水の道化師
ざあざあぶりの雨の中、私はなんとなく傘を広げて町を歩いていた。雨脚は弱くなることを知らないようで、ちょっと先すら見難い程に細かく、絶え間なくふっている。傘に落ちる雨粒の振動が柄を持つ手に伝わってくる。
と、何処からかアコーディオンの音色が耳に届いてくる。雨音に負けない、大きい音色だ。楽しげで陽気であるにも関わらず、どこか泣いているようにも聞こえるその音色は、私の耳によく馴染んだものだった。
その音をたどるように歩いて行けば、傘もささずに雨に身を晒し、アコーディオンを演奏している馬鹿な男がそこにひとり。
「楽器に悪いよ」
声をかければ、彼はゆっくり振り返る。――気持ち悪いほどの、笑顔だった。
「や、久しぶり。今日はいい天気だね」
爽やかな声音で、人好きがするような仕草で、男は私に話しかけてくる。貼り付けたような笑顔で、にこにことしながら、またアコーディオンを奏で始める。
「雨だけど?」
「僕の中じゃ、雨はいい天気だよ」
「じゃあ、晴れは」
「とっても憂鬱。嫌な天気だね」
男はため息をついた。いかにも、悲しいですと言っているように肩をすくめて、しゅんとしてみせる。そのわざとらしさがいっそ清々しささえ感じさせる。
男は私の幼馴染だ。いつからだったろう、彼の顔に気持ち悪い笑顔が張り付き始めたのは。
「今日もまたひとり?」
「ああ、もちろんだとも」
「ひとりで、なにしてるの?」
「なにをしているのだろうね。僕はなにをしてみえる?」
「……アコーディオン、演奏している」
「じゃあその通りなのだと思うな」
気難しいというか、気まぐれというか。のらりくらりとこちらの言葉をかわして、疑問も関心も避けてしまうような、そういうところが彼にはあった。彼のその態度を淋しいと思わなくなったのはいつからだったっけ。
アコーディオンが、長音を奏で魅せ、それからゆっくりと消えていく。
雨の音だけが、その場に残る。
「ねえ、」
「ん?」
「なんでキミは、そんなに笑っているの」
「笑顔はいけないことかな」
「そうじゃなくって……。死んだ人が、一生懸命生きている人の真似をしているみたい」
ちょっと、怖いよ。
素直に告げれば一瞬だけ、男の顔が歪んだ気がした。
けれどすぐに、泣きそうにも見える笑顔を私に見せて、男は小さくつぶやく。
「ね、なんでだろう。僕は何処かに、笑顔を置いてきちゃったのかもね」
雨はまだ、止む気配を見せない。
ボーカロイドの「水の道化師」です。
夕紀乃さんイメージ。