最終話 約束だから
朝の光が田舎町の小さな家に差し込み、ミオは庭先の畑で野菜の手入れをしていた。土の匂い、葉の柔らかさ、太陽の温かさ――すべてが今の生活に馴染んでいる。
「よし、これで明日の朝食の分は十分ね」
ミオは小さな声でつぶやき、汗を拭う。畑仕事は体を使うが、心地よい疲労感が体中に広がる。
「まさか、こんな生活をする日が来るなんて……」
ほんの少し、遠い日の自分の胸がざわめいたのを思い出す。
家に戻ると、ミオは洗濯や掃除、食事の準備に取り掛かる。
木の床を掃き、鍋を火にかけ、窓から入る風に髪をなびかせながら、心の奥で静かに幸せを感じていた。
そこへ、戸口から足音が近づく。
「ただいま」
その声に、ミオはふと顔を上げる。
ヴォイドが家の扉を押し開け、少し照れたように微笑む。髪の先に朝の光が当たり、淡い金色の影が彼の輪郭を柔らかく縁取っている。
「おかえり、ヴォイド!何か釣れた?」
「……キタマクラしか」
「そっか、それじゃ食べられないねぇ」
ミオの声には自然な温かさがあり、時間を共に過ごしてきた二人の距離を物語っていた。
ヴォイドは少し歩みを進め、ミオの傍に立つ。
「夢師の仕事は、もう本当にいいのか?」
ヴォイドは少し照れたように、しかし真剣な顔で問いかける。
ミオは顔をしかめ、ヴォイドに詰め寄る。
「また、その話?あなたねぇ!」
両手でヴォイドの肩を軽くつかむ。
ヴォイドは驚き、後ろにあった椅子にゆっくりと座り込む。
「そんなに突っかかるほどのことか?」
淡々とした声だが、どこか戸惑いが含まれている。
ミオはその様子を見て、ヴォイドの首に手を回す。
「夢を見せる仕事は……素敵な仕事だと今も思ってるよ」
もうミオは夢師の仕事をすることが出来なくなった。でも言葉は優しく、目にはほんの少し光が宿る。ミオの表情は次第に輝きを増し、満面の笑みとなる。
「でもね、夢を叶えることの方がもっと素敵じゃん!だから、私は貴方と一緒にいるの、これからはずっと一緒だよ!ヴォイド!」
その言葉と笑顔に、ヴォイドの心は静かに揺れる。不器用で無表情だった彼が、ほんのわずかに笑みを返す。そして、迷わずミオを抱きしめる。
その温もりに、ミオは顔をうずめ、胸が熱くなる。
二人の体は重なり、呼吸を合わせる。長い旅の果てに、ようやく見つけたこの穏やかな時間。夢を紡ぐ必要も、命の危険も、もう何もない。ただ、二人でいることの喜びだけが広がる。ミオはそっと顔を上げ、ヴォイドの目を覗き込む。
「ねぇ、これからもずっと一緒に暮らそうね」
ヴォイドは無言で小さく頷き、ミオの唇にキスをする。
窓の外には、夕暮れの光が町を包み、田舎町特有の静寂が広がる。暖炉の火と、二人の体温と、言葉にならない愛情で満たされた小さな家――
そこは、世界で一番安全で、最も温かい場所になっていた。
「これからも、ずっとミオのそばにいる」
その声は淡々としていながらも、以前の無表情とは違う、確かな温かみを帯びた声。
最後にヴォイドがミオに伝える。
「ミオ、ありがとう……夢を教えてくれて」




