神秘性・象徴性
皇国再建委員会による電脳世界での陽動作戦は限界が来ていた。今後の方針を考える作戦会議にて、ある委員会メンバーが、天皇と接触するべきではと発言した。
天皇とは_____日本国における君主である。古代から政や軍事、祭事などを司ってきた。江戸幕府が倒れた後、明治政府により大日本帝国憲法が執行され、実質・制度上天皇が国の主権者となった。太平洋戦争敗戦後、米国・GHQ主導の日本民主化政策により、天皇は主権が剥奪されたが、後の日本国憲法により、天皇は国民統合の象徴とされた。
長年現人神であった天皇は、人間宣言後も、人々の心の奥で神秘的な存在として崇められていた。
2000年以上の歴史を持つ天皇家は、日本国の歴史を反映していると言っても過言ではない。
世界で唯一の皇帝の影響は、日本人のみではなく、東南アジア諸国や、中東・ヨーロッパにも及んでいた。
皇国再建委員会という名前は、かつての天皇治世の日本国を取り戻すという志の下に名付けられた。名前に皇国とついてはいるが、天皇との接触はまだしておらず、公認もされていなかった。
委員会メンバー誰もが天皇との接触_____ましてや、その影響力の利用など禁忌として考えていたため、今まで接触を図ろうとしてこなかった。
しかし、地下組織としての活動には限界が来ている。何としても、日本国国防のために、中国の陽動は防がなくてはいけない。
自分達の力及ばずで国が滅ぶよりかは、天皇を利用して、国難を乗り切るほうがマシだという考えがでてきても可笑しくはない状況だった。
ある一人のメンバーは、心の中で状況打破と禁忌破りを天秤にかけた。
もし、この状況を打破できなければ、自分の大切な家族や友人、大好きな故郷やこの国が滅んでしまう。国民統合の象徴であり、日本国の歴史を反映してきた天皇自身も、この国が滅ぶことは望んではいないはずだ、と。
自分の意志に従い、そのメンバーは禁忌を打ち破った。
「天皇を利用したら良いのではないか」
その発言は、他のメンバーの禁忌も打ち破った。
_____なんのための皇国再建委員会だ。このまま中国によって国が滅ぼされてもいいのか。先祖たちが守り、紡いできた歴史を、自分達が失ってもいいのか。
委員会は、委員会の存在意義を再び実感した。
しかしながらも、天皇利用を前向きに検討する者はいなかった。
_____今は国家存亡の危機ではあるが、天皇を巻き込めばその存続すら危ぶまれることになる、天皇を委員会の影響下に置き、表舞台に立たせることはどうなんだろうか。実は、日本再統一は自分達のエゴにしか過ぎず、一般の国民や天皇は、大きなリスクを背負ってまで再統一することは望んでいないのではないか。
様々な不安や悩み、葛藤が委員会全体を覆っていた。
議論はさらなる議論を生み、白熱していった。
「天皇が我々の政治的目的のために使われることを、本当に是とするのか? それは、戦前に戻ることと同義だ」という意見もあった。
議論は数日にも及んだ。メンバーの、強い愛国心を土台としている再統一意識や国防意識によって、最終的に天皇と接触することが決定した。
しかしながら、天皇との接触は容易ではない。厳重な警備体制、政府による監視が大きな障害である。
今も天皇は皇居を住まいとしているが、一般人は立ち入ることができなくなってしまった。さらに、今では皇居は宮内庁のほかに中国共産党の管理下でもある。
侵入することはほぼ不可能。
どうやって謁見すれば良いのだろうか。
天皇との接触方法を模索中、ある別の一人のメンバーが自分から天皇と接触することを申し出た。
彼は、第二次日中戦争中に医官として徴兵され、敗戦後に他の隊員とともに委員会に参加した者だった。話を聞くと、医官として徴兵される前まで、皇族の健康を管理する侍医として働いていたとのことだった。
天皇との接触の計画は以下のように決まった。
・今年の8月6日、広島で行われる平和記念式典に出席する天皇と接触する。
・侍医であったメンバーが、個人的挨拶として天皇に顔を合わせる。
・2人きりで話をしたいと警備や従者に申し、傍聴されないよう、天皇が宿泊する宿に、夜会うことを約束する。
・30分程度の短い時間で話は終わらせる。
・天皇に、委員会の存在と目的、現状を伝え、国民に統合を促すよう、協力を要請する。
委員会は、天皇の協力を頼りにするしかできない状況である。もし、天皇が協力をしてくれなかったら、接触に失敗したらどうすればよいのだろうか。
_____不安が入り乱れる中、8月6日を迎えた。
第二次日中戦争後の天皇_____当初、中国は忌まわしい過去の因縁を取り払うために天皇制廃止を望んでいた。だが、和平会議における日本代表の強硬的な反対や、米国が太平洋戦争終結後も天皇を象徴として存続させた歴史を鑑みて、日本の対中意識を極力抑えるために象徴天皇制は存続させた。天皇は政治に関与しておらず、ただの国民統合の象徴として存在することを望んでいるが、中国は天皇に対し、共産党の影響下に入るよう圧力をかけている。天皇の御所である京都御所や皇居には、中国からの外交官や党の上官が宿泊するための部屋や、おもてなしを受けるための部屋が設けられた。その部屋には赤い絨毯が敷かれ、天井には中国式の龍の彫刻が飾られていた。だが、天皇は一度も足を踏み入れたことがなかった。中国側の人間も今までその部屋は利用したことはない。この一件を通して、共産党は、政府とは良好の関係だが、宮内庁や文科省などの日本省庁とは険悪な関係になった。