黒縄会
やがて、2人を乗せた耀輪車は、黒い石煉瓦と鋳鉄で組まれた建物の前で停車した。
既に辺りは暗くなっていたが、その建物と周囲の街道にだけはルーミライトの照明が設置されていて、一定の明るさが保たれている。
「降りろ」
3人の男に連れられ、迅とシオンはその建物のドアに入ってゆく。
入口を入ってすぐの部屋には二人組の男が丸テーブルを囲んで談笑していた。おそらく人の出入りを見張っているのだろう。
二人は迅達を見ると、何が面白いのか嬉しそうに笑った。
「おい、シオンちゃんが男連れてきたぞ」
「まじか!ペアで来ると面白いからなぁ。……ほら、この間の夫婦も……傑作だったよな!」
「あれは良かったなぁ!男のために償いを選んだ時には泣いちまったぜ……」
「結局男のほうは死んじまったらしいけどなあ」
ギャハハといった下品な笑い声が響く。シオンはそれを見て心底不愉快そうな顔をしていた。
その二人組の前を通過すると、入口から見て右の壁にある扉へ案内される。
背後から「シオンちゃんはツラが良いから身体で償えるかもな」なんて声が聞こえてきたが、迅とシオンは無視して扉に入った。
* * *
部屋には2人の男が待っていた。
一人は腰に刀を差した深藍髪の青年、もう一人は武器をもっていない壮年の男だ。二人とも縄の刺繍が入った黒のロングコートを着用している。
「左方の腕。連れてきました」
3人組の一人が、壮年の男に向けて言った。
その男こそ、シオンを呼び出した張本人――左方の腕である。
「第11傘下のシオン。会うのは3度目か?」
左方の腕が口を開く。シオンの表情から緊張が読み取れた。
「それで、そっちの男は……見ない顔だな。まあいい」
迅を一瞥すると、左方の腕はシオンに一歩近づき、それを見た迅が身構える。
「ルーミナイトはどうした」
「……」
シオンは何も言えない。彼女が任されていたルーミナイトの回収は、バルドの陰謀により失敗してしまったからだ。
「俺はルーミナイトを持ってこいと言った。しかし、お前が持ってきたのは冴えない男一人だけ。ルーミナイトと男を聞き間違えたか?」
左方の腕は再度、迅を一瞥するとシオンに嫌味を向ける。
「わかってると思うが、お前が手ぶらで帰ってきたことは知っている。真っ直ぐここに来ずに13区を彷徨いていたことも。何か言ったらどうだ?」
その問いに対して、ついにシオンが口を開いた
「ルーミナイトの採掘には失敗しました。雇った傭兵の裏切りでモンスターが襲撃、採掘隊は隣の彼以外全滅です」
その言葉に左方の腕が眉をひそめた。しかし、シオンは続ける。
「彼は壁外民でありながら魔法の適正を持っていたので連れてきました……」
自身より一回り大きい左方の腕を見上げて話すシオンの眼には、ある種の覚悟が見えた。
「言うことはそれだけか?」
「はい。申し訳ございません」
二人は数秒見つめ合った後、左方の腕は振り返り数歩だけ歩くと再び口を開いた。
「第11傘下のシオン……二度目の未達だ。ルーミナイト採掘のお守りくらいはできると思っていたが……」
「……」
シオンの表情は厳しい。
二度目の未達。それは文字通り二度目の失敗を示しており、黒縄会では特別な意味を持つ。
「選べ。――試練か?償いか?」
試練と償い……
それは二度目の未達となった者が選ばされる究極の二択。
"試練"を選べば危険極まりない任を与えられ、失敗すれば命を以て償うことになる。
"償い"を選べば左手と左目を失い、13区のルールに従い生涯を孤独に生きる。
「試練で……」
悩むこと無くシオンは答えた。
そして、迅の方を見て続ける。
「ジンは……その男は使えます。どんな危険な仕事でも、必ずや遂行してみせます」
しかし、それを聞いた左方の腕はシオンの主張を否定した。
「生憎、採掘も任せられないお前と元光掘りに任せる試練は無い」
「え……?」
シオンは困惑の表情を浮かべる。
その様子を鼻で笑いながら左方の腕は説明した。
「理解していると思うが、試練なんてのは建前で死んでもらう口実でしかない。もし、達成できるような奴なら生かしておく価値があるってだけでな。……ところで、シオン。お前には無謀な試練で死なれるより、もっとマシな使い道があるとは思わないか?」
周囲の男三人がひっそりと笑い出す。深藍髪の青年は沈黙を守っていた。
「黒縄会に納められなかったルーミライトの採掘利益。お前のツラなら……そうだな、ランドで一週間ほど、不眠不休で中央の変態共と遊んでれば稼げるだろ」
「……ッ!」
その言葉を聞いた瞬間、シオンの表情が絶望に染まった。
周囲からは下卑た笑い声が上がっている。
シオンが固まっていると、両サイドから取り巻き二人に腕を掴まれた。
「じゃあシオンちゃん、あっちに行こうか。明日から頑張らないとだからさ」
その光景を見た迅が飛び出す。
そして、シオンを連れて行こうとする男の肩を掴んだ。
「さっきから、俺抜きで話を進めんなよ」
「ああ?なんだてめぇ」
――キンッ!
男が言い返した刹那。一筋の閃光が走る。
閃光は男の肩を掴む迅の右腕を縦断すると、その肘から先を綺麗に切断した。
「ジンッ!」
シオンが叫ぶ。
「……ッ!」
断面から血飛沫が上がり、床に落ちた腕からは血溜まりが作られようとしていた。
「くッ……!」
迅はその場にうずくまり切断面を抑えるが、血は止めどなく流れ出る。
「でしゃばるんじゃねぇよ。壁外の世間知らずが」
迅の目の前にはいつのまにか、深藍髪の青年が立っていた。
彼が腰に差していた刀は、今は鞘に納めたまま左手で握られている。
「こいつ殺しますか?」
「ああ、殺せ」
左方の腕が冷たく言い放った。
青年の方を横目で見ながら、迅が口を開く。
「今の……お前がやったのか……?」
「……」
青年は閉口したまま刀を抜き、迅の首目掛けて刀を振るった。
しかしその瞬間、迅の身体が発光する。
――ルナクタの光だ。
迅は刀が振り下ろされるよりも速く、青年のガラ空きとなった胴を蹴り飛ばした。
吹き飛ばされた青年は壁に激突。そのまま壁を突き破り、入口のフロアに転がり込む。
実は、迅がこの場所に連れて来られた時、耀輪車内の照明に使われていたルナクタを拝借していたのだ。
「野郎!」
咄嗟に、迅達を連れてきた三人組が並んで武器を構える。
それは鋼鉄製の筒にグリップを生やした武器だ。
爆発音と共に筒の先端が発光すると、小さな鉄球が射出された。
その鉄球が空中で弾けると、いくつにも分裂して迅に襲いかかる。魔術的散弾だ。
迅はそれらを回避するため、スライディングで男達に近づく。そして、勢いは殺さずに立ち上がると、正面の男の顔を左手で掴み、振り抜くように右側の男の側頭部に打ち付けた!
頭部を強打された二人は失神。持っていた武器が手から滑り落ちると、迅はそれをキャッチした。
そしてルナクタを纏わせ、三人組の最後の一人に向けて投擲する。
超高速で放たれた鉄の塊は、驚愕の表情を浮かべた男の頭部に命中。
「パンッ」という音と共に眼球が弾け飛び、最後に残った男も動かなくなった。
「なかなか面白いな、お前」
左方の腕が興味深そうに語りかける。
「おい!なんだこれ!」
壁に空いた穴から、武器を構えた二人の男が乱入する。部屋の様子に心底驚いている様子だ。
荒れた部屋に倒れた男が三人、そして片腕を失った迅と左方の腕が睨み合っているのだから無理もない。
「まぁ待て」
左方の腕が武器を下ろすように二人を制した。
「リヒト、お前……ちょっと本気で戦ってみろ」
壁穴の奥で、リヒトと呼ばれた深藍髪の青年が立ち上がる。
二人組の男は、彼の為に道を開けた。
リヒトは、コートの埃をあらかた払い終えると迅を睨みつけ、「表に出ろ……」と一言だけ伝える。
それに対して迅は、切り落とされた右腕を拾い、リヒトと向かい合った。