第3話 思い出の欠片探し
やると決めたら徹底的にやらないと気が済まないミオは店の看板に『臨時休業そのうち再開します』と書いて店を出た。
ミオは、ヴォイドの過去を知るために、昔立ち寄った場所を尋ねた。近くに傭兵の墓場があるという。2人はそこに向かった。資金面はヴォイドの依頼料だけでしばらく生活には困らない。
「……ここが、あんたの仲間が眠ってる場所?」
丘の上に広がる草原。風が吹き抜け、草花がざわめく。そこに立ち並ぶのは、無数の木の十字架。名前を刻むでもなく、ただ朽ちかけた板が、土の上に突き立てられていた。ミオは足を止め、深く息を吸い込んだ。土の匂いと、どこか錆びついた鉄の残り香が鼻をつく。戦場の近くに作られた墓場なのだろう。
「俺の“仲間”だった者たちだ」
ヴォイドは感情を含まない声で言った。灰色の瞳が、風に揺れる十字架をただ見つめている。
「戦いに出て、帰らなかった者は皆ここに眠る。剣を交わした友も、酒を酌み交わした者も。時に俺を罵った者も」
彼の言葉は淡々としていた。だが、淡白すぎて逆に痛々しい。
ミオは十字架の一つに近づき、しゃがみこんだ。手で草を払うと、かすれた傷跡が浮かび上がる。
「……名前、消えてるじゃない」
「刻んでも無意味だ」
ヴォイドが答えた。
「時間が経てば風に削られ、雨に流される。いずれ名は消え、ただの木片になる」
「そんなの……」
ミオは振り返り、きっと彼を睨んだ。
「それでいいの? あんたの仲間なのに。夢も願いもあったはずの人たちなのに!」
ヴォイドは無表情のまま、わずかに首を傾げた。
「夢や願いがあろうと、死ねばそれで終わりだ。残るのは……生き延びた俺だけ」
その声に、ミオの胸がぎゅっと締めつけられる。“残るのは俺だけ”――彼がどれほど繰り返し、その事実に直面してきたのか。ミオは立ち上がり、十字架を見渡した。木の十字架の下の方に刻まれたかすかな傷跡を、ミオは指先でなぞった。
「……“R・ハルツ”」
風雨に削られ、今にも消えそうな文字。けれど確かに名前の痕跡が残っていた。
「仲間の名前?」
とミオが振り返る。ヴォイドは少しの間、無言で十字架を見つめ、それから答えた。
「……ハルツ。いつか俺と同じ部隊にいた男だ。」
「きっとこれをつくった人よ、つまり生きてるかもしれない!」
ヴォイドの灰色の瞳がわずかに細まった。
「戦場から生還した者は少ない。だが……皆無ではない」
ミオは胸を張り、きっぱり言った。
「決まりね。彼を探すわよ。あなたの仲間、生きてるかもしれないんだから」
「無駄かもしれん」
「無駄でもいいの。探さなきゃ、夢の糸は紡げない」
ミオの即答に、ヴォイドは口を閉ざした。彼の表情は相変わらず無機質だ。だが、その瞳の奥には小さな揺らぎが走ったように見えた。
「私が覚えてあげる。あんたが観れないなら、あんたの仲間の夢を私が代わりに観せてあげる」
ヴォイドの視線が、初めて僅かに揺れた。
「お前が……俺の仲間の夢を……?」
「そうよ。夢は、心に残したいものを織り込む布。消えていくなら、織り直せばいい。あんたの空っぽな心に、彼らの欠片を刻みつけてやる」
ミオは勝気に笑った。
「それができるのは夢師だけ。――だから私がいるのよ」
風が二人の間を吹き抜ける。草原がざわめき、十字架が小さく軋んだ。ヴォイドはしばし黙していたが、やがて短く言った。
「……好きにしろ」
その声は無機質だった。だが、ミオにはかすかな揺らぎが聞こえた気がした。冷たい灰色の瞳に、ほんの一瞬だけ、人間らしい影が宿ったように。




