第17話 映真と怪しい本
朝の教室にて。
席に座る柳井は、机を両手で叩いた。
「それでな、ラスボスが第3形態の時、俺のHPは残り1ミリしかなかったわけよ。やべぇだろ?
だけどよ、俺はその逆境の中、ボスの動きを完全に読み切って……ノーダメのまま、最後の渾身の一撃を入れたんだ!
こう、『ドォーン』って!」
柳井は、思い切り斧を振りかぶるような仕草をする。
すると、その拳が、後ろを通りかかろうとした純の額に激突してしまった。
「いってぇ」
「わっ、純 すまん! おでこ大丈夫か?!」
柳井は慌てて、純の患部を診ようとする。
純は迷惑そうな顔で、彼の手を押し返した。
「柳井……頼むから、もっとちゃんと周りを見てくれ。
それとあと、転入してきたばかりの女子に、マニアックな狩猟ゲームの話はするもんじゃないだろ」
「ぐっ、それは確かに……」
言葉を返せない柳井。
それを見かねて、映真は彼を擁護した。
「いやいや。私も『ケダモノバスターズ』なら普通に知ってるし、柳井くんの話は楽しく聞かせてもらってるよ。柳井くんってゲーム上手いんだね〜」
彼女の笑顔を見て、柳井は、思わず泣きそうになる。
「なんとお優しい宝生さん……!
俺も、何か優しさを返したい……。
あ、そうだ! 今日の部活の時は、宝生さんが昨日みたいにコケかけたりしないように、俺が……」
「このノンデリ男め」
純は急いで、柳井の頭をノートでポカッと叩く。
柳井は「ふぐっ」と情けない声を出した。
そして、純は丁寧に映真に謝る。
「宝生さん、うちの柳井が本当にすみません。
こんな男は無視して、テストの復習でもしてていいからね」
「あはは……」
ガラッ。
映真が苦笑いをしていると、教室のドアが開いた。
入って来たのは、プリントを抱えた観己。
「おはよう。映真と純と……柳井、お前はどうしたんだ?」
机に突っ伏している柳井の姿が目に入り、俺はすぐに尋ねた。
柳井の代わりに、純が答える。
「んー、別にコイツは気にしなくていいよ」
なるほど。
純がそう言うってことは、まあ大したことじゃないんだろう。
俺はそのまま、教卓の上にプリントを置いた。
そして、例の本を手に取る。
映真は、それが気に掛かった。
「ねぇ観己、その本は何?」
「あー、これ? さっき、カナに渡されたんだよ。『図書室に返却してほしい』って。でも俺、確か昼は用事があって……」
「じゃ、私が代わりに、その本を返しに行くよ」
差し出された、映真の右手。
「いいのか? ありがとう」
俺はその本を、映真に手渡した。
ーーーーーーーーーー
「あっ、すみません。本を返却したいのですけど」
昼休み。
映真は昼食をとった後、観己に頼まれた通りに、図書室の返却カウンターへ向かった。
ここ、鏡高校の図書室は、周囲の学校と比べて蔵書数が多く、広いのが特徴だ。
部屋の中は、静寂と本の匂いに包まれており、窓から外の光が優しく差し込んでいる。
その中で、何人かの生徒が落ち着いて読書や自習をしていた。
5時間目にも夏休み明けテストが続くし、そのための勉強だろうか。
図書室は、映真……もとい、観己が、学校の中で最も好きな部屋の1つでもある。
受付の先生は、映真から、本とカナの生徒証を受け取った。
「はーい、本の返却ですね……って、あなた、転校生の宝生さんよね? どうして祖開さんのを?」
「彼女、昼休みは忙しいそうなので……。私が代理として返却に来ました」
「なるほど、そういうことですか」
そうして、受付の先生は、カナの生徒証のバーコードを読み込む。
続いて、本の裏表紙に貼ってあるバーコードを……
読み込めなかった。
何度バーコードリーダーをかざしても、全くの無反応である。
「……あれ? もしかしてこの本、鏡高校の蔵書ではないかもしれないですね。こんな本を見た覚え、私にはないですし」
「えっ……」
映真は困惑した。
この本……図書室の本ではない?
てことは、ただのカナの私物?
……なぜ、カナは、この本を観己に手渡した?
「あ、すみません、失礼しました」
映真は例の本を回収すると、早足でカウンターから離れた。
そしてそのまま、図書室の奥の自習用テーブルの前に座る。
(もしかしてカナは、この本を観己に読ませるつもりだったのか……?)
そう思いながら、映真はページをめくった。
そして……目を見開いた。
この本、ブックカバーこそ『賢くなるための裏技100選』と書いてあるが、中身は全くの別の本にすり替えられていたのだ。
(『現役女子高生1000人に聞いた! イマドキJKの現実』……?
おいおいなんだこれ。ふざけてるのか?)
女子高校生に聞いたアンケートの結果を元に、最近の流行などがまとめられている本。
誰がどのように調査をしたものなのかは分からないが、意図的なバイアスで印象操作がなされていそうな事くらい、読まずとも想像かつく。
しかしこの本……。並の高校生男子なら、強い興味をそそられそうな内容だな。
カナのことだ。観己にこの本を読み漁らせ、後で揶揄ったりでもするつもりだったんだろう。
だが計画は失敗。残念ながら、本は映真の手に渡ってしまった、といったところか。
(『女子の現実』……か。こんなものに、観己が興味を持つわけないだろうが。そこらの有象無象の男子と同じ扱いをされるとは、全く舐められたものだな)
映真は呆れながら、その本の……
次のページをめくっていた。
(なっ、手が勝手に! 早く閉じないと!
……って、待てよ。別に読んでも良くね?
俺にとって、正体を隠して自分自身を守るためには、女子の情報はできるだけ持っていた方が良いんだ。
つまり、この本を読むのは合理的判断……!
それに万が一、俺がこれを呼んでいる所を誰かに見つかったとしても、俺は転校生(という設定)だから、大してダメージは少ない。
これこそ、ノーリスク・ハイリターン!)
映真はそう自分に言い聞かせ、本を読み進めた。
(へぇ……最近はこんなおしゃれな服が流行っているのか。
あ、でも、これはちょっと苦手だなぁ。『地雷系』っていうのか。具体的にどこが地雷なんだろ。何かコンプレックスでもあるのかな。
お、このワンピースは大人な感じだな。こういうの好きかも。
あーでもダメだ。出た出た、ピアスだよ。人体に穴開けるって意味分からん。絶対痛いだろ。
あとは、化粧用品の情報かぁ……。
そういや、双葉もこの前、化粧してたな。
おめかしについては、まだよく分からん。
えっ……待って。生理の話が出てきたんだけど。
結構攻めたアンケートだな。まあでも、書いてあることは概ね納得できるかも。
……ん? 初彼氏が16歳? 次に多いのが14歳?
嘘だ! そんなわけない!
俺の同級生に、彼氏持ちの女子なんてほぼいないぞ!?
それに、希美だって未だに彼氏ができたことないし……。いや、それって希美がモテないだけなのか?
…………は?
初キスも高校?
初 ✕✕✕も高校?
〇〇〇〇を経験したことがある人は△△%?
流石におかしい! 騙されるものか!
〇〇をしたことがある ✕✕な人たちだけを対象にアンケートを取ったから、こんな結果になってるだけだ!)
そうやって真剣に本を読んでいる映真を、遠目で眺めている人がいた。
万華とカナである。
「ねぇちょっとカナ! これどういうこと?! なんで、あの本が宝生さんの手に渡ってるの?!」
万華は小声で、カナを問い詰める。
カナは慌てて、首を横に振った。
「ウチだってよく分からないよ! 観己っちは今どこなの?!」
万華は、大きく溜め息を吐く。
「もー! あの本を使って、『片鳥くんがどれくらい女子に興味があるのか調べよう』って話だったでしょ?
それによって、片鳥くんと宝生さんをくっつける方法を考える、って予定だったのに……。これじゃ意味ないじゃん!
それどころか、純粋な宝生さんの心まで汚しちゃうよ……!」
もう一度、2人は映真の様子を見た。
背中側からなので映真の表情は見えないが……明らかに、さっきよりも耳が赤くなっており、手も小刻みに震えている。
「ヤバ! もしかして映真ちゃんはもう、例のページまで読んでんじゃない?! ウチ、もう見てられない! 本を回収しに行って来る!」
「あっ、ちょっと!」
居ても立っても居られなくなったカナは、急いで映真の元へと向かった。
「映真ちゃん、ちょっといい?」
「わっ!」
突然 耳元で囁かれ、映真は驚いて振り返った。
両手では、ばっちりと例の本を隠している。
カナは、そこを指差した。
顔を真っ赤にしながら。
「そ……その本……ごめんね……?
本当は、イタズラで観己に渡しただけだったんだ……。
返してもらってもいいかなぁ……?」
万華も駆けつけて、手を合わせる。
「宝生さん、迷惑かけてごめん!」
「う……うん……」
やっぱり、コイツらの悪戯か……。
映真はそう思いながら、その本を2人に返却する……前に、過激な内容が書いてあるページを指差した。
「イタズラに関しては、別に怒ってないんだけど……。
この本の後半に書いてある、これって……本当?」
彼女にとってはもう、悪戯をされた怒りより、知的探求心の方が圧倒的に上回っていたのだ。
「えっ、全然違うよ!絶対!」「ほとんどは本当のことかな……」
「……ん?」
カナと万華の反応に違いがあり、映真は余計に混乱するのだった。




