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第15話 映真と部活と危険物質

放課後、映真は観己の隣を歩いていた。


「なあ観己、知ってたか? 最近 人気の『Double』ってアイドルグループ」


「映真が知らねーなら、俺が知るわけないだろ。んで、そのグループがどうしたって?」


「特に『金森かねもり 竟也きょうや』、通称『カネキョー』って人が、色んなメディアで引っ張りだこらしいぞ」


「へぇ……。なるほど、それが女子会での収穫、ってことか」


「ああ。他にも、『WAKEMI』ってインフルエンサーが高い支持を得ていたり、『ホエール』ってカフェが若年層の溜まり場になっていたり……。初めは何も分からなかったから、カナに質問したんだけど、そしたら『えっ、映真ちゃんそれ知らないの?』って驚かれた」


「はは。少しでも流行に興味を持っておくべきだったな、これは。俺も、何か流行を勉強してみようかな」


「俺は勧めるよ。流行を知るのも、女子の輪に入るのも、案外楽しかったからな。……まあ、アイツらの個人個人のクセは強いけど」


俺と映真は一緒にそう話しながら、部室棟にある陸上部更衣室を目指していた。


今日の放課後は、俺の学級委員の仕事があった。

それで少し遅れたので、更衣室に入るのは、恐らく俺らが一番最後。


俺は扉を開き、男子更衣室へ入った。

「お待たせー」


中では、いつものように純や柳井が着替えている。

しかし、彼らの様子がおかしかった。

唖然とこちらの方を見ているのだ。


「……ん、どうかした?」


俺が聞くと、柳井は慌てて俺の横の方を指差した。

「ちょ、宝生さん、なんでこっちに入って来てんの?!」


「あっ!」

俺は急いで振り返る。

女子であるはずの映真が、男子更衣室の中に思いっきり侵入していたからだ。


((ミスった!無意識のうちに、男子の頃の習慣が……!))


映真は咄嗟に謝り、慌てて男子更衣室から出て行く。

「ごめんみんな!」


「「「…………」」」


その背中を全員が呆然と眺める中、俺は苦し紛れに弁解する。

「ごめんね、映真ってたまに抜けてるとこあるから……」


そして、映真が走って行った方を眺めた。

(更衣か……。映真の、女子としての正念場だな)


『女子更衣室の中はどんな感じなんだろう』なども俺の頭の中をよぎった……が、そういうのは自己嫌悪感を生むので、考えないことにした。



ーーーーーーーーーー



急いで男子更衣室から脱出した映真は、今度は女子更衣室の前で固まっていた。

「俺が……今からここに……?」


女子更衣室という名の聖域に足を踏み入れる、という実感が湧いてきて、映真は途端に後ろめたくなったのだ。


だが、そこで頭によぎったのが立見の言葉。


———「普通に女子として生活してください」


(そうだ、俺はもう女子なんだから問題ない。

 気にする必要性は皆無。泰然自若の精神で……)


そう自分に言い聞かせながら、映真はゆっくりと更衣室のドアを開けた。


できるだけ女子の更衣を見ないようにするために、顔を下に向けながら……


「あっ、映真ちゃんだ〜! お昼の女子会、楽しかったね!」


部屋の中に一歩踏み込んだ瞬間、目の前にいるカナと目が合った。


扉の前でしゃがんでいる、下着姿のカナだ。



(……え?どういうこと?)

映真は固まった。


カナは笑顔のまま、映真の目を見つめる。

「……ん? ウチの顔に何かついてる?」


「い、いや、そういうわけじゃ……」

そして一気に、映真の意識は、観己の頃の男子脳に戻された。


(……あ。終わったー。見ちゃったー。


 同級生の女子の下着姿を目撃するとか、絶対に越えちゃいけない一線越えただろ。


 俺、柳井のパンツすらまともに見たことないんだぞ?


 俺の正体が観己だってバレたら、カナに殺されるだけじゃすまないって、これ。


 ……いや待て、落ち着くんだ俺。


 これは不可抗力だ。仕方がない。不可抗力なんだ)


映真が冷や汗を流して硬直していると、小枝がカナに声を掛けた。

「カナ、靴紐は結べたのですか?」


「あ……うん! これでもう解けないよ!」


「では早く服を着ないと、夏でも半裸だと風邪を引きますよ?」


「あは、確かにそれはマズいね」

カナは笑いながら、自分の荷物の所へ戻って行く。


(てかなんでカナは、部活着を着る前に靴紐を結んでたんだ? まあ、カナのことだし、大した理由は無いのかも……)


映真は色々と考え過ぎて、頭がショートしそうになる。


そして、いつの間にか悟りを開いていた。


(……もういいや、開き直るか)


そうだ。いっそのこと、周囲の女子は、姉妹の2人だと思ってしまえばいい。

姉妹の着替えになら、観己は何度も遭遇したことがあるからな。


これなら、何を目撃しても、もう動揺することはない。


映真はガンギマリの目つきで、空いているスペースに移動した。

そして、鞄から部活着を取り出す。


しかしそこで、映真の動きはぴたりと止まった。


「ねえねえ、宝生さんって長距離やるんだよね?」

「陸上の経験とかある?」

「メニュー、結構キツいから覚悟してよ〜」


映真の周りに、部員が集まっているのだ。


(……見られてるとめっちゃ着替えづらい!

 姉妹だと思い込んだところで意味ねぇー!)


映真は『見る』ことに関しては開き直ったが、『見られる』ことへの耐性は、未だ皆無に等しい。


その上、心が男子で身体は女子という妙なギャップが、余計に映真の羞恥心を増しているような気がする。


(うわわ見られてる……)


映真は、必死で涼しい顔を維持しながら、なんとか着替え終えた。


部活着はもちろんパンツタイプ。

(あっ、やっぱ部活着は安心するな……)

数時間ぶりのズボンを履き、映真の心は少し落ち着くのだった。



ーーーーーーーーーー



「今日の練習メニューについてだけど……来週の支部予選で1500m以上に出場する人は、ペース走をやりましょう。距離・ペースについては、自分の出る競技と目標タイムに合わせて、各自で設定してください」


「うわペース走か」

「よし、何m走ろうかなぁ〜」

「…………」


グラウンドにて、顧問の手間本てまもとが部員を集め、メニューの指示を出す。


ペース走。一定の速いペースで、長い距離を走り続ける練習。


柳井みたいに気落ちする奴もいれば、万華みたいに前向きなやつ、そして特に何も言わない純のような奴など、陸上部の部員は三者三様だ。


ちなみに俺は、どんな練習だろうと走るのが好きな、陸上にハマった病人である。


以前、それを柳井に言ったら、「え、キモ。走るのが『好き』? んなわけないだろ」って強めに言われた。

逆に俺からしたら、『好きでもないのに、何をモチベーションにして柳井は走ってるんだ』って感じだな。


ウォーミングアップとしてストレッチをしながら、純は俺に聞く。

「そういえば、観己は夏休み中に部活休んでたよね。体力は落ちてないの?」


俺はすぐに答えた。

「一応、毎日1時間はジョギングをするようにしてたし、家でもトレーニングをしてたから、そんなに問題はないよ」


「へぇ、観己らしいな」


……そう、俺は、自分の体力など微塵も気に掛けていない。


心配なのは、映真の体力の方だ。


夏休みの隙間時間を見つけて、初めて映真とジョギングをした際。

映真は、俺のペースについて来れなかった。


———「女子の身体の動かし方に慣れてないだけだよ。あとほら、胸が揺れて走りづらいとかあるし」


彼女はそう言っていたが……それから何日も走ったところで、映真が俺に追いつくことはなかった。


まあ、そんなのは当たり前の話だ。

性別の違いを考慮すれば、映真が俺を上回るということはまずできない。


そして、映真もそれは認めている。


だが危険なのは、アドレナリンが出てハイになった時だ。

観己は元々、その手の化学物質に非常に弱い。


そして映真の場合は、『元・観己』の幻覚に惑わされ、無理して走る可能性も出て来るわけだ。


そうなれば、映真が『映真になりきる』には限界がくるだろう。

『観己の面影』を出してしまう恐れも……。


ペース走は、細心の注意が必要になりそうだ。



ーーーーーーーーーー



「ふーっ……疲れた……」

走り終えた万華は、息を整えながら、日陰に移動していた。


他の女子長距離メンバーも休憩している……が、1人だけ見当たらない。


映真だ。


万華は陸上トラックの方を振り返る。


すると万華の目に映ったのは、とてつもない速度と表情で走り続けている映真の姿だった。


万華は思わず大声を出す。

「ちょ、ちょっと、宝生さん?! もう6km、走り終わったよね?! いつまでやるつもり?!」


「8! 8kmは走る!」


「ええっ?! そんなに走らなくても……てか速っ! 1km 4分00秒のペース?!」

腕時計で計測した映真のタイムを見て、万華は驚愕した。


なんせ、長距離エースの万華のタイムと、ほぼ同じなのだから。


それでも、映真は悔しそうな顔で叫ぶ。

「まだ……もっといけるよ……!3分40秒!少なくともそれくらいは……!」


「ええぇ無理無理! それ、片鳥くんとかが出すタイムだよ?! 死んじゃう!死んじゃう!」


その様子を見かねて、手間本も声を掛ける。

「宝生さーん? 暑いから、ちゃんと休憩もしてよー?」


しかし、映真は無視して走り続ける。


事前に危惧していた通り、映真の心に、錯覚が起きていたからだ。

(女子だろうが、俺だって観己だ! 俺はこんな程度じゃない……いや待て、速度を落とさないと! 下手したら俺の正体がバレて……でも、このまま観己に負けるというわけにも……!)


俺はそれを、映真の背後を走りながら見ていた。

(映真のやつ、万華にも張り合える体力があるのか。

 でも、映真は4kmを走り終わったくらいから、腕の振りや、歩幅が乱れ始めている。

 この様子だと……)


俺は耳を澄ました。


……シィーッ、シィーッ。


聞こえる。

映真から、変な呼吸音が。


(やっぱりコイツ……!)


俺はスピードを上げ、映真の横に並ぶ。


映真は、俺の存在に気がついた。

「えっ……(観己?…………うっ!)」


その時だった。


映真の視界が揺らぎ、足の力が抜け、ガクッと体がぐらついたのは。


(危ない!)

間一髪、俺はなんとか彼女の体を支え、立ち止まった。


俺の腕に、彼女の体温が伝わる。

俺は思わずハラハラした。

(やっぱりこうなったか……!)


「えっ、宝生さん?!」

「どうしましたか!?」

万華や手間本は慌てて声を上げ、こちらに駆け出してくる。


「おい映真、流石にやりすぎだ。お前、後少しで酸欠で倒れるところだったぞ」


俺が軽くたしなめると、映真は冷静に苦笑いを浮かべた。

「あぁ……ごめん。分かってはいたんだけど……自制心が弱かった」


「まあ仕方がない。とりあえず、少し休むぞ」

俺は、映真の腕を俺の肩に回し、ゆっくりと歩く。


手間本は映真に近寄り、彼女の様子を窺った。

「念のため、宝生さんを保健室へ連れて行きましょうか?」


「あっ、私なら平気ですよ。ちょっと転びかけただけなんで」

飄々と受け流す映真。


手間本は、まだ心配の色を浮かべる。

「でも宝生さん、今日は無理しないでくださいよ?」


「はーい」


そして、俺たちはそそくさと水分補給に向かった。


頭の中で、同じことを考えながら。


((……アドレナリン怖っ! 判断能力が鈍る……!))


とりあえず落ち着くまでは、俺も映真も、あまり他人と関わらない方が良い。

それだけは明確だ。



そして……俺は、さっきの映真の言葉に、強い違和感を感じていた。


———『ごめん』『自制心が弱かった』


(なんだ……この感覚……?)


まるで、俺の心が揺さぶられるような、気持ちの悪いイヤな感覚。

それを、俺は上手く言語化できなかった。

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