慈悲とセイラ
日は登りスズメが鳴く朝
セイラはナツとユキの家に帰っていた
盗賊達から虎王をどこから譲り受けたのか、尋問は終わっている
テンは合図したが来なかった
何度も自分に問う、これで本当に良いのか?
セイラは村が襲われた日を思い出す
セイラは弟のルカと共に世話役兼護衛としてクマを連れてテンの義父が営む診療所に来ていた
診療所がある村は大きな村では無く農業を主に営んでおり、ほとんどその村は自給自足をしていた
余った農作物を売りに出すくらいしか他との繋がりは無かったが診療所の評判は良く、希に他の場所から来る者がいた
それは診療所ではどうしても治せないだろう病には特別にテンの血を与えて様子を見ていたからだ
クマの病は癌であり、どこに行っても不治の病と言われていた、セイラは診療所に何度かクマと来ておりテンの血で治療していた
セイラは薬草が足りないとの事で手伝いを申し出て馬と薬草を取りに出ていた
診療所で栽培もされているが農作物が不作であり年々酷くなっていく
普段は足りない分をテンが取りに行っていたがいなかったためセイラが行く事にした
薬草を見つけるのも一苦労し取り終えてた頃には辺りが薄暗くなっていた
「テンはなにしてるのかしらね」
馬を撫で必要な分の薬草を集め終えた籠を抱え
帰ろうと村の方を見ると黒い煙が上がっていた
数箇所から黒い煙が立ち上り
空に黒い穴が空いた様に渦巻き、そこには恐怖や怨念すら感じる禍々しさあった
焦げた匂いと共にセイラまでも包み込んでくる
抱えきれない悪寒が声を押し潰し
薬草から手が離れた事にも気付かずに馬に乗り込み村まで駆けて行く
近づくにつれて緑の魔物が見えてくる
瓜の様な体で目と思われる場所からは紫色のツノが2本
自分でも何とかなるかもしれない
一途の希望は次に知る事実をより明確に彩る
それがどんな感情であったかは語るまでも無く
絶望
それだけだ
魔物は一体ではなく何体もいて植物の様に生えていた
至る所から生えてきた魔物が村を襲っているのだ
セイラはもし自分が死んででもコイツさえ倒せばお嬢、ルカを救える、村もまだ助かるかもしれない
その為ならどんなに危険でも戦う強い決意があった
それがほんの一瞬の希望を勝手に膨らませ身を任せた自惚れでしか無かった、それを受け入れる他無い
決意は消え絶望の中、心は軽くなり背筋に冷たいものを感じた
戦う事は諦めた
せめてお嬢様、いやルカだけでも
魔物を避け、悲鳴を掻き分け診療所へ
なんとかたどり着いた時
瓦解する診療所でクマはルカの首を刈った後だった
駆け巡る思考を歯が砕けそうな程に食い縛る
ルカの安らかな顔、体は瓦礫で潰されてもう助からない事は一目でわかる
愛を殺し 憎しみを殺し
絶望的な状況で今できる事を考える、無理だ
頭に血が登ったセイラに冷静な思考は無かった、ただ吹き出す感情のぶつける先しか考えてない
泣きながら状況を説明しているクマの声がなんとなく聞こえる
クマを自分が乗っていた馬に乗せ走らせる
何も考えなくてよくなった
鼻腔の奥に微かな血の香り
食い縛りは解け笑みすら見せる
その瞳は狂気に濡れ楽しんでいる様に見え、頬を静かに伝うものに気づかないだろう
小さな粒にどれほどの悲哀が込められていることか
近くの一体壊し、次の標的を探し周りを見渡す何もいない
「もう退いたみたいだよ」
「テン…」
瓦解した診療所の中から声がした
驚きつつ近づいてみると瓦礫をどかし散乱した棚や引き出しをあさっている
引き出しの中から一冊の本を出して広げる
「クマの容態は安定しているみたいだな」
あまりに冷静に話し掛けてくるので返答が遅れる
「もう僕の血は必要ないだろう」
「緑の魔物はテンが倒したの?」
まだ肩の力を抜けずにいたがようやく言葉がでた
「何体かは斬ったけど、本体は潜って逃げられたみたい」
テンの指さす方には確かに大きな穴が掘られていた
それが地獄まで繫がっていようとも、必ずルカの仇を取る
そこには命を賭ける価値がある
「テンは何でそんな平気なの」
今のテンは不気味な程に冷静すぎる様に見えた
「そんなことないよ」
本当か?
セイラはそんな疑いをしたくはないがそう思う
テンは診療所から出ていく
「テンはこれからどうするの?」
「ここにはもう居場所は無い
声が聞こえてくるんだ、そこに征こうと思う」
「声?」
何を言っているだ、逃げたい様にしか見えない
何か隠し事でもあるのだろうか
「旅に出ることはクマには言わないでおいてくれ」
クマなら無理をしかねないと思ったのだろう
テンの歩き出した道は荒れていた
そこから何かが来たのであろう
「テンが征くところから緑の魔物が来たのかな」
小さく呟く
「どうかな」
「もしそうならテン、貴方なら倒せるでしょ」
突きつけるように言った
命を賭けて戦ってもおそらく勝てないことは悔しながらセイラにはよくわかってる
だがあの日の最後の言葉
「もしまた襲われたら戦うよ」
手を貸す気はないとの返答
ならば
セイラはクマの元に帰った
「テンは旅に出るそうです」
クマに告げ、ここまで連れて来た
「お帰りなさいお嬢」
「ただいまセイラ」
セイラの帰りを嬉しそうにクマが迎え入れる
「ナツさんとユキさんはどうしました?」
クマを前にして自分への嫌悪感が無限に溢れる
「依頼を受けにいったわよ」
「お忙しいのですね」
平静を装う自分が気持ち悪い
それでもルカの復讐だけは果たす
その信念は揺るがない
それだけが弟に与える愛なのだ
「どうかしたの」
少し考えた後
「お嬢様の様子を見に来たんですよ」
「どうかな」
目を逸らして話しだす
「体調も良さそうで…」
玄関の扉が開く音
「行くんでしょ、ルカの敵討ち」
セイラとクマは小さい頃からの付き合い
寂しそうな笑みを浮かべ、語らずとも察している
セイラの瞳が澄んでいくようだ




