金管鳴り響く月曜日
『皆さんおはようございます。本日は世界滅亡まであと一週間、暑い日が続きそうです。最後の良い月曜日を』
金管楽器がうるさいBGMを流しながらニュースキャスターはそんなジョークを呟いて頭を下げる。
どうせ世紀末やマヤ予言みたいに、来週にはまた月曜日の朝が来て、夏休みの宿題を見て慌てるだけなのに、と狭間進歩を冷めた目をする。
絶賛夏休みを満喫している小学生の狭間進歩はテレビの電源を消して、サンダルを履いて外に出る。
日光が強い夏の季節では運動靴は蒸れてしまうし、今から向かう公園には水場があるためサンダルの方が都合がいいのだ。
虫網と籠を携えて冒険家気分を恰好から味わい、子供用マウンテンバイクで東エリアの歩道を駆け抜ける。
待ち合わせ場所の小学校の門前には四人の子供がすでに来ていた。
一人は短い髪の女の子、狭間進歩の幼馴染である花山静香。動きやすいボーイッシュな服装だ。
花山静香よりも可愛いスカートを着ている少女は流川綺羅。フリル満載の服装に狭間進歩は苦笑いだ。
木陰で遠くを見ている少年は海林厚樹。一番早く待ち合わせ場所に来ていたので、鼻は熱さで赤くなっている。
最後にすでに水筒の中身を空にしている少年は実畑八雲。肌は既に真っ黒なほど日焼けしている。
「進歩、遅い!厚樹くんなんかこんなに赤くなってるのに!」
「いや俺は別に……」
「きゃるん、綺羅もこの可愛い服の下は汗だらけだよー」
「なー、近くの水道に行ってきていい?水筒の中身補充してくるわ」
一斉に言葉をぶつけられた狭間進歩はたじろきつつも、軽く謝って早く公園に行こうと言う。
今日の目的は実畑八雲の自由研究、昆虫採集だ。大物のカブトムシはすでに捕まえているので、本日はその周囲を飾る華やかな色の蝶狙いだ。
全員で自転車に乗って東エリアでもアスレチックなどを備えた大型公園へと向かう。
ニュースキャスターが言っていたように、暑い日が続くというだけあって太陽は容赦なく地面を照りつける。
時たま雲で太陽が隠れれば少しだけの清涼感を味わえるが、それもすぐに太陽が顔を出すので意味がない。
公園に着いてすぐに実畑八雲は一足早く大きな樹木に駆けだしてしまう。
流川綺羅は追いかけようとして草むらから飛び出してきたバッタに驚いて悲鳴を上げる。
そして海林厚樹に縋って泣きはじめるので、自転車が置いてある場所で待つと告げて狭間進歩達に虫取りを勧める。
狭間進歩は花山静香と歩きながら呆れた溜息をつく。
「なんで綺羅は虫苦手なのに来てんだよ。しかもあの服……汚れる気0じゃねぇか」
「綺羅ちゃんはほら、八雲くんに誘われたら断れないから」
思い出して静かに笑う花山静香は狭間進歩の不機嫌を減らそうと事情説明する。
流川綺羅は全く正反対と言っていい実畑八雲が気になっているらしく、ついて行きたいのだがどうしてもアピール不足になる。
だから誘いには絶対答えることにより印象付けようとし、女の子らしい服も魅力的に見せるためなのだ。
狭間進歩はそこまで聞いてよくわからないといった顔をする。
「アピールするために来て、くっつくのが厚樹とか本末転倒じゃんか」
「そこは複雑な乙女心というよりは……無理な物は無理?みたいな」
「ったく、厚樹もお人好しに一緒に待ちやがって。あいつが一番虫取り上手いのに」
手に持った虫網を振り回して先を進む狭間進歩は思い出す。
去年の夏でも海林厚樹は五人の中で一番の大物であるヘラクレスオオカブトを捕まえていた。
しかしそこで、去年ではなく数日前だったかと思い直す。だけど数日前のことがそんなにあやふやになるだろうか。
確認するために狭間進歩は花山静香の方を振り向く。虫が平気な花山静香は木に止まっている蝉を取ろうと近づいている。
声をかけて邪魔する訳にもいかないし、別に数日前だろうが去年だろうが海林厚樹が虫取りが上手いことに変わりはない。
とりあえず待っている二人の元に早く帰るため、狭間進歩も虫を捕まえようと臨戦態勢を取った。
結果、花山静香が一番色の綺麗な蝶を捕まえたということで実畑八雲に賞賛されていた。
その後は公園の内部にあるアスレチック小物を売っている店でアイスを買い、ベンチに座って適当な話を始める。
「進歩は宿題終わった?」
「オーアイスアタリ―」
「誤魔化さない。大体それは棒アイスじゃなくて少し贅沢なソフトクリームタイプじゃん」
「そ、そう言う静香はどうなんだよ!?」
慌てて言い返す狭間進歩だが、花山静香は時間がかかるもの以外は七月の内に終わらせたと言う。
ちなみに狭間進歩はドリルすら手を付けておらず、夏休みも半分を過ぎたあたりなので目を背け続けている最中である。
「まーまー!一週間後に世界が終われば宿題やってなくてもオールオッケーじゃん!」
「八雲いいこと言った!!そうだよ世界滅亡が気になって宿題できませんでしたって言えば……」
「いいわけあるか。先生の苦笑しか目に浮かばん」
実畑八雲の助け舟も虚しく、海林厚樹の一言により狭間進歩の壊滅的言い訳は実行されないことが確定した。
海林厚樹はカップタイプのアイスをゆっくりと食べていく。流川綺羅は星形やハート形のゼリー付きかき氷だ。
実畑八雲は野球用語を使った棒アイスに、花山静香はモナカの中にアイスを閉じ込めたものだ。
全員が違うタイプのアイスを食べつつ、次は何して遊ぶかを話す。空を見上げれば青い空に輝く太陽、そして細長い塔が中央エリアの方向に聳え立っている。
「そういえばさ、日曜日にあの宇宙エレベーター見学だっけ?」
「そうだよ!本稼働前の見学ツアーで、アタシはキーホルダー買いたーい!」
「見学はどこにいったんだ……」
流川綺羅の見当違いの予定に海林厚樹は冷静にツッコミをいれる。花山静香は食べ終えたアイスの袋をゴミ箱に向かって投げ捨てる。
物の見事に袋が放物線を描いて箱に入ったのを見て、実畑八雲も真似して食べ終えたアイスの棒を投げるが外れてしまう。
取りに行く最中ですれ違った少年の肩に乗っているアンドールを見て、羨ましそうに眺める。
「いいなー、俺はまだ買ってもらえそうにないんだよ」
「八雲の家厳しいもんな。でも俺も携帯電話、じゃなくてデバイスはまだ早いって言われた」
二人は通り過ぎた少年をもう一度見る。ぬいぐるみのようなロボット、アンドール。
子供用のロボットとは思えない技術も使われており、少年のアンドールは翼が生えているため反重力装置などついていそうだ。
海林厚樹は特に気にせずにマイペースに食べ終えたカップアイスの残骸をゴミ箱に捨てに行く。
「私も駄目だって言われた―。今アンドール大会とかあるのにー」
「そうそう……確か……何年前から始まったんだっけ?」
「きゃるぅ~、そんなに前じゃなくて最近じゃなかった?」
「……そうだっけ」
思い出そうとしたが子供というのは日々新しいことを覚えているようなもので、大人とは違う日付感覚を持つ。
そのせいでつい最近のことも数年前に感じてしまうほどで、狭間進歩は自分の思い違いかと納得する。
アンドールを肩に乗せた少年は待ち合わせしていたのか、仲の良さそうな少女と談笑しながらどこかへと向かう。
「あれ、彼女かな?かな?」
「なんで女子ってすぐそういう方向に行くんだよ」
「進歩達が興味なさすぎなの!私も大人になったら素敵な彼氏作るんだもん」
女子二人の花山静香と流川綺羅は目を合わせて同意するように、ねー、と声を揃えて言う。
ピッタリ合わさった行動が不可解な狭間進歩と実畑八雲は首をかしげている。その横で海林厚樹は空を眺めて太陽の位置を確認する。
まだまだ真上で輝く太陽は青い空の色を一層濃くして、白い雲をさらに漂泊しているような錯覚を持つ。
「じゃ、水場で遊びに行こうぜ!行くぞ皆!!」
「おー!」
実畑八雲の指示で子供用の水遊び場に向かう五人。
太陽の熱で普段よりは温い水さえ、暑い気温の中では冷水のように気持ち良い。
狭間進歩と実畑八雲は水鉄砲で撃ちあいを始め、それには花山静香と流川綺羅が巻き込まれる。
それを予知していた海林厚樹は持ってきたビニール傘で完璧な盾を作り上げる。予想外の防御に二人は目を丸くする。
さらに傘で水を掬えることを理解した花山静香が、傘を借りて狭間進歩と実畑八雲に反撃する。
飛び散った大量の水は平等に全員に降りかかり、流川綺羅のおしゃれ用の服も濡れるが顔は笑顔である。
例え濡れてもこの暑い夏の前ではすぐに乾いてしまう。五人は空が茜色になるまで水場で遊び続けた。
自転車置き場まで話しながら帰る五人の内、実畑八雲は宇宙エレベーターを見上げて違和感を持つ。
「なぁ、あそこエレベーターでいいんだよな?」
「そうだってさっき話したじゃねぇか」
「だよなー……でも確か……」
「確か前は時計塔があったらしい。それを壊してエレベーターにしたそうだ」
冷静に説明をする海林厚樹の言葉に実畑八雲はそうだったと合点がいったようだ。
狭間進歩もそう言えば小さい頃は時計塔があったけ、と思い出す。そこへ社会科見学でバスで向かった覚えもある。
バスの隣の席には花山静香もいて、とまで思い出して、思い出した記憶の映像に違和感を持つ。
窓ガラスに映ったような笑いかける自分の顔が映像として現れる。そして時計塔での記憶が出てこない。
「あれ、静香。俺達前に社会科見学で時計塔見に行ったよな?」
「それ雨天中止だったじゃん。内部には入れない塔だったから、雨天の場合中止で、まさかの台風直撃」
「あー、そうだったか」
そういえばそうかと狭間進歩は思い出すのを止めた。中止なら時計塔の記憶が出てこないのも当たり前だ。
自分の顔を思い出したのは別の鏡での記憶かもしれない。狭間進歩は目の前に見えてきた自転車のことで頭がいっぱいになる。
この後はいつも通り家に帰ってご飯食べてテレビ見て風呂入って寝る。そして明日もまた五人で遊ぶ。
いつも通りの夏休み。狭間進歩はそこに一切の疑いを持たなかった。
帰り道は全員が違う。なので現地解散ということで別々の方向へ自転車を走らせようとした矢先、海林厚樹が狭間進歩に声をかける。
「進歩。お前は静香のことどう思う?」
「なんだよ急に。はっ、まさか厚樹も女子思考になり始め……」
「殴るぞ。そうじゃなくて、社会科見学が雨天中止って……」
「それならそうだった気もするけど、それが?」
ぶり返された会話に狭間進歩は別に追及するところではないと思い、適当に返事する。
海林厚樹は少し考え込むような仕草をしてから、頭を振りかぶって改めてなんでもないと言う。
冷静な海林厚樹の勘違いなんて珍しいと、狭間進歩は思う。昔はもう少し無邪気な奴だった気がするのに、と頭の片隅で思う。
しかし今の様子を見ると、本当にそれが海林厚樹だったか自信がない。やはり昔から冷静だった気もする。
「世界もあと一週間かぁ……って、本当にそうだったら宿題やらなくていいのに、なー?」
「そうだな。来週の月曜日がくればまたお前達と遊べるな」
「ま、今回のも昔の終末騒動と同じだろ?なにもないまま平和に明日がやってくるんだ、じゃ、また明日」
「ああ、また明日」
夕暮れ空の下で海林厚樹が浮かべた表情も見ずに、狭間進歩は家へと帰る。
どこからか金管楽器の音が聞こえてくる。中学校の部活動練習の音だろう、聞いた覚えのある曲が耳に流れ込む。
その音と混じるように信号機の音楽が鳴り響く。どこか寂しさを感じさせる、聞き慣れたら特に何も感じない音だ。
明日は何して遊ぼうかと考える狭間進歩の脳内に、宿題という文字は綺麗さっぱり消えていた。