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第1話 出会い

――もし望んだ夢が見られるのなら、貴方はどんな夢を観たい?


 空に浮かぶ大陸がいくつも連なり、夜空には紫色の星々が瞬く世界。ここには、魔力を紡ぎ夢を見せる者――夢師――が存在する。

 夢師は、人々の望みや願いを聞き、眠る者に夢を魅させる仕事をしていた。夢の力は癒しにもなれば、希望や記憶の整理にもなる。夢師はなんでも出来る魔法使いではない、その人の願望や記憶といった断片的なものを魔力の糸『夢糸』で紡ぎ、一夜の夢を織る仕事である。


「ありがとう、ミオさん。本当に、あんな夢を観られるなんて……」


 淡い灯火に照らされた夢師の間。

 ベッドからゆっくり身を起こした青年が、目尻にまだ夢の余韻を宿したまま深々と頭を下げる。

 その傍らで、夢師ミオは頬杖をついて微笑んでいた。


「はいはい、どうも。でも私が魅せるのは本物じゃないのよ」


 青年は小さな袋を差し出した。硬貨の触れ合う音が部屋に響く。


「それでも、救われました。おかげで、久しぶりに妻の笑顔を見られたんです」


 ミオの瞳が、一瞬だけ柔らかさを帯びる。けれどすぐに肩をすくめて見せた。


「そう、ならよかったわ。」


 青年が去り、部屋には静寂が戻る。外からは夜の街のざわめきが届いていた。

 店の中では、依頼人が次々にやってくる。ある若い商人は、最近失った恋の思い出をもう一度見たいと願う。別の老人は、亡くした妻との思い出を夢で再現してほしいと頼む。ミオは淡々と作業をこなし、夢糸を巧みに操る。その姿は冷静だが、目は優しく、依頼人の心を察する力がある。


「夢って、大げさに言ってるけど、本当は代替品に過ぎないのよね」


ミオは小さく笑う。


「でも、それでも人は救われる。私はそんな夢を織るだけ」


ミオが夢師になったのは、幼いころの祖母との思い出がきっかけだった。祖母は高齢で記憶が途切れ途切れになっていた。ミオの事も分からなくなったある日、ミオは祖母の枕元で夢糸を使い、祖母の記憶の断片をつなぎ合わせることに挑戦した。


「おばあちゃん、覚えてる?」


ミオの声に、祖母はかすかに微笑む。


「ミオ……ちゃん……」


断片的な記憶が夢として浮かび、祖母は幼い頃の思い出、若い日の笑顔、家族との日々を一瞬だけ取り戻すことができた。ミオはその夢を紡ぎながら、祖母の手を握り、静かに涙をこぼした。そして祖母は、夢の中で微笑みながら眠るように息を引き取った。


「これが夢師の力……」


ミオは心に刻む。人を救うのは、魔法でも薬でもなく、夢を紡ぐこと――それが自分の使命だと。

夜が深くなると、街の灯りも少しずつ消え、人々は家路につく。


「今日も無事に終わった」


ミオは店の戸を閉めようとした時、扉を開けて大柄の男が入ってくる。


「すみません、今夜はもう――」


 ミオが顔を上げ、言葉を止めた。

 そこに立っていたのは、黒い外套に包まれた長身の男。

 月明かりを背にして、表情は影に沈んでいる。だが、わずかに覗いた銀灰色の髪と氷のような瞳が、冷たい輝きを放っていた。


「……依頼をしたい」


 低く、乾いた声。感情の抑揚は一切なく、ただ事務的に告げられる。

 ミオは眉をひそめた。


「依頼? なら明日――予約を取ってからにしてちょうだい。今は閉め――」


「金ならいくらでも払う。」


 男は腰に吊るした革袋を机の上に置いた。ミオの数か月分の収入に相当する量だった。その真剣さにミオは思わず言葉を失った。ただ冷酷なだけの瞳ではない。何か、底知れぬ“空白”を抱え込んでいるように見える。


「……ふぅん。急ぎなら聞くだけ聞くけど。どうせ、会いたい人に夢で会わせろとか、やりたかったことを夢に出せとか、そんなところでしょ?」


 男はわずかに首を振った。


「違う」

 そして一歩踏み出し、ミオの目の前に立つ。


「俺に、“夢”というものを教えてくれ」


 静まり返った空気が、さらに冷たく沈んだ。


「……は?」


 ミオは思わず笑い出しそうになるのをこらえた。


「ちょっと、何それ。夢を知らないって、子どもでも観るものよ? あなた、寝たことがないの?」


「眠ることはある。だが夢を観たことは一度もない」


 感情の欠片もない声で言い切る。冗談を言っている様子はない。


「夢を観る必要がなかった。俺は不死の傭兵として生き、ただ命令に従ってきた。失敗も、挫折もない。だから夢で記憶を整理する必要もなかった」


 ミオはあきれたように笑う。


「そんなことって、あるの……?」


 男は淡々と続けた。


「人と関わるのもすべて打算だ。感情に動かされることはない。――だが今、俺は知りたい。夢とは何か。他のやつがそこまで金を払ってまで欲するものが、何なのか」


 氷の瞳が、真正面からミオを射抜いた。


「金ならいくらでも出す。だから……夢を教えてくれ」


 ミオの胸が、不意に大きく跳ねた。


「へぇ……おもしろいじゃない」


 腕を組み、勝気な瞳で見上げる。


「夢を教えろって言うなら、教えてあげるわ!」


 ヴォイド――その名を、後にミオは知ることになる。夢を知らぬ不死の傭兵と、夢を織る夢師。ふたりの出会いが、この夜から始まった。


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