第8話 不死の理由
廃村――かつて賑わったはずの小さな村は、今は焼け焦げた木々と崩れ落ちた家屋の残骸に覆われていた。
ミオはヴォイドの肩に手を添え、静かに歩く。
「ここ……ヴォイド、あなたの村……」
ヴォイドは無表情のまま、足取りも軽く、まるで何も覚えていないかのように振る舞う。
「そうだ……」
言葉は淡々としているが、瞳の奥には微かに痛みの影が見える。
ミオは少し眉をひそめ、肩に手を添えたまま促す。
「一番気になる場所まで、案内して。あなたの記憶の断片があるなら、私が見つける」
ヴォイドは少し沈黙し、やがて歩き出す。その足取りに、無意識にためらいが混じる。
二人は焼けた路地を進み、崩れ落ちた家屋の前で立ち止まる。
「ここか……」
ヴォイドの声はかすかに震える。手を握りしめ、床の焦げ跡を見つめる。
ミオは夢糸を胸に触れさせ、光を揺らす。
「ここから……記憶を辿るわ。怖くない。私はあなたのそばにいる」
光が揺らめき、ヴォイドの記憶の断片が現れる。
かつての村。木々に囲まれ、子供たちの笑い声が響く平和な日々。しかし突然、野盗の群れが村に押し寄せる。火があちこちに燃え広がり、家々が崩れ落ち、叫び声が響く。
「皆を守るんだ!」
少年の姿のヴォイドは剣を握り、必死に戦う。矢が飛び、刃が交わる。
だが、多勢に無勢。仲間も家族も次々と殺されていく。
胸の奥に痛みが広がる――これが、自分が忘れようとしていた記憶だった。
「助け……なきゃ……」
ヴォイドは倒れた家族のもとに駆け寄るが、矢を受け、腹を切り裂かれ、倒れる。血の熱さ、家族の悲鳴、燃え上がる家――すべてが彼を取り囲む。
その時、通りすがった魔法使いが静かに立つ。
「お前、まだ死にたくないか?」
冷たい声が闇に響く。
ヴォイドは微かに顔を上げ、血まみれのまま答える。
「……目の前のやつらを……殺せるなら……それでいい」
魔法使いはにやりと笑い、手を差し出す。
「なら、取引だ。お前の命はもはや危うい。死なない身体を与えよう、その代わりにお前の夢をくれ。」
ヴォイドは一瞬ためらう。しかし、目の前の野盗、燃える村、絶望の光景を思い出す。
「わかった……」
その瞬間、光が彼を包み込み、痛みも恐怖も消え去る。体が熱く、力が満ちていく。しかし、心の奥で何かを失ったことも理解する。
ヴォイドの瞳に、初めて悲しみと虚無が宿る。彼は不死の体を得た代償として、夢を見られない存在になったのだ。
ミオはそっとヴォイドの肩に手を置き、夢糸を掴んで光を抑える。
「……これが、あなたが不死になった理由なのね……」
胸の奥に痛みを覚えながらも、ミオは優しく呟く。
「でも、それなら……あなたが自分の夢を観たら……」
ヴォイドは夢と引き換えに不死となった。なら、夢を取り戻したら、彼はどうなる……?
ミオは、夢糸を紡ぐことへの恐れを感じ始めた。