第16話 始動するオタク
〈登場人物〉
・祖開 奏瑛・・・観己の同級生の陽キャ。通称『カナ』。
・夢咲 万華・・・恋愛脳のオタク。
・小枝 玄音・・・有名会社の社長の娘。ドライな性格。
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部活後の男子更衣室。
純は着替えながら、俺に声を掛けた。
「さっき、宝生さんが倒れかけた時……間一髪だったのに、よく観己は宝生さんを支えられたよね」
柳井も便乗する。
「そうだよ。あれ、俺もびっくりしたんだから」
確かに、走りながら映真を助けるなんて、偶然で出来ることじゃない。
だから、俺と映真の関係性を勘繰られても仕方がないのだろう。
俺は一瞬焦った。だが、表情は崩さなかった。
「……まあな。アイツが疲れ過ぎた時の体幹のブレ方は、アイツと走る練習した時に知ってたんだよ」
己の狼狽を押し殺すように、俺は冷静に返事をした。
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「おい映真。これ下手したら、正体バレる可能性あるぞ。いま一度、ちゃんと警戒体制を見直そう」
帰宅後すぐに、俺は家のソファに座り、深刻な目つきで映真にそう伝えた。
映真は、すぐに状況を悟る。
「……部活の件か」
「そうだ。今回のようなことは二度と起きないよう、2人で気を付けないと」
毎日のように部活で暴走していたら、いずれ分身についてのボロを出しかねない。
彼女は深く息を吐いて、俺の隣に腰を下ろした。
「ごめんな、それは俺も反省してる。『俺は映真だ』って自分に言い聞かせたのに、なんかこう……観己に負けたくない気持ちが出たというか……」
「まあ、その気持ちは分かるけどな」
「精神つかって、観己も疲れただろ。お詫びに、面白い話でもしようか。
そうだ、女子更衣室の時の話なんかどうだろう。扉の前で、カナが、下……」
「おーい! ストップ ストップ!」
俺が急いで制止すると、映真は固まった。
「……あ、流石にマズかったか?」
俺は頭を抱える。
「そうだよ。お前、よくそんなこと口にしようと思えるな……。俺と同じ人格の持ち主が、こんな下衆なことしてるとか認めたくねぇ……」
「それはすまん……」
俺は気を取り直して、話を続けた。
「あ、そうだ。部活といえば……あと1つ気になるのが……」
俺は、ポケットからスマホを取り出す。
そして、アプリを開き、その画面を凝視した。
「今日の部活時間中に、宝石が光った記録があったということ……。まさか、映真の暴走と関係が……?」
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一方、その夜、万華の寝室にて。
『どえぇーっ!? 映真ちゃん、部活中に倒れかけたの?!』
万華のスマホの向こう側で、カナが大声を出す。
万華は驚いて体を反らし、ベッドから転げ落ちそうになった。
彼女は体勢を整えて、スマホを耳に当て直し、通話を続ける。
「もうびっくりした! カナったら、電話中に叫ばないでよー」
カナは、怒り混じりに言った。
『そりゃ叫ぶに決まってるよ! だって、そんなこと初耳だもん!』
「そっか。カナはハードル走の練習してたから、宝生さんの様子は知らなかったんだね」
『そうだよ! 今日の下校前に、その話をしてほしかったよー! 映真ちゃんは大丈夫だったの?』
「一応ね。少し休憩してから、また練習再開してたし」
そんな2人の会話を、静かに聞いている人がいた。
もう1人の通話相手、小枝である。
彼女は、気まずそうに喋り出す。
『あの……ワタシ、そろそろ就寝時間なんですけど。明日は夏休み明けテストですよね? このあたりで退出してもよろしいでしょうか?』
カナは、やれやれと呟く。
『テストくらい大丈夫だよ〜。まだ10時なのに、相変わらず小枝は寝るのが早いねぇ……』
『ワタシの家の決まり事ですので』
いつもなら、このあたりで通話は終了するのだが……
万華には、まだ言いたいことがあった。
「ちょっと待って! 実はね、私……『推し』ができたんだよ!」
すぐに、小枝やカナは突っ込む。
『あれ? 万華は『ダイヤ』のファンだったのでは?』
『えっ、もしかして『推し変』?』
万華は急いで否定した。
「違う違う! 『推し増し』だよ!」
そして彼女は小さく笑い、誇らしげに宣言する。
「その名はね……『ミオ×エマ』!」
『『……ミオエマ?』』
小枝は勿論、カナにとっても初めて聞く言葉だった。
何かの略称だろうか。
その答えを、万華がすぐに教える。
「うん! 『片鳥 観己』と『宝生 映真』の、2人のカプ名!」
カナは納得したと同時に、疑問を浮かべた。
『なるほど、それで『ミオ×エマ』……。でもさ、2人は別にそういう関係じゃないんだよね? てことは、ただの万華の妄想?』
そんなこと、万華は分かっている。
彼女が言いたいのは、そういうことではない。
万華は早口で捲し立て始めた。
「確かに、2人は付き合ってない……。でも、そこが肝なの!
同棲までしてるくせして、恋愛感情はゼロ……。
だけど、あの2人には、『何も言わなくても心が通じ合う、恋人や幼馴染すら持たないような強い絆』を感じる……!
あの雰囲気が良いの!
特に、今日の部活で片鳥くんが、倒れかけた宝生さんを支えた時、私の中で決まったんだ!
『あの2人を、なんとしてでもくっつけたい』って!」
スマホ越しからでも伝わる、万華の恍惚とした熱意。
カナは戸惑っていた。
『えぇ……でも、『くっつける』っていうのは、本人たちの意思を蔑ろにするよね? そんな勝手なことしても良いのかな……?』
「ほら、カナだって見たいでしょ? あの『鋼鉄の仮面』の片鳥くんが、宝生さんにデレるところ!」
万華のその言葉を聞いたカナは、過去、観己にかけられた冷徹な発言の数々を思い返した。
———「カナ、この状況で、よくそんな能天気でいられるな……」
———「え、カナ何言ってるの? ちゃんと考えてから発言した?」
———「へぇ……数学の50点が、期末考査の最高点? カナにしては高いな。ちゃんと勉強したんだ?」
『……見たい! 情緒がいつも同じで、人間味が無くて、感情移入することができない……あの観己っちの爽やかな顔が、フニャフニャに崩れてるところ!』
カナは張り切って答えた。
万華はニヤニヤする。
「でしょ〜? じゃあ、協力してくれる?」
『オッケー! 何すればいい?』
「まずは、やっぱりねぇ……」
2人のワイワイする様子に呆れた小枝は、そっと通話を切った。
『……おやすみなさい、2人とも。
(片鳥くん、宝生さん。健闘を祈ります……)』
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明朝。
俺は学級委員として、職員室に配布物の回収に向かっていた。
映真は、既に教室に入っている。
昨日 俺が提案した別行動作戦を、早速 実行しているところだ。
「今日はプリントが多いな……」
俺は棚からプリントの山を取り出し、1人で呟いた……
はずだったが、すぐ後ろに人の気配を感じ、俺は振り返る。
「観己っちおはよ~!」
カナだった。
「おはよう、カナ。今日は珍しく早いんだな。いつもは遅刻ギリギリだって聞いてるけど。
まあ、今日は朝からテストだし、遅刻しないのは当たり前か」
そう言いながら、俺はすぐに、プリントを担いで立ち去ろうとする。
カナは、急いで俺を止めた。
「ちょっと待って! 観己っちにお願いがあるんだけど!」
「……お願い?」
俺は訝しげに振り返る。
すると目に映ったのは、カナが両手で持っている本だった。
『賢くなるための裏技100選』という題名の、参考本のようだ。
俺にとっては全く興味が湧かない代物だな。
カナはそれを、俺の抱えるプリントの山に乗せた。
その顔は、意味深長に笑っている。
「これ、図書室の本! 昼休みに、私の代わりに返却しといて!」
「はぁっ?!」
俺はすぐに、本をカナに押し返そうとした。
「なんで、俺がそんなことをしなくちゃ……」
しかし、両手が塞がっていているせいで、手間取ってしまう。
「じゃ、観己っち、頼んだよ~!」
その間に、カナはそそくさと逃げてしまった。
「おい! 俺、昼休みは委員の仕事が……!」
俺は声を上げるが、カナは既に俺の声が届かない所まで行ってしまっていた。
……どうしよう、この本。
(クソ、相変わらず身勝手な奴……! にしても、カナって図書室を利用するような人だったっけ……?)




