第3話
いつも使っている通学路。
わたしは今、全速力で走っている。
今なら50メートル走のタイム上がりそうだなぁ、と現実逃避してみたり。
今日は髪をそのままにしてあるせいか、首にじんわりと汗が滲む。
額から汗が滑り、ちょうど目尻のあたりから落ちていく。
周りから見たら泣いているように見えるかも知れないけど、そんなことを気にしている時間はない。
目の前の十字路を左に曲がれば、学校はもうすぐだ。
荷物の重さに足をとられそうになりながら、左へ曲がると。
視界に入るのは、大きなトラックと、その運転手さんのびっくりした表情。
近づいてくるタイヤの音とクラクションが、わたしの感覚を麻痺させる。
あ、わたし死んじゃう――。
そう思った時には、もう足も動かなくて。
ぎゅっと目を瞑った。
トラックに衝突。
そればかりが頭をリピートする。
……?
急に体が浮いたような気がした。
おそるおそる目を開けると、かなり下の方に道路が広がっている。
「え……」
死ぬってこんなにあっけないのかな?
軽く拍子抜けしてしまった。
「危なっかしいですね」
耳元で聞こえるアルト調の声。
向かい合うように抱きしめられているのに気づいて。
「なっ、何!? 放して!」
「落下してもいいならすぐにでも放しますが」
……それは困る。
死んだとはいえ落ちるのは怖いのでおとなしくする。
「あなたですか……。外見以外は何ひとつ似てないですね」
「て言うか誰ですか」
するとその謎人物は、失敗を隠す子どものように苦笑いした。
時々目の前をちらつく彼の髪は紺色だ。
太陽の光で、少し青っぽく見える。
「私はローシェルの宮廷魔術師長、アレン・ウォルスです」
名前が横文字、ということは外国の人だろうか。
ローシェルっていうのはアレンさんの出身地かな?
魔術師……んー、分からない。
あ、そっか。
「もしかしてアレンさん、天使、ですか?」
死んだわたしに触られるってことは生きている人じゃないってことだよね。
浮いてるし。
「そう見えますか?」
アレンさんは笑って続けた。
「そんな訳ないでしょう。あなたは死んでませんし」
「え!? でもさっきトラックがぶつかってきて……」
「じゃあその場所にあなたの死体がありますか?」
思わず、ずっと下の方に目を向ける。
確かにそれらしいものはない。
「そろそろ腕が痺れてきたので行きましょうか。時間もありませんから。説明は後ほど」
腕の件にカチン、ときた。
「ちょっとそれどういう意味ですか!?」
そう言ったのを最後に、わたしは意識を失った。