第9話 多忙な2人と検査結果
戸籍。
それは、人間が『1人の人間』として生きていくために必要不可欠な物。
戸籍がなければ法的な手続きを一切受けることができず、普通の暮らしは出来なくなる。
しかし、そんな戸籍を持っていない人物がいた。
それが彼女、宝生 映真である。
だが戸籍を取得しようにも、映真が『片鳥 観己の分身』だと説明するわけにはいかない。
分身の存在が騒ぎになったり、『人間のクローンを作った』と犯罪に問われたり、現行の法律を揺るがす社会問題に発展したり、様々な問題を引き起こす可能性があるからだ。
戸籍を偽造することもできなくはないだろうが、それはあまりにもリスクが大きすぎる。
かと言って戸籍が無いとどうなるか。
就職はできず、銀行口座は作れず、免許は取れず、海外には行けず、保険にも入れない。
そのため、映真の戸籍をどうするかについては、現在俺の両親が考えてくれている最中だ。
ではもし今、映真の身分証明が必要になったらどうするのか。
戸籍が無い段階でどうするのか。
それを解決するのは簡単な話だ。
「映真はとりあえず俺の身分証を使え、だってさ」
俺は、両親から送られてきたメールの文面を、ダイニングテーブルで勉強をしている映真に伝えた。
映真は、何を言われたのかよく理解していない顔をしている。
「観己の身分証? それ大丈夫なのか?」
「どうだろうな。年齢確認くらいだったら、基本的には映真の学生証を使えばいい。だけど、もし法的な身分証が必要になってどうしようもなくなったら、奥の手として俺の身分証を使えってことらしいぞ。映真が女子であることに関しては、俺が女装したことにでもすれば誤魔化せるだろ、って言われた」
淡々と答える俺に対して、映真は苦笑いをした。
「なるほど。分身だからこそ成せるゴリ押し裏技ってことね。でもほぼ犯罪だな」
「女装が通じなかったら、その時は腹を括るしかないな」
ブーッ。
2人で笑っていると、今度は柳生から連絡がきた。
「『最近部活に来ずに何してんだ?』か……」
そういえば、陸上部の部活には1週間くらいずっと行ってない。
ただ、俺が部活を休むという旨は、両親が顧問の先生に伝えてくれている。
映真の件で色々としないといけないことが多すぎて、俺は部活どころではないしな。
『忙しくて部活には行けない。また新学期が始まったら詳しく話す』
俺はそれだけ送信してスマホを閉じた。
映真は溜め息を吐く。
「ほんと忙しいよ。昨日だって、俺が観己の部屋で同棲できるように、アパートのオーナーに交渉しなきゃなんなかったし」
「両親の知り合いがオーナーやってるアパートに住んで正解だったな」
「俺の勉強道具や参考書もようやく揃ったしね」
「行きつけの書店が臨時休業してると知った時は焦ったな」
「ニ◯リで良い感じの布団も新調できたし」
「あのさ、それに関してなんだけど……映真はリビングで寝てくんないかな?お前が横いるとそわそわして寝れないんだけど」
「うわ、変態。これだから男は……」
「マジでそういうこと言うな。映真も元男だろうが」
ちなみに、新しく買ったのは本や布団だけではない。
映真の靴、2人分の食材と食器など……両親からの緊急仕送りがあるとはいえ、大量の出費がかさんだ。
今月の支出など計算したくもない。
それに、これから済ませなければならない用事もたくさんある。
1つ目は映真のスマホだ。
俺の身分証があったところで、俺たちは未成年なのでスマホの契約はできない。
そこで、希美に頼んで彼女の2台目のスマホを契約してもらい、それを映真が譲り受けるという方法をとる予定にしている。
2つ目は映真用のブラウンカラーコンタクトレンズ。
そもそも、緑の髪や瞳というのはかなり珍しい。
しかしこの緑色が例の宝石の色とリンクしている以上は、映真の髪を黒に染めたり、短く切ったりしたら何かしらの悪影響が出る可能性も考えられる。
そのため、髪は「緑に染めた」ということで押し切ることにした。
だが、瞳ならカラコンが使える。
映真の目をカラコンで黒に近い色に見せ、少しでも目立たないようにしよう。
3つ目に学校道具問題。
映真の通学が許可されれば、当然学校に行くための道具が必要になってくる。
制服、鞄、教材……できるだけ中古を買い、金の浪費を回避したい。
他にも、合鍵やら部活道具やら弁当箱やら……人が1人増えるだけでこんなに必要な物が出てくるとは。
そんな感じで色々買い物を済ませていたら、もう例の検査から1週間が経過してしまった。
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検査の結果を受け取りに、俺たちは再び水月大学に戻って来た。
ちなみに1週間経っているが、俺は分身との生活にはまだ全然慣れていない。
今日のラボは、先週と変わって少し真剣な雰囲気に包まれていた。
俺たちは椅子に座らされ、本庄が持って来た書類を見せられる。
そして、本庄はゆっくりとその内容を読み上げた。
「これが先週の検査結果を元に、観己くんと映真さんを比較したデータです。
まず指紋。一致率は95%以上。指の太さによる微妙な違いは見受けられますが、特徴は全く同じです。
次に虹彩。一致率は98%以上。異なるのはその色のみですが、赤外線カメラだと色はほぼ識別できませんね。
続いては身体。身長は同じ168.8cmですが、体重は観己くんの方が重い。骨格や体脂肪率、筋力や体毛、そして生殖機能などに関しては男女の差がありますが、他の身体的特徴は極めて似ています。
不思議なのは映真ちゃんの髪と瞳の緑色ですね。生まれつきの緑の瞳の持ち主というのは存在しますが、緑の髪は染めない限りはありえない。これは調べてみる価値がありそうです。
そして血液。血中のホルモンバランスについては、それぞれの性別に見合った結果が出ています。」
そしてひと呼吸おいた後、本庄はラストの項目に触れた。
「……最後に遺伝子。一致率は99%以上。これは一卵性双生児と比べても高い一致率。普通の男女ではまずありえない。
やはり、2人は分身の関係とみて間違いないでしょう」
予想通り。俺たちの存在は現代の科学を遥かに超越していた。
ラボもざわつく。
「分身だってよ……」「どういう原理?」「これまでの科学史が塗りかわるんじゃ……」
「この通り、ラボのみなさんもこの結果についてはにわかには信じられない状況です」
驚いているのは本庄たちだけではない。
俺たちも一緒だった。
結果の予想はできていたことだが、いざ数値として判明するとその異常さが実感できる。
そしてどれだけそっくりだろうと、俺たちにはしっかりと性別の違いだけは存在しているということも分かった。
そう。これから少しずつ、映真は女子になっていくのだ。
(一体、あの宝石にはなんの力が……)
本庄は、その検査結果をファイルに入れて渡してくれた。
「とりあえず、この検査のデータは明日花に送ってあります。そして観己くんと映真ちゃんには、1ヶ月ごとにこのラボに来て、健康診断と検査を受けてもらおうと思ってる。それでいい?」
俺たちはゆっくりと頷いた。
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家に帰ると早速、母さんから電話がかかってきた。
「無事、蘭ちゃんから検査結果が送られて来たよ。いや〜本当にびっくりな結果だね……」
「正直、一番驚いてるのは俺たちの方だ」
「これで、俺が分身であることが完璧に証明されちゃったからね……」
ここまで来れば、もう後へ引くことはできない。
2人で通うんだ、高校へ。
「じゃあ私は、この結果を立身さんへ送ろうと思う。きっとすぐ試験を受けさせてくれるよ」
その母さんの言葉通り、映真は8月中旬にオンラインでテストを受けさせてもらった。
その試験に合格したかどうか、それは言うまでもないだろう。
なんせ映真は俺と同じ記憶を持っているのだから。
そして、俺たち2人は高校の新学期を迎えることとなる。
だがその前に、映真最大の苦難が待ち構えていた……。




