第6話 分身の見え方、俺の見え方
「良かったな……なんとか買えて」
俺はげっそりした顔で店を出た。
もう二度と下着屋には来たくない。
「着てる……俺いま女物の下着を着てるよ……確かに胸が揺れないし、少し軽くなったよ……」
映真の方は、羞恥心とか背徳感とかで目をぐるぐるさせている。
俺よりも悲惨な状態かもしれない。
「そろそろご飯食べよっか」
希美が時計を見るとちょうど昼時になっていたので、俺たちは昼食をとることにした。
「なに食べる?」
希美が眺めたのは、モール全体の店案内。
人気店がこぞって揃っている。
俺と映真は同時に1つの店を指差した。
「「和食定食とかどう?」」
『和食屋 須賀民』。
堅実で正統派な和食の定食屋で、明らかに高校生の食事のチョイスにはなりづらい店だ。
「観己兄ちゃんってアラサー婦人みたいなところあるよね……」
双葉は、俺の相変わらずの味覚にうんざりする。
正直言って双葉はハンバーガーを食べたいところだったのだが、宝石のせいで散々な目に遭っている観己と映真のために妥協した。
「仕方ない、そこにしよー」
ーーーーーーーーーー
「「うおー美味しそー!」」
大粒の白米。
ほかほかの味噌汁。
脂で煌めく鮭。
俺と映真は、届いた定食に目を光らせた。
「「いただきまーす!」」
今は13時過ぎ。
空腹状態だったのでより美味しく感じる。
「ここの和食なかなかレベル高いな!」
「塩味のバランスが丁度いいね」
「この漬物はご飯がすすむなあ」
「よく見たら食器も良い物使われてるぞ」
普段の俺には、和食を食べながら興奮して話し合う相手など存在しない。
だが今は、そのフラストレーションを映真相手に思いきりぶつけられる。
なんて素晴らしい。
「当然っちゃ当然なんだけど、映真の味覚も観己とそっくりなのね……」
隣に並んで箸を進める2人は、ほぼ同じ。
本当に性別以外の違いが存在しないな、と希美は改めて感じた。
やがて俺たちはあっと言う間に食べ終わり、残すところはだし巻き玉子だけになった。
俺はそれを口いっぱいに頬張る。
「うおー美味しい!」
だがそこで、俺は映真の異変に気付いた。
彼女の表情が硬直しているのだ。
「ん?どうした映真」
映真はゆっくりと口を開いた。
「俺……行きたい……トイレ……」
「……!」
トイレ。性転換後の早期に直面する最大の問題。
男子と女子でトイレの仕方が異なるのは、もはや言うまでもない。
映真がどういうことを考えているのか、俺はすぐに察知した。
簡潔に表せば、『女子としてトイレに行くのが怖い』だ。
「トイレ?お腹痛いの? お店出てすぐの所にあるよ」
双葉。すまんがそういうことではない。
映真は口早に訴える。
「いやその……トイレについては覚悟していたとはいえ、いざこの時が目の前に来ると恐ろしくなるというか……漠然とした不安に襲われるというか……」
「そんな結構前夜の新郎みたいなこと言ってる暇があったら、さっさと行った方がいいよー」
あまりにも鬼畜な双葉。
絶望する映真の様子を案じて、希美は助け舟を出す。
「じゃ、じゃあほら、トイレの前まで私が着いて行ってあげるよ!」
まるで、深夜に怖い夢を見た5歳児に対するような提案。
だがもうトイレに行かないという選択肢はない。
映真はそれを聞き入れた。
「わ、分かった……それで頼む……」
店を出ていく2人を、俺は呆然と見つめる。
「映真のやつ、なんか精神が崩壊しかけてないか?やっぱり俺がトイレの中まで着いて行った方がよかったんじゃ……」
「女子トイレだよ? それだと犯罪になっちゃうよ」
双葉に指摘されて俺は苦笑いをする。
「それはそうなんだけどさ……。あいつ、これからの生活に耐えられるのかな……」
ーーーーーーーーーー
昼食を終え、今日最後の大きな予定である『洋服購入』がやってきた。
店内に入ってまず、希美は俺たちに問いかける。
「ずばり聞くけど、映真と観己が想像する『女子のオシャレな服』ってどんな感じ?」
「風になびく白いロングワンピースでしょ」
「もしくはリボンとフリルでフリフリのやつとか」
俺たちは大真面目に答えたつもりだったが、希美は思わず頭を抱えてしまう。
「あちゃー。双葉、これどう思う?」
「うーん、まさに『男の欲望と理想の塊』だね。価値観ズレてる男子はモテないって前にテレビで言ってたよ」
「…………」
あまりにも双葉が辛辣すぎて、俺たちはぐうの音もでなかった。
双葉は一体何のテレビを見てるんだ。
やはり、女子の服については現役女子の方が詳しい。
俺たちだけで服を選んだらきっと大変なことになる。
「「とりあえず私たちがコーデ選んでくるから待っててね!」」
姉妹2人は店の奥へと駆け出して行った。
俺と映真はレジ近くのソファに取り残される。
「そういや……映真、さっきのトイレは無事だったか?」
俺は映真にその質問をした。
「無事だったと思うか? 男女で全然違うんだぞ? 男子の方が圧倒的に楽だ。気になるなら細かいところまで具体的に教えてあげようか?」
「あいや、具体的なのはまじで勘弁してくれ……」
そして俺は映真の顔を見る。
やはり……彼女は無理をしている。
「……映真は、大丈夫なのか? いきなり女子になって、生活の変化について行けないだろうに。無理してるだろ」
『無理』という言葉に、映真はピクリと反応した。
「無理か……どうだろうな。分身ができた以上は、生活が大変になるのは仕方がない話だよ。多分いつか慣れる。観己なら分かるだろ?」
そうやって、飄々と笑う映真。
そうだ。映真の根本的な人格は俺と同じなんだ。
俺がもし映真の立場だったら。観己に心配なんてかけたくない。おそらく俺はそう思うだろう。
だから俺は、これ以上映真を気にかけるようなことは言わなかった。
だがその時、俺の頭にふとあの言葉がよぎる。
———『片鳥君だって1人の人間なのに!』
まただ。
この前に見た夢。
息が詰まりそうになる記憶。
俺は溜め息を吐いて、額に手を当てた。




