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第3話 家族会議と分身の決断

〈登場人物〉


片鳥かたどり 志水しすい・・・観己の父。現在は実家を2人の娘に残し、海外へ赴任している。


片鳥かたどり 明日花あすか・・・観己の母。父とは同じ職場。



ーーーーーーーーーー



中学二年生になった春のある日。

俺は父さんに呼び出された。


「観己。少し前に父さんと母さんが話したこと、覚えているか?」


「えっと確か……2人がロサンゼルスの大学の研究チームに呼ばれたって話だよね?」


「ああ、その話なんだが……つい先日、そのチームに参加することが正式に決まったんだ。それで……父さんと母さんは、夏休みから渡米することになった。だから夏からは、子供たち3人で暮らしてもらうことになる。観己も希美も来年度末に受験が控えてるっていうのに、両親が側にいてやれないのは本当にすまないと思っている。でも……」


「そのロサンゼルスの研究ってかなり大規模なやつなんでしょ? 成果を出せば学界に大きく貢献できて、父さんも母さんも必ず評価されるよね。俺がもし大学教授として同じ立場なら、絶対にこんなチャンス逃したくない。だから、俺は父さんと母さんを応援するよ」


「そうか観己……ありがとう。だが、絶対に無理はするなよ? 困った時は父さんたちを頼ってくれ」


「当たり前だよ」

俺はそう言って笑った。



ーーーーーーーーーー



「決まってるでしょ? 『ロサンゼルスのお父さんとお母さん』にだよ。さ、家族会議始めるよ」

希美はスマホを取り出し、両親のアドレスを探した。


そうだ、両親の職業は科学の大学教授。

協力を請えば、頼りになるのは間違いない。


だが、俺と分身は反射的に希美を止めようとした。

「ちょ、希美やめときなよ!」「父さんたちに迷惑じゃ……」


しかし希美は一歩後ろに逃げ、スマホを離そうとはしない。

「『迷惑』? 2人とも、今の状況分かってるの? 困ったときは頼ってこそ『家族』でしょ?」

希美の言っていることは正しい。


俺たちは、人に迷惑や心配をかけたくないがために、協力を求めることから避けようとしていた。

それがどれだけ悪手だったのかを、今気付かされる。


「「……分かった。両親にも相談しよう」」


俺たちが了解したのを見て、希美は通話ボタンを押す。

しかし、ロサンゼルスは今17時だ。

電話に出れるほど暇ではないんじゃ……と思っていたが、父さんは案外すぐに出てきた。


『もしもし、父さんだ』


希美はすぐに返事をする。

「お父さん、ねえ今時間あるかな? お母さんもいる?」


『せっかくの希美からの電話だからな、時間ならいくらでも割くぞ。母さんなら俺の隣にいる』


父さんがそう言うと、早速母さんも参戦してきた。


『やっほ~ママだよ~! 希美 元気にしてた〜?』


「うん、おかげさまでね。そっちはどう?」


『夏休みに入って忙しさが少しましになったかな? 研究仲間の中には、ハワイに行ってる人もいるんだよ〜』


両親と会話をする希美。

それを見て我慢できずに、双葉が電話に割って入る。


「ママ、パパ!おひさ〜!」


『お、双葉だな。元気そうで何よりだ』


「私はいつも元気だよ!」


『ははっ、それは良かった。……あ、そういえばだが、観己は今どうしてる? もう夏休みだろう?』

早速父さんの口から俺の名前が出てきたので、俺と分身は希美とアイコンタクトをとった。


希美は声のトーンを下げる。

「あ、その観己についてなんだけどね……ちょっと相談したいことがあって……テレビ電話に変えるね」


『……?』


両親が頭にハテナを浮かべたまま、希美はボタンを押してモードを切り替えた。

すると、画面の向こうにいる両親の顔が映った。


父さんは、姉妹2人の隣に俺を見つける。

『あれ、観己じゃないか。なんだそこいたのか』


「父さん久しぶり……」


『……どうかしたのか?』

俺の浮かない挨拶に、父さんは首を傾げた。


俺が話し始める前に、希美は念入りに警告をする。

「2人とも。今から観己がどんなこと言っても、絶対に驚いちゃダメだよ?」


『なんかよく分からんが……父さんたちは40年以上生きてる。何があっても、今さら驚いたりするようなことはない』


『そうよ。ちょっとやそっとのことじゃ動揺しないわよ』


2人ともそう言うので、俺は例の宝石を持ってきた後、口を開いた。

「実は昨日、この宝石を拾ったんだけど。この宝石、なんか変な力を秘めていたみたいで……それで今朝目が覚めたら……」

そしてスマホの向きを変え、分身の姿をカメラに入れた。

「俺の分身が現れたんだよ」


画面に映った俺の分身は作り笑いを浮かべ、手を振る。

「2人とも元気そうで安心したよ」


で、両親の反応はどうかというと……


『分身ぃんん?!』

この通り、平静を装えるはずはなかった。


『ぉおんなのこだれだれどどどどういういう……』


動揺でまともに舌が回らない母さん。

彼女の肩に、父さんは手を置く。


『ちょ、ちょっと待て、落ち着くんだ明日花。この女の子の顔をよく見てみろ……作り笑いも含めて、観己と極めて特徴が似ている。手の振り方もそうだ。それに観己は、無駄に両親を心配させるような冗談は決して言わない。だから観己……『分身』というのは本当のことなんだろう?』

この状況下でも流石は父親だ。素早く冷静に判断してくれる。

何より、俺の言葉をすぐに信じてくれたことが嬉しかった。


『もう少し良く見せてくれないか?』


父さんに言われて、俺と分身は並んで映ってみる。


母さんは目を見開いたままそれを見つめていた。

『分身って……そんなことってありえるの……?』


「俺の身体は女子だけど、記憶も人格も『片鳥 観己』だし……何より、2人の指紋が一致していたから『分身』で間違いないと思う」

俺の分身の言葉を聞いて、母さんは頭を抱えた。

学者にとって、クローン技術が未だ進歩の途中段階であることは周知の事実。

生きている人間と同じ記憶を持つ、同い年の異性の分身など、情報量が多すぎる。遥かな夢物語だ。


それでも、母さんは俺たちへの心配を優先してくれる。

『そんなことになっちゃって……2人とも、身体とかは大丈夫?』


「うーん……異常は特にないかな」「性別が変わったこと以外はね」


俺たちの言葉を聞いて、母さんは安堵とも言えない複雑な表情をした。

両親に分身の件が伝わったところで、父さんは話を切り出す。

『つまり、希美が今日電話をかけてくれたのは、観己が陥っている状況を家族で共有して話し合うため、ってことだったのか。正直、その宝石の力で分身が生まれたという原理は全く分からない。科学教授の身としても、実に興味深いことだ……が、今はそれが優先ではないだろう。とりあえず、観己の人格を持つ女子が現れたという事実はまず変わることがない。観己たち2人はもうそれを受け入れられたのか?』


「「……いや、まだ」」

現実は覆らない。

だとしても、まだ自分の身に起きていることをどう解釈していいのか分からないのだ。


『では、受け入れたいとは思うか?』

父さんは問いを変えた。


俺ら2人の答えは決まっている。

「「……うん」」


『……そうか。それなら、分身の観己に1つ、単刀直入な質問をさせてもらおう。……少し酷な質問だが、全員がこの状況を受け入れ現実と向き合うために最も大切なプロセスとなる。正直に答えてくれ』


『酷な質問』……俺たちは、大体どんなことか予測がついた。

((聞きたくない。でも聞かなきゃならない……))


父さんは深呼吸をして少し間を置き、そして真剣な眼差しで分身の眼を見た。



『観己はこれからどうやって生きたい?』



それは、俺たちがさっきからずっと目を逸らし続けていた、究極の質問だった。


俺は、胸に何か小さいものが刺さったような感覚を覚えた。


父さんの質問を受けて、分身は拳を強く握る。

(俺がこれから……どうやって生きるか……?)


沈黙が続いた。

(俺は昨日まで普通に暮らしていたんだ。でも、今日からは女子だ。『片鳥 観己』として生活することはできない……。それに『観己本人』を側で見ながら生活するというのはきっと苦しい……。でもどうだ? そんな理由で、俺は自分の人生を諦めるのか……?)


静かに下を向く彼女を、希美も双葉も、そして俺もじっと見つめる。

今、彼女が頭の中で何を考えているのか、俺は初めて分身の思考を読むことができなかった。


固唾を呑んで、ただひたすらに見守ることしかできない。


十数秒が経ち、ようやく彼女は口を開いた。


「俺は……勉強がしたい。友人もいるし……部活もある。それに、せっかく高校に入学できたんだ……」


彼女は肩を小さく震わせる。

そして、その震えを押し殺すように顔を上げた。


「……俺は学校に通いたい! 『分身として』でもいい。女子でもいい。観己とは別人になってもいい。俺は俺の人生を送る!」

それが、彼女の答えだった。


この場において最も現実を否定したいのは、他でも無い、分身本体である彼女だったはずだ。

それなのに、彼女はこの短時間で自らの運命を受け入れ、決断を下した。


俺が初めて 彼女と俺との違いを認識したのは、この時だったのかもしれない。


それと同時に、俺はとても複雑な感情を実感した。

(もう1人の俺の人格が……もう1つの道を歩むのか……?)

俺が2人いるという困惑。

強く生きようとする分身に対する誇り。

俺にはできないような、大きな決断をした分身への嫉妬。

これからの生活への不安と期待……

俺の心の中に渦巻いたこれらの感情は、『分身との唯一無二の絆』という絶対的な意志の中に段々と収束し、そして、俺が感じていたわだかまりは消えていった。

(そうだ。そうだよな。俺は『分身』を支える。生きていけるようにサポートするんだ)


そして、父さんも彼女の決意の言葉を聞き入れて、大きく頷いた。

『そうか……分かった。じゃあ父さんたちもできるだけ手を貸そう。観己たちがちゃんと暮らしていけるようにな』


『安心して。母さんも母さんなりに、頑張って手伝うわ』


両親も協力してくれる。認めてくれる。

思わず、全員の顔が綻んだ。


「やった〜!パパもママも味方だ〜!」


「観己がいらん宝石を拾ったばっかりに……今日から私にもう1人妹が……」


はしゃぐ双葉はともかく、希美の心の整理もついたようだ。

こうやって家族が団結する光景に、俺はどこか懐かしさを感じた。


そして、ここからすぐに話を切り替えることができるのが、この片鳥 志水という人間だ。

『だが観己に手を貸すためには、解決しなきゃならないことが沢山ある。まずはアレを決めるとこからだな』

父さんの言葉に、希美が反応する。

「アレって何?」


『新しい名前だよ。分身の観己につける、新しい名前』

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