園芸女子
本日僕は宇宙人に脳内洗脳をされた。
その子を見るたびに心臓が飛び出してしまいそうなぐらい緊張する。
名前は桜宮心葉。クリクリとした綺麗な茶色い瞳は僕をぱくっと呑み込んでどこかへつれてっていってしまうのではないか、という好奇心と不安が頭を過る。
実際に緊張する相手とビニールハウスに二人で居るのだが、土臭くて仕方がない。村田先生は「あぁ! 貴方が桜宮心葉ちゃんね! 把握!」なんて言って、合コンがあるらしく、笑顔で春風にのって消えて行った。
「みみずさんだよ、えーっとおおすけくん!」
それとなく半袖短パンの僕たちは土埃などお構いなしに作業を遂行していた。
本日のメニューとしては苗の植え込み。
「大輔です」
「おっと悪い田園君!」
「それは俺たちの所属する河越高校の周りの状況です。そして、園崎です!」
いつになく舌好調な僕は緊張をしているのか疑う。
しかし現実はうんこ座りをして足がフラフラして後ろに倒れかけたりしている。
世は非情だ。こんなときぐらい緊張してる雰囲気を醸し出したかった。
桜宮心葉は俯く僕を覗きこみ、
「どした少年? 男子高校生ゆえの恥ずかしい記憶でも思い出して悶絶なう、という奴か?」
冗談にならないことを口走る。
「違います」
否定だけはしておこう。
まずなぜこんな『ドキッ、心臓発作で倒れそうな植木観察』をしているかというと僕、園崎大輔が交通不便な田舎町の河越高校の園芸部部長であるからだ。
ついさっき『部活動を一緒にすれば効率の良さがあがるから』と横でみみずを捕まえて歓喜している半袖短パンの体育着の少女。同級生から宇宙人と呼ばれる、桜宮心葉に頼まれたのだ。無論、僕も体育着なんだがな。
頼まれたら断れない性質なのか、僕は気付いたら彼女をみつめ頷いてしまった。
『劇団で練習あるから……悔しいけど帰るね。桜宮さんへの用事も終わったし、じゃあまた』
女優業志望のキノコこと岡村はそんな言葉を帰り際、指をくわえておっしゃっていた。結局用事とはなんだったのかは放っておこう。
「そういえば桜宮さん?」
隣で掘っても無いのに、そこほれわんわんっとジョウロで小さい芽に丁寧に水を与える桜宮。騒がしい謎の部員へ話をかける僕は誠にチャレンジャーである。
声が聞こえたのか、ジョウロを湿気のある土の上に置いた。
そして勢いよく右人差し指をぴしっと僕へと向けて、僕は身を引く。
「なんだい相棒。よそよそしいじゃないか! 心葉とでも気軽によびたまえ!」
指は人に向けちゃいけないと習わなかったのか以前に話を追えない。思考回路が一時停止した僕はなにくわぬ顔でもう一度呼びなおす。
「それで桜宮さん」
何を思ったのか桜宮さんはジョウロを持ち、再び同じ芽へと水を与える。
水を与えすぎたら……とそこばかりに思考が持ってかれる。
おかまいなしに彼女はカタコトに言葉を紡ぐ。
「……ただいま留守にしております。ピーッ」
居留守か! というツッコミは話をややこしくすると悟り、
「わかったって! それで心葉!」
と、呼びなおす。なぜか彼女はジョウロを再び地面へと置く。勢いよく立ちあがり、空いた両手で顔を覆い、体をうねらせている。奇行だ。宇宙人と呼ばれる原因は多々あることがよくわかったぞ。
「……」
くねる少女とうんこ座りでぼーっとする僕たちが二人、ビニールハウス内にいる。この変な空気をどうしてくれるっていうんだ。
「どうしたんだ?」
「恥ずかしいのっ!!」
宇宙人は勢いよくしゃがみ両手を地面に叩きつけて荒れ果てている。
思わぬ返答に僕も返し手がみつからず、「なんでやねん!」とえせ関西人になっていた。
「だって男の子に名前呼ばれたことなくて……宇宙人ってみんな呼ぶんだよ!」
悲しそうにセミショートの髪の毛を左右に揺らし、発狂して僕は、「だろうな」とだけ返しといた。冷たくはないぞ。
――部活はざっと放課後から三時間。ビニールハウスから外に出ると十八時を迎えていて、太陽は沈みかけて、オレンジの夕日が少しだけ目に毒に思った。
実際部活という物は高校二年生で初めて体験したのだがこれが泥かぶり汗まみれ青春ということに、少し喜びを覚えて、後ろから出てくる彼女の姿を僕は目に焼き付けた。
髪の毛に泥が付着しており、心葉はどれだけ真剣に園芸をやっていたのか、僕はなんとなくだが思い知った。そして端的な感想が口から洩れていた。
「凄いな」
「えっ?」
心葉と目が合い、えへへ、と微笑み首を傾げ、「引いた?」なんておっしゃる。
否定の意味で首を左右に振る。引くとはなんのことなのかだ。
「そんなことあるかよ」
良い意味での凄いだ。意味を含んだ言葉じゃなく、僕の素の感動と驚きの声だったのだ。こんなにも全力で取り込める姿勢にまた胸が苦しくなる。不整脈ではないぞ。
「なんかね今日まで一人だったし……みんなに嫌われてるのかなぁって」
笑った顔なのか悲しんだ顔なのかそのおぼろげな表情の心葉は僕の目の前に立っている。
こういうときどういう言葉をかければ、良いのか、そんな余計なことばかり頭で考えて言葉がでない。悔しいって思っても、同じ立場ではない彼女。
「私はね」
僕までも曖昧な表情をしてしまったのか、心葉は言葉を紡ぐ。
「花って生き物だと思うの。だからいっぱい並べてあげるの。お友達って多いほうが楽しいじゃない? ある意味私の『理想の青春』なのかもしれないね」
左耳側のもみあげのを優しく後ろへと掛ける仕草。ひとつひとつに僕は意識がもってかれる。
普段の宇宙人は本当は女の子。でも本当はみんなと一緒に花のように並んで、笑顔になりかったのだろう。僕は阿呆だ。とんでもないことを知ってしまい、とんでもないことを思いついてしまった。
「なぁ心葉」
「なになに?」
「僕と友達になろう」
時間は止まった、気がした。なんなんだろうか。
うつむいた僕は心葉の顔なんて見えなかった。
少しだけ勇気のいる言葉だとは思っていたのだが、かゆみのある背中に手が届かないもどかしさがある。恥ずかしい。
そして、僕は彼女の前に立ち尽くしていた。この時間が進まないことを少しだけ哀願しながら……。