日出処の天子
蝉の鳴き声がアスファルトに反響し、静けさと緊張がコンクリートに染み入っていた。
むせ返るような暑さが包み込む8月6日______厳重な警備に守られた天皇が広島の平和記念式典に現れた。
市内には厳戒態勢が敷かれており、天皇の護衛には警視庁SPや宮内庁護衛官、さらには中国公安部の要人が就いていた。
式典会場周辺には半径5km圏のドローン飛行禁止区域、RF探知機による通信監視、顔認証ゲートが設置されていた。
元侍医の委員会メンバーは、宮内庁から天皇の元側近ということから通行証を貰っていたため、会場内に立ち入ることができた。
会場内に侵入後、元佐伯医官は関係者席に案内され、通訳や記録係を装った中国公安部職員と思われる人達が、演説台を取り囲んでいた。
元佐伯医官は、式典中に天皇と接触することは非常に難しいと考えたため、終了後に接触することにした。
現内閣総理大臣の挨拶を終え、天皇の弔辞の出番が回ってきた。
今回の式典は、あくまでも太平洋戦争で亡くなった英霊たちへの言葉ということと、中国からも要人が秘密裏に訪れていることを踏まえ、内容は今まで言ってきたことと同様の、紋切り型のものであった。だが、言葉の節々から読み取れる天皇の気持ちは、抑えられるものではなかった。
元佐伯医官も主君と同様な心情であった。
平和記念式典が終わったあと、元佐伯医官は退場時に天皇の側に寄り、護衛官に「旧知のご挨拶を」と申し出た。護衛官は邪険な態度であしらおうとしたが、天皇が彼のことを覚えていたので「短い時間であれば」と承諾してくれた。
元佐伯医官は軽く久方ぶりの挨拶と軽い世間話のあと、
『月かげの さやかならねば 人しれず
逢ふべき夜半の 道ぞ恋しき』
と、和歌が書かれた短冊を渡した。
かつて天皇が胃がんの療養で元佐伯医官の元に入院していた頃、2人の共通の趣味である和歌の歌合いを楽しんだことが合った。元佐伯医官は、天皇がその意図を理解してくれると信じて、和歌を暗号としたのだった。
天皇は和歌を読んだ後、
『雲はれて 君がまにまに 月ぞ出づ
しるべとなりて 夜半の道ゆかむ』
と歌を詠み、そのまま従者とともに車の方向へ歩いていった。
日が暮れ、蝉の声が途切れ、涼やかな夜風が川面を撫でる頃夜十時頃、元佐伯医官は天皇が宿泊している皇室御用達の温泉旅館へ向かった。
旅館には天皇の他に、護衛官や宮内庁所属の従者、中国外交団が宿泊していた。
旅館一階の長い渡り廊下の一番先にある部屋に天皇が宿泊しており、その隣には従者、護衛官という順に宿泊していた。中国外交団は最上階全部屋を貸し切りにし、宴会場で打ち上げを行っていた。
元佐伯医官は、入り口で合流した天皇の側近の従者と共に天皇が宿泊している部屋に入った。
従者が根回しを行ってくれたので、護衛官や警察関係者は部屋付近にはいなかった。
元佐伯医官と天皇_____二人は部屋の真ん中にある座敷机に向かい合うように座った。従者には部屋内の寝室の前の扉で待機してもらった。
電灯を消した部屋では、カーテンから漏れる月光のみが、二人の姿を確認する術となった。
天皇は黙ったままであったが、元佐伯医官から静寂を破り、単刀直入に今回の会合で話すべきことを余すこと無く話した。委員会の存在。今行っている作戦。中国の脅威。あとには引けない現状。国民統合の必要性と天皇の不可欠性。
_____そして、委員会の存在を承認し、バックについてほしいこと。天皇から直接国民に統合を促してほしいこと。
天皇は沈黙を貫いたままであった。静かに筆を取り、紙に和歌をしたためた。
『たづたづし 舟の舵取り 見ぬ世にも
まもらむ国の 波間を照らす』
「私は国民統合の象徴。政治には直接、関わることはできません。」
天皇は続けて言った。
「舟の持ち主は民です。私はただ、北極星の如くその位置を示すのみ。
……しかし、星を見上げるよう国民に呼びかけることはできましょう。」
天皇は、直接的に委員会の存在を承認し、表立って後ろ盾となることは拒んだが、国民の統合を促す発言をすることは受け入れたのだ。
『しきしまの 大和の国は 言霊の
さきはふ国ぞ ま幸くありこそ』
「この歌を、次にある式典の時に詠みましょう。理解する者の心には届き、貴殿達の力となるでしょう。」
元佐伯医官は、天皇に別れの挨拶をし、部屋を立ち去った。
背後で障子が静かに閉じられる音が、今宵の密会の終わりを告げた。
天皇はあくまでも、本人の意志的にも、国民統合の象徴であり、それ以下でもそれ以上でもない。
ただ、彼もまた、再び_____大和国を取り戻すことを願っている人の一人であった。
天皇という後ろ盾を得られなかったことは委員会にとって、頼みの綱を失ったことと等しかった。
旅館から出た元佐伯医官は、ただ_____夜空の北極星を見上げていたのであった。




