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転生御者の異世界巡行記

転生御者の古代魔法

作者: いりえちほ

今回は都市伝説が向こうからやってきました。

私の名前はアンビル。


転生者だ。


今日も無事仕事が終わり、ヴァルとどうでもいい話をしていた時のこと。

突然御者ギルドの扉が盛大な音を立てて、人の訪問を教えてくれた。

御者ギルドは老若男女問わず訪れるギルドのため基本は穏やかな雰囲気なのだが、まれにこういった登場の仕方をする人々は一定数以上はいて。

当然冒険者ギルドの面々が多い。


「いたいた、アンビル、ヴァレン!面白い話を仕入れて来た!!」

私とヴァルを見つけるなり、大きな声で呼びかけたのは〈三日月の牙〉のリーダー、セリーネ。その後ろにはリアナとミーナも揃っている。


〈三日月の牙〉とは魔導剣士のセリーネ・ロッシュと精霊術師のリアナ・フェルシア、後方支援のミーナ・カレルの女性三人組のことだ。

詳しいことは知らないが、〈三日月の牙〉は本人たちが名乗っているわけではなく、冒険者仲間が勝手に呼び出してそれがそのまま定着してしまったらしい。

本人たちはとても不服らしく、度々愚痴を聞かされている。


「あれ?あいつら、グラディオスにダンジョン攻略に行ってたんじゃないのか?」

グラディオスはここから歩いて二週間くらいで行ける武に優れた王国である。剣の国グラディオス、と言われることも多い。

最近そこにダンジョンが出来たという話を聞きつけ、その攻略にひと月前くらいにセリーネ達はこのベリルクレイドを旅立った。

三人とも魔法が得意だが、それ以外の能力を上げたいとよくグラディオスなどで武者修行を行っているらしい。


〈三日月の牙〉の三人は冒険者たちの中でも有名だが、御者ギルドでも有名。

三人とも異なるタイプの美しい妙齢の女性。三人の連携が鮮やかで、ちゃんと敬意も込められた名称なので本人たちは止めづらいようだ。

その三人が同時にいつもいるであろう冒険者ギルドではないギルドにやってきたので、いつもは落ち着いているギルドも少し浮足立っている。

現に受付のお姉さん(43歳、肝っ玉母ちゃん)がきらっきらした目で三人を見ている。

三人のうち誰かがお姉さんの押しなのだろう。


ヴァルの言葉に三人はビシッと敬礼をすると

「先ほど、無事帰還いたしまいた!」

と真面目な表情で報告をする。ヴァルはニヤリと笑うと「よく無事に帰った!私は君たちを誇りに思う!」と茶番に乗っかるように敬礼している。

ちなみにこのやり取りは我が国ディルマリア王国の騎士団のやり取りらしい。

ヴァルと三日月の牙の視線がこちらに向く。


最初のころは意味が分からず慌てたがそれもいい思い出、最近は慣れたものだ。

私は無言で敬礼を返した。ヴァルや三日月の牙に言わせると敬礼と一緒に一言欲しいらしいが、そんなもの私の辞書にはない。ということで無言を貫かせてもらっている。


一通りの茶番が終了すると(この茶番は私の敬礼で終了するものらしい、分からん)ヴァルは途端に砕けた口調に戻る。

「んで、面白い話ってなんだ?」

「グラディオスの都市伝説」

私とヴァルが都市伝説が好きなことを知っているセリーネがドヤ顔で答える。

私たちはその場で三日月の牙にこの後のスケジュールを確認し、「茜車」での会見を約束したのだった。


ベリルクレイドは、ディルマリア王国の中央部の街道沿いにある中規模の町で、交易と宿場の要所と言われている。

情報屋や旅商人、冒険者も多く活気に満ちている。

その関係か冒険者ギルド、探索士ギルド、報せ屋ギルドなどありとあらゆるギルドが存在している。珍しいところだと魔獣使いギルドだろう。世界に10拠点もないのに、このベリルクレイドには存在したりしている。


一方、剣の国グラディオスは騎士道精神が国の礎であり、剣技と忠義を何よりも重んじるという王政の国。その主都はドレヴァーン。ドレヴァーンでは、子どもでも木剣を持ち歩きいっぱしの騎士になるべく日々精進しているのは有名な話。

やはりこの国は冒険者ギルドが有名で、世界中から猛者たちが集まっている、とも聞く。

それとは別に自国の騎士団がありそれも強いらしく、武に振り切った国のようだ。

〈三日月の牙〉はよく行っているみたいだが、私はまだ訪れたことはない。


御者ギルドはギルド通りと呼ばれるギルドだけが軒を連ねる通りの入り口から二軒目に存在している。

ギルド通りは居酒屋「茜車」から始まるのだが、御者ギルドはその茜車の隣に位置していることになる。道を挟んで正面が冒険者ギルド。入り口の居酒屋にはギルドに関係ない人も普通に訪れる活気あふれる居酒屋だ。

入りやすい居酒屋で人も情報もここに集まりやすいと言われている。


茜車は御者ギルドの受付のお姉さんの43歳のカーミラがその料理を一手にさばいている。

安い早い美味いと三拍子揃っていて、カーミラに人生相談をする人も多い。ギルド出身者はこの味でいっぱしの大人になる人が殆どで、カーミラに頭が上がらない人も当然のように多い。

ヴァルと私も頭が上がらない筆頭だ。


カーミラの食事に舌鼓を打ちつつ、彼女たちが私たちに話した都市伝説は「黒鉄の騎士」と言われるもので、内容はこうだ。


「剣の国グラディオスには、数百年前に討伐されたはずの裏切りの騎士、グレイム・ロスフェルドの伝説が残っている。

黒鉄の鎧を身にまとい、仲間を裏切って魔族に魂を売った男。斬首刑の際、彼はこう言ったとされる。

「死してなお、契約は終わらぬ。我が剣はまだ血を渇望する」

以来、夜の街角に現れる無言の騎士の噂が絶えない。彼の前に現れた者は、何者であれ一太刀で斬り伏せられる。

ただし、生き残った者もいるという。それは剣を抜かず、ただ跪いた者だけだとか…」


セリーネの少しおどろおどろしい話し方に、一緒に旅に行っていたはずのミーナとリアナが生唾を飲み込んでいる。

言い方ひとつで雰囲気は変わるもんなんだなと感心してしまった。


「グラディオスの昔話か?」

そんな都市伝説の話が少し落ち着いてきたときに声をかけてきたのは、私たちの隣で一人飲んでいた男性だ。私たちが茜車に来たときからいた人。

「あぁ。グラディオスから今日戻ってきて、そこで聞いた噂話をこの二人に聞かせてた」

「俺も聞いたことあるぜ、グレイム・ロスフェルドの話」

「あれ?お兄さん、冒険者?…もしかして、ソロ?」

居酒屋で一人で飲んでいる冒険者はソロな人が多い。単発でパーティーに入ったりすることはあるが、基本は一人で活動している人は腕が立つ。

なので、冒険者の間でソロ活動は尊敬されることの方が多い。


「あぁ、今はソロだな」

「すごいですね!」

ミーナとリアナが驚いている。二人もほかの冒険者と同じように、サポートなしで活動できるソロには強い憧れがあるようだ。


「今はってことは以前は組んでたのか?」

「かなり前に似たようなスタイルの剣士と組んでたな」

「え?二人とも剣士のパーティー?」

「あぁ、グラディオスだとそれが普通だからな」

「え?お兄さん、グラディオス出身?」

「あぁ」


ワイワイと持ち上がる三日月の牙とソロ冒険者。

「私、グラディオス出身の方始めてみました」

思わず私が話すと、ヴァルが驚いたように私を見た。人見知りっちゃ人見知りですが、自分の縄張り内だと結構話しかけられるんです!要は内弁慶というのだがほっといてくれ…。

「グラディオスの人間が行くとするなら、ここよりエンブリグ山政連邦ですからね」

地理的にグラディオスからの距離はそこまで変わらないが、文化の違いがある。

エンブリグ山政連邦はディルマリア王国より、グラディオス寄りの文化なのだ。


そんな風に返答してくれたお兄さんは、その一瞬だけ私の相手をしてくれたが、そのあとはミーナとリアナから質問攻めにあっている。

剣技の話になってお兄さんも楽しそうに話をしているし、なんとなく入るづらい空気は感じる。

更にセリーネも三人の会話に乗っかり、お兄さんは後日三人に剣の指南をすることを約束させていた。

恐るべし三日月の牙のエネルギー...


隣になっただけで三日月の牙に絡まれているかわいそうなお兄さんは放置して、私はヴァルとの話に集中する。

「グレイム・ロスフェルド…グラディオスだと裏切りものの象徴って感じなのかね…」

「私はグラディオスに行ったことはないので何とも言えないのですが、そういった都市伝説ってたいてい逆ですよね」

「あぁ、裏切り者ではなく、裏切られた方ね」

「はい。亡くなったタイミングを考えると、汚名を被せられたって考えてもおかしくはないですよね」

「つーか俺、その名前どこかで聞いたことあるような気がすんだよな…」

「別のところで黒鉄の騎士の話を聞いたのですか?」

「うーん、都市伝説じゃなかった気がすんだけど…うーん」

二人で仲良くそんな話をしているのを、三日月の牙に絡まれていたお兄さんが見ていたのを私たちは二人とも気付いていなかった。


無事お兄さんとの約束を取り付けた三日月の牙はほくほく顔に宿に戻っていった。

一ヶ月もダンジョン攻略をしていたから、しばらくは休むんだ〜と言っていたが、その休みに指南の約束をしているのを見て、こいつらマジで戦〇狂か?と思ったのは私だけの秘密。


数日後、私は三日月の牙に誘われて、鍛錬の場に来ていた。

三人はお兄さんを「師」と仰いでいる。

「魔法の師」はいると言っていたので、このお兄さんは「剣の師」ということになるのだろう。


三日月の牙の剣の師、ことお兄さんの名前はヴェルト・ノア=アイゼンバーグ。35歳、ソロ冒険者、家族なし、現在は定住せず放浪の旅をしている。

ここに来たのは3日前で、一ヶ月ほどの滞在を考えていたらしい。

三日月の牙が反復練習をしているのを、私は今ノアさんと並んでみている。


三日月の牙は冒険者ギルド内に建設されている修練場を使っているらしく、申請があれば誰でも鍛錬を行え、見学に至っては申請なしで誰でも可能らしい。

三日月の牙が修練をするということで、数名の冒険者が見学に来ているようだ。

鍛錬をするという情報を聞きつけたカーミラが「仕事が…」と悔しがっているのに私はちょっと引いた。

相変わらずの人気だ。


二人で三日月の牙を見ていたら、ヴァルがふらりとやってきて私の隣にくる。

どうやらヴァルは昨日もふらりと見学に来ていたらしい。

暇なのか、御者ギルドのギルドマスター業は。

ちなみに、私もここ数日仕事がなく、そろそろ大型の仕事依頼が欲しいなぁと思っているところではある。


ノアさんのヴァルが軽い挨拶が終わると、ノアさんが三日月の牙から視線を外さずに問いかける。

「アンビルさんたちは、黒鉄の騎士のこと気になりますか?」

「私のことはアンビルで良いですよ。

気になるというか…そうですね、噂になるようなことがあったんだろうな、いったい何があったのかな?とか、真実を知りたくなるって感じですね」


のんびりと会話をしている男三人組に比べ、目の前で女三人組の動きが格段に良くなっているのが分かる。

普段は魔法を使った連携が多いが、今回は魔法は使わず剣のみの連携を行っているようだ。

やはり要になるのは、リーダーのセリーネだ。

「ミーナがどうしてもワンテンポ遅れるな…セリーネが今はフォローしているようだが、実践となると後方支援の魔法をミーナが使えるのは大きいな」

ノアさんの言葉に私はノアさんを見る。私にはミーナが遅れていることが分からない。


「ノアさんは黒鉄の騎士の事、ご存知なんですか?」

「…、まぁ、ここはグラディオスでもないし、ヴァレンは気づいていたみたいだから白状するけど、俺、黒鉄の騎士の子孫にあたるんだ」

「………血縁者?」

ノアさんは三日月の牙から視線を外すことなく、頷く。

「…………………………はぁ~!!!!!?????」

私がノアさんの言葉を理解するのにかなりの時間がかかり、思わずでたのは絶叫だった。


「あぁ、お前やっぱり気付いてなかったんだな…」

私の隣にいたらそれまで黙っていたヴァルが私をかわいそうなものを見るかのような視線で見ている。ここ最近で一番ムカつく視線だ。

ヴァルは出会った日に気づいていたらしく、昨日こっそり本人に確認もしていたらしい。

「本当にお前は補助系魔法に関してはスペシャリストなのに、人の機微にはどうしてそんなに疎いんだよ」

「それ、本当なのですか?」

ヴァルの呆れた言葉にノアさんが食いつく。

「そうなんです。こいつ、本当に鈍いっていうか…何というか」

「そうではなく…」

ヴァルが私の鈍いエピソードでも語ろうとしたのだろう、その言葉を遮りノアさんがこちらに身を乗り出してくる。


「補助系魔法のスペシャリストって方」

ノアさんが食いついたのは、私が補助系魔法のスペシャリスト、の方。まぁ、スペシャリストというか補助系魔法でチートです…とは言えずに二人の会話の黙って聞くことにする。

「あぁ、それは保証する。ちょっと俺が理解できる範囲を超えている。

下手に魔術師ギルドに頼むよりアンビルに頼んだ方がどうにか出来る可能性は高い。魔術師ギルドでもどうにもならんことは割とアンビルの専門なところあるからな。

こいつが魔術師ギルドじゃなくて御者ギルドにいるのが本当に疑問」

ヴァルの言葉に私は驚く。ヴァルの私の評価が思った以上に高く、ちょっと気になる表現があるのはこの際置いておく方向性で行く方針だ。


ちなみに、私が魔術師ギルドにいないのは、単純にそこに入る資格がないからだ。

魔術師ギルドに入るためには、魔法学校を卒業していることが一番最低限の条件なのだが、私がそれを満たしていないのだ。


「私の剣を見ていただきたいのです!」

身を乗り出すようにノアさんが言う。私は思わず仰け反ってしまうが、ノアさんの勢いに私はただただ圧倒された。


ヴァルの執り成しでノアさんを落ち着かせ話を詳しく聞くと、アイゼンバーグ家には代々伝わるグレイム・ロスフェルドの剣がある。

それは言い伝えのある剣。微かに音が聞こえるもののすぐ消えてしまうし、柄から抜くことも出来ない。

何が原因なのかもわからないので、グラディオスの魔術師ギルドに持ち込んだのだが、そこでは解決できず、学問・魔法・旅人保護が重視される中立国であるディルマリア王国のここに向かい、放浪の旅に出たのか1年前。


ここに来て、魔術師ギルドに行こうとしたらそれよりも先に三日月の牙に捉まった、というわけだ。

ノアさんはその剣を宿に保管しているらしく、後日改めてその剣について調査することとなった。

さらにそこに三日月の牙も興味を示し、結局6人の都合の良い二日後に調査日となった。


二日後。約束していた時間よりかなり早い時間に全員が集まる。

そわそわと全員が予定の時間より早く集まったのだ。

余計な邪魔が入らないように、個別の部屋を抑えた。

そこはヴァルの権限を全面に活用した。御者ギルドの応接室だ。


世間話をすることもなく、ノアさんは問題の剣を応接室の机に置く。

三日月の牙は邪魔をする気はなさそうではあるが、ノアさんの持ってきた曰くつきの剣が気になっているようだ。


その剣は確かにかなり古い。それこそ、黒鉄の騎士が愛用してた剣といわれると納得しそうな雰囲気。

禍々しいわけではないが、薄らと魔術の跡を感じる。

弱いのか魔術をかけられているが、時間が経ちすぎているのかよく分からない。

「確かに何かの音が聞こえる…」


私はノアさんの持ってきた剣に手をかざす。

確かに感じる。今、私が使っている魔法とは違うものだ。

「古い魔法だ。防壁がかけられている」

私のつぶやきに反応したのはヴァルだ。

「古代魔法かな。古代魔法の封印詠ふういんえいだろうな。俺も魔法学校で聞いたことあるくらいで、本物をみるのは始めてだ。複雑すぎて、100年くらい前に改善された魔術が開発された...…ハズ」


私はヴァルの真剣な表情に、これは結構めんどくさい魔法なのかもしれない、と感じ始めていた。

古代魔法か…。ちょっと今の魔法の周波数が違っていてあまり得意ではないんだよなぁ。

私は自分に気合を入れて、集中して古代魔法の周波数に合わせる。


私の古代魔法の周波数に合わせた魔力に反応したのか、剣が突然発光する。

『三たび立て、影に従わず、光にも帰らず。

敵は汝にあらず、正しさを数える声に耳を塞げ。

汝が血に伏す者こそ、真に我が遺志を継がん』

低い声だ。性別が分からない声音に私は不思議に思う。


「…これがかすかに聞こえていた内容、ですね」

「どういう意味、でしょうか…」

ノアさんが私に尋ねる。

「…一つ言えるのは、多分これは開封のために必要なことだと思います」

「なぜそう思う?」

「古代魔法が切れていない…。今の言葉の下に何かある。この防壁はその下にある何か、多分、違う魔法だとは思うけど、それを守っている」

ヴァルは「お前は相も変わらず…」と言っているが、気を取り戻すように声を出す。


「オッケー。

汝が血に伏す者こそ、真に我が遺志を継がんが開封の条件だろうな。まぁ、普通に考えてここは自分の血縁者の血を使うんだろうな」

「そうですね、私もそのように思います。先ほどの言葉の意味は

何度倒れても立ち上がれ。裏切りにも正義にも染まってはいけない。敵は誰でもない。正しさは人の数だけ存在する。多数決の正義でも時に間違えることもある。自らの家名に執着しない者のみに私の意志を伝える。

かなり、意訳していますが、そんなところだと思います」

ヴァルの言葉にうなずいたのは、三日月の牙の最年少ミーナだった。

男性全員の視線がミーナに向く。ミーナはその視線に驚いたのかセリーネの後ろに隠れる。

「三人の中で一番、古代文字に詳しいのはミーナなんです」

リアナはそんな二人を見て説明する。


「なるほど。ミーナ、そんな特技があったんだな。

最終的にはノアさんの意見を優先しますが、この言葉の言う意思を受け取りますか?」

ヴァルの言葉にノアさんは頷く。

「俺はずっと知りたかった。グレイム・ロスフェルドのことを。ロスフェルドの名を捨てたのか、裏切り者の意味も、その真実を。

それが分かれば、俺は前に進める、...ような気がするんだ」


言葉に出来ないことがあるのだろう

ノアさんの35年間も何も知らない私が、何か言うことはできない。

転生前の記憶があるにしても、私の精神はここで生きた20年分しか成長できていない。

ここには正しい言葉など必要なのであろうか…


「ノアさん、大丈夫ですよ。私意外と、回復魔法も得意なんです」

血を出した後の応急処置程度しかできない私の言葉を正しく理解したノアさんがかすかに微笑んだ。


古い剣だと思う。

本来の輝きはとっくになくなっているのだろう。

さびている、とは異なる進化をしたようにも感じる。

これが古代魔法の雰囲気なのだろうか。この剣が持つオーラなのか。

ノアさんは自分が持っていた短剣で自分の掌にまっすぐに刃をあてる。

ノアさんの血がその短剣に触れた瞬間、私は何も考えることもなく、それが正しいと理解した。

記憶を照らす灯(ルクス・メモリア)


私の言葉に反応し、剣の表面に微かな亀裂と共に古びたいくつかの文様が浮かび上がる。

その文様は混ざり合うように光にとける。

そして、一人の男がゆらりと浮かび上がる。


ノアさんよりも10くらい年上だろうか、血縁者を思わせるその風貌にその人がノアさんの先祖のグレイム・ロスフェルドその人だということはすぐに理解した。

裏切り者として都市伝説となった男が目の前にいる。


ゆっくりとグレイム・ロスフェルドが目を開ける。

『……誓いは、終わらぬ。我は真の盾なり。

汝らが見し“裏切り”は、誓約に背いた我が姿にあらず。

真実は闇に沈められた。我にある咎により、それをる。

星の導きにより影の奥より真実は姿を現す。

偽りの王の咎よ、見よ。正義は今、剣とともに蘇る』


吐息のような言葉にミーナの震える声が続く。

「ダルヴァンは誓いを終えていない。私は真実の盾である。

あなたたちが知っている裏切りは、偽り。それでも私にある罪によりそれを受け入れる。

運命に導かれ、その真実は白日の下にさらされる。

かつての王家の罪、その血筋は裁かれよう。正義と真実は剣と共に蘇る。」


私は自分が息をのんだ音を聞いて、我に返る。

「これは……剣に刻まれた、言葉……」

ノアさんが呆然とその姿を見ている。

「思い出した…グレイム。どこかで聞いた名だと思っていた。

グラディオスの正史の一つに残っている名。王太子と共に戦った英雄の名。

王に仕え、民に仕え、そして己に仕えたと言われる人物。

伝承は意図的に歪められていた。黒鉄の騎士は、グレイムは、王家を裏切ったのではなく――

王家を守った。けれど、共に戦った王太子がなくなり、その真相は揉み消され、彼は“見せしめ”として処刑された」

ヴァルが同じく剣から現れた映像に呆然としている。


「そして……魔族と契約して復讐の霊となった?」

セリーネの言葉に反応したのもヴァル。

「いや、魔族との契約は後世の脚色だろう。意図的に歪められた伝承だよ。

実際は、無念を晴らすために、誓いを果たすために――“帰ってきた”んだよ。

この言葉は、それを証明してる」


「なぜ思い出せなかった?」

私の問いかけにヴァルは苦笑を落とす。確かに居酒屋でどこかで聞いた名だと言っていた。

ヴァルはグレイム・ロスフェルドの映像で記憶が刺激されて思い出したのだろう。

「俺が知っている名がグレイム・ロスフェルドではなかったからだよ。

おそらく、グレイム・ロスフェルドはグラディオスでの名前か都市伝説でつけられた名前なんだと思う」


本当の英雄をダイレクトに汚名をかけるのは避けたかったのだろうし、英雄の祖孫の復習を恐れたのだろう。

だが、歴史の中でグレイム・ロスフェルドの子孫はその名を継いでしまうことになってしまった。

「本当のグレイム・ロスフェルドの名は、グレイム…」


グレイム・ロスフェルドにはノアさんが見えているのだろうか、呆然とグレイム・ロスフェルドを見上げているノアさんを僅かに優しい瞳で見つめている。

『真なる継ぎ手よ

正義は数にあらず、真理は耳にあらず。目を伏せるな。

汝の歩みこそが我と汝が名をむ。

名は、』


アイゼンバーグ


グレイㇺとヴァルの言葉が重なる。ノアさんが大きく目を見開いている。

これはミーナの解釈が無くてもわかる。


私の正当なる後継者。

正義は多数決ではない。真実は聞いたことがすべてではない。

信じることなく、疑うことなく、自分の目を信じろ。

後継者たる汝のその進む道が私の汝の名前を広める。

その名は…


ノアさんは今にも泣き出しそうに声が震えている。

「グレイム・ロスフェルド、いやグレイム・アイゼンバーグは、確かに英雄だったんだ」


剣は光を失い、同時にグレイム・アイゼンバーグの残像も消える。

それまで古ぼけていた剣は、新しく命を吹き込まれたように輝いている。

「古代魔法の残滓がない」

私の言葉にノアさんは我慢していたものを開放するように嗚咽をこぼす。


三日月の牙が静かに応接室から離れる。セリーネが私たち二人を見て頷く。

私はヴァルを見ると、ノアさんに向けて回復魔法をかける。

ヴァルが私の背を押し、この部屋から出るよう促す。

今のノアさんに私たちがかけれる声などない。


ノアさんがその部屋から出てきたのは、そこから30分後のことでその手には雰囲気を変えた少し古い意匠の剣を携えていた。

一気に登場人物が増えました。

思った以上に三日月の牙が動かず、ノアさんを動かすこととなりました。


前作では評価ありがとうございました。

あといいねとかもいただいたようでありがとうございます。

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