隣の人でなし
隣家の人間は、いつの時代も面倒なものである。私が生まれた地域は町内関係が希薄だったが、それでも隣三軒までの付き合いはあった。小さいときは、夜は五月蠅くなるからと、大好きだったピアノを禁止され、大きくなってからは友人との宴会も自粛をしてきた。
今現在、私が住んでいるのは、大きなアパート一室だ。しかし、ここではいくら騒いでも問題はない。壁と天井は特殊な作りで、振動や音をすべて吸収してくれる。左隣は空き室であり、反対側はなんでも許してくれる優しい方なので、今まで注意も文句も無い。そのおかげで、私は好きな時にピアノを弾き、夜遅くまで友人とパーティーをすることができ、ストレスを溜めることがなくなった。そのおかげで、仕事の効率が良くなり、何事にも腹を立てることがなくなった。そして何より、その優しい『隣人』のおかげで、家賃もとても安い。家族や周囲の人、不動産屋までも反対をしたが、私にとっては、まさに『隣人』様である。
「あー、しまった。煮物作りすぎちゃった。」
大きい鍋いっぱいに、お手製の煮物が顔を出している。久々に作ってみると、分量がわからず、大体作りすぎてしまう。悪い癖なのだが、なかなか治らない。
「食べきれないけど、捨てるのももったいないし…そうだ、隣におすそ分けをするか。」
いつも五月蠅くしているのだ、たまにはそういうことがあってもいいだろう。小さい鍋に煮物を取り分け、隣室のインターホンを鳴らした。少しすると、ドアが開き、『隣人』が顔をのぞかせた。
「こんばんは。実は、煮物作りすぎちゃって、おすそ分けに来ました。」
「あらあら、いつもすみませんね。おとーさん、隣の方からおすそ分け貰ったわよ。」
そういうと、『奥さん』は器用に鍋を受け取り、部屋の中に声をかけた。少しすると、中から『旦那さん』が出てきた。
「いやあ、いつもすみませんね。おすそ分け貰っているのに、何も返さないで。」
「こちらも、いつも騒がしくしていますから、気になさらないでください。」
そんなやり取りをした後、『奥さん』から煮物を出した鍋を返してもらい、部屋に戻った。
時々、考えることがある。あの『隣人』、まるで緑色のタコのような、そんな外見の優しい地球人ではない『隣人』と、とても普通の外見だが、少しの音にも反応し、いちいち文句を言う人間の『隣人』、どちらが素晴らしい『隣人』なのだろうかと。返してもらった鍋を見ながら、ぼんやりと外を見た。