歯車乱脱
一章の一話、少年の初恋は一目ぼれ……。
「――園芸部、二年三組。園崎大輔。ホームルーム後、ビニールハウス前集合。繰り返す、園芸部、二年三組。園崎大輔。ホームルーム後、ビニールハウス前集合。」
身長体重平均高校男子。赤毛天然パーマの僕、園崎大輔の人生でそうそうなかろうな事件が発生した。
それは始業式から一週間ぐらいが経過した、少し肌寒い春の放課後のことである。
突如、マイクハウリングが耳を刺激する。あちこちで生徒たちの悲鳴に近い声で教室は埋もれる。
甲高い声が耳に響き、あれやこれやと無茶苦茶である。
直接来いよ、というツッコミはさておき。
ホームルームが少し早く終わったと言ってもなお、教室に残る生徒は多い。担任も残っていたため、僕の名前に反応をしたクラスメイト達と先生は視線を向ける。
何をしたか、という混乱で冷や汗が出てくる。確実なのは先生のような声音。マイクを使いなれているようなボリューム音。
クラスメイト達は周りの連中とコソコソと話をする。
教室にいると嫌でも聞こえるコソコソと話し声に、僕は嫌気がさして先生と思わしき人物がいるビニールハウスを目指すことにした。
窓側最後尾というのは、こういう場面で注目されやすい。ゆえ、席替えを所望しようかというのはやはり机上の空論にすぎなかった。
「さてと」
気にするな、と自分に言いかけ、なにもなかったように立ち上がる。
すると目の前の席の茶色のキノコ頭も同時に立ち上がり、こちらを振り向く。
すこし不機嫌そうに腕を組み、口をぎこちなく開けて喋る。
「わたしもいくわ」
頭上から流れるように髪先まで艶のある茶髪。男性として、男子高校生としてみた限り化粧なんという見極めができずじまい。少し釣り目なとこは男から敬遠されている。決して鬼の様な形相に映るわけでもない。
そんな仏頂面な少女も数いる誕生日が同じの幼馴染の一人である。名前は岡村瑞穂。
「なんだキノコか」
大人げないとはわかっていてもこの頭をみたらいじりたくなる。
なんというか、キノコなのだからだ。制服がキノコを着たっていうと怒られそうなので口には出さない。
「あのねぇ」
と、ぐっと右手に握り拳を作り、胸元をへ岡村。一歩下がり、身を守ろうとすると、岡村はため息を吐く。
「まぁいいわ」
拳をスカートに添わせて拳は落ち着き、力みがなくなる。一段落である。
「私もね、桜宮さんに用があるから付いてって良いよね?」
「着いてくるなっとは言わないけど、桜宮って誰だ?」
「あの私たちの学年を代表する問題児、宇宙人よ!」
眉間に皺を寄せて近寄る彼女は一度、机を挟み、顔を近づけてくる。
僕は少しぼーっとして、桜宮の噂を思い出す。
非行とかと違って呆れた思い出で、学校が動き出したこともあったけな……。
「ヘビを連れ込んだり、映画に洗脳されて英語の時間にヘビ語で話す奴か!」
「そうそれ! なんで分かんなかったかな……良いけど別に」
キノコは呆れた様な面持ちでもひそかに口角があがり、笑っているとなんとなく悟った。男がやると気持ち悪いが女がやるとどきっとする。不整脈ではない。 僕は小首を傾げた。
飛び付くように、頭一つ違う彼女は僕を見上げて、「見下した感じムカつく!!」と怒声が教室に響く。
怒りの魂胆が分からず、誠に遺憾である。
――「結局付いてくるのか」
ビニールハウスへ向かうため煩わしい教室をあとにした、はずだ。
廊下にでて目的地へと向かう為に一歩ずつ前進する。その背後からは違う足音がする。急に右側に表れるキノコ頭。というよりボブヘア。正体は岡村である。
岡村は昔のポケモンのゲームの黄色い鼠のようにあとをつけてくる。新手のストーカーだろうか。そんなキノコに話しかけると、「うっさいわね」とご機嫌斜めのようだ。
思春期の女子とは難しいものだ。
この女は女優業に就くのが夢で目標に向かっている、良い意味でいうと眩しい。悪い意味でいうと自信げな感じが鼻につく。
別に嫌悪もしているわけではないのだが、少し因縁深いという間柄なのでだ。
昔はよく『一人はみんなのために、みんなは一人のために』を幼馴染み同盟として、合言葉にしてお互いを支えあってきたのだが、みんな、変わってしまったのだ。
キノコこと岡村とは腐れ縁で連絡は取っている唯一の幼馴染みである。岡村自身は他の幼馴染みと連絡は取っていたりするために、みんなの情報は垂れ流れてくる。決してキノコが話をしてくるのではなく、僕が探ると言う形でだ。
四階建ての建物で教室と職員室の存在する本館。そして創業五十周年と同じ月日を重ねてきた体育館。その本館一階から体育館に伸びる連絡通路の途中に存在するのが園芸部の部室と言われるビニールハウスが位置する。
ビニールハウスは教室の縦半分の大きさで農家などの通常サイズと比べて小さいのだ。主に旬な野菜、果物を栽培している。
なぜ、表面のような部分を易々と語れるかと言うと、僕が園芸部の部長だからだ。部長では無くても語れる事実なんだけどね。
部員の数は情けないことに把握していない。顧問は家庭科の村田先生といってのほほんとした独身女性。生徒とPTAと教師陣からも不動の人気で、独身が不思議なくらいと語られている。年齢は三十路手前で、肌は潤いを保ち垂れ目が印象を良くしている。滝のように流れるしなやかな黒髪は見入ってしまう。無論、僕も魅入るのだ。
話は変わるが、初めて部員らしき女性からの呼び出し。緊張は高まる一方であるであった。
三階の教室からビニールハウスまで隣で歩くキノコは無言である。
キノコの横顔を少し伺おうとするもんなら、すぐにでも折れるような脚でのキックがお尻へと入る。正直、痛い。これは僕が悪いのだろうか。
変な空気の中、連絡通路へ一歩踏みだした。涼しいというより肌寒い。
夕方でお天道様は西へ傾いて行っいる。校門がビニールハウスとは対照的な場所に位置するため、下校する生徒が目に映る。
「にしても、変わり者ね」
ビニールハウスにつくなり、腕を組み眉間にしわを寄せるキノコ。
それは質疑応答なくとも桜宮のことである。確かに変わり者だ。
「僕は昔から変わり者を呼ぶ体質だからね」
おかしい。僕とキノコの間は人ひとり入れるスペースがお互いあったはずなのにない。
「いたっ!!」
爪先に電気が走ったとでもいうのか、素っ頓狂な声が漏れる。
その場に僕は蹲り、
「大輔が悪いの。私は変わり者じゃないわ」
なんて不満たっぷりな声が聞こえてくるが痛みが優先だ。くそっ痛い!
「ごめんって……」
少し悲しげな声に僕は顔を上げると、少し照れくさそうな顔をしたキノコが両手を拳にしている。そして、右手をわなわなと震わせ、手を差し出す。
照れ臭そうに差しのばす手。僕も少し照れくさそうに少し冷たい手を掴み、立ち上がる。
なんだこの妙なピンク色な空気は。
手を離すと、「あっ」と声が漏れるキノコ。
何を目で追っていたのかは分からない。小首を傾げキノコへと目線を向けると、さっきより完熟したトマトのような表情をしている。僕はなにもしてないぞ。
「気にするな」
とキノコへ言葉をかけると表情をみせないようにそっぽを向く。
暫くの沈黙が僕らの間で続いた。特段、話しかけることも無いのだが。
「あっ園崎君~! お久しぶり元気にしてた?」
妙な沈黙の中、口火を切ったのは誰でもなく、川越高校園芸部の顧問、村田先生である。スポーツブランドの名が胸に刻まれている青ジャージ。
首には純白なスポーツタオルを巻いている。ダイエット戦士のような格好とは別に日よけ帽子に採用していたのは茶色いニットベレー帽だ。個性が合って良いと思うのでツッコミはなしだ。
「あっ村田先生お疲れ様です。どうしたんですか? いつも来ないのに」
村田先生は僕の何の気なしの毒を喰らい、苦笑い。合掌をして、
「ごめんね~」
と可愛らしく謝っている。うん、許そう。
「今日はほら、放送あったし~?」
ほんわかした雰囲気にのみ込まれそうである。特徴的な舌足らずのこの高い声に男女問わず癒されるであろう。
「先生、相変わらず舌足らずですね」
つんけんしたような口調のキノコにも変わらない笑顔の村田先生。
首を傾げ、右人差し指で頬を掻いている。少し困惑気味なのを察しろ。
なんていう視線を送るも、僕の視線は地面へと振りほどかれたように、キノコはそっぽを向く。計画的犯行というわけか。
「というわけで」
どういうわけかは分からないが僕は村田先生に聞き耳を立てる。
「新入部員なのかな? 入部届けの情報しか桜宮心葉ちゃんを知ることが出来なかったけど今日会えるからわくわくしてきた!」
群を抜いて陽気な村田先生に、「なぜ入部届け出したときに会えなかったんですか?」と愚問を投げかける。大体答えは分かっている。仕事に忙しいのだろう。他の人に受理を請けおってもらったとか。
「う~んとね」
舌足らずというツッコミは可哀そうなのでキノコに目で牽制をした。
またもや不満そうな顔で、分かってるわよ、みたいな返事が来たので少しほっとして胸を撫でおろす。
「合コンだったから仕事さっさとね~片付けたの、えへへ偉いでしょ」
最後にハートでもつきそうな可愛らしい高い声。僕は笑顔だけど素直に思う。
「不純!」
思わず村田先生の頭にチョップを軽く下す。痛いよ~なんて涙声で訴えられたが心を鬼にして話を進行させる。
「ところでその桜宮はどこに居るんですかね」
「ごもっともだね、桜宮さんが見当たらないね」
キノコの声が聞こえたのかビニーハウス内で物音がして近づいてくる。
ひえっと村田先生は驚き尻もちをついた。あんた、驚くの早いよ!
「遅い!! 十分待ったっつう!!」
「おわっ!!」
慌てて僕らは並列に尻もちをつき、完全に怯んでる岡村と目が合う。
村田先生に至っては気を失って、寝込むように倒れている。
あまりの驚きの出来ごとに素っ頓狂な声をあげて恥ずかしくなってきたのはいうまでもないだろ……。
勢いよく開けたられえたビニールハウスの扉。
反動で頭突きを喰らったのか本人は、「ぬぉ!!!」と頭を手で抑え悶えていた。
「殴ったな! とうさんにも」「待て!」
「何? 地球は渡さないよ!」
何がおかしいのか微笑みながら小首をかしげる目の前の少女。何もかもおかしいけどな。
セミショートカットで太陽の光りで少し茶色くやけた髪の毛に少し焼けた肌。前髪はパッツンで小顔効果なのかはわからないが小さくて小動物のようであった。目はぱっちりとしていてリスのようなつぶらな茶色い瞳。
僕はなんだろうか、ツッコミなんかどうでも良いと思ってしまった。
「はぁ」なんていう溜め息が漏れた。疲労困憊の為の息継ぎではなく。
ただ彼女を見つめいていた。簡単にいうと僕はこのとき、心が、胸が少しだけつまる感覚を初めて味わった。
この感情がわからないが、揺らしたのは間違いなく彼女であった。
隣の岡村はただ僕をみつめていた。雰囲気を悟れたのか分からないが、また少しずつ人間関係の歯車が噛み合わず――乱れていくのが少しだけ鈍感な僕でも分かった気がしたのだ。
歯車乱脱読了ありがとうございます。
誤字脱字感動随時受け付けております。