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13区のルール

 黒い石煉瓦と鋳鉄で組まれた、威圧感ある建物。

 15メートル程の高さを持つその建物は、周囲に2階建てや3階建てで作られた木造の建造物と比較しても異質であった。窓は1つも見当たらず、入口は片開きの扉が1つだけ。その扉には、縄が複雑に絡み合う様を描いたレリーフが刻まれていた。


 その建物内の一室。

 ルーミナイトの光源によって薄暗く照らされた広めの石畳のフロアに、一人の男が両膝をついていた。黒のズボンにグレーのジャケットを身に着けたその男の顔には恐怖が浮かんでいる。

 視線の先には、全身を黒で統一した装いの男がロングコートの両ポケットに手を突っ込んだ状態で立っていた。コートの背には建物の入口に刻まれていたレリーフと同様の刺繍が施されている。


「未達……」


 男の低い声が静かに響く。聞く者を氷の刃で突き刺すように冷たく鋭い。

 その声を聞くと、膝をついている男の顔に浮かぶ恐怖が一層濃くなり、彼の瞳に涙が浮かんだ。

 そして頭を垂れ、口を開く。

 

「も……申し訳ござ……ございませんでした……」


 恐怖によって上手く言葉を絞り出せない男の謝罪を気にも留めず、男が再び口を開いた。


「第9傘下、カバリロ……二度目の未達…… 」


 すると、怯える男――カバリロと呼ばれたその男は髪の毛を掴まれ、引き摺り上げられた。


 「いだッ!……ひっ!」


 無様な悲鳴を上げたカバリロの眼前に男の顔が迫る。


「選べ。――試練か?償いか?」

 その言葉を聞いた途端、カバリロの顔が絶望に染まる。

 目は伏せ気味となり口を開くことを恐れているかのように閉口する。


 質問の答えが出せない様子のカバリロを見た男がため息をつくと、カバリロの左目の眼球が「キュウッ」と音を立てて潰れ始めた。


「ひ、ッ……ぎ、あああっ!!」

 

 それはまるで、手のひらで握り潰される果実の様だ。

 形を歪められたことによる圧迫で内部が出血し、その眼は真っ赤に染まった。

 痛みに耐えらないカバリロは両手で左目を押さえながら激痛に叫んでいる。


「これが償いだ」


 男がそういい放つと「ブチッ!」っと、張り詰めた何かが千切れる音が響いた。

 そして、カバリロが押さえている左目の隙間から血が溢れ出す。


「う……あああ……」


 止まらない血。

 出血を抑える左腕と、それを支える右手。どちらも肘まで血で染まり、じわじわと床に滴を落としていた。


 必死に痛みに耐えるカバリロ。

 男はその様子を見ると不満そうに言い放った。

 

「そんな顔をするなよ……迷ってたからお試しさせてやっただけじゃないか」


 * * *


 アルカディオン王国へ入壁した迅を待っていたのは、壁外や採掘場の集落では見られないような街並みだった。

 建造物は壁外のものと比べて一回りも二回りも大きく、それらが街道に脇でひしめき合うように並んでいる。そして殆どの建物が石造りだ。街道の端にはいくつかの露店が並び、活気付いている。

 それを見た迅は、驚きと感嘆が混ざった声を出した。


「これが、壁内……」


 その様子を見たシオンは何やら複雑そうな表情をしている。


「さあ、行きましょう」


 そして、迅を急かすように連れていくのだった。


 * * *


「それで、俺たちはどこに向かっているんだ?」


 そそくさと先を歩いて進むシオンに、後ろからついて来ている迅が問いかけた。

 それに対してシオンは振り返らずに答える。


「ルナクタです。ジン、あなたは今、一つも持っていませんよね?」


「え?……ああ、持ってない」


 採掘場で回収したルナクタの筒は、バルドと戦った時に使い切ってしまっていた。


「でしたら、どこかで補充しないと戦えないですよね?なので買える店を探しているのですが……」


 生憎、歩きながら確認できる露天の中で、ルナクタを扱っている店は見当たらない。


 すると、歩いていた迅の視界の端で、「あっ」という小さな声が上がった。

 

 一人の女性が何かにつまずいて転び、手にしていた紙袋が地面に落ちる。袋の口からはパンや果物などの食材が溢れ出し、あたりに散らばった。

 女性は慌てて地面の食材を拾い集め始めるが、何故かその動作はぎこちない。

 

 ――その彼女には左腕が無かったのだ。


 そして奇妙なことに周囲を行き交う人々は女性の転倒に気付きつつも、ただ一瞥するだけで誰一人として足を止める者はいなかった。


 その様子を見かねた迅が駆け寄り、少し離れた所に転がったリンゴを拾うと、その女性に渡す。


「大丈夫ですか?」


 すると、座り込んでいた女性が驚いた様子で迅を見上げる。

 その顔を見た迅も、また驚愕した。

 

「……!」


 その女性の左目は、閉じられた状態で入念に縫い付けられていたのだ。

 瞼の上をジグザグに這うように留められた黒色の鉄糸は、見るからに痛々しい。


「え……と、ありがとうございます……」


 助けられたのに何故か困った様子の女性が、迅にお礼を述べる。

 すると、前を歩いていたシオンが迅の行動に気づき慌てて向かってきた。


「ジン!だめ!」


 ジンが「え?」っと声を出して顔を見上げると、周囲の様子がおかしくなっていることに気づく。


「……は?」


 先程まで、半ば無視を決め込んでいた周囲の人間が皆、迅のことを見ていたのだ。

 睨む者、怪訝そうな表情を浮かべる者、心配そうに見ている者など様々だが、迅を明らかな異物として認識していることは明らかである。


 シオンが急ぎ迅の手を引いて歩き出した。


「あの人に関わってはいけません」


「……なんで?」


 納得できない様子の迅だが、先ほどの異様な視線には何らかの理由があることを察してその原因を訊ねた。

 

「"左方の腕と眼が欠損した住人を助けてはならない"。それがここ、13区のルールです」


「は?馬鹿か……っ?」


 そんな馬鹿げたルールは信じられないといった様子の迅に、シオンが淡々と続ける。


「私はバカではありません。13区を治める黒縄会が決めたことです。左腕と目の欠損は、()()の中であることを示します」


 すると、シオンは辺りをキョロキョロと見回す。辺りにはまだ、迅達を怪訝そうに見つめている人が多かった。


「とりあえず離れましょう。全てを説明している時間はありません」


「……」


 迅は黙って従う。

 納得は出来ていなかったが、周囲の異様さと、知らぬ土地で自分勝手に行動することは()()だと判断したからだ。

 この時に感じた()()。これにより、迅の中で壁内という場所の認識が大きく変わる。

 

 壁の外で人々が助け合うことは稀だったが、それはルールではなく余裕の無さから来るものだった。

 しかし、ここでは人助けを禁忌とするルールが存在する。

 迅にはここが、壁外の住人達が憧れ、その中で暮らすことを切望していたあの()()だとは思えなくなっていた。


 * * *


「無いよ、ルーミライトが不足していることは知ってるだろう?」


「そうですよね……ありがとうございます」


 その後、迅達はルナクタを買い求めに、この辺りで一番品揃えの良い店にやって来たのだが、目当てのものは既に品切れとなっていた。


「まずいですね」


 不安混じりにボヤくシオン。

 顎先に手を当て、どうしたものかと思索しているようだ。

 なぜシオンがそこまで躍起になってルナクタを探しているのか、迅にはわからない。


「そんなにまずいのか?……もしかして、また審査みたいなことを?」

 

「いえ、それよりもっとまずい……とりあえず、あと何件か回りましょう……あっ……!」


 シオンが話しながら、店を出るために入り口の扉を開けると、外では3人組の男が待ち構えていた。


 3人共、漆黒の外套を纏っており、一人はその外套の内から周囲に見えないよう筒状の何かをコチラに向けている。

 それを見たシオンは両手を上げて言った。


「ここまでみたいね……」


 その言葉と仕草に同意の意を汲み取ったのか、筒を持った男が口を開く。

 

「第11傘下のシオン。"左方の腕(シニスタム)"がお待ちだ。着いて来い」


 シオンは迅にアイコンタクトで着いてくるように促す。それに対して迅は一応頷くが、事情を把握しきれていない。


 そのまま2人は、男3人に誘導され耀輪車に乗せられ、どこかへ連れて行かれてしまった。

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