第5話 分身の下着選び
「さて問題です!今の映真姉ちゃんに必要なものはなんでしょうか?」
俺の分身が生まれてからおよそ2時間半が経ち、家族で状況を共有し終わった後。
双葉は映真にそう質問した。
「俺に必要なもの? 鏡高校へ通学するための許可か?」
「それもそうだけど、そういうことじゃない!」
「女子としての自覚?風格?品?」
「だからそういうことじゃなくて……洋服!服がいるでしょ!」
映真のちんぷんかんぷんな回答にしびれを切らし、双葉は答えを明かした。
洋服。それは、生身の人間が外出するために最も必要な物と言っても過言ではないかもしれない。
映真は自分が着ている服を確認した。
「そういや俺って今、観己の服を着てるんだったな」
双葉は大いに頷いた。
「そう、そこが大問題なの。さっきまではそんなこと考えてる余裕はなかったんだけど……今考えたらその服ヤバくない? まず、『チェック柄の灰色シャツ』と『無地の薄茶色ズボン』の組み合わせが絶妙におじさん臭くてダサい!映真姉ちゃんには絶対似合わない!」
「おい、しれっと俺の服の悪口言うんじゃない」
俺は口を挟んだが、彼女はそんなもの聞き入れずに話を続ける。
「何より、一番まずいのは下着! 映真姉ちゃんって今のところ『兄ちゃんのトランクス』しか身につけてないよね? ノーブラだよね?」
映真は自分の胸あたりを触りながら、希美の顔を見上げた。
「え、俺もしかして……下着要る感じ?確かに胸が重いなとは思ってたけど……」
すると、一連の流れを黙って見ていた希美が低い声で話し始めた。
「要るよ……要る。要るに決まってるでしょ?! 映真 あんたねぇ、見たところ私より胸大きいっていうのに下着無しでどう暮らすつもり?絶対に要るっ!」
希美の剣幕に押され、映真は呆然とした。
俺の心境は複雑だった。
「なあ希美……映真が女性用下着を着るってことは、それはすなわち俺が女性用下着を着るのとほぼ同じ意味であって……。ちょっと恥ずかしいというかなんというか……」
俺の言葉に小さく頷く映真を見て、希美は大きな溜め息を吐いた。
「はぁーっ、全く……知らないよ?肩凝りに悩まされたり、クーパー靭帯が切れて下垂を引き起こしたりしても。それでもいいんだったら、下着は無くてもいいけど」
希美と双葉の鋭い視線。
俺と映真は顔を見合わせた。
「靭帯が切れる……?」
靭帯断裂とか、想像するだけでゾッとする。
「要ります要ります下着!」「映真には下着が必要です!」
俺たちがやっと理解したのを見て、双葉は微笑んだ。
「そっか〜やっと分かってくれた? じゃあ試しに私のやつ着てみる?」
「「それは駄目だろ!絶対!」」
ーーーーーーーーーー
結局、俺たち4人は昼ごはんも兼ねて、近所のモールに映真の服を買いに行くことにした。
「危ない危ない……あと少しで妹の下着を着る羽目になるところだった」
「そんなことになったら、人間としての大事な何かを失うことになるからな」
俺は、こうやって映真と話してみて気づいた。
常に話し相手がいるというのは意外と良いもんだ。
人格が同じなので当たり前に気が合う。
だから、話していて心から楽しいと思える。
純や柳井との交友とはまた異なる感覚だ。
その背中を、双葉と希美は後ろから見つめる。
「なんか兄ちゃんたち、案外楽しそうにやってるね」
「きっと、プラスな感情を生むことで、無意識のうちに今の現実を受け入れやすくしてるのよ」
希美は観己のことを何年間も見てきている。
だから、その経験ゆえの心配もあった。
(映真はもちろん大変。でもそれ以上に負担がかかるのは観己の方。映真を支えたいがために、観己が自分自身を犠牲にしたりしないと良いけど……)
そう考えているうちに、4人は目的の店に着いた。
「『ランジェリーショップ LADY JEWELLERY』……ここか?希美が言ってたのは」
着いたのは、希美が普段利用しているという女性用下着販売店。
一般的なものから攻めたデザインのものまで、色々売っている。
「えっ、女子高生ってこんな……その……大人なやつを着てるのか……?」
商品ラインナップを見て、映真は混乱していた。
「うーん……私が高校生だった時は、人によってバラバラって感じだったかな? 少なくとも学校では体育があるし、映真が観己と同じ陸上部に入るとなるとスポブラも必要になるけど……普段使いのやつは可愛いデザインの方が良いでしょ?」
「そう……?」
希美の言ってることに、映真は微妙に納得できない。
「ほら、映真姉ちゃんどうしたの? 入ろ入ろー!」
別に下着に可愛さなど求めていない。
そう反論する前に、映真は双葉に押されて店に入って行った。
俺は3人に手を振る。
「じゃあ俺は外で待っとくから、買えたら出てこいよー」
すると希美は振り返って首を傾げた。
「何言ってんの?観己も早く入りなよ」
「……え?」
ーーーーーーーーーー
「お、おい良いのかこれ……俺なんかが勝手に下着屋に入ったりして、何かの犯罪になったりしないか?」
店内には右にも左にも目の置き場がなく、俺はずっと床と睨み合っていた。
「そんな大げさすぎるよ。カップルで来る人だっているんだよ?」
希美はそう言うが、俺は信用できない。
「そりゃあ仲のいいカップルだこと……」
肩身狭そうにする俺に、希美は呆れる。
「私たち家族なんだから、なおさら何も問題ないでしょ?恥ずかしがってたら余計恥ずかしくなるよ」
「映真姉ちゃんの採寸が終わるまで待っとこうね!」
双葉の言うように、現在 映真はバストの採寸をしている。
その彼女に比べれば、俺はこんなことで恥ずかしがってなんていられないのかもしれない。
少しして、映真が店員と共に戻って来た。
「今さっき、男としての尊厳を1つ失ったよ……採寸ってあんな感じなのか……」
映真が小声で何やらボソボソ呟いている。
どうやら胸周りを色々測られたことで尊厳破壊されたようだ。
「ご家族の皆さんお待たせしました。映真さんの計測結果によると……『Dの70』のサイズが目安になりそうですね」
「そうなんですかー!ありがとうございます」
店員と希美の会話内容がよく分からない。
俺は双葉に質問をする。
「なあ双葉。『Dの70』ってなんだ?」
「アンダーバストが70cm前後で、トップとアンダーの差が18cmくらいのこと。つまり……映真姉ちゃんはそこそこデカい!」
双葉は口角を上げた。
なんか双葉の中に変態の素質を感じてしまったのは気のせいだろうか。
「それにしても、映真さんは今まで下着を着けてこられなかったんですね。将来のことも考えると、今すぐにでも買っておいた方が良いと思いますよ」
店員に進言され、映真は苦笑いをする。
「ハハハ、ソウデスネー。グタイテキ ニ ドウイウ カンジ ノガ オススメ トカ アリマスカー?」
まだ女子キャラとしての言葉遣いに慣れていないのか、ぎこちない口調で映真は話している。
「そうですね……このデザインの黒色のものや、ピンク色のものは女子高生の方に人気がありますよ。おしゃれと機能性を兼ね備えてる最近の商品ですから」
店員はいくつか選んでくれるが、映真にはいまいちピンとこない。
「シタギ ッテ マワリ ノ ヒト カラハ ミエナイ ジャナイデスカ。オシャレ トカッテ ソンナ ダイジ ナンデスカ?」
「おしゃれはとても大切ですよ! 誰にも見られなくたって、自分の気分が上がればそれで良いんです! ぜひ自分の好きな色を選んでみてください!」
店員に熱弁され、映真は俺に助けを求める。
「観己は……どれがいいと思う?」
とんでもないキラーパスだ。
俺と映真の嗜好は同じなのだから、こんなの聞いたって無意味だと決まってるというのに。
(俺が選んだ下着で、映真が生活を……!)
俺は迷いに迷い、あれを指差した。
「え……じゃあその……黒いやつで……」
俺がそう言うと、希美と双葉はニヤリと俺の方を見た。
俺には分かる。後で俺を揶揄う時の目つきだ。
俺はすぐに弁解する。
「あ、いや別に……『黒』ってのは適当だから!別に俺の好みとかそういうのじゃないから!」




