表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/9

愛してた

 私には、好きな人がいます。

 陸上部に所属している人で、誰よりも早くて、笑顔がとってもキラキラしている、優しい人です。

 私と彼はトモダチで、同じクラスの人で、席が隣の人です。


「野村、数学の課題やった?」

「うん、やってあるけど」

「あ、よかった。見せて!」

「えー、どうしよっかなー」

「頼むよ、アイス一本おごるから!」


 そういう、くだらない会話をするような関係です。特に深くも浅くもないつながりで、用事がなければ話しかけないけれど、だからと言って避けるわけでもないような、そういう微妙な関係です。

 消しゴムを忘れたら遠慮なく貸し借りができる関係で、時折私はわざと忘れたふりをして、彼の消しゴムを借りるのです。

 ちょっと指先が触れて、なんとなくそこが熱くなったような気がして、気持ちが舞い上がったりしたことだってありました。「ありがとう」「どーいたしまして!」の、ちょっとした言葉のやりとりで一日幸せに思うことだって、あったのです。

 あの日まで。


「ずっと前から、好きでした。ぼ、僕と、お付き合いしてください」


 空き教室。空は夕暮れ。あたりに人もいない。そういう、如何にもなシチュエーションで、彼は一人の女の子に所謂告白をしていました。

 ああ、叶わない。相手の女の子を見て、瞬時に悟りました。

 はにかんだような笑み。照れて赤くなった頬。戸惑ったような、それでも嬉しそうな声で「私も、好きでした」と応えたときの可愛らしい声ったらもう、叶うはずがないと思わせるには充分でした。

 彼はぱっと嬉しそうに笑って女の子を抱きしめたかと思うと、私が今まで聞いたことがないような甘やかな声で「あいしてる」と、ささやきました。

 なんで、ささやかれているのは私ではないんでしょうか。もっと早く彼に逢っていれば、あの言葉をもらえていたのは私だったのでしょうか。

 考えても詮無いことがぐるぐるめぐります。

 胸が痛くて辛くて、私はそっと、その教室を後にしました。

 おかしなほどにぼろぼろと涙がこぼれてきます。ああ、どうしましょう。明日も学校で、隣の席には彼がいるのに。目が腫れてしまったら、彼に会えません。


「やだ、なあ」


 彼が他の人に笑顔を向けるのが嫌です。

 彼が他の人のところに駆けていくのも嫌です。

 彼が綺麗に走る姿を、他の人が見るのも、とても嫌です。


「やだよぉ……」


 見苦しいほどに溢れてくる涙を止める術を、私は全く知りません。


「もう、明日なんか来なくていい」


 あの人のきらきらの笑顔が、私以外に向くところを想像して、喉が締めあげられたような気がしてきます。

 ああ、明日から、もう二度と消しゴムを忘れることはできないんだと、私は自分に言い聞かせるようにつぶやきました。

奥華子さんの「愛してた」です。

ひい。さんイメージ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ