第4話 不死
二人は街道沿いの宿場町へと降りた。
瓦屋根の宿屋、賑やかな露店、荷馬車の軋む音。昼下がりの広場は人でごった返していた。
「戦争帰りの傭兵なら、きっと酒場に情報があるはずよ」
ミオはそう言って、迷わず酒場の扉を押し開けた。むっとする煙草の匂いと、喧騒が溢れ出す。
「ねえ、マスター」
カウンターの男に声をかける。
「“ハルツ”って傭兵を知らない? この辺りに生き残りがいるって聞いたんだけど」
店主は怪訝な顔でミオとヴォイドを交互に見やり、鼻を鳴らした。
「戦場帰りの傭兵なんざ珍しくもねぇが……ここから北に行った村は、そういう傭兵が流れ着いて拓いた村だ、もしかしたらそこかもしれねぇな」
「北の村!」
ミオは身を乗り出した。
「ありがとう!」
彼女が勢いよく店を飛び出すと、ヴォイドは無言でついてきた。石畳を踏みしめながら、ミオは振り返り、彼に笑みを投げる。
「やっぱり生きてるんだわ。そうに違いない」
「……そうか」
ヴォイドの声は低く、抑揚がない。だがミオには、ほんのわずかにその声が柔らかくなった気がした。
「もし会えたら、あなたの記憶の糸になるわ。彼の夢を見せてあげる」
「そうか、期待しないで待っている」
「またそれ! ほんと、口ではそう言うけど……」
ミオはふっと笑い、空を仰いだ。
「――でも、きっと観たいはずよ。あんたの心が」
ヴォイドは答えなかった。ただ、北へ向かう街道を無言で歩き続ける。その横顔はいつも通り無表情なのに、不思議と孤独さが薄れて見えた。がて夕陽が傾き、道を金色に染める。
その光の中で、ミオは胸の奥で静かに誓った。――この人に、必ず夢を教えてあげる。
北へ延びる街道を進み、森を抜けると、灰色の煙がゆるやかに立ちのぼる小さな村が見えた。
「ここが、ハルツがいる村ね」
ミオは肩にかけた荷物を直しながら、隣を歩くヴォイドに視線をやった。彼はいつも通り無表情のまま、ただ前を見て歩いている。村は静かで、人々は地味な衣服をまとい、畑仕事に精を出していた。しかし二人の姿が見えると、村人の視線がざわりと揺れた。
いや、正確にはヴォイドの姿にだ。鋭い灰色の瞳、鍛え上げられた体躯、そして背中に負った大剣。村の子供が怯え、母親が抱き寄せる。老人は眉をひそめ、口々にひそひそ声を立てた。
「おい、あいつ……不死の傭兵だ……」
「関わると祟りがある」
耳に入る声はどれも冷たく、忌避と恐怖に満ちていた。
「ちょっと!」
ミオは堪らず足を止め、近くにいた壮年の男に声をかけた。
「さっきから何なのよ。彼はただの傭兵よ」
男は唇を強張らせ、視線を逸らすように言った。
「ただの……? 冗談言うな。俺たちは見たんだ。あの戦で、胸を貫かれても立ち上がる姿を。仲間が全員倒れたあとも、一人で敵をなぎ払う様を……」
「……」
ミオは息を呑む。
「人間じゃねえ。死なない化け物だ。生き残った兵たちは口を揃えてそう言ったんだ。あいつが傍にいると、死が寄ってくるってな」
その言葉に、ヴォイドは微動だにしなかった。表情は変わらず、ただ黙って受け入れるように立っている。ミオは唇を噛み、男を睨みつけた。
「化け物? ふざけないで。そうやって自分達と違うものを遠ざけて、彼があんた達に何をしたってのよ!」
周囲の村人たちがざわめき、後ずさった。ヴォイドは淡々と口を開いた。
「やめろ、ミオ。無駄だ。」
「でも――!」
「俺は死なず、仲間は死んだ。事実は変わらん。彼らが恐れるのも当然だ」
その静かな断言に、ミオは言葉を失った。無感情なはずの声なのに、深い孤独と諦めが滲んでいる。――この人は、どれほど長い間こうして扱われてきたのだろう。
ミオは胸の奥が熱くなるのを感じた。絶対に諦めたくなかった。彼を“化け物”じゃなく、“人”として夢を観る存在にしたい。ミオはぎゅっと拳を握りしめ、彼の隣に立った。
「いいわ。誰が何と言おうと、私はあんたを化け物だなんて思わない。だから、胸張って歩きなさいよ!」
ヴォイドは彼女を見下ろし、無表情のままほんのわずかに瞬きをした。それは、誰も気づかないほど小さな変化。だが確かに――心にさざ波が立った証だった。