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2話「見えない壁と悲しみ」

 「と、とりあえず、右目を隠しましょう。村のお医者様に眼帯を貰って来ますから!」


 「う、ん。分かった......」


 そう言ってシエルはバタバタと部屋を出て行った。


 ルゥの右目が痛み出してから程なくして。先程の激痛が嘘のように消え、シエルに手鏡を用意してもらった彼女は、自分の右目が赤く染まったことを知った。それがこの世界において灯し人のみが持ち得るものだということも、灯し人がどういう存在なのかも説明してもらった。

 この世界に太陽はないらしい。ルゥには記憶が無いが、それがおかしなことだという感覚はなんとなくあった。記憶が無くなる前は太陽がある世界にいたのだろうか。何も分からない。

 灯し人──シエルたちは人間では無いらしい。太陽が消えたと同時に現れた太陽の代わりとなる存在。世界を照らすために彼女達は存在する。


 「......はぁ」


 ルゥは深くため息をついた。記憶は無いけれど言葉は喋れるしある程度の常識はある。だがその常識の一部がどうしてもシエル達と噛み合わない。それがどうしようも無く悲しかった。言葉は通じるのにその間には大きな溝があるようで、それを思うと深い孤独感に苛まれた。


 「わたしは、誰なんだろう」


 ルゥ。この名前だって追いかけ回した『殺人鬼』が呼んだ名に過ぎない。ルゥはバフっと後ろへ倒れ込んだ。その衝撃でベッドが上下に弾む。窓の外を見ると外の景色は変わらず真っ暗で、わずかに街灯の光が照らすだけだった。その景色はまるで不安定な自分の心を表しているようだと、ルゥは感じた。


 ♦︎


 「よし、これで良いですね」


 「ありがとう、シエル......」


 シエルはルゥの右目に白い眼帯を着けてくれた。彼女はルゥにとても優しくしてくれている。出会った時からこちらの気持ちを慮って行動できるとても素敵な人。にも関わらず勝手に壁があると感じることに、安心しても良いのかという懐疑心に罪悪感が募っていた。


 「......ルゥ、さん?大丈夫ですか?」


 どこと無く気落ちした様子のルゥに彼女は心配そうに声をかけた。本当のことを言うべきかほんの一瞬迷いがあったが、隠しておくのも誠実では無い気がしてルゥは意を決して言うことにした。


 「えと......わ、わたし、シエルにこんなに良くして貰っているのに、この世界の常識?も違うし、なんだか壁がある気がして......あなたの事も安心して良い相手なのか、分から、なくて......その......ごめん、なさい」


 伝える事で気を悪くしたらどうしよう、と途中で不安に思ったせいでだんだんと声が小さくなっていった。そんなしどろもどろなルゥの話を聞いて、シエルはニコリと柔らかく笑った。


 「ふふ......ルゥさんは優しいですね。そう思うことに対して、何も謝る必要はありませんよ」


 「そう、なの?」


 「はい、だって出会って一日も経っていないんですよ。ルゥさんには記憶もありませんし、私を信頼できないのも普通のことです」


 「......それでも、わたしはシエルの思いに応えたいと思うよ............」


 「んん......私としてはそう思っていただけるだけで十分なのですが」


 「じゃあちゃんとシエルのこと信頼できるまでシエルの側にいたい」


 「え、ですが......」


 「決めたから!絶対、何て言われても絶対いる──」


 シエルは何も言わなかった。ルゥの目の前にいる彼女は微笑むばかりで。なのに今にも泣きそうな切なさを含んだ表情に見えたから、ルゥは何も言えなかった。

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