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ゼロ円札  作者: TOMMY


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2/9

かちのある無価値

──次の日、銀行でゼロ円札について尋ねた。

「すみません。ゼロ円札に両替していただきたいのですが……」

口にした瞬間、嘘に近い言葉が皮膚の裏を這い、身体のあちこちがむず痒くなる。


ネクタイの色がやたらと派手ないかつい顔の銀行員は、感情の載らない声で言った。

「申し訳ありません。こちらではゼロ円札をお取り扱いしておりません」


なるほど、やはり存在そのものは否定しない。そこに、わずかな隙がある。

僕は喉の奥の乾きを誤魔化すように、小さく笑ってみせた。

「そうですか。では、もし……ゼロ円札を入金するとしたら、どうなりますか? あくまで、もしもの話です」


一瞬だけ、銀行員の眉が歪んだ。

「書類が、必要になります」


言い終える前に、もう視線は逸らされていた。

これ以上は踏み込むべきではない。僕はそう感じ、会釈だけして銀行を出た。


それから数日間、僕は市内の銀行を渡り歩いた。

すると、どこの銀行にも共通して、ゼロ円札入金用の書類だけが用意されていることに気がついた。


真っ白な用紙。

記入例も、注釈も、何もない紙が、新品のプラスチックケースに整然と収められている。


まるで、誰もまだ一度も“正解を書いたことがない”書類のようだった。


そして、ある支店で、僕はそれを見つけてしまった。

すでに必要事項が事細かに記入された、ゼロ円札用の書類。


横に立っていたのは、白髪に丸眼鏡の老人だった。

苛立った様子で、窓口の奥を睨みつけている。


僕は自分の誤りを悟った。僕だけが保有しているわけではない。


すると背後から

「どうかなされましたか?」と威厳に溢れたベテラン銀行員が話しかけてきた。

その目はとても鋭く、こちらの内側まで見透かされている気がした。

まずい。用紙を見つめ過ぎている……


背中に冷たい汗が流れる。

「すみません、急用を思い出しました」


自分でも驚くほど声が裏返り、僕はほとんど逃げるように銀行を後にした。


自宅に戻り、ネットでゼロ円札の動向を追った。


闇市の相場は日を追うごとに跳ね上がっている。

製造番号が若いものほど高額で取引され、数千万円に達した例もある。


喉の奥で、黒い欲が音を立てた。

僕はそれを、必死で押さえ込んだ。


そして、奇妙なサイトを見つけた。


──『ゼロ円札交換』


そこは、お互いの好きな製造番号のゼロ円札を持ち寄り、等価で交換するコミュニティだった。

譲渡であれば違法にはならない。

ただ、運営元の表記はどこを探しても曖昧で、ドメインだけが妙に“それっぽい”。


銀行が集め、どこかへ流す。

交換サイトが、別のどこかへ送り出す。


それらがすべて、どこかで一つの輪になっている——そんな嫌な想像が頭を離れなかった。


その夜、知らない番号からの着信が二件、スマホに残っていた。

留守電は入っていない。


胸の奥が、じわじわと締めつけられる。


翌日の夕方、インターホンが鳴った。


覗き穴の向こうにいたのは、あのいかつい顔の銀行員だった。

ひとりで、静かに立っている。


……やはり、辿り着くのか。


僕は息を殺し、そっと窓を開けた。

外の自動販売機にゼロ円札を滑り込ませ、部屋へ戻り、何事もなかったように玄関を開ける。


「お持ちのゼロ円札について、少しお話を」


銀行員の声は、穏やかすぎるほどだった。

なぜか、当たり前のように、知っている……

持ってなんていないと言うのは、話がこじれかねない。


「……残念ですが、使ってしまいまして」


喉が震えるのを、必死に抑えながら言葉を継ぐ。


「銀行を出てすぐ隣の、コンビニで」


すると、銀行員は小型の探知機のようなものを取り出し、僕の胸の前をなぞった。

ざらついた音が、短く鳴る。

続いて、部屋の奥へ向けられる。


乾いた音は、やけに長く続いた。


「……そうですか」


名刺が、無言で差し出された。


「また、伺うかもしれません。失礼します」


扉が閉まったあともしばらく、足音が遠ざかるまで、僕は動けなかった。


夜更け、外の自動販売機で返却レバーを回すと、ゼロ円札は何事もなかったように戻ってきた。息を撫で下ろしながら、ゼロ円札を眺める。製造番号、008。その数字が月明かりに浮かんだ。


賭けに、勝った。

木を隠すなら、森の中だ。

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