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Chapter1-1

ネオン煌めく夜の街、ビルが立ち並ぶ一角に建設中のグレーマットに覆われたビルがあった。道行く人々は気にもとめず各々の退屈な時を紛らわせている。

 「来たわね、とうとう――」

 そのビルの内側、ホテルでも建造する予定なんだろうか、いくつかの部屋にはベッドや化粧台、バスルームなどが設置されている。その空間に美しい緋色の衣服をまとった少女が舞い降りた。つややかな黒髪をセミロングにしてうっすらとメイクをしている。目は大きく鼻立ちも整っており、誰もが振り向くであろう美少女だった。

 「来ちゃった…………のほうが正解か」

 少し自虐的な笑みを見せ、瞳には悲しい色を浮かべる。少女の瞳の色とは真逆の光景が眼下には広がっている。楽しそうな風景、笑いあう人々、その全てがどこか虚しく見えた。

 「さて………そろそろ始めなきゃね……腐ったゲームを終わりにするために」



 埼玉県の一角、繁華街とベッドタウンとして有名な咲ノ森市。推定人口はかなり多い方で、人の出入りも激しい。これと言って際立つようなものがある街ではないが、スポーツにのめり込んでいる少年少女には憧れの的である私立白狼学院が近くにあった。また、風俗街が近くにあったり、ガラの悪い学生が多かったりと、何かと黒い噂が絶えないのも特徴かも知れない。

 その町にあるジムの中では一番新しい建物かもしれないボクシングジムがあった。星森ボクシングジム。三階建ての建物で、一階部分がジム、二階部分がこのジムの経営者家族の居住スペースになっていた。

 すでにジムの中では何人かの男性がトレーニングに励んでいる。その様子を眺めながら、星森亜沙希は手元のストップウォッチを頭上高く掲げる。

 「用意はいいかい?」

 「オーケー………いつでもやれるぜ………」

 それに答えるように、リング上では一人の少年がファイティングポーズをとった。身長は一七五センチほど。筋肉が多くは見えないが、しっかりと筋の通った体つき。鮮やかな赤い髪は母親譲りだった。切れ長の黒い瞳は半分ほど見開かれ対角線上の相手を見つめている。

 「相手はメキシコから遠路はるばる倒されに来てんだ、負けたら承知しないよ」

 「想定時間は?」

 「一応は三分五ラウンド、ヤル気なら速攻かけてもいいわ」

 その言葉に、マウスピースを入れた口をニッと歪ませて応じる。亜沙希は満足そうに頷くとゴングの場所まで後退した。

 「ほんじゃ、よろしく!」

 金属音が鳴り響き、キャンバスを突っ切るように少年が動いた。様子見すると思っていた対戦相手は意表を突かれ、反応がやや遅れる。その隙を逃さなかった。

 (まずは丁寧にワンツー……!)

 リズムを掴んでいるのはこっちだということを意識させるために、パンチを二つ置きに行った

いくら鏡の前で、何十、何百と繰り返し打ってきたものでも置きに行ってしまえば当たりはしない。冷静にスウェーバックでかわされた。

 ここからは相手もさすがに波に乗ってくる。外国人特有の長いリーチを活かすためにやや離れた位置から左を突いてくる。

 (ま、左を制すものは世界を制すって言うしねぇ………。でも、ウチの息子はそんなんじゃ止まらないわよ)

 筋肉の量が違う、スタミナが違う、トレーニングの環境が違う、様々な悪条件が重なり、日本人がチャンピオンになるというのは難しいことである。それでも一部の天才たちがそのベルトを頭上に掲げていった。そして、彼もまた、その天才だった。

 ギリギリのところを縫うように移動して、懐に入り込む。相手の左手は伸びきったまま。右を構える。

 「わりィな。ただのスパーリングなのによォ」

 右を撃たれる前に、彼の左手が身体にめり込んだ。確実に相手の体の中心を捉えたそれに悶絶。

 「出直してこいや、相手にならんよ」

 伸びきってガードすらままならない身体に限界まで引き絞った弓が引かれた。



 「世界チャンピオン候補の日本遠征ってのも、案外大したことないわねー。もうちょい歯ごたえのあるもんだと思ってたわ」

 「そりゃ、母さんはそうかもしれんけど。まぁ、年季が違うわな。オレと奴じゃ」

 「そらそうよ、バカ息子。ジムの後片付けお願い。アタシは飯作ってくる」

 車に乗せられていく無惨な挑戦者を見送りながら、瑞希は肩をすくめた。フローリングを丁寧にモップがけしながら、つまらなそうにあくびを漏らす。

 「ったく、これじゃ……学校早退してまでやるようなことでもなかったじゃねぇか……」

 モップがけが終わったら、出しっぱなしのトレーニング機材を倉庫に押し込める。之がなかなかの重労働で、亜沙希は女子の仕事じゃない」と言ってやりたがらなかった。

 「おっし…………これで、オッケー……っと」

 倉庫のアドアを締めて鍵をかけておく。やり残しがないかジムをひと通り眺め、壁に立て掛けられた賞状とトロフィーを見つめた。

 そこには凪原瑞人、そう書かれている物がほとんどだった。

 凪原瑞人、全盛期にはちょっとしたアイドルグループ並みの人気を誇った伝説級のボクサーである。彼に憧れてボクシングを始めるような若者が増え、社会現象にもなったほどだった。しかし、世界チャンピオンになってからわずか数日で交通事故で死亡。生き残ったのは亜沙希とまだ幼い瑞希だけだった。

 詳しい原因に関しては、亜沙希が全て処理してしまったため、瑞希自身はなにも知らない。しかし、幼いころたまたま見つけた父の試合のビデオを見て、瑞希もまた、ボクシングの世界に足を踏み入れることを誓った。亜沙希は反対したが、瑞希の熱意にほだされて、今ではセコンドからマネージャーまで幅広く瑞希をサポートしている。

 「瑞希―!掃除終わったのー!そろそろ飯よ~!」

 「あいよー!」

 二階から聞こえてきた声に大声で返事をして、テーブルへと向かう。亜沙希がテーブルに付くまでは勝手に食べ始めていけないのがここのルールである。

 「それじゃ、頂きます」

 「いたっきやーす」

 「………そういや、あんた。今日、あの技使ったわね」

 「うっ…………い、いいじゃねぇか……やってみたかったんだよ……」

 「別に悪いとはいってねーわよ。ただ、瑞人さんに似てきたなって思っただけ。杭打ち機、凪原瑞人にね」

 そういってにやにや笑いながら瑞希の頭をなでた。ここ最近、まともに褒められたことのない瑞希はなにも言えずに麦茶を飲み干した。

 「ただまぁ、アレ使うんならいつまでも我流じゃいけねーわね。そろそろオリジナル作らにゃ」

 「マジで!」

 「ったりめーでしょうが。あの技はどんだけ使い古されてると思ってんの?それに、研究してるやつだってやたら多いわよ」

 凪原瑞人の得意技、強烈なボディブローを叩き込む通称「杭打ち(スタブ)」。左を一発、七割の力で叩き込み、全力の右で左で打ち込んだ部分をを撃ちぬくという技。このボディブローの対策のために、腹筋を鍛えて挑むボクサーもいれば、最初からその距離にはいらないというボクサーもいたが、瑞人はそのことごとくを撃ちぬいてきた。

 「ま、アタシの禁煙が成功したら考えてやるわよ」

 「オイコラ。それほとんど無理じゃねぇか」

 「なにを言うか、先月なんて二カートンで済んでんのよ?酒飲まなくなっただけでも感謝しなさいよ」

 そういうことを言っているんじゃなくて、純粋に身体が心配なんだがなぁ……。とは、口が裂けても言えない。メタメタに痛めつけられるほどのトレーニングを組まれるのがわかっているからだ。それに、ここまで女手ひとつで育ててくれたことにも感謝をしてるからこその、瑞希なりの気遣いでもある。

 「そういや、最近蒼汰くんの話聞かないけど大丈夫だったの?」

 「あぁ、道場が軽く壊れたって話のやつか。大丈夫じゃねぇの?詳しいことは話しちゃくれんが、本人は元気に学校来てるし」

 「あんまし、他所様の家庭の事情に首突っ込むんじゃないわよ?」

 「わぁーってるよ。ごちそーさん」

 殻になった食器を流し台に持って行って自室へと戻る。ロードワーク用の服装に着替えてから、シューズを吐いて外に出た。

 四月半ばとはいえ、夜も遅くなってくればさすがに冷える。夜風が吹付け、ネオンの光の中を駆け抜けていくのを感じながら、歩を進めた。子供の頃から走り慣れているコースだから、違和感にはすぐに気づいた。

 (なんだ………?何かがいる………?)

 コースは町中を走るシンプルなものだが、何かがおかしかった。瑞希は自らの視界が少し歪んでいるのを感じながら、感じるまま、吸い寄せられるように足を進めていく。たどり着いた先にあったのは古い廃ビルのようなところだった。不良のたまり場として有名な場所ということぐらいしか知らなかった。

 屋内は薄暗く、明かりがなくてはすぐ正面も見渡せないようなほどの暗さだが、瑞希にはなにも問題はない。ファイティングポーズを取りながらゆっくり歩を進めていく。

 (気配はするが、なんだこれ……。変な匂いもするし………)

 鼓動が早くなっていく。それに合わせて早くなりがちな呼吸のリズムを整えながら、角を曲がる。妙な違和感は奥の広間から広がっているようだった。扉の隙間から中を覗いてみると、いつも通り不良が酒やらを持ち寄って宴会に興じている。

 「ったく……いつも通りかよ……」

 といって振り返った時だった。眼前で何かがうごめく。叫び声はあげなかったものの、そのまま倒れこんで、扉が大きな音を立てて開かれた。

 「っべ……!!」

 「あの……?」

 眼前から聞こえてきた声は女性のものだった。しかしそれを気にしている暇はない。寄った連中が何かをしでかす前にこのこを連れて何処かに逃げる必要があった。

 「走るぞ!」

 「えっと……何分室内暮らしだったもので、運動は……」

 「だぁっ!文句は受け付けねぇかんな!」

 声の主を抱きかかえるとそのまま全力疾走で階段を駆け下りた。途中の階で別の部屋にはいり鍵をかけてその場をやり過ごす。階段を駆け下りていく音はしばらくしたら静かになっていった。

 「ふぅ………ったくよぉ……無駄に焦ったぜ……」

 「お助けいただいてありがとうございます。なんと感謝を申し上げればよいか」

 つややかな黒髪に大きなゴールドの瞳、月明かりに反射している肌は雪のように白い。顔は小さく、唇は薄い。身にまとうドレスは、少なくとも学生とは無縁のようなシロモノに見えた。

 「あの……?」

 「あぁっと……いえいえ、別に気にしないでください。当然の事っすから」

 というか、なぜこんなところに?と聞き返そうとした刹那、音を立てて扉が崩壊した。本能で危険を察知した瑞希が彼女の前に立ち、瓦礫の衝撃を塞ぐ。

 「んだと………!?」

 「邪龍種……!」

 なにが起こっているのかわからなかった、とりあえずこの場を逃げることだけが瑞希を突き動かしていた。

 「ここはオレがなんとかする!アンタはとりあえず逃げろ!」

 「しかし………それは、あなたではどうしようも……!」

 「いいから行け!」

 入り込んだ月明かりで相手の位置はおおよそだが見当がつく。踏み込んでジャブを一発、二発。鋭い感触が手に残る。そのまま大砲を放った。

 「つぉらぁっ!!」

 懇親の右ストレートは何かに推し当たると、ビリビリと振動しながら手元に戻ってきた。瑞希は冷や汗を浮かべながら再度構え直す。暗がりにいるため、相手の姿はいまいち認知できなかったが人型であることは確認できた。もう一度コンボを入れるために動いた瑞希の身体を猛烈な突風が包んだ。

 「んだよ……これっ……!?」

 「巻き込んでしまい申し訳ありません……ですが。これは私がやらねばならぬこと。しばし、お待ちください」

 風の中心部にいるのは先ほどの少女だった。猛烈な勢いに目も開けていられないが彼女が自分の脇を通り過ぎ、異形の者に向かっていったのは分かった。

 「Versiegelung……」

 聞いたこともないような言葉だった。しかし、それが発せられた瞬間に、鋭い光が走りぬけ世界が純白に染まっていく。

 「う、おおおおおおおお!?」

 光が収まったのはそれからしばらくしてからだった。目を開けると、全てが何事もなかったように、元通りになっている。扉はこわれてすらいなかった。

 「なんだってんだよ………おい……」

 


 「よう、朝からさえない顔してるな」

 「生まれつきだよ、くそったれ」

 結局、あの後どれだけ周りを探ってみても、何か異常があるわけでもなく、ただありふれた光景が広がっているだけだった。なんとか布団に戻って眠りについたものの、気分はまさしく最悪と言った感じで、目の下には大きなクマがついていた。

 そんな瑞希の傍らに立ったのは武宮蒼汰、瑞希と同じ高校二年生でクラスメイト。実家が有名な剣道場で、蒼汰も高校生剣道家として雑誌に取り上げられることもある凄腕だ。茶髪のくせっ毛に、黒い瞳で身長は一七〇ちょうど。体重は軽いほうで、瑞希のように筋肉質ではない。

 「そういえば、昨日のスパーリング、どうだったの?」

 「あぁ………ボコボコにしてやったよ。相手になるはずもねぇだろ?こちとらガキの頃からあの母親に仕込まれてんだぞ?年季が違うわ」

 「それもそうか。でも、そのクマはお説教されたからってことではなそうだけど?」

 「いい……話しても信じねぇだろうし」

 「なんだ、星森。思春期特有の妄想ってやつか?エロいこと考えんのも大概にしときなさいよー」

 「おはようございます、霧恋先生」

 「よぉ、行き遅れ。合コンでも失敗したか」

 「違うわよ、持って帰りたくなるような男がいないの。ほら、あたしクラスともなれば男は選んでしかるべきじゃない?」

 瑞希と蒼汰のクラスの担任、土原霧恋。専門科目は文系全般で、名のある大学で講義を依頼されるようなこともあるエリート教師だったりする…のだが、自らの美貌に完全に溺れており、二八になった現在でも貰い手はいない。

 「まぁ、先生はお綺麗ですからね」

 「ほらぁ、やっぱり武宮はわかってるじゃないのさぁ。どう?学校卒業したら面倒みるわよ?」

 「すみません、いじめ甲斐のある女子じゃないと嫁にする気は起きないので」

 かくいう蒼汰もなかなかの変態だったりする。朝の恒例行事となりつつある会話に頭を痛めながら、瑞希が脇を通り抜けようとしたのを首根っこを掴まれて止められた。

 「なにすんだよ………」

 「星森、あんた……本当にやばいことに首突っ込んでないでしょうね」

 いつもはあまり見せない真剣な眼差しに少し心が揺れたが、瑞希は頭を振った。

 「思春期特有の妄想ってやつさ。忘れてくれ」

 「………そう、ならいいの。早く行きなさい。遅刻扱いにするわよ」

 「珍しいな、あの女が人のこと心配するなんて」

 「霧恋先生も先生なのさ。生徒の一人がひどい顔して登校したら心配するよ。それも、人類徒手空拳で、最も最強に近い男であるなら尚更ね」

 「そんなもんかねぇ。ところで、今日はやけに重武装だな。遠征でもあんのか?」

 「まぁ、そんなとこ。今日はお昼で学校終わりだしね。道場に荷物預けてくるから、先に教室行っててよ」

 短く返事を返すと重い足を引きずりながら教室へと向かった。



 「おーし、それじゃあいつも通りメニュー決まってる奴は順々に回していってー。ミット打ちやりたい奴はアタシに声かけること。それじゃあ、始め!」

 瑞希を送り出した後はトレーニングに来ているジムの生徒の面倒を見るのが亜沙希の仕事だ。大会やプロテストが近いものは亜沙希が組んだメニューやミット打ちを行い、その他のメンツは支持されたメニューをこなしていく。その間に彼女がやれることはあまりないので、ジム運営のための帳簿付けやスパーリングの申し込みなどを行っている。

 「おーし………ひとまずは、こんなもんかしらね……」

 そのとき、ふと裏口のドアが開いたような気がした。昨晩はきちんと鍵をかけたはずだし、こんなところから入ってこようとする人間はおそらく瑞希以外には考えられないだろう。どうせ、学校をサボったに違いない。そう思い、ドアノブに手をかけ、

 「オイコラバカ息子、学校にはちゃんと………」

 外に出た瞬間、時間が止まった。幼い頃から見続けてきた顔がそこにはあった。忘れてしまいたい思い出、忘れてしまいたくない思い出、復讐、怨嗟、喜び、悲しみ………。全てが亜沙希の中に流れ込んでくる。

 少女は悲しげな瞳のまま、ゆっくりと口を開いた。

 「お久しぶりです……今は、亜沙希…と名乗っているのですね」

 「どう………して………」

 「…………どうか、力を貸していただけないでしょうか……」

 「私は……もう御身にお仕えする身ではありません…。それに……瑞人さんに力は渡したままなんです…」

 「えぇ……存じています。ですが、私が頼れるのはもう」

 「放っておいて!!私はっ……!もうあなた達と関わらないって決めたの!私がどんな思いをしたのか、忘れたとは言わせないわ!!」

 心からの叫びだった。近頃は瑞希にすら、怒鳴り散らすほどの説教はしたことがなかった。喉の奥がヒリヒリと痛むが、その痛みはやがてじわりじわりと染みこんで広がっていく。亜沙希の誇りであり、愛のかたまりがある場所へと染みこんでいく。

 「瑞人さんを……思い出させないで………」

 それはほとんど嗚咽に近かった。足に力が入らない。瑞希とともにいることで忘れかけていた思い出がこんなにも重たくなっているとは思わなかった。

 その場にへたり込んでしまった亜沙希を少女はゆっくりと抱きしめる。

 「ごめんなさい……亜沙希。それでも、私はやらねばならないのです……。あなたのようなものを生み出さないために……」

 「瑞希は……お願いします……あの子だけは……巻き込まないでください……姫様………」

 「亜沙希………」

 「テメェ………うちの親になんか用か」

 「瑞希……!これは、その……!」

 「母さん、言い訳はナシだ。それにオレも聞きたいことがいろいろある。アンタ何者だ」

 「昨晩は、ありがとうございました。自己紹介がまだでしたね。私は風月なずな、と申します。第一七代姫君です。以後、お見知り置きを」

 「星森……いや、ここではそれじゃないほうがよさそうだ。オレは凪原瑞希、凪原瑞人の息子だ」

 緊張感が張り詰める自己紹介を済ませると、瑞希は亜沙希を支えながら室内にはいった。それに続くようになずなも部屋に上がる。

 「あー、すまん。母さんがちょっと体調崩したみたいなんで今日はミット打ちはナシで頼む。調子が戻ったらやれるかもしれねぇけど、それまでは別メニューってことで」

 「大丈夫なの?」

 「軽い貧血だと思う。しばらく様子見ておくから。それじゃ」

 練習生にひとまずの事情を説明すると、重苦しい空気が漂うキッチンへと戻ってきた。瑞希は亜沙希の隣に、なずなと向い合うような形で座った。亜沙希は相変わらず俯いたままで、なにもしゃべろうとはしない。

 「まずは、私達がどのような存在なのかをお話しましょう。どうやら、あなたはなにも聞かされてはいらっしゃらないようなので」

 「頼む」

 「私達は、この世界の住人ではありません。宇宙人でもありませんが、まぁ…似たような存在だと思っていただいて構いません。この世界とはやや軸のずれた、世界の住人…。そうですね、こちらの世界でいうところの『龍』というものですね」

 「あー………それってアレか?全身に鱗がびっちりあって、口から火の弾出したり、超次元タックルでプレイヤーを苦しめたりするアレか?」

 「超次元タックル……はどうかわかりませんが、火を噴く龍種はもうほとんどいないですよ。でも、概ね抱いていただいているイメージに間違いはないです。

 話を続けましょう。私はそこの世界からやってきたのですが、それには少々込み入った事情がありまして。

 私達の世界では現在も王制が敷かれておりまして、先代の王の命がなくなると次代の王を決めるべく戦争をすることになっているのです」

 「あの、その話聞くだけだとうちの母親が関係あるとは思えないんだけど……」

 「この戦争というのが少々特殊でして……。我々だけで行うことができないのです。

 というのも、私達は地水火風の四元素など様々な力ををそれぞれ扱うことができるのですが、力の使役にはその媒介が必要なのです。その媒介というのが、あなた方人間なのです」

 「命を媒介……なんて言わねぇよな」

 「もちろん、要はフィルターのようなものだと思っていただければいいかと。我々の技術や力というのは人間界ではうまく表現することが難しいのです。それを人間というフィルターを通すことによって表現しているのです。なので、こちらの世界でないとその戦いを行うことができないというわけです。亜沙希は前回大戦で活躍して頂いたので再び力を貸していただこうかと思ったのですが……」

 「……その前に確認させてくれ。母さんはその……龍種、ってやつなのか……」

 瑞希のその言葉に亜沙希は一瞬大きく体を震わせると、小さく頷いた。それを見てから瑞希は再びなずなに向き直る。

 「亜沙希はたしかに龍種ではありました。ですが、現在は龍紋を持っていないので、普通の人間と大差ない状態になっています」

 「りゅうもん?」

 「龍の紋章と書いて龍紋です。私達の背中には大きく紋章がついています。これを契約相手の人間に与えることで、始めて力の使役をすることができるんです。亜沙希はそれを瑞人さん…あなたのお父様に預けたままですので、力を放棄した状態になっています」

 「で、アンタは母さんの体を使って戦争に参加しようってことなんだな?」

 「えぇ……できればそれが一番だと思ってはいるんですが……」

 そういってなずなは再び亜沙希を見た。亜沙希の様子はいつまでたっても変わる様子はなかった。

 「じゃ、こっからはオレが聞きたいこと。父さんは、巻き込まれたのか?」

 「………先程も申し上げたとおり、先の大戦では、亜沙希たちには大変お世話になりました。私の父を王の座へ押し上げてくださったのはお二人のお陰です。しかし、それゆえに、瑞人さんはおそらく…」

 なずなの目は、申し訳なさそうな色に包まれていた。その色を見て、瑞希はすべてを悟ったようにゆっくりと頷いた。

 「オーケー。母さんは、はなっからオレに嘘をついたってわけだ。全部、何もかもを忘れるために」

 「それはっ………!」

 「いやいいさ、別にそこに怒ってるわけじゃねぇ……。ましてやキレてるわけでもねぇ。ただよ、親父がそいつらにやられたってんなら話は別だ」

 「えぇ、私もその件でお話に来たのです。もとより、私は王家を継ぐつもりはありませんでした。自分にその資格が無い頃より、この戦いとは無縁のものだと思っていたのです。しかし、今では事情が変わりました。私の身を幼いころより世話してくれた亜沙希……彼女が身を切るほどの思いをしたというならば、私が打って出なければならないと、そう思ったのです。

私がこの戦争に勝った暁には、くだらない戦争を廃止させようと思っています」

 「そのために戦う力が必要ってわけか………」

 「でも……私はともかく……瑞希を巻き込むことだけ承諾しかねます……。瑞希は、この子だけはなにも関係がないんですよ!?」

 「あなたの言うこともわかります。しかし、亜沙希の力を借りるにしろ、その周囲の人間には多かれ少なかれ危険な状況に巻き込まれることも想定できるのではないかと」

 亜沙希は迷っていた。瑞希がボクシングをやりたいと言い出したのを承諾したのも、ここまで瑞人のために作った練習メニューを同じように瑞希にやらせてきたのも、全てはある目的のためだった。それをここで切り出していいものなのか。それとも、母親として、瑞希を守るべきなのか。

 「母さん、一つ言いたいことがあるんだが」

 瑞希の顔はいたって冷静だった。ただ、息子のこんな表情を見るのが初めてだった。驚くほどに穏やかな声色に亜沙希は、次の言葉を待った。

 「なにを勘違いしてるのか知らねぇけどさ、オレの道を決めるのは母さんじゃない。オレなんだぜ」

 「……瑞希?」

 「いいじゃねぇか、親父の復讐がてら世界を救う英雄になる。母さん、ガキのオレにアンタが言ったこと、俺は未だに忘れちゃいないぜ」

 「ダメ、ダメよ瑞希……!お願いだから……!」

 「アンタがオレを一流のキリングマシーンにしたんだからな」

 「キリング……マシーン?」

 「オレが叩きこまれた武術はなにもボクシングに限ったことじゃねぇ。ジークンドー、テコンドー、北派少林拳、八極拳、ムエタイ、空手、近接格闘術、いわゆるマーシャルアーツに至るまでその全てを教えこまれた。その中でも適正が高かったのがボクシングってわけ。ま、親父のお陰でボクシングブームも来てたし、生きていく上でちょうどよかったのさ」

 なずなは、亜沙希が瑞希を巻き込みたくないという思いと、自らの復讐したいと願う思い、その二つの葛藤を感じ取った。

 事実、瑞人を失った直後の彼女にあったのは、やり場のない怒りと一人で瑞希を育てなければならないという責任感、そして復讐だけだった。そんな中で瑞希が自らもボクシングをやりたいと言い始めた。無論二つ返事でオーケーはできなかったが、瑞希の目にその全てを感じた。

 ―――この子なら、やれるかもしれない。

 そこからは時間も忘れてトレーニングに取り組んだ。瑞希は幼稚園にも保育園にも通わず、徹底的に武術を学んだ。一番意外だったことは、瑞希は一度も泣き出さなかった。辞めたいとも言わなかった。幼いながらに、父の代わりに母を守らねばという気持ちからだったのか、今となってはもうわからない。

それでも、やはりそれは間違いだということに気づいた。瑞希は学校では一人ぼっちになり、ろくな友達はおらず、常に一人だった。それでも瑞希は弱音を吐かなかった。

 「人殺しの才能なんて、こういう場面で使わないでどこで使うんだよ。オレぁ、姫さんの計画に乗らせてもらうぜ。あと、母さんが姫さんに協力するにしろしないにせよオレはここから出て行く。迷惑かけるわけにも行かねぇしな。……荷物まとめてくっから、今のうちに話したいことがあればそっちでケリつけといてくれ」

 そう言い残し、瑞希は二階へと姿を消した。亜沙希は引き止めることもできずに、ただ呆然とその背中を見ていた、

 「………では、彼がいないうちにもう一つ、あなたに話をしておかねばならないことがあります。あなたの妹君のことです」

 「アシュリーのことですか……確か今は……姫様のお世話係になっているはずでは……?」

 「えぇ、良くしてくれています。ただその……人間界にて姫様のお力になれるよう働きに出ます、と言い残したきり、連絡がつかなくなってしまって……。もしあなたが見かけるようなことがあれば、私が探していたとお伝え下さい」

 そこで言葉を切ると、なずなは席から立ち上がった。奥の階段を見れば、瑞希が大きめのスーツケースを引きずりドラムバッグを肩にかけて降りてきていた。

 「………瑞希、ちょっと待ちなさい」

 分厚い帳簿ファイルの中から紙袋に包まれた一式を取り出し、瑞希に渡す。中身を確認しようとすると亜沙希は頭を振った。

 「それは、アタシがいないところで開けてちょうだい。アタシが見るにはまだちょっと重すぎるから」

 「………わかった。サンキュな」

 「ねぇ………アタシのこと、恨んでる?」

 「……恨んではいないさ。でも、今の母さんは好きになれないかな。それじゃ、いってきます」



 「よろしかったのですか?」

 玄関を出てすぐのところで待っていたなずなは開口一番、そんな疑問を口にした。彼女自身、こうして何事も無く平和に暮らしていた家族の関係を壊したことに対して責任を感じているのだろうか。

 「いいのさ。母さんに任せたんじゃ、なにも話は始まらなかっただろうし。アンタも、少しは親父のこと知ってるんだろ?」

 「えぇ……まぁ。幼いころに何度か合わせていただいた程度ですけれど。実は、あなたともお会いしているんですよ」

 そういって彼女は初めての笑みを見せた。ふわっと甘い匂いが駆け巡ったような気がして頭がクラクラしてくるのを感じた。

 「といっても、あなたはまだ赤子でしたので記憶にはないでしょうけど」

 「ん?てことはオレより年上?」

 「どうなんでしょう?人間年齢で言うと……二十歳ほどになるんでしょうか……」

 人差し指を顎の下に当てながら首を傾けてわかりやすい考えるポーズ。王家とか、そういう人間はかなりかしこまっていて隙なんかも見せるものではないというイメージが音を立てて崩壊していった。

 「あー敬語とかは……」

 「構いません。私自身堅苦しいのは好きではありませんから。それで……これからどうしましょう?」

 その言葉に考えたくなかった事実に向かい合わざるを得なくなった。なずなの恰好はおそらく昨日とほとんど変わっていない。昨日の派手なドレスのままなので相当に目立つ。しかも、半ば勢いで家出同然の状態のために、今日の宿すらままならない。考えるだけで、瑞希の容量の少ない脳は悲鳴を上げそうになっていた。

「亜沙希から頂いた封筒の中身にはなにが?」

言われて慌てて中身を取り出す。いくつかの書類と、通帳、キャッシュカードに印鑑。それに、家の鍵だった。

「これは………」

「手紙がついていますわ」

亜沙希へ。

これは瑞希が独り立ちしようと思った時に渡してやってくれ。君と僕との思い出が詰まった家を売り払うだなんて勿体無くて僕にはできなかった。というわけで、キミが僕を導いてくれたお陰で手に入れたファイトマネーとコツコツ貯めていたへそくりを合わせて、あの家はまるまる買い取った。僕に何かあった時、君に何かあった時、瑞希に何かあった時、自由に使ってくれ。

瑞希へ。

よう、まだ見ぬ我が息子よ。って、これ書いてる時に会ってないだけだからな、本物は会えていると思うがね。もし、キミが僕と同じ道を目指すのであれば先に言っておく。キミは僕になる必要はない。キミはキミでいい。キミが信じ、やらねばならないと思った道を行け。僕はおそらく、邪魔者扱いされて、最悪消されてしまうかもしれない。少しド派手に暴れ過ぎた。連中の一個中隊を一人で壊滅させたのがまずかったんだろうか……いや、そんなこと思い出していても意味が無い。というかキリがない。キミの人生はキミのものだ。何一つ父親らしいことをやれないかもしれないから先に謝っておこう。すまない。

だが、人生の先輩としていっておく。

男に生まれたのなら、家族を守り、友を守り、そして惚れた女だけはなにがあっても守りぬけ。それこそが誇りであり、男の義務だ。キミの歩く道は光ばかりではないかもしれない。闇に襲われ、挫けそうになる日があるかもしれない。諦めるな。前を向け。どんなに遠回りをしても道がないなんてことはない。道は無限大だ。歩みを止めるなよ。――――幸運を。

「父さん………」

なずなもその文面に目を落としていたが、見ているところはまるっきり違うところだった。高位の龍族にしか検知できない龍文字で短くそれは記されていた。

跡を継ぐものへ。

険しい道程だと思う。未熟な息子かも知れないが、よろしく頼む。

「姫さん?」

「えっ……?すみません、ぼーっとしていたもので……」

「場所は大体分かった。とりあえず行ってみようぜ」

「お任せします。何分、人間界は初めてなもので」

 なずなに言われて先導する瑞希。住み慣れていた自分のジムから歩くことおよそ十五分ほど。住宅街の一角にその家はあった。見た目は普通の一軒家で駐車場のスペースはあるものの、亜沙希が車嫌いのためにそこは空いたままになっていた。広めの庭があり、外観は綺麗なままになっていた。

 鍵はもちろん鍵穴にきちんとはまり、玄関へと招き入れてくれた。二階建ての一般的な一軒家となんらかわりはなかった。だが、唯一違うのはついこの間まで人が生活していたような、そんな感じがすることぐらいだった。

 「どうしてでしょう……少し人の気配がします」

 「ん……どうやら、父さんたちが結婚するまでに使ってた家らしい。母さんがちょくちょく手入れしに来てたみたいだから、そのせいだろ」

 一階部分にはキッチン、ダイニング、バスルーム、洗面所、和室がある。一階の探索を終えると二階へと向かった。二階には四部屋の個室が用意されていた。

 「どの部屋にする?」

 「………こちらの部屋は私が使用するわけにはまいりません。あなたが使うべきです」

 なずなが手始めに覗いた部屋にはいると、そこには瑞人のものと思しきトレーニング器具や、服などが収められたタンスが置かれていた。ここだけはどうやら手入れがされていないようで、やや埃っぽい。

 「わかった。ここはオレが使うよ。姫さんは適当な部屋に荷物を……って、荷物は?」

 「えぇと、着の身着のままで飛び出してきてしまいましたので着替えなどは……どうしましょう?」

 それはこっちのセリフだと声を大にして言いたかったが、ここは仕方がないので友人の力を借りる事にする。

『もしもし?』

「よう、霧恋センセ。今お暇?」

『町にナンパ目当てで繰りだそうと思ってたとこだけど、なに?付き合ってくれんの?』

「生徒にそういうことを頼もうとするな!あー……その、女物の服の買い出しを手伝ってもらいたいんだけど」

『んじゃ、イイオトコ紹介してよ~』

「……ジムの連中とコンパセッティングしてやっから……」

『オーケー、携帯はそのままね。GPSです~ぐ迎えに行くからさ』

しばらく待っていると、歩いてきた道路の方からドリフト音が聞こえてきた。扉を開けると、ラフな格好の霧恋が興味深そうに眺めている。

「あんたいつから家主になったわけ?」

「オレのじゃねぇ、親父の家だ」

「ふぅん、まぁいいわ。で?その子?」

 霧恋はなずなの姿を捉えると、舐め回すようにじっくりと眺めた。あまりにも凝視されるのでなずなは思わず瑞希の背中に隠れる。

「随分手懐けてるんじゃない」

「うるせぇ、ニヤニヤすんな。んじゃ、あとは任せたから」

「ついてらっしゃい、荷物持ち」

 ガッ!と朝のように首根っこを掴まれると、無理矢理後部座席に放り込まれた。そこには坂便アヤラ何やらが転がっており、一刻もはやく逃げ出したい気分にさせる。

「んでー?この子は?親戚とか?」

「あー……まぁそんなとこ。ちょっとした事情で家出してきて、着るものとか何も持ってきてないらしくて」

「わぁーってると思うけど、手ぇ出すんじゃないわよー?やらしいことするのは、大人の目がなくなってからね」

「誰がするか!んなこと!年中発情魔のアンタと一緒にすんじゃねぇ!」

「やぁねぇ、あたしが男でこんな美少女に誘われたら即ベッドインよ。あ、ちょっとシツレイ」

言うやいなや、ハンドルを握っていない方の片手がなずなの胸元に伸びて何かを鷲掴みにした。突然の事に全員が言葉を失う。

「うわぉ、これ天然物?いやぁ、こんなの久しぶりに拝んだわ」

「テメェはなにやっとんのじゃ!!」

「いや、下着買うにしたって推定サイズは決めとかないとねぇ。量販店でいいかと思ったけど、専門店じゃないと見つかんないかも。いやぁFカップとは恐れ入るわ」

「頼むから黙ってくれ………!!」

 瑞希のことはお構いなしに、前の席でカンラカンラと大きな笑い声を上げる霧恋。早くも人選ミスに後悔する瑞希であった。

 さて、咲ノ森市は繁華街が有名なためそちらに流れていきがちだが、ちゃんとしたショッピングモールもある。専門店街を多く取り揃える場所で雑誌やテレビなどで度々紹介されることもある有名な場所だ。本来ならカップルがデートに使ったり、家族連れが遊びに来たり、ナンパ目的で使用される場所なので瑞希はあまり来たことがなかった。

「ぃよっし。じゃあまずはアンタ留守番ね」

「なんでだよ!オレのついてきた意味は!?」

「下着売り場、付いて行きたいの?」

「待ち合わせ場所はここでいいっすか」

「オーケーよ、ちょっとはのんびりしてなさい」

 そういって、霧恋はなずなの手を引いて下着売り場に入っていった。普段目にしない光景にどうしたらいいのか全くわからず、オロオロするなずなを尻目に、霧恋は店員からメジャーを借りてくると試着室にてスリーサイズを測り始めた。

「うーん、服の上からでもわかったけど、やっぱスタイルいいわねー。やっぱりいいもん食ってればこんなふうになるのかしらね?」

「あなた……もしかして……!?」

「あぁ、警戒しなくていいわ。別にアンタの存在なんて、王立図書館に出入りしてないと知らなかったぐらいなんだから。ただ、亜沙希が世話になったみたいでね」

「亜沙希と知り合いなのですか?」

「学生時代にライバルだった程度よ。もっとも、前回大戦時にはあたしはほとんど協力しなかったけどね。はい、腕上げてー」

「あの、このことは………」

「あぁ、誰にも話す気はないわよ。ていうか、なんとなく今朝の星森からちょいと異質な力の片鱗を感じたんでね。まぁー後をつけさせてもらったってわけ。はいおしまい」

メジャーを片付け、店員にサイズをメモした紙を渡すと、なずなのドレスを着せる。その手つきはやけに手馴れていた。

「あたしも昔そういうとこにお勤めしてたのよ。慣れてるのはそういうわけ。あぁ、それと。転入手続き、済ませておいてあげたから」

「えっと……さすがにそれは……」

「どちらにせよ、星森とは離れないほうがいいと思うわ。契約はまだ済ませてないみたいね。どうするかはわからないけど、するんだったら早めにしちゃいなさい。思った以上にあなたを狙う敵は多いみたいよ?」

 霧恋は店員が持ってきた下着を適当にあてがい、なずなのイメージに合うものを選ぶとレジに持って行った。

 彼女の言うことはなずなも至極納得していた。そもそも、戦争に参加する条件が人間と契約ということは必ず人間界に来なくてはならない。龍界にも人間はいるが人数は少ないし、そのほとんどがすでに契約済みだったりする。とはいえ、王族の力はやはり強大で適正に合うものしか扱えないはず。となれば、あてどなくさまようのはリスクも大きい。

「さ、アンタの旦那様が待ってるよ。早く行こう」

「別に私と彼はそういう関係ではありませんが……?」

「お固いわねぇ……」

「………終わったのか」

「あら、なによ一人でそんなにぐったりして。女の買い物は昔から長いものなのよ。おら、荷物持ち」

 巨大な紙袋を瑞希に投げつけ否応なしにその場に立たせる。中身は見ないようにと釘を刺された瑞希であった。

「んで、アンタ的にはあの子はどうなのよ」

「なんの話だよ……」

「決まってるでしょ?男と女がひとつ屋根の下で共同生活よ?しかも、親戚の子ってことはちょっとぐらいそういう思い出もあったりするんじゃないの?」

「テメェの惚気話ができないからってよそにそれを求めるな」

 服選びも三戦目、そろそろ瑞希の精神状態もやばい状態に陥ってきた。そういうことも考慮して今は霧恋もなずなに付き添うのではなく、やや離れた位置からその様子を眺めていた。

「でんもねぇ……一教師として、やっぱそういう間違いはよろしくないと思うのよ」

「別にそんなのは関係ねぇよ。あの子にはあの子の目的があって、オレにはオレの目的がある。お互いの目的のために手を組んでるだけさ。長い間会っていなかったし、恋愛感情なんてほとんどねぇよ。オレの恋人はグローブとマウスピースだけだ」

「アンタがどう考えてようと構わないけどさ。一人でこういうとこまで出てきてんだから、支えてあげるんだよ?」

「………できる限りな」

「素直じゃないねぇ……。誰に似たんだか」



『蒼汰』

 短くそう呼ばれ、武宮蒼汰は足を止めて目を閉じた。駅から歩いて住宅街にはいったところで、周囲には人の気配は感じられない。だが蒼汰は肩にかけた竹刀袋から、鞘に包まれたままの刀を抜いた。

全体的に青を基調として作られた細身の日本刀で、刃の反りは浅く作られており、どちらかと言えば   直刀に近いようなイメージをもたせる。長さは腰にかけた時にくるぶしの当たりにつくほどだろう。無論、蒼汰は「剣道家」であって「剣士」ではない。しあkし、蒼汰が握っているのは紛れもない「真剣」だった。

「緋雨、どこからだ?」

『アタシはそういうの専門じゃないからねぇ……近くに感じたってだけさ……気をつけな』

 腰に刀を吊るすと、深く息を吐き、浅く空気を吸った。全神経を集中させて、周りの空間全てを「感じる」ことに専念する。

 「そこっ!!」

 ヂンッ!と音が響いた時には空間の一部が切り裂かれていた。剣閃が通った場所には薄い氷の膜が張られている。その先で、一人の少女が身を伏せていた。

 「……くっ。よくぞ……!」

 「そっちがやる気じゃないなら、危害を加えるつもりはない。ただ、少し話を聞かせてもらうだけ…?」

 「ん……?どうした?」

 「いや……キミ、どこかで会ったことある?」

 『なんだい蒼汰、アタシ一人じゃ物足りないってのかい?』

 「黙ってろ、緋雨」

 蒼汰は改めて少女を見る。真っ赤な髪と、きつくつり上がった瞳、顔立ちは美少女だが、とても気の強そうなイメージをもたせた。背はそこまで高くないが体つきはまだ中学生ほどといったところだろうか。

 「いや、待て。僕はキミに似た人を知っているはずだ」

 「悪いけど、教えてもらう気は、ないね!」

 伏せたままの姿勢から右腕が大きく振るわれた。灼熱の塊が一直線に飛んでくる。蒼汰は中腰になり構えを取り直すと、もう一度柄に手をかけた。

 「氷獄!!」

 続けざまに三連撃、居合斬りを放った。高温と極低温がぶつかり合い、あたりに水蒸気が満ちる。蒼汰がそこから脱出した時には、少女の姿はそこになかった。

 「やれやれ……」

 『ナンパ失敗だな』

 声の主は楽しそうにくつくつ笑うと、蒼汰の手を離れ、自ら竹刀袋の中に収まっていった。蒼汰はため息一つ吐き出して竹刀袋を肩にかけ直す。

 (ここ数日……妙な異変が続いてる……。瑞希も少し関わっているようだし、これは少し対策を考えないとな)

 


 「本日はありがとうございました」

 「あぁ、いいのいいの。そこのバカにつけとくから。明日は休みだからって、一晩中変なことするんじゃないわよー?」

 「うるせー!!」

 ひとしきりの買い物を終え、二人が家に帰り着いたのは日が暮れてからだった。最後まで茶々を入れ忘れない霧恋に辟易しながらも玄関の鍵を開ける。

 「だぁぁぁぁ……疲れたぁぁぁぁ……」

 「すみません、私のために……」

 「あー…気にすんな。常套句みたいなもんだから」

 なずなの部屋にひと通りの荷物をおいてきてから、リビングで宅配の夕食を食べる。瑞希自身、まともな友人は高校に行ってから出来た蒼汰だけだというのに、女性、ましてや自分より年上となるとなにを会話していいのかわからず、黙々と箸を進めるだけになってしまう。

 「実は、まだお話していないことがあるのです」

 「話してないこと?」

 「えぇ、王家の戦いが目的でここに来たことは事実ですが、実は人探しが目的でして…。亜沙希の妹で、私の付き人をしてくれていた、アシュレイ=モードレッドが人間界に飛び出して行方不明になっておりまして」

 「母さんに妹なんていたのか。初耳だわ」

 「亜沙希はあなたのことを大切になさっていたようですから、あまりそういった話はしていないのでしょうね……」

 大事にされていた……。その言葉が瑞希の中で複雑な形となっていく。本当に息子を大事にする母親なら、ジツの我が子を戦闘マシンのようには育て上げたりしないはずだ。でも、亜沙希はこの戦いに巻き込み悪ないと思っている。母としての彼女、師としての彼女、どちらを信用すればいいのかわからなくなっていた。

 「で、その妹さんとやらはどんな見た目なの?」

 話題を変えたくて無理矢理行方不明の少女の話に戻した。なずなは袖口の下から一枚の写真を取り出した。

 「あなたと同じ赤いロングの髪にツリ目、身長は私と同じぐらい……といったところでしょうか」

 「んー……言われてみれば少し母さんに似てるかも。んじゃ、当面はこの子を探すのが目的だな」

 「すみません、あなたにはたくさん負担をかけてしまいまして」

 「もう謝んのは禁止な。別に負担だなんて思わねぇさ。オレは姫さんが選んだ戦うための力なんだろ?だったら、それはほとんど道具と変わらないさ。使うことにためらいなんか必要ないんだよ」

 「………果たしてそうでしょうか…。私は、確かに一人では力を扱うことはできません。しかし、だからといって人間を、いまこの瞬間に生きている方々を道具などと考えてしまっても、本当に良いのでしょうか………」

 「いや、そりゃあそうだけど………。じゃあさ、姫さんは戦いの中でどうしたいんだよ。当然、戦いってことは命のやりとりだって出てくる。殺さなきゃ殺されることもあるかもしれない。そんな中でどうしたいんだよ?」

「…………できることならば、殺したくはありません…。だって、私が王族になって戦いを止める。大義名分としては充分かもしれませんが、それは私のわがままなのです。私のわがままで人が死ぬ必要は、ありませんから……。ですから、あなたには極力人を殺して欲しくはありません……」

 瑞希は彼女が今回の戦いに向ける決意を少しだけ感じ取ることができたような気がした。確かに彼女はとてもじゃないが戦いに向いているとはいえない。そんな中、自分とは殆ど関係ないにしろ、自分の身内が巻き起こした悲劇の責任を取ろうとしているのだ。まともな人間だけではすぐに負けてしまうだろう。だから、亜沙希は自分を鍛えたのかもしれない。彼女を守らせるために。

 「オーケー、分かった。条件を飲もう。極力人殺しはしない。というか、実戦で人を殺すことって多分ないだろうしな」

 「でも、先ほどはご自分のことをキリングマシーンと……」

 「あぁ、物の例えみたいなもの。ボクシングだけじゃ人は殺せないさ。まぁやりようによっては、いくらでも殺せたりするんだけど……。というか教わった武術は全部実戦では試したこと無いし」

 瑞希は事も無げにそういった。事実、リングの上以外では暴力は禁止されていたし、使い所がわからないというのは大いにある。そういったことを試す機会が与えられたというのがなずなに協力する理由でもあった。

 「んで?先生の話だと、うちの学校に転校するみたいだけど?」

 「えぇ、うまく取り計らってくれたようで…」

 「まぁ、あの人のことだから校長の弱みでも何でも握って、ねじ込むことなんてワケなさそうだし。オレとしても正直ありがたかったりする」

 「やはり、近くのほうがいいと?」

 「んーまぁな。守るって言ったって、オレの戦闘可能範囲は自分の四肢の長さが限界だし。そうなってもらえれば好都合だよ。んで?契約ってのはいつすんだ?」

 何気なく切り出した一言に、なずなは頬を染めて俯いてしまった。こういうときのデリカシーのなさに恨み事の一つでもいいたくなるが、それを気にしている場合ではない。というか、そんなに恥ずかしいことなのかと瑞希自身も顔が熱くなってきた。

 「えと、あなたの準備がよろしいのであれば……私はいつでも構わないのですけれど……」

 「あー……そんなに恥ずかしいことなのか?」

 「一応、その……肌を晒すことになりますので。やはり……」

 「……オレの背中を出せばいいのか?それなら慣れっこだけど」

 というか、ボクシングする時の恰好はトランクス一枚だしな、とは口が裂けても言えなかった。いまそんなことを申し上げてしまってはこちらの姫君は卒倒なされるかもしれなかったからだ。

 「でしたら、その……お部屋でお待ちいただけますか。用意ができたら、お呼び立てしますので」

 そういうとなずなはパタパタと二階へと駆け上がっていった。残された瑞希は食器を片付けたり、出たゴミを分別したり、意味もなくじっとテレビを眺めたりしていた。が。

 「だぁぁぁぁぁっ!落ち着かねぇ!!」

 そう考えると同じ学校の連中が途端に偉人のように思えてきた。無論スポーツが出来る男子でルックスがいい男子というのは非常に持てる。ましてや、そんな連中の吹き溜まりである白狼学院では、学校の内外を問わず交際をしている連中が多かった。瑞希や蒼汰もルックスの面では例外ではないが、蒼汰は性癖、瑞希は生き様のせいで、色恋沙汰とは無縁だったのだ。

 ところが、現状瑞希を襲うのは、見たことも感じたこともない予想外のピンク色空間。無論、瑞希とはいえれっきとした男子であるし、思春期真っ只中である。多少なりともそういう期待を抱くのは不自然なことではない。が、それ以前に今の空間に飲み込まれている自分に、無性に腹が立ってきていた。

 さすがにそういう場所に汗まみれで行くのは許されないだろうと、シャドーをやめようとした時に上の階から声がかかった。

 はやる気持ちを抑えながら、一段一段階段を踏みしめていく。ここまで緊張する階段登りはプロテストの当日以来だった。

 「……おまたせしてすみません」

 「い、いや……別に構わねぇよ」

 お互いの口数も少ない。なずなが手で示したのは巨大な魔法陣のようなものの中心。そこに膝立ちで座ると、

 「それでは、上着を脱いでください」

 言われるがままに上着を取り払った。脂肪の少ない引き締まった男の背中になずなはおもわず顔が熱くなった。そして、自身の肩紐に手を掛ける。

 (おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい!!!)

 当の瑞希はといえば、上半身は見られ慣れてているものの、背後から聞こえる衣擦れの音に心拍数を跳ね上がらせていた。いくらなんでも彼女が脱ぐということまでは聞いていなかった。

 「――――参ります」

 なずなの手が瑞希の背中に触れる。瞬間、緑色の光が魔法陣からあふれだす。その眩さは昨日の夜に体験した光とよく似ていた。包み込むような優しい光。同時に風が部屋の中に満ちていく。

 「君がため―――惜しからざりし――――命さへ」

 そして、その光は瑞希の背後に収束し、触れている箇所から一気に流れこんできた。背中に広がる言い知れぬほどの激痛。ボディーブローを喰らい、呼吸困難になりながら激痛と闘いながらの試合を強いられているような、そんな苦しみが襲い掛かる。

 「―――長くもがなと―――思ひけるかな――――」

 なずなが最後の一言を告げた途端に光は収まり、彼女の指も離れた。体を動かしてみても、特になにも違和感は感じない。

 「これで……終わりか?」

 「えぇ、契約完了です。お疲れ様でした」

 後ろを見ないでそう言うとなずなはプレッシャーを吐き出すように大きくため息を吐いた。なずなの着替えが終わるのを待って、上着を羽織る。そのまま彼女は着替えてきます、と短く告げて部屋を出て行った。しばらく後、扉がノックされた。

 「よろしいですか?少し、使い方について説明しておこうかと思うのですけれど」

 「あぁ、構わねぇよ」

 なずなを中に招き入れると、淡い若草色のパジャマに着替えていた。ドレスの時には気づかなかった豊かな胸の膨らみや、メリハリのあるスタイルを惜しげも無く披露するような服に少しだけ後悔がわいた。

 「まずは、契約ありがとうございます。これにて、風月なずなと星森瑞希さんは龍使い…ドラゴンブリンガーとして力を扱えるようになりました。私が扱える力は地水火風の風。時には荒々しく、時には恵みをもたらす、癒しの風」

 「んー……ぶっちゃけ、力をもらったっていっても違和感あるなぁ。どういう形で使えるのとかまんま分からないし」

 「そうでしょうね……。私も、理論や概念として知っているだけなので、実際のことはよくわかりませんが、一応、説明だけでもさせていただきますね。

 これであなたは力を扱うことができるはずと申し上げましたが、現状ではまだそれは半分ほどしか扱えません。というか、風属性は『装備なし』状態で使えるのはせいぜい突風を吹かせることぐらいなので。

 では逆に、『装備する』とはいったい何なのか。これは、私も初めてなのですが各人にそれぞれ最も適正の高い武装が選択され、装備することができると言われています。こっれは先天的な才能から選ばれることもあれば、ある程度成熟した状態から適正を鑑みて選ばれる場合といろいろあるそうなので一概には言えないのですが……。まぁ、ものは試しですのでやってみましょうか」

 「えらい簡単に言ったな」

 「『装備』までは別段難しいことではないですから。それでは構えてください」

 『女の子ぶん殴ったら………わぁってるわよね?』

 以前母からかけられたプレッシャーが瑞希の背中を走り抜けた。構えると言われるとどうにも戦闘態勢を撮りたくなってしまうのはやはり男子故だろう。

 言われたとおり瑞希がファイティングポーズを取ると、なずなが再び背中の方に回り込んだ。そして、掌を押し付けるようにして力を入れる。

 「Ausrüstung―――」

 一言発すると、瑞希の両腕が光り輝き、籠手が現れていた。明るめのグリーンを基調としており、持っている感触を感じないほど軽い。そして、そのままシャドーを行う。使用した感じはバンテージを巻きつけた状態とさほど変わらないようだった。

 「これでいいのか姫さん……ってあれ?姫さん?」

 『あの、こっちです。こっち』

 頭のなかに響いた声はどうやら、籠手の中から響いているらしい。手首のやや上辺りの位置にある深緑色の宝石がチカチカと明滅している。なずなはこのなかにいるのだろうか。

 「そこにいるのか?」

 『いる……と言われると変な気分ですが、おそらくは…。でも私が見ている視界はあなたと同じものみたいです。どうやら、ここであなたのバックアップが行えるみたいですね。レーダーのようなものも見えますし』

 「コックピットみたいになってるってことか……」

 『コック…?あぁ、操縦室のことですか。えぇ、概ねそんな感じです』

 「ん?知ってるのか、コックピット」

 『いえ、あなたのイメージが私の中にも流れこんできているんです。感覚、知識を共有する事ができるみたいですね。これは知りませんでした』

 「でも、まてよ……感覚共有できるってことは……」

 『……えぇ、使用者が死ねば……おそらくは、内部に存在する私達も……』

 「ってことは、使用者に極力ダメージを与えずに再起不能にするのってかなり難しい…というか、無理なんじゃね?」

 『………えと、お願いできますか?』

 さりげなく無茶なことを要求してくるが、彼女の目的を邪魔する気はさらさら無い。もっとも、実戦にならないとわからないことも多かったが、瑞希は頷いてみせた。

「それが、姫さんの望みなら」



 咲ノ森市には大きな繁華街のあるエリアがある。そこは目に見えない闇の吹き溜まりのような場所でもあった。碁盤の目のように複雑な理事裏の構造を理解しているのはおそらく数えるほどだろう。その一角で、巨大な咆哮が上がった。しかし、それは闇夜の喧騒に紛れて、誰の耳にも届かない。

 「おーおー、相変わらずキレてんなァ」

 「無理もない。先ほど、極上の力の気配を感じた。それに呼応しているのだろう」

 人と獣の中間のようになったそれを見ながら、男は満足気に酒瓶をあおった。その傍らに女が立っている。鎖に繋がれたそれは唸り声をあげたままだ。

 「鎖はかけてンのか」

 「問題ない、やろうと思えばいつでもかけられる。離すのか」

 「放し飼いが一番だろォ?もっとも、飼い主が割れなけりゃ、責任問題は追求できねェ。テメェと俺ならそれができる、違うか?」

 女はその言葉に浅い笑みで返すと、つないでる鎖を断ち切り首輪をかけた。途端に毛もおが人間に変わった。だが、人間というよりは人形と表記するほうが正確かもしれない。感情というものはおよそ抜け落ち、身体には覇気がなく、傍目からは立っているのがやっととも言えるような風体だった。

 「あといくつ用意できる」

 「そうだな……時間敵制約もあるが、五体ぐらいは」

 「このシマにいねェことがわかりゃあ、それだけいれば充分だろ。さっさと用意しろ」

 「了解した」

 女が扉を開けると、その人形は勢い良く開け放たれたドアから飛び出していった。おそえあく、もう戻ってくることはないだろう。ありえるとしたら、死体としてそれを発見するときぐらいのものだ。

 「楽しみだなァ……あっちの女は食いでがある…。今度は、どんな上物かなァ……ククク


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