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【短編小説】いつかの、

掲載日:2025/12/30

職員Mちゃん様主催のディスコードサーバ「ワンライ(1時間一本勝負)」の第一回参加作品です。

 惰性で見ていた動画が中断されて、やたら大音量の広告が始まった。大手ショッピングサイトのクリスマスセールの広告。それと──

「どんなお店のフードメニューも今なら送料むry 」

 言い終わる前に親指がスマホの電源を切った。


 いい加減にプレミアム会員登録をしなけりゃならんと思うが、どうも暇つぶしの動画視聴に金を払う気にならない。

 しかし最近はどのオンデマンドであってもこう言った広告が入る。

 耳目を集めて話題になるのが目的なのだから仕方ないが、やたら大きい音だとか派手さでやられると腹が立つ。

 そしてつい衝動的に視聴をやめてしまう。


 無趣味な自分が嫌いだ。

 しかし年齢的に身体を動かしたりする運動は厳しいし、細かい作業の多いプラモ作りとか絵画は厳しい。

 最近は目が疲れるから本やマンガもそう長く読めないし、結局は見てるのか聞いてるのか曖昧な動画視聴で時間を溶かしてしまう。


 そんな自分が嫌いだ。

 それより何より嫌いなのは、そう、フードデリバリーのCM。

 確かに家の近所は飲食店が無い。だからそんなアプリが意味を為さないと言うのも腹が立つ。

 しかしもっと腹立たしいのは──


 親指は自然とスマホを起動させて再び動画アプリをタップした。

 自分の怠惰さや惰性もさる事ながら、世の中に対しても苛立ちが募る。

 こっちに比べたら飲食店の遠さはたかが知れているはずなのに、それを他人に運ばせる。しかも──

「今なら送料無料!!」

 これだ、冒頭にCMが入るパターンだ。


 送料無料だとか敷金礼金タダだとか、それがどう言う事なのか分かっているんだろうか?

 なんだよ、送料無料をウリにしやがって。そんなの目新しくも何とも無いだろ。ずーっと送料無料だったもんあるじゃねぇか。

 まぁ、あいつらはそんなもん忘れちまったから食事の送料無料なんかに飛びつくんだろうけどな。


 哀れな資本主義の犬どもだよ。

 おれの相手は違うんだ。

 別にいいのさ、こっちは送料無料なんてウリにしなくたってやっていけるんだ。

 彼ら彼女らの、おれを信じる心が何よりの送料なのだ。それで充分だし、それ以上に必要なものなんてない。


 ロッキングチェアから立ち上がりコートに袖を通す。鏡を見て身だしなみを整えて、準備はバッチリだ。

 今年の相棒は確か新人だったな。呼び出すと「出たwwww慌てん坊のパターンwwwww」とか言うんだろうが、円滑な仕事の為には下見が重要なのだ。


 ドアを開けると紺色のチョッキを着たナースと鉢合わせた。

「あら、三田さんこんな時間におでかけ?ちょっと待っててね、一緒に行ってあげるから」

 ナースはそう言ってタブレットに何か打ち込むと「三田さん、わたし分かる?先週新しく来たからまだ覚えてないかな」と言って笑った。


「戸中だよ〜、戸中郁子。呼ぶ時は戸中さんでも郁子さんでも良いからね〜」

 戸中と言うナースがおれに寄り添うようにして歩き始めた。

「三田さん、どこに行くの?」

 そう、彼女は新しくきた相棒なのだ。そしておれは行かなけりゃならん。

 えぇと、どこだったかな。確か、下見に……。

「そっか。下見か。お外寒いから、コート着て正解だね」


 そう、外は寒い。

 でもおれは、みんなの為に……。ん?みんなって、誰だ?なんの下見だ?


 エレベーターを降りて長い廊下を歩く。

 自動ドアの先は薄く雪が積もった闇が広がっている。

「三田さん、お外、夜だね。お散歩はまた明日にしよっか」

 ナースが優しく言う。

 おれがその顔をじっと見ると「お散歩じゃなくて下見だったね」と微笑んだ。


 そうだな、そうしよう。明日でもいい。

 おれが行くのは、まだ少し、先だから。


 やたら冷たい風に背を向けると、どこかからシャンシャンと滑るような鈴の根が聞こえたが、振り向いた時にはもう何もなく、ただ黒い夜空をまだらに降る白い雪だけがひらひらと遊んでいるのだった。

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