第7話 分身の入浴
「結局全部買っちゃったねー」
希美は紙袋を両手にぶら下げて歩く。
姉妹の選んだ服は、映真へのプレゼントということで全て買ってもらったのだ。
あんな高い服、俺だったら金があったとしても買おうとは思わないしな。
そこから追加で少し買い物をして、波乱の8月2日は夕方を迎えた。
「観己も映真もまたね!もし何かあったら絶対に私に連絡すること!再来週あたりにまた来ようと思うから、その時はまたよろしく!」
「兄ちゃんも映真姉ちゃんも頑張ってね!バイバーイ」
俺たちは駅で姉妹2人を見送る。
電車が出発したのを見送った後、俺たちは歩いて帰った。
帰る途中で、映真は思わず愚痴をこぼす。
「まったく……今日は本当に散々な1日だった……」
分身が現れたことから始まり、姉妹にバレて、両親と話し、映真の名前を決め、服まで買った。
そしてこれからは、観己と映真の2人での生活が始まっていくのだ。
こんな忙しい夏休みを過ごすことなど、前にも後ろにも二度と無いだろうな。
「ああ、本当に散々だった」
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分身というのは、思いがけないところで不便を引き起こす。
今がまさにその状況だった。
「よし、今日は映真が先に風呂入ってこい」
「え、なんでよ。観己が先に入ってきなよ」
家に帰ったのはいいが、2人の入浴の順番がまったく決まらないのだ。
俺が譲れば映真も譲る。
俺が風呂に入ろうとすれば映真も入ろうとする。
お互いが同じ性格を持つからこそ起こる弊害。
向こうから歩いて来る人と何度も同じ方向に避け続けて擦れ違えない『あの現象』のような、なんともいえないもどかしさ。
「だって、大変なのは女子になった映真の方だろ。なら一番風呂はそっちに譲るべきだ」
「でも多分、めっちゃ風呂に時間かかるぞ? 希美に買わされたシャンプーやらコンディショナーやらも試さないといけないんだし。だから先に観己が入った方が効率的であって……」
これでは埒が明かない。
一緒に入るのは論外だ(そもそも、俺の人格を持つやつと風呂には入りたくない)し、こうなったら……
「「クジで決めよう!」」
俺は早速、台所から割り箸を取り出し、2本に割ったうちの1本の端っこにマーカーで色を塗った。
そして、その2本をしっかりと拳の中に握る。
「よし映真、どっちか1本を引くんだ。色がついてる方が『先に風呂へ入る』だからな」
「オーケイ」
映真は手前の割り箸を選択。
その結果は……
「「色がついてる!」」
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映真は洗面所へ移動し、服を脱ぐ。
下着はすぐに洗濯機へ放り投げるが、「洗濯ネットに入れろ」という希美の言葉を思い出し、渋々と下着をネットの中に入れた。
そしてふと鏡に目を移すとそこにいたのは、紛れもない女子の自分。
映真は思わず目を逸らした。
「うわ……これ見ても大丈夫なのか……?でも一応自分の体ではあるわけで……」
ボソボソ呟きながら、映真は洗い場に足を踏み入れる。
そして、希美から教え受けた入浴の流れを思い出す。
(シャワーで全身を流したら、まずはシャンプー……)
今日新しく買った、観己用のものとは異なるシャンプーを取り出した。
ちなみに、観己用のものと何が違うのかはよく分からない。
(頭皮はしっかりと入念に洗うこと……って、ここらへんは別に普通のことか)
しかし、男子の時との違いはすぐに現れた。
それは髪が長すぎるという問題だ。
(肩より少し長いくらいの髪なのにめっちゃ洗いづらい!ていうか、髪の奥の方がまだ濡れてなかったし……)
映真は一度シャンプーを洗い流し、髪を再度濡らし直す。
シャンプーも大変だ。
いつもの3倍くらいの量を使うし、泡が毛髪全体に行き届きにくいし、それに髪がめっちゃ絡まる。
(そういえば「先に毛先から洗うといい」って言われてたっけ?忘れてたー……てか、なんかこの髪硬いな)
なんとかシャンプーを終えると、次に待ち受けるのはコンディショナー。
(トリートメント……とやらは週に2、3回でいいんだっけ? でコンディショナーは……えっと……)
映真は新品のボトルをいくつか手に取り、商品名をよく見比べる。
これらの名前がややこしいのだけはほんと勘弁してほしい。
どれがどれだか分からなくなりそうだ。
(タオルで少し水気を落とした後、髪の毛の毛先や中間を中心に手ぐしで馴染ませて……流す時はすすぎす過ぎず、すすがなさ過ぎず……)
いつも、なんで希美はあんなに風呂に時間をかけてるんだと思っていたが、今その理由が分かった。
これは確かに面倒くさい。
こんなことしてまで髪のケアをしないといけないとは……
(いっそのこと、観己の髪と同じくらいの長さのベリーショートにしようかな……)
———「ダメ!映真姉ちゃんはロングの方が似合ってる!」
そんな双葉の声が聞こえた気がして、映真は考えを改めた。
髪は伸ばしたままでもいっか。
(あと洗わないといけないのは体だけだな……)
そう思って自分の体を見て、映真は我に返った。
「……え、この女子の体を俺が洗うの……?」
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「お待たせー」
20分くらいして、ようやく映真が風呂から出てきた。
映真の顔が真っ赤なのは、湯が熱かったせいだろうか。
「随分と長かったな」
俺がそう言うと、映真はふうと息を吐き出してソファに座った。
「髪が長いってだけでも大変。抜けた髪が排水溝に詰まってるかもしれないし。それに、今からこんななっがい髪乾かしたり、顔に化粧水つけたりしろとか冗談じゃないって!観己の時は全部含めて10分もかかってなかったのが、まるで嘘みたいだな。……あと普通に恥ずかしかった!こんなの俺の体じゃねーよ」
感想を教えてくれる映真。
彼女のお陰で、俺は女子の苦労をよく知ることができる。
俺は、姉妹たちの生活の大体は分かっていたものの、それがどれだけ大変なのかについてはあまり聞いたことがなかった。
もっと彼女たちの生活に首を突っ込むべきだったと、今さらながら後悔している。
だから、映真の存在が俺にとってもかなり貴重な体験になっていることがよく実感できるのだ。
ブーッ。
俺が風呂に向かおうとした時、スマホに着信が来た。
「あ、父さんからだ」
何かと思ってロックを解除すると、1つのメッセージが届いているのが確認できた。
映真も覗き込んでそれを見る。
書いてあったのは……
「「俺たちの身体検査が……明後日?」」




