吉原ラメント
「雨がふってきたようでありんすね」
姐さんはそうつぶやいて、格子の外に広がる景色を眺めました。私には、雨音も、土の湿った香も分かりませんでした。
「姐さん、雨なんてふってないですよ」
私も姐さんに倣って外を覗いて見ましたが、面白いくらいに空は晴れておりました。
「いんや。雨は、ふっているのでありんす。よく、外を見ておくんなまし。きっとすぐに、すぐに雨がふり始めるに違いありんせん」
そう言った姐さんの目は、とろけるように甘い色を宿していました。
まるで、誰かを待っているような目でありました。
ここは花街。男の欲が転がり込む場所。女の身が転がり込む場所。
私はそこにある、とあるお店で禿をしております。まだまだ見習いで、お客を取ることも儘なりませんが、早くお店に貢献できるようにと精進していく日々は、とてもとても、面白いものでありました。
「ねえ、ちょいと」
「はい、ただいま!」
姐さんに呼ばれ、すぐさま部屋に飛び込みます。
部屋の中では、艶やかな赤い着物を羽織り髪をおろしている姐さんの姿がありました。
「ちょいと。そこの紅をとっておくんなまし」
「はい、すぐに」
「それから、髪をまとめてかんざしもさしておくんなまし」
「はいはい、すぐに!」
「ついでに、部屋の香も取り替えておくんなまし」
「分かりました!」
姐さんの言葉にひとつひとつ頷いて作業をすれば、姐さんはくすりと、笑みをもらしました。
「ほんにお前はよく働くねえ」
「そうですか? 私、働けてますかね」
「本当だともさ。わっちのお客を取られちまうかもしれんと思うと、気が気じゃないよ」
くすくすと、くすくすと。
姐さんは口元を隠して、色っぽく笑いました。愛らしい少女のような仕草なのに、何故でしょう。見てはいけないものをかいま見てしまったような罪悪感に襲われます。女の私ですら恥ずかしくなってしまうのですから、きっとお客はみんな、姐さんの色気にやられてしまうことでありましょう。
「そうだ。今日はお前さんにいいことを教えてあげよう」
姐さんが私を抱き寄せて、腕の中に収めながら私の髪をすいて、くすくすと小さく笑いながら耳元でささやいて行きます。ぞくりと、背筋がくすぐったいような感覚に襲われました。
「男はね、みんな“初な女”を求めてここにくるんだ。お前さん、汚れちゃいけないよ」
「うぶな、おんな?」
「そうさ、初な女。わっちらは、たくさんの人に触られ啼かされているというのに、面白いことでありんしょう」
こてっと、姐さんは首をかしげて微笑みました。その笑みは、私の目にはどうしても「寂しくてたまらない」と言っているように感じてしまい、つい「姐さんは初な女でいたかったのですか」と尋ねてみましたが、姐さんは静かに微笑むだけでありました。
「お前は、汚れるんじゃありんせんよ」
ボーカロイド曲「吉原ラメント」です。
えりさんイメージ。