愛してた
私には、好きな人がいます。
陸上部に所属している人で、誰よりも早くて、笑顔がとってもキラキラしている、優しい人です。
私と彼はトモダチで、同じクラスの人で、席が隣の人です。
「野村、数学の課題やった?」
「うん、やってあるけど」
「あ、よかった。見せて!」
「えー、どうしよっかなー」
「頼むよ、アイス一本おごるから!」
そういう、くだらない会話をするような関係です。特に深くも浅くもないつながりで、用事がなければ話しかけないけれど、だからと言って避けるわけでもないような、そういう微妙な関係です。
消しゴムを忘れたら遠慮なく貸し借りができる関係で、時折私はわざと忘れたふりをして、彼の消しゴムを借りるのです。
ちょっと指先が触れて、なんとなくそこが熱くなったような気がして、気持ちが舞い上がったりしたことだってありました。「ありがとう」「どーいたしまして!」の、ちょっとした言葉のやりとりで一日幸せに思うことだって、あったのです。
あの日まで。
「ずっと前から、好きでした。ぼ、僕と、お付き合いしてください」
空き教室。空は夕暮れ。あたりに人もいない。そういう、如何にもなシチュエーションで、彼は一人の女の子に所謂告白をしていました。
ああ、叶わない。相手の女の子を見て、瞬時に悟りました。
はにかんだような笑み。照れて赤くなった頬。戸惑ったような、それでも嬉しそうな声で「私も、好きでした」と応えたときの可愛らしい声ったらもう、叶うはずがないと思わせるには充分でした。
彼はぱっと嬉しそうに笑って女の子を抱きしめたかと思うと、私が今まで聞いたことがないような甘やかな声で「あいしてる」と、ささやきました。
なんで、ささやかれているのは私ではないんでしょうか。もっと早く彼に逢っていれば、あの言葉をもらえていたのは私だったのでしょうか。
考えても詮無いことがぐるぐるめぐります。
胸が痛くて辛くて、私はそっと、その教室を後にしました。
おかしなほどにぼろぼろと涙がこぼれてきます。ああ、どうしましょう。明日も学校で、隣の席には彼がいるのに。目が腫れてしまったら、彼に会えません。
「やだ、なあ」
彼が他の人に笑顔を向けるのが嫌です。
彼が他の人のところに駆けていくのも嫌です。
彼が綺麗に走る姿を、他の人が見るのも、とても嫌です。
「やだよぉ……」
見苦しいほどに溢れてくる涙を止める術を、私は全く知りません。
「もう、明日なんか来なくていい」
あの人のきらきらの笑顔が、私以外に向くところを想像して、喉が締めあげられたような気がしてきます。
ああ、明日から、もう二度と消しゴムを忘れることはできないんだと、私は自分に言い聞かせるようにつぶやきました。
奥華子さんの「愛してた」です。
ひい。さんイメージ。