私と彼のトキメキ♡トレイン
窓の向こうから、真っ赤な夕日が車内を赤々と染める。時折足元を流れる、電柱や木の間延びした長い影だけが、私たちに時の流れを教えてくれる秒針だ。
広々とした水田の真ん中を行く、たった一両の古びた電車には、私と彼以外に乗客はいない。車掌さんも恥ずかしがり屋で、運転中はすっかりカーテンを閉め切ってしまう人なので、まるで世界で二人きりになったような物寂しさすら感じられる。
それは初々しい鼓動を引き寄せるものでもなければ、苦痛に感じるようなものでもない。本当に自然で、言い様によっては当然の孤独なのだ。
ぼんやりとしていたのだろう。手に温度を感じて見下ろせば、隣に座る彼の掌が、太腿に置いていた私の手の、その甲にいつの間にか重ねられていた。
さて、この人は私に何を語るのか。この温度で何を伝えようというのか。
彼は私達の合間に居座る穏やかな静寂を乱さぬように、私の手をとって、掌に文字を書く。
『綺麗だね』
主語もない簡潔な文章は、しかし私達の会話には何の障害にもならない。
目の前に広がっている、秋の真っ赤な夕焼けと、それを写してきらきらと瞬く水田。きっと彼はこの風景が好きなのだ。そこに私が疑いを持つことなど有り得ない。
見たままの風景を、私は言葉にして彼に伝える。
「――――」
私の拙い言葉は、果たして彼に伝わってくれたのだろうか。
心配になって彼の顔を覗き見てみれば、彼はにっこりと笑って、私の手に優しい温度で語る。
『君は好き?』
もちろん、好きに決まっている。あなたと一緒で。
「――、――!」
そういった内容をなるべくムラなく、落ち着いた言葉で伝えようとしてみたのだが、この口め。今更恥ずかしがって、どもりがちになっているのが私にも分かるぞ。本当に、彼との間には今更すぎる羞恥心だというのに。
見れば、やはり私の態度がおかしかったのか、(それでも私に悪いと思ってか)彼は抑えるようにして笑っていた。
私の顔の火照りは伝わらなくとも、手の温度がきっと彼には伝わってしまうだろう。まあ、それも良いか。
私達の身体の隙間をお節介にも埋めながら、やがて電車は小さな駅に停まった。
私が立ち上がって彼の手を取ると、彼もいつもの杖を手に立ち上がった。
彼に足下への注意を払わせながら電車から降りると、車掌さんが腕だけを窓から出して、私達に手を振っていた。私が手を振り返しながら彼にそれを伝えると、彼も笑顔で車掌さんに何かを言いつつ、手を振り返していた。
やがて電車が水田をかき分けるように遠ざかっていくと、そこには再び、私達だけが残されていた。
彼の手を私の肩に乗せ、家までの真っ赤に染まった道のりを歩み出そうとしたその時。彼の指が私の背中に情景を描き出して、私に世界を教えてくれた。
『虫が鳴いてる。りんりん、きりきり、いっぱい』
そうなんだ。いつの日か聴いたような、おぼろげな記憶の中にしかそれはないのだけど、それはきっと……
「――――?」
凄く綺麗ね。あなたは好き?
きっと私はそう言えたと思う。
私の肩に置かれた手が、なんだか少し温かくなったように感じた。
糞以下のタイトルと説明文から、よくぞここまで読んでくださいました。心から感謝し、そして陳謝致します。