妹、いやそもそも……狭間進歩は何人暮らしだろうか。


昨日だって家に帰って夕ご飯を食べて、どんなご飯かも思い出せない。米か麺か、なにを食べたのだろうか。

というかここ数日、正確には月曜日から話し合ったのは四人の友人だけだった気もする。

そういえば特定の約束をしていないのになぜいつも五人で集まれるのだろうか。今日のことも、いつ約束した?


そこまで考えたが、狭間進歩はなんの不便も感じていない自分がいることに気付いた。


だって明日は確かにやって来て、夏休みで好きに遊べて、友達と楽しく過ごせて、一体何が不満なのかもわからない。

目の前にあるのは幸せな毎日だ。明日また遊ぼうと何も考えずに気軽に言える、不幸なこと一つない日常。

もし不幸があるとすれば、世界滅亡まであと半分まで来てしまったことくらいで、それも来週の月曜日がくれば大したことない滅亡だったと笑う程度の問題だ。


誰も約束してくれないことにも気づかず、狭間進歩は信じていた。明日も昨日と変わらない幸せな日々であることを。


そして狭間進歩の疑問は集合場所に集まっていた花山静香の顔を見ることで、綺麗に消えていた。




雪質調査と言うのはあっという間に終わった。なぜなら北エリアの研究所に資料を貰えばいいだけの話だからである。

そして始まるのは雪合戦。流川綺羅と実畑八雲、花山静香と狭間進歩、海林厚樹は審判役としてサボることにした。

少女達はいかに相手を倒す雪玉を作れるかの製造係、そして少年達は実行部隊の雪投げ役だ。雪玉が青い空の下で溶けては輝きながら消えていく。


金色の髪をした西洋人形のアンドール、それと同じ容姿をしたアンロボットが微笑ましい光景を見て顔を見合わせて笑っている。

その傍には顔は似ていないが、仲の良さそうな姉弟に見える少年と少女、そして二人の親である男性も笑顔で雪合戦を眺めている。

手を繋いで研究仲間の家に向かう途中の家族は、幸せを謳歌していた。何の疑問も感じない、笑顔でいた。


その家族を迎えに来た研究仲間も家族総出で道を歩いていた。不良のような外見の少年は外出することに嫌な顔をしていた。

苦笑する母親に、同じく外出は嫌だが同僚に早く会いたい父親、そして同い年の友達である少年と早く遊びたい不良少年よりも年齢の低い少年。

兄の手を引っ張って早く早くと急かすその様子に、兄らしき少年は慌てつつも頭を撫でる。


「はやくはやく、あきらにいちゃん!!」

「わかったから落ち着け、真雪」

「やーだ!はやくみすずとあそぶの!あきらにいちゃんとすずかねえちゃんもいっしょだよ!」


そんな兄弟のありふれた優しい会話さえ、この世界でしか叶えられない、幸せな日常。

狭間進歩は雪合戦中に聞こえてきたその会話に疑問を抱かない。そして関わることもないまま友達と遊び続ける。

例え世界中が休戦しようとも、雪合戦やフラッグウォーズは子供達が笑顔でいる限り続いていく。


ただ一人、雪合戦の中でも冷静な表情のまま笑顔一つ見せない少年がいた。




暑い日差しの下、公園のど真ん中で五人は背を地面に預けて寝転ぶ。

夏の暑い日に雪の上に転がるという贅沢を味わいつつ、すぐに溶けて服に染み込んでいく水気を笑い飛ばす。

こんな日がずっと続けばいいのに、と狭間進歩は軽く思った。軽い、というのは明日もこんな日が続くと信じているからだ。


流川綺羅も実畑八雲も花山静香も信じていた。明日も全員で遊んでは笑っている自分がいると。

世界からは戦争が無くなって、月曜日はもうやってこないという情報を信じず、夏休みを堪能しようとしていた。

数年後も数十年後も、そうやって生きていくのだと疑わなかった。疑うための不幸は用意されていない。


青い空が白い雲を風に流して、時間を移ろいさせていく。

太陽も半円状に移動を始めて少しずつ色を変えていく。それが当たり前の現象だ。

思う存分遊んだ狭間進歩は思い残すことなく家に帰ろうとした。それを海林厚樹が引き止める。


「どうしたんだ?」

「……今から言うことを信じてほしい」


縋るような目で海林厚樹は小さな声で呟く。今にも消えそうな声だ。

しかし確かに耳に届いた言葉に狭間進歩は首を傾げつつ、北エリアでは天気がいつ変わるかわからないので、中央エリアに行こうと提案する。

自転車を走らせて適当な広場に到着し、腰を落ち着かせるためにベンチに座る。


海林厚樹は深刻そうな表情を隠さないまま、言いだすかどうか迷った様子で地面を見ている。

ただ待つしかない狭間進歩は珍しいと感じた。海林厚樹と言えば……とそこで記憶が途切れる。

だがすぐに思い出す。海林厚樹と言えば冷静な少年で、大抵のことはこなす少年だと。


しかしそれに付随するはずの、根拠の思い出が再生されない。

まるで与えられた情報をそのまま受け取って読むような、些細な違和感。

狭間進歩はやはり少しおかしいと思い始める。どうしてこんなにも受け止めきれるのかと。


どうして家族のことが思い出せないことを普通だと受け入れているのだろうか。

どうして思い出せない記憶があっても幸せならいいかと受け入れているのだろうか。

どうして一切の不幸がないことに疑問を感じないまま、終末を受け入れているのだろうか。


蝉の鳴き声が遠くに聞こえるような錯覚。背中に一筋汗が流れる。




「俺とお前が出会ったのは月曜日が初めてなんだ」



狭間進歩はすぐにその言葉を呑み込めなかった。理解できなかった。

なぜなら狭間進歩はそれ以前の思い出がある、はずだった。だが狭間進歩自体がそれを疑い始めた。

疑問を抱くのが良いことか、悪いことか、そもそも善悪で語れるのか。判別できない動揺が襲う。


「いや、そもそも月曜日よりも前の時間なんて存在してないんだ」

「な、なに言って……」

「この世界は月曜日から終末の日曜日を繰り返すシステムなんだ」

「暑いからって言っていいことと悪いことが……」

「じゃあお前は思い出せるのか、狭間進歩。家族のこと、俺と出会った時のこと、五人で集まるという約束のこと」


狭間進歩は断言できた。思い出せない、と。


「俺は何度も見てきた。十、百、億……兆まではいかないかもしれないが、それに近い単位の一週間の繰り返しを」

「それって日曜日の次に月曜日が来る、っていう話だろ?」

「ああ。日曜日に全てが終わり、新しい月曜日が始まる。今度の日曜日、全部消える。そして再構築される」


狭間進歩はそんな馬鹿なと笑い飛ばしたかった。どうせ終末論は眉唾物で、来週にはまた五人で遊んでいるはず。

ニュースキャスターは愛想のない話し方で終末を逃れた月曜日とか言い始めて、宿題は終わっていない。

そして花山静香との約束で、大きな海に向かうはずだ。もう予定として来週は組み立てられている。


それが今更覆るとか言われても信じられないし、信じたくない。

どうせ終末前だからって終戦した戦争も来週には再開されてしまうはずだ。

夏休みも半分以上が過ぎていて、なのに暑い日差しの下で遊びほうけているに違いない。


それが狭間進歩の来週だ。終末以降の予定だ。それが当たり前のはず、なのだ。


「俺は何度も消えた。だけど俺だけは不思議と、いや俺を含めて一部の人間が記憶を引き継ぐんだ」

「……嘘だって言えよ」

「嘘じゃない。火曜日に見ただろう、泣き叫ぶ人間を。あれが記憶を引き継いできた人間の末路だ」

「嘘だ!!そんな荒唐無稽な話で俺を丸め込もうとしても無駄……」



「俺だって、俺だって嘘であればいいと思ったさ!!何度も、何度も!!!」



狭間進歩の声を遮って海林厚樹は大声で叫んだ。普段の姿からは考えられないような激昂した様子だ。

だけどその普段の姿すら信じられなくなった。狭間進歩は明日のことも、自分自身すらも信じられなくなる。

用意された街並み、用意された記憶と知識、用意された友人達、用意されたような、自分自身。


思い出そうとして、思い出すほど、まるで誰かの手で作られた幸せのようだった。

疑問を感じる暇もないほどの幸せに囲まれて、不幸はどこにも見当たらなくて、全て信じてれば良かっただけの月曜日からの毎日。

それが海林厚樹と論争すればするほど壊れていく。いっそのこと海林厚樹の言葉全てを否定したかった。


だけどそれはシステムが許さない、そんなあり得ない思考が狭間進歩の脳内を横切る。


「最初は気が狂ったかと思った。大声で暴れて、警察に連れていかれた……そして十数回は終末を眺めるだけで終わった」


狭間進歩の肩を掴んで、顔を上げずに海林厚樹は吐露し続ける。

瞳は揺らいで、今にも倒れそうなほどに汗をかいている。だけど肩を掴む手だけは力強い。


「二十回目以降はいつも通りの幸せを受け入れて、終末を受け入れた。いずれ、こんな繰り返しも終わると思ったんだ」


この世界は幸せに溢れている。不幸はどこにもない。生きていくのに不便など一つもない。

海林厚樹は疑問を感じるのではなく、疑問を無視して終わりを待った。永遠には続かないと信じて。


「百回を超えたあたりで、終わらないと気付いた。青い空も見飽きて、幸せに怯えた。終末が終わらないなんて矛盾に、やっと気づいた」


信じる、ということ自体が間違っていた。信じられるものなど、どこにもない。

終わらない一週間、終わらない幸福、終わらない繰り返し、終わらない終末。

ニャルカさんの新刊も見飽きてしまうほどに、むしろ暗記してしまうほどの時間の積み重ね。


「たまにな、消えていくんだ。誰かすらも思い出せない、でも俺と同じように記憶を引き継いでしまった奴が」


それを知るたびに次は自分が消えるのではないかと怯えた。そして月曜日に安堵しては日曜日に恐怖した。

多くの人間は目の前の世界を疑わない。自分の記憶や存在が与えられた物ではなく、手に入れたものだと信じている。

その記憶や根拠すら、五分前に植えつけられた価値のない観測的希望かもしれないと考えもしない。


「何度も諦めた、でも諦めきれなくて何度も足掻いた。だけど終わらない……俺じゃあ駄目なんだ」

「厚樹……」

「この物語を終わらせるのは、主人公じゃなきゃ駄目なんだ!」


やっと顔を上げた海林厚樹の顔は泣きそうな、でも泣く手前の顔だった。

唇も目元も歪んで、思考も信頼も、あらゆる物事全てが歪んだような表情だ。


「馬鹿みたいだろう……億単位で繰り返した結果、辿り着けた答えがこれだけなんて……」

「……」

「主人公って、そんな奴……いるはずないのにな」


自嘲の笑いを零しながら海林厚樹は再度顔を俯かせる。

地面にいくつか滴が零れて、染みを作り上げる。雨は降っていない。

水曜日が終末までの最後の雨だった。それは海林厚樹自身が何度も繰り返したことで知っている、事実だ。



「進歩、忘れないでくれ。消える、その瞬間まで」

「何をだよ?」

「日曜日までの一週間、きっと楽しいことだけだ。それは確かにあったんだ……何度もあったんだ……」


争いのない木曜日はあと少しで終わる。そして終末の日にまた一歩近づく。

狭間進歩は思い出す。月曜日以降の約束と思い出を。何度も遊んだ中で交わした言葉を。

来週は海に行く、破ればはりせんぼん。ニャルカさんの最新刊も読みたいし、宿題も終わっていない。


やること一杯ではないか。だったらやることは一つだった。


「厚樹、だったら俺が主人公になる」

「……は?」

「だーかーら!!俺が主人公になって終末回避!!だから協力してくれ!お前の知っていること全て教えてほしい!!頼む!」


狭間進歩は戦うことを決めた。世界が戦うことを諦めた中で、たった一人でも立ち向かうと。

路地裏ニャルカさんのように誰かを助けられる主人公になるために、立ち上がる。


まるで主人公のような、果ては道化のような。滑稽で、勇ましい宣誓だった。


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