1話「太陽が消えた世界」
そこに、1人の少女がいた。彼女は空を見上げていた。見つめる先には光など無く、真昼にも関わらずただ暗闇が彼女と森を包み込んでいた。この世界には太陽がない。約1000年前、太陽が砕け散ってから空が光に包まれることはなくなった。そんな晦冥の中、少女の白銀の髪だけが輝いていた。
「......ふぅ」
少女は僅かに息を吐くと、手に持ったランタンを空に掲げた。ランタンにはそれまで火は灯っていなかったがその瞬間、燃焼部分に光がどこからともなく集まり始め、やがては大きな灯火となった。
少女──シエルは灯し人だった。太陽なきこの世界で唯一の道標となる存在。この不可思議な力と闇夜を見つめる深紅の瞳、身につけた漆黒のローブもその証左である。
彼女は集めた灯火を離散させる。そして、森の所々に点在している街灯にその火を分け当てていった。すると、森全体が淡い光に包まれた。それはさながら寒気にさらされた部屋が暖炉に暖められたようであった。
「......この世界に灯火が在らんことを」
そう言ってシエルはランタンを下ろし身を翻した。その時、
「きゃあぁぁぁぁぁぁ!!!」
遠くから少女の悲鳴が聞こえた。この人気のない森で何故、と言う疑問がシエルの中で湧き上がったが事は急を要する。彼女は迷う事なく、声の聞こえた方へ駆け出した。
草むらを掻き分け走る。進むほどに街灯の数は減ってゆき、視界は暗闇に染まる。それと同時に闇に潜み、今か今かと獲物を狙う漆黒の怪物が四方八方から飛び出してきた。
影。それらはそう呼ばれていた。全身が黒く染まりきった怪物はまるで影のようだといつからかそう呼ばれ始めた。その姿形は時に動物であったり、人であったり──不変の姿を見せる。今回、シエルが出くわした影は狼の形を模していた。
シエルはランタンを眼前に突き出した。それと同時にランタンはガタガタと音を立てて弓の姿へと変化した。
「──っは」
シエルが弓を構えると手元から光が漏れ出し、矢が形成された。それが放たれると1本の矢だったはずが、複数の矢に分裂し始め、正確に影たちへ突き刺さった。
光の矢に射抜かれた影たちはやがて力尽き、その場に倒れた。そしてその身体は灰燼のようにボロボロと分解され始め、まるでそこには最初からいなかったかのように消えていった。
「ぅあ......!こ、こない、で......」
「!!!」
影を倒したと同時に、少女の姿がシエルの視界に入った。今まで見えていなかったのは影たちがその身体を暗幕のように隠匿していたからだろう。
藍色の少し巻き毛がかった髪が特徴の少女は、前髪がカーテンのように顔を覆い尽くしており、表情が読み取れなかった。しかし彼女の身体はひどく震えており、聞こえた声もか弱い小鳥のようだった。
「......大丈夫、ですよ。私は貴方を傷つけたりしません」
シエルは出来るだけ優しく、柔らかい声で彼女に話しかけた。
「......ぅ、ほ、ほんと、に?」
いくらか少女の緊張が和らいだ気がした。
「はい、本当です。私は貴方の味方です......だから貴方に近づいても良いですか?」
「......ぇと、良い......よ......」
「ありがとうございます」
シエルはゆっくりと少女へ近づいて、そっと隣に腰掛けた。
「......私はシエルと言います、貴方の名前は?」
「......ぇと、る、ルゥ............」
「ルゥさん、どこから来たんですか?」
「えと......わ、わかんない」
「んん......お母さんとかお父さんは?」
ルゥはぶんぶんと首を左右に振った。
「わ、わたし......ぁ......」
「ルゥさん?」
突然、ルゥの身体が震え出した。何かに怯えるように、誰かから姿を隠すように彼女は自身の体をその両手で抱え込んだ。
「......こ、これ......言った、ら............っこ、殺さ、れる......」
「ルゥさ」
「......剣、持って......か、仮面......追いかけて......いやだ、嫌だ嫌だ嫌だ──」
誰に言うでもなく、まるでその恐怖を無理矢理咀嚼するかのようにうわ言を吐き続ける。シエルは最初、ルゥは影に追われていたことを指しているのかと考えた。しかし影が武器を使うなどとは聞いたこともないし、見たこともない。
「──ルゥさん」
「ぁ」
シエルは怯える少女をそっと抱きしめた。すると強張っていた身体から力が徐々に抜けていき、ルゥは意識を失った。
♦︎
ザ、ザ、ザ。
剣を引き摺る音が背後から聞こえる。それは獲物を捉えるかのように、低く唸り声を上げこちらに迫ってくる。
緩慢に、けれども確実に。それはこちらへ歩みを進めてくる。
嫌だ。
焦るほどに足はもつれていく。
来ないで。
恐れるほどに呼吸は乱れていく。
死にたくない。
そう思うほどに──
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────
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死が『◼️◼️』を安寧へと導いていく。
そんな、気がした。
♦︎
「──はっ......はぁっ、はぁっ」
ルゥはがばっと飛び起きた。何か悪い夢でも見ていたようだったが思い出せない。ただ感じるのは、
「......気持ち、わるい」
額には汗が滲み呼吸は浅く、目覚めは最悪だ。せめてもと長い髪のカーテンで覆われた視界を開き、袖で額の汗を拭う。そこでふと自分の身に付けていた衣服が新しいものに変わっていることに気が付いた。新しいその黒のワンピースはどう見ても新品のもので、もともと着ていたヨレヨレの白いワンピースとはまるで違う着心地だ。
あたりを見渡すと、そこは暗がりの訳のわからない怪物のいる森でもなく自分を殺そうとする殺人鬼がいる訳でもない、普通の寝室だった。
コンコン。
ドアを叩く音にルゥは身体を強張らせる。ルゥがこれまで出会ってきた人物に良い印象など無かったからだ。あの白銀の髪の──シエルと名乗った女性を除いて。
ガチャ。ドアが開くとそこに居たのは今現在思い浮かべた件の女性だった。シエルは目覚めたルゥを見て僅かに驚きと、そして安堵の表情を同時に見せた。
「よかった......!目が覚めたんですね......!」
「ぁ、えと......」
どう答えれば良いかわからずまごついていると、シエルは椅子を枕元に運び、ルゥの隣に腰掛けた。
「んん......覚えてますか?森の中で私に会って......」
「ぇと、ごめん、なさい......覚えてない訳じゃ、なくて」
「そっか......!良かったです、改めて私はシエル。灯し人のシエルです」
「ともし......びと?」
「はい、灯し人です。なので必ずあなたを守ります」
「......?どうして、その、ともしびと?だとわたしを守ることになるの?」
「え......?」
シエルは信じられない、といった風に目を見開いた。しまった──そうルゥが思った時には遅かった。
「ルゥさん、もしかして記憶が無いのですか......?」
「ち、違うの......!えと、わ、わたし.......」
「大丈夫ですよ......!記憶が戻るまで私がそばに居ますから」
「......ぇ?殺さ、無いの......?」
「んん?どうしてです......?」
シエルは更に困惑の色を深める。今のやり取りのどこに殺す殺さないの話に繋がるか分からなかったのだ。
「だって......記憶無いって言ったら、こ、殺しに、来て......わたし、記憶が無いの悪いことだって思ったの」
ルゥの両手が小刻みに震え始める。
「すみません......!怖い記憶を思い出させてしまって......んん、とにかく普通は記憶が無いくらいで殺しませんよ!むしろ心配なくらいです」
「うん......ありがと、シエル」
「......!はい!!」
シエルはルゥに初めて名前を呼んで貰えたのが余程嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべた。その表情は満開に咲き誇る花のようで──
──ねぇ、とっても綺麗でしょう?
懐かしい声がした。陽だまりのように暖かい『彼女』の声はルゥを優しく包み込むように頭の中で響いた。そしてその瞬間、
「っあ゛、ああああああああああ」
痛い。右目が炎に焼かれるような鋭い痛みがルゥを突き刺した。シエルは突然の出来事に医者を呼ぼうとしたが、目の前のあり得ないはずの変化に動きをピタリと止めた。
「っ、どうして──貴方は人間、のはずなのに」
ルゥの金色の瞳。シエルは先程初めて見た時、人形のように大きく綺麗だと思った。しかし今──
「ぇ......?なに、これ......」
困惑した表情でシエルを見つめるルゥの右目は真っ赤に染まっていた。
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